ニラレボリューション

「はあっ!」
 びしっ、と腕にねじりを加えて放つ正拳中段突き。空気を切り裂く音がミクの耳にはっきり届く。ちらり、と側に仁王立ちするMEIKOに目をやるが、MEIKOはまだまだ、と言って首を振った。
「せいやっ! はっ!」
 何度も何度も繰り返す。MEIKOが声を張り上げる。
「気合が足らないのよ、気合が! ほら、目の前に憎い国家権力が居ると思って! そう! その調子!」
「はあっ!」
 びしっ、びしっ、と空中へ突きを繰り返すミクの目には彼を攫った兵士たちの姿が浮かんでいる。気合に溢れたその拳にMEIKOは絶賛を送った。
「……あれ、どうよ」
「本気で行くつもりかなぁ」
「お前止めろよ、友達だろ」
「止めたよ何度も。そもそもあんな相手好きになるのを止めろってとこから忠告したんだから。いい加減疲れたわ」
 そんなミクとMEIKOの側に座り込んでいるのはリンとレン。2人の手元にはダンボールが広がり、リンはそれを馬の形に張り合わせ、レンは鎧の色に着色しているところだった。
「ま、ある意味お似合いだとは思うけどな」
「うん、それも言った。喜んじゃったけど」
 リンたちの同級生ミクが恋をしたのは何ヶ月前のことだったか。
 人並みには恋の話に興味のあるリンがどんな相手か聞けば、返って来た答えは「ニラを持っている!」
 毎日ネギを振るミクと、お似合いだとは思った。
「リンちゃん、レンくん! 行くよ!」
 約2時間かけた特訓が終わったのか、ミクがいい笑顔でレンたちのもとへやってきた。途端に2人は嫌そうに顔を歪める。
「……とりあえずこれ、出来たから」
「おれたちに出来るのはここまでだ。頑張れ」
「え〜! 一緒に行かないの?」
「友達なのに薄情ねぇ、あんたたち」
「だったらMEIKOさんが行ってあげてください」
「嫌よ、私はもう成人してるんだから。洒落になんないじゃない」
「未成年でも洒落になりません……」
「……まあ、これ付けて乗り込むならお説教ぐらいだと思うけどな…」
「みんな何言ってるの! 彼を取り戻しに行くんだよ!? 洒落じゃないんだから! あ、馬と鎧ありがとうね! 正拳突きも完成したし、ジャンヌ・ダルクになってくる!」
 ミクはレンが作った鎧を持ち上げるとその頂上にぶすっとネギを突き刺す。
 呆然としてるレンたちを尻目にその鎧を着込み馬を見た。
「……ねえ」
「何だよ」
「やっぱり馬は白馬じゃない?」
「……は?」
 鎧は着色したが、馬はそのままだった。ミクはそうだ、と一人頷いてペンキを手にダンボールを塗り始める。レンとリンはため息をついて立ち上がった。
「……まあ、頑張れ。あ、それ作ったのとか全部お前の手柄にしろよ。友達に手伝ってもらったとか言うなよ? その方がかっこいいぞ」
「? うん、わかった」
 ミクは上の空で返事をして色塗りを続ける。
 レンとリンは、MEIKOと共にそっとその場から去った。
「……やっぱ、お似合いだよなぁ」
「でもホントに大丈夫? ミクちゃん捕まっちゃわない?」
「捕まらない方がまずいんじゃないの。まあ普通に入り口で止められるでしょ。今日はKAITOの一日署長で警察署辺り騒がしいしね」
「あ、そっか。えー、じゃあ逆に変なファンと思われるかも」
「まあ捕まってもKAITOさんが何とかしてくれ……無理かな」
「……たかだ一日署長だしねぇ」
 会話をしながら3人は何となく警察署の方に目を向ける。
「ところで、そのニラを持った彼氏は、ミクのこと好きなの?」
「……さあ?」
 そういえば、付き合ってるという話すら聞いたことがない気がする。
 そう言ったリンにMEIKOは呆れたようにため息をついた。





「あれぇ?」
 乗り込んだ警察署には誰も居なかった。
 いや、正確には蹴散らしてきた衛兵が居たが、肝心の彼が居ない。
 慌てて駆け寄った窓から、彼が去っていくのが見える。
 入れ違いになったことにも、しばらく気付かなかった。
「ミク……」
「あ、KAITOさん!」
 そのとき背後で聞こえた声にミクは笑顔を返す。一日署長のタスキをかけたKAITOがミクの姿を見てため息をついた。
「何やってんの」
「彼を取り戻しに来たの!」
「……ああ、ニラの?」
「うん! ニラの!」
「KAITOさん、あの、この子は……?」
「えっと……あの、ネギの」
「ああ、ネギの!」
「この子が噂の!」
「?」
 KAITOの周りに居たスーツの男たちが何故か納得したように頷いていた。
 彼がニラなら、私はネギか。
 それは何だかお似合いで嬉しい。
「ミク、とにかく……ええと、ニラの彼は釈……もう行っちゃったから」
「えええ!」
 慌ててもう1度窓にすがりつく。右手に掲げたニラを警察署に向かって振っている姿が見えた。もう、出口だ。
「ああ……やっぱり素敵……」
 ついうっとり眺めてしまう。
 KAITOがまた、ため息をつくのが聞こえた。



 

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