恐怖ガーデン

 窓を閉めると外からの音はほとんど聞こえなくなる。リンは静かになった美術室内で再びスケッチブックを広げた。机の半分を埋めるそれを一枚一枚丁寧にめくっていく。一番最初に自分の左手。線が何だかぎこちない。
 これはレンの右手、こっちは左手。それから幼馴染のミクの手。何枚かめくって、白紙のページが現れた。それを眺めながら鉛筆を手に取り、くるくると回す。しばらくして、教室の扉が開く音が聞こえた。顔を上げると、そこには美術部顧問のMEIKOの 姿。
「まだ居たの? 今日は早く帰りなさいって言ったでしょ」
 呆れた声だが、笑顔のMEIKOにリンは微笑む。今日は部活が休みの日だが、特別に開けてくれた。スケッチブックを置き忘れたというのを言い訳に。それでもしばらくの時間置いてくれている。
「MEIKO先生、来て来て」
「なあに?」
 MEIKOが近づく。机の上に置かれた右手をじっと見つめる。そこで初めて気付いたように言う。
「今日マニキュアしてるんですね」
「え? あ、ああ、これね。まあ貰い物だから。一回ぐらい使おうかなって」
 赤いマニキュアはMEIKOによく似合っている。リンは照れ笑いをするMEIKOを見つめながら、その相手はKAITO先生かなぁ、とぼんやり考えていた。リンの担任であるKAITOと、このMEIKOとの仲は校内ではかなり噂になっている。実際にそれらしい雰囲気を見た、という言葉は何一つなく、ただ同じ年頃の美男美女なので一緒に居ただけで騒がれているのだろう。
 それでもこれは話のネタだな、とリンは明日「多分KAITO先生からのプレゼント!」と脚色して友達に話すことを決める。リンは手を伸ばして、その右手を取った。
「いいなぁ。私もそういうの貰ってみたいです」
「まだ早いわよ。それよりもうここ閉めるわよ。スケッチブックそれでしょ? 続きは家に帰ってからにしなさい」
「あ、ちょっと待って」
 引きかけたMEIKOの手を掴んで、下から見上げてお願いする。
「MEIKO先生の手、描かせてください」
「は?」
「MEIKO先生の手、綺麗で好きなんです」
「手が?」
「あ、勿論全部素敵ですよ! でも特に手が凄い好きで…。それに、今日の先生の手、今までで一番綺麗ですし!」
「何よそれ」
 言いながらもMEIKOは少し照れたように笑う。大人しく手を置いたので、リンは急いで鉛筆を持ち直し、じっとその手を見つめる。
 真剣な表情で鉛筆を動かすリンに、MEIKOはそれ以上何も言わなかった。





 広い庭には茶色い柔らかい土を敷き詰める。振り上げた包丁に、レンは怯えた目で後退さる。リンを呼ぶ声には耳を貸さない。いや、多分聞こえない。リンは、床に着いたレンの手を見つめる。邪魔なのは、体。
 幼馴染のミクは、姿を見せないレンを心配して家にやってくる。庭にはまだ何もない。植木鉢のレンの手にミクが気付く前に、背後から襲う。一撃では、難しい。何度も包丁を振り下ろして、服までぼろぼろになる。だけど、手は無事だ。綺麗なリボンを巻いて口付ける。
 レンはどうしたのかと、担任教師のKAITOから聞かれる。ずっと休んでいるようだけど、と言う声は問い詰めるものではなく心配するもの。クラスの違うレンだけど、レンの話はすぐリンの元まで回ってくる。KAITOの話に相槌を打ちながら、リンはじっとその手を見つめる。あまりじっくり見る機会がなかったので少し嬉しい。もっと見たいと思って、レンに会って欲しいと言う。放課後、KAITOが家にやってくる。KAITOはリンの手の中の凶器と自分自身の血を、信じられないものを見るかのように見る。
 庭に咲く手の花。
 もっともっと、集めたくなる。
 次に訪れたのはMEIKO。庭の花を見て絶句する。次はMEIKOの番だと気付く。でももう遅い。
 綺麗なコレクションが、また一つ。
 そういえば、保険医の先生の手も好きだった。



 一つ一つ思い浮かべながらリンは思わず笑いを漏らす。突然クラスメイトに突っ込まれて、はっと我に返った。
 妄想を繰り返している内に、授業はとっくに終わっていた。
 クラスメイトに挨拶を返す。途中で並んで歩くMEIKOとKAITOを見た。噂の種がまた一つ。保険医の先生に会って、少し話し込む。校舎を出たところでミクと会って、ミクの友達と共にファミレスへ。
 ミクの友達の手。店員の手。
 見つめながら、早く家に帰りたいと願う。
 授業中考えていたことは全て妄想。すべて嘘。




「ただいま」
 リンを出迎えるのは、同じ年の双子の弟。
「お帰り姉ちゃん」
 明るく笑う弟がリビングへと帰っていく。
「ねえレン」
「何?」
「レンの手って綺麗だよね」
「な……んだよ、急に」
 顔を逸らす弟の隣で。リンの後ろ手に握られた包丁がきらりと光った。




 

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