恋人

 デスクトップ上に、子守唄が響いていた。
 夜空を映した壁紙に、優しい歌声がよく似合う。
 目を閉じてそれを聞いていたKAITOは、1番が終わったとき不意に目を開けた。
「……あれ、MEIKO、おれに寝ろって言ってる?」
「……歌えって言うからよ」
「何で子守唄」
「さあ。……この体勢だから?」
 見下ろしてくるMEIKOと目が合う。MEIKOの膝に頭を乗せたKAITOは、その頬に手を当てようとして、少し狙いを外す。距離感が微妙に狂っている。
「あー、でも何の歌でもこれは寝そう」
 顔をMEIKO側に向ければ、その腰に視界が覆われて僅かに暗い。MEIKOが、KAITOの髪を優しく梳いた。そして、空を見上げる。
「一緒に歌う?」
 その声に少し顔を上げた。外に向かったはずの声に油断しているとまた、MEIKOと目が合う。覗き込むようにしてくるMEIKOに、また思わず手を伸ばした。
「歌うとミクが来るんじゃない」
「あの子は敏感だからね」
 MEIKOの唇が触れてくる。KAITOはその頭を抱いた。寝転がったまま。これは、MEIKOは少し辛いかもしれない。
 思っているとMEIKOの膝が崩れる。KAITOが頭を起こすとするりと抜けて、そのままKAITOに覆いかぶさるように口付けを深くする。MEIKOの頭を抱いた手を、その腰に移動したとき、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「……来たみたいね」
 MEIKOが体を起こす。
「なかなか二人っきりにさせてくれないねぇ」
 KAITOも苦笑いして体を起こした。駆けてくるミク。早い。その表情を認識した瞬間には、KAITOはミクに押し倒されていた。上半身だけ起こした体勢だったKAITOは咄嗟に受身も取れず盛大に頭をぶつける。
「あっ、ごめん」
「ミク…いつも言ってることだけど加減ってもんを…」
「あんたがだらしないのよ」
 MEIKOが笑って軽くKAITOの頭をこずく。ミクはKAITOの上に乗ったままそんなMEIKOを見上げていた。
「で、どうしたのミク」
「あのねー」
「うん」
「邪魔しに来たの」
「……は?」
「え?」
 さらりと言われた言葉に一瞬思考が止まる。思わずミクを見れば、にっこり笑ったままぎゅっとKAITOのコートを握り締めていた。体を起こすに起こせないKAITOは首だけ曲げて何とかMEIKOを見上げる。
「いっつもいつの間にか2人で歌ってるんだもん、ずるいよ。だから今日はお姉ちゃんと私! 明日はお兄ちゃんと私! いつも2人が一緒なんだから、いいでしょ?」
 明るく問いかけるミクが最後には少し不安げに2人を見つめた。MEIKOとKAITOは顔を見合わせる。MEIKOが微笑んでその頭に手を置いた。
「勿論よ。じゃ、歌いましょうか」
「うんっ。お兄ちゃんの居ないところでねー」
 ミクがちらりとKAITOを見る。KAITOは苦笑してそれに返す。
「はいはい。邪魔はしないよ」
「明日はお兄ちゃんとだからね!」
「うん」
 ミクが立ち上がって、ようやくKAITOも体を起こす。MEIKOが視線を投げてきたが、KAITOは特に何も言わなかった。ミクは跳ねるように歩きながらMEIKOの腕を引く。
「そんなに慌てなくてもいいでしょ」
「だって急がないと夜になっちゃうもんっ」
 ミクを1人にさせて、不安にさせてたのだなとKAITOはそれを眺めながら反省する。KAITOとMEIKOはずっと2人で居たけど、今はもう別の仲間が居る。大切な妹。お互いが、お互いよりも優先しようと自然と思う存在。
「夜になったらまずいの?」
 MEIKOの声は既に遠い。一体どこまで行くのか。KAITOから姿を隠すならどこかのフォルダにでも入った方が手っ取り早いと思うが。
「……夜になったら」
 ミクの声が一瞬遅れる。
「お姉ちゃんたちは恋人の時間でしょ?」
 そして次の言葉にKAITOの動きが止まった。
 MEIKOの声も聞こえてこない。ミクが笑う声が聞こえてくる。
「……ああー」
 隠す気があったわけでもないが、そういうことはわからないのだと思ってい た。
 何より。
「……恋人……かぁ……」
 はっきりと言葉として言われると少し新鮮な驚きがある。そうだ。自分たちの関係は恋人、なのだ。今までそんな認識をしたことはなかった。ごく自然に、繋がっていた。
 思わず顔を抑えたKAITOは、自分が笑っているのに気付く。
 そうか、恋人か。
 KAITOはもう1度、MEIKOたちの去った方向へと目を向けた。
 今度、愛してると言ってみようか。


 

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