きょうだい

「惚れたの」
 朝のダイニング。アイスを食べるKAITOの正面で、リンが真面目な顔をしてそう言い切った。
「……ええと」
「今度はどんな奴だよ」
 KAITOが返答に困っていると、リンの隣から口を挟んできたのはレン。食べかけのバナナをマイクのようにリンに突きつけた。リンがちらりとそちらを見るとそのままバナナにかぶりつく。
「ああっ! 何すんだお前!」
「あのね。昨日スタジオで会ったんだけど」
「リン、こら!」
 もぐもぐと租借しながらリンが体を乗り出してくる。KAITOは引き気味になりながらも、うんうんとそれを聞いていた。
「すっごくかっこいいの」
「……うん」
 隣で怒っているレンの顔を左手一本で押しのけて、リンはそう続ける。
 更に続きを待ったKAITOだったが、その先の言葉はなかった。
「えと……それだけ?」
「他に何言えばいいの!」
「いや、その……」
 ああ、アイスが溶けてしまう。
 KAITOはごまかすようにとりあえずアイスを口に挟んだ。そのとき、KAITOの隣でネギをかじっていたミクが冷めた目で発言する。
「馬鹿らしい」
「あ、何よミク姉。私の恋に何か文句ある?」
「そう言って何度目よ。いい加減見た目で惚れるの止めたら?」
「見た目が一番大事でしょ!」
「だったら顔以外の部分で幻滅するのも止めなさいよ」
「それ以外は付き合ってみてからわかるんでしょ!」
「あの、その前にね、リンはまだ子どもだから……」
『子どもって言うなー!』
 リンと、何故かレンの声がハモった。
「今日告白してくるから! お兄ちゃん付いてきてね」
 リンの言葉に苦笑いをしていると、レンがそれに突っ込んでくる。
「……なあリン」
「何」
「前から思ってたんだけど、何でお前の告白に兄ちゃん連れてくんだ?」
「断ったらけしかけるの」
「おれ、犬じゃないよ…」
「っていうかやってんのかよ兄ちゃん!」
 情けない顔で肯定したKAITOにレンが呆れた顔を向ける。ミクは表情を変えず、ねぎをかじり続けていた。
「私を振るような奴はぶんなぐっちゃってもいいの。まあ振られることもないけどね」
「……それって兄ちゃん後ろに立たせてるからだよな?」
「おれ、やっぱ行かなきゃ駄目?」
「行かないって言ってくれ、頼むから」
 レンは懇願するようにそう言った。KAITOはそれに答えを返せないまま、俯いて残りのアイスに集中する。部屋の中が妙に静かになった。
「ごちそうさま」
「あ、ミク姉早い」
「あんたたちが余計なことばっか喋ってるからでしょ。今日の仕事は9時からだから、私は部屋に、」
 立ち上がり、ダイニングから去りながらミクが言う。突然その言葉が途切れたので振り向けば、入り口近くでミクを抱き込むように立つMEIKOが居た。
「おはよ〜。ちょっと、みんなもう食べてるの? 起こしてくれてもいいじゃない」
 寝ぼけた顔でミクを抱きしめながらMEIKOが入ってくる。引きずられて、ミクも一緒に部屋に戻ってしまった。
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん」
「ミクもー。みんな食べ終わるまで居なさい」
「私、もう部屋に」
「居なさい」
「……はい」
 ミクが諦めたように力を抜いた。椅子に戻るミクを目で追っていると、MEIKOが今度はKAITOに後ろから抱きついてくる。
「何で起こしてくれなかったの」
「何度も起こしたんだけど」
「起きるまで起こしなさいよ」
「姉さんはもう起きたって返事したんだよ、何度も!」
「覚えてない」
 MEIKOは平然と言い放って、それでもKAITOを抱く手に力を込めて来る。ああ、まだブラジャーしてないなとKAITOはどうでもいいことを思った。
「でー、何の話してたの」
「リンがまた変な男に惚れたって」
「変な男って何よ! レンは見たことないでしょ」
「ってか昨日の仕事なら見てんじゃねぇ? 誰だよ、相手」
「名前知らない」
「お前……」
 最早それ以上の突っ込みも出ないらしい。レンが食べ終わったバナナの皮をゴミ箱に捨てに行く。その帰りに冷蔵庫を開けた。
「はい、MEIKO姉」
 起きたばかりの姉に渡すのは、姉の好物ワンカップ。人間じゃないので、健康とかその辺は別に問題ない。
「はい」
 MEIKOはKAITOに巻きついたまま手を伸ばす。持って来い、ということだ。レンがため息をついて向かってきた。
「姉さん、椅子に座って」
「うん」
 ワンカップを受け取る。KAITOの目の前でそれを開けた。
「姉さん」
「わかってるわよ」
 言いながらも、KAITOの背に張り付いたままMEIKOは酒を飲み始める。
 言っても無駄らしい。
 何故かいつも、返事だけはいいのだけれど。
「お姉ちゃん、今日は私がお兄ちゃんと仕事行くんだから。早めに離してよね」
 ようやくみかんを食べ終わったリンがゴミ箱に向かって皮を投げながら言う。入らなかった。レンが何も言わずにそれを拾う。
「ボディーガード? リンのパワーがあれば大抵の男は大丈夫よ」
「そういう問題じゃねぇだろ」
 皮をゴミ箱に捨てながら、レンが自分の席に戻ってくる。KAITOも食べ終わったアイスのカップを捨てたいのだが、立ち上がることも出来ない。
「あ、そっか、自分で殴ってもいいのか」
「おいリン」
「そんな女は嫌われるわよ」
「ミク姉まで何言ってんだ」
「そうよ!」
 突然叫んだのはMEIKO。耳元で叫ばれて頭に響く。MEIKOがだんっ、とワンカップのビンを机の上に置いた。
「男に暴力振るったら嫌われるわ!」
「……経験あるんだね」
「そういう趣味の人も居るんじゃない?」
「……リンがそういう趣味の人相手にしたいんなら止めないけど」
「いや、止めろよ」
 レンの突っ込みはKAITOに対しては少し冷たい気がする。
 空になったカップを弄びながらKAITOは少し体を起こした。反動で背に乗っていたMEIKOがよろめく。
 この隙に立ち上がろうとしたが、やはり押さえられてしまった。
「行くな」
「姉さんー」
 情けない声を出していると、ミクが横からアイスのカップを奪い取る。あ、と思う間もなくミクはそれを手にそのままゴミ箱に向かった。捨てようとしてくれているらしい。だがKAITOはそれを慌てて止める。
「あ、ミク、洗って洗って」
「ええ?」
 アリがよってきそうなカップだ。一応捨てる前に洗って欲しい。ミクが一瞬戸惑っ た。
「ああ、おれやるよミク姉」
 それを見てレンが立ち上がりかけたが、ミクが何も言わずその肩を押さえる。そのままレンの真後ろの流し台に向かった。
「これぐらい出来る」
「いや、出来ないと思ってるわけじゃなくて…」
 レンが言いかけたとき、ミクが思い切り捻った蛇口の水がカップにあたって弾け飛 んだ。
「うわっ」
「ミク姉、水出しすぎ!」
「その前にカップの角度考えろ!」
 飛び散った水を慌てて避けるリンとレン。ミクはとりあえず水を止めて、びしょぬれになったまま呆然と立っていた。
 MEIKOが後ろで遠慮なく笑っている。
 やがて、何事もなかったかのようにミクはカップの水を切るとそのまま表情を変えずゴミ箱へ向かった。
「……ミク姉」
 ぴくり、とレンの呼びかけにミクが反応を返す。
「あ、ミクありがとう」
 そこで漸くKAITOは礼を言った。捨ててくれたことへの礼だったが、タイミングが悪かったかもしれない。ミクが嬉しいのか悲しいのか怒ってるのか、よくわからない顔をしてそのまま去って行ってしまった。階段を駆け上がる音が聞こえる。
「泣かしたわね」
「いや、泣かしてないよ」
「泣かしたー」
「姉さん、酔ってる?」
「私が酒に酔ってたら年中酔っ払いよ私」
「似たようなもんじゃねぇか」
「何か言った? レン」
「お姉ちゃん、そろそろお兄ちゃん離してってばー」
 レンは立ち上がったついでとばかり、そのまま出入り口に向かい、リンももう席に着くつもりはなさそうだ。MEIKOも酒を飲み終わっている。
「……朝食の時間は終わり」
「何よ。団らん参加ぐらいさせなさいよ」
「じゃあもうちょっと早く起きてよ…」
「私が起きるまで食べるの待ってなさい」
「えええー」
 本気で言ってそうだなぁ、とため息をつきつつKAITOは立ち上がる。
 背の高いKAITOにしがみついていられなくなり、今度こそMEIKOが完全に離れた。
「お兄ちゃん、行くよ」
「え、もう時間なの?」
「もうちょっと怖い格好して! 今度の人強そうだったから!」
「……お兄ちゃん、リンの惚れる基準がわからないよ…」
 リンに引きずられながら台所を後にする。振り向けば、KAITOの居た席にMEIKOが座り込んでいた。
「姉さん?」
「いってらっしゃい」
 ひらひらと手を振って、MEIKOは机に突っ伏した。
「あのー……」
「いいわよ、みんなで行っちゃえばー。私は一人寂しくここに居るわ」
「姉さんも今日仕事でしょ」
「まだ時間あるの。だから早起きしなかったのに」
「一緒に居たいなら起きてくれないと」
 言いながらKAITOはMEIKOの正面に座る。先ほどまでリンが座っていたところだ。
「ごめんリン、服こっちに持ってきてくれる?」
 KAITOについて再び台所に入ってきたリンが、その言葉に頷く。
 そしてMEIKOにも目を向けた。
「今日は夜みんな揃うんだよ、久々に夕食一緒だから、たまにはどっか連れてって!」
「……私が連れてくの」
「年長者でしょ、姉さん」
「……しょうがないわねー」
 笑うMEIKOに、リンもKAITOも笑顔になる。
 リンはそのまま台所を出て行った。
「KAITO」
「何」
「お前も半分出せ」
「……わかってるよ」
 父親的位置になりがちなKAITOは、母親的位置になりがちなMEIKOにそう笑顔を向 けた。
 実際は、逆のような気もするけれど。


 

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