譲れない

「お兄ちゃん! 早くそのマフラー外してってば!」
「い、いや、これだけは……!」
「馬鹿兄貴! そんなもんしてたらすぐばれるだろうが」
「じゃ、ほら、上着の中入れるとか……」
「余計目立つでしょー!」
 KAITOのマフラーを引っ張ってぎゃんぎゃんわめくミクとレン。KAITOが必死で二人から逃れようとしている。
 よし、いまだ。
 身動きのとれないKAITOめがけ、側のテーブルの上に上がったリンは思い切り手にしたバケツをKAITOの方へと向けた。中に入っていた水がそのマフラーと、ついでにマフラーを引っ張っていたレンとミクを濡らす。大した量ではなかったし、上手くかかったおかげで周りのソファや絨毯への被害は薄い。リンはそれに満足して一人頷いた。3人は動きを止めて、呆然とこちらを見てくる。
 リンはにっこり笑って言った。
「はい、濡れた服は全部着替えましょー。もう時間ないんだからね!」
 バケツをテーブルに残したまま飛び降りる。水のかかった前髪からもぽたぽた水滴を垂らしながらKAITOはため息をついた。
「……わかったよ、じゃあせめて、」
「このマフラー! 私、ちゃんと用意してたんだから!」
 叫んだのはミクだった。側のソファに置いてあった緑のマフラーを持って くる。
 マフラーがないと落ち着かない。
 そう言った兄のために、ミクが急いで編んだものだ。……一晩で。
 この姉はたまにとんでもないことをやるなぁとリンは一晩中眺めながら思っていた。不器用そうに見えるのに、集中したときのミクは凄いと。ついでに、KAITOがマフラーを外さなかったときの手段もそのときに考えていた。
 既にコートを脱いでいたKAITOはマフラーと、ついでに濡れてしまったシャツを脱ぐ。ミクとレンも着替えを始めたので慌ててリンも服を脱ぎ始めた。
「でも、こんなんで意味あるのかなぁ」
「今更何言ってんだよ。大丈夫だって。髪と格好さえ何とかすりゃ兄ちゃんも人間に見えるよ」
「そうかなぁ……」
 小さなタオルで頭を拭きながらKAITOが自分の髪を少し摘む。リンがその側まで寄って帽子を乗せた。
「わっ……」
「せっかくいろいろ用意したんだからね。絶対大丈夫だって」
 ほぼ着替え終わった全員を見回してリンは笑う。普通の、人間が着る服を着て、帽子で髪の色をごまかした。そして最後にリンはサングラスを取り出した。
「それって……」
「これなら目の色もごまかせるでしょ!」
「すごーい、完璧だね!」
 ミクが早速受け取ってはしゃぐ。KAITOもレンも、顔を見合わせて受け取った。
 サングラスをした大人の男と。女子高生。中学生の男女が二人。
 怪しいなんて、欠片も思わなかった。





「…………………馬鹿?」
 たっぷり間を取って出てきたMEIKOの言葉に、KAITOは俯く。
「ええとね」
「まず、それ取りなさい」
 MEIKOが手を伸ばしコツン、と指先を当ててきたのはサングラス。KAITOは大人しくそれを取り、ついでに帽子も取った。習うように、後ろの床に座り込んでいたミクたちも帽子とサングラスを取る。同時に、ミクが立ち上がってKAITOの隣に並んだ。
「お姉ちゃん…」
「何?」
「ごめんなさい!」
 頭を下げる。リンとレンも、それに顔を見合わせてすぐさまKAITOの隣までやってきた。
「ごめんなさい!」
「ごめん、MEIKO姉」
 両隣での謝罪にKAITOも慌てて謝ろうとするが、MEIKOがそれを止めた。
「……もういいわ。だけどね、絶対に来るなって私は言ってたはずよね?」
「姉さん……。みんな、ただ姉さんの歌が聞きたくて…」
「わかってるわよ」
「何で一人で行っちゃうんだよ? こっそり横で聞くぐらい出来るだろ?」
 最近MEIKOが一人で受けていた仕事。ある店で、BGM代わりに歌うこと。夜のバーとか、未成年に問題がある場所ならミクたちを遠ざける意味もわかる。アンドロイドだとわかっていても子どもがそういう場に居ることにいい顔をしない者は多い。だけどごく普通の店であれば、客として入ることだって可能な店ならば、聞きに行くことぐらい問題なかったはずだ。だけどMEIKOはかたくなに弟妹の訪問を拒否し……それが逆に疑念を抱かせた。弟たちに、言えないようなことをやってるのか、やらされてるのではないかと。
 KAITOの視線をじっと受けていたMEIKOはやがて、ふいと目を逸らす。
「あんたは……」
「ん?」
「何とも思わなかったわけ?」
「……何が?」
 よくわからなくて首を傾げる。変装して、こっそり潜り込んだつもりの4人は、やはり目立ち過ぎ、ざわざわとした空気で直ぐにMEIKOにばれてしまった。MEIKOの歌は結局1分も聞けてなかったと思う。歌ってる姿に至っては見に行く前に店員に連行されてしまって見れていない。
 そう伝えるとMEIKOは複雑な顔になる。
「歌は……聞いたのよね?」
「うん」
「どう……いや、何でもない」
 何か言いかけて止めたMEIKOだが、そこでミクが突然手を上げた。
「すっごい可愛かった! 私もあの歌うたいたい!」
 何にでも興味を持ち、どんな歌でも歌いたがるミク。これはいつものことだった。だけど直ぐに隣でリンも手を上げる。
「私も! お姉ちゃんのあんな歌初めて聞いたし。すっごい可愛かった! ね、レン?」
「え、おれ?」
 突然振られたレンが慌てたように後退さる。それでも目を逸らしながら言 った。
「ああいうのは……ミク姉とかリンが歌うもんだと思ってたけど…うん、可愛 かった…かな」
 ぼそぼそと、聞き辛い声で喋るが勿論全員がその言葉を正確に理解している。気付けばMEIKOは完全に俯いてしまい、僅かに震えているようだった。
「……姉さん?」
「あーっ、もうっ!」
 覗き込もうと近づいた瞬間MEIKOが思い切り顔を上げ、KAITOの顎にヒットする。お互い、痛みを感じる体ではないが、身構えてなかったKAITOはそのままひっくり返ってしまった。
「ごめん!」
「え?」
 ぶつかったことを謝られたのかとKAITOが顔を上げたが、MEIKOの視線はミクたちを向いていた。謝罪というより、言い捨てるような言葉。
「やっぱり駄目だわ。ミク、リン、レン。今日はもう帰りなさい。今休憩取って貰ってるけど、まだ仕事はあるの」
「でも……」
「ごめん」
 MEIKOの言葉にミクたちも顔を見合わせる。どうしていいかわからない。こんな姉の反応を見るのは初めてなのだ。
 そこへ、リンとレンが口を出した。
「何で? やっぱり何か変なことやってるの?」
「やらされてんじゃないのか? 見られたくないようなことなら……」
 二人の言葉にMEIKOが顔をゆがめる。本当にそうなのか、とKAITOも思わず尋ねかけたとき、いきなりマフラーを引っ張り上げられた。ミクの編んだ緑のマフラー。
「じゃあKAITO置いていきなさい。KAITOに見て貰うわ。それでいい?」
 有無を言わせぬ迫力はあったが、まず、ミクが「うんっ」と大きく声を上げた。リンとレンも、渋々といった感じで頷く。
「お兄ちゃん、ちゃんと見ててよね」
「変なことあったらホントに言えよ」
「そうだよ、KAITO兄鈍いんだから。見逃しちゃ駄目だよ!」
 去り際の3人の言葉にKAITOは苦笑いで頷く。元より、MEIKOがおかしなことをさせられているのならKAITOだって黙っているつもりはない。
「じゃ、よろしく!」
 最後にリンが敬礼のようなポーズをとって、他2人がそれにあわせた。
「了解」
 KAITOも真似て、ようやく3人は安心したように去っていった。





「……駄目なの?」
「ごめん」
「……おれに嘘つけってこと?」
「……嘘は言わなくても隠す方法はあるでしょ」
「おれ、そんなに頭良くないんだけどなー」
 結局MEIKOは、KAITOにも見せようとしなかった。だけど、理由は聞いた。いや、聞かなくても察しろと言われた。歌っている曲と、その衣装を見せられて。
 可愛い。としか言いようがない。少女趣味、という言葉もあるがあいにくKAITOの中にそんな語彙はない。
「……恥ずかしいんだ」
「……言わないで」
「普通に可愛いと思うけどな……」
「柄じゃないのよ……!」
 何だか悲痛な叫びだった。
 それでも、MEIKOに合うと思ったから相手も依頼したのだろうに。
 とはいえ、弟妹に見せたくないほどのそれでも、おそらくMEIKOは懸命に歌っているのだろう。精一杯。
 KAITOには「柄じゃない」なんて言葉はよくわからない。そもそも恥ずかしい、がよくわからない。だけど、結局KAITOはMEIKOの言葉に頷いた。弟妹たちには何と言ってごまかそうかと考えながら。


 

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