密室の中で

「狭い……」
 呟いたリンに、答えを返すものはいなかった。





「いい? こういうときこそ慌てちゃ駄目。大丈夫よ。私たちなら何日も飲まず食わずでいけるわ、人間じゃなくて良かったと思うべきよ!」
 力説するMEIKOにこくこくと頷いているのはルカ。
 リンはそれをぼんやり眺めながら隣にミクに小さく呟いていた。
「……さすがに何日もってことはないよね?」
「さあ……何で止まったかわかんないから」
 言いながらミクがこつん、と自分の左側にあるエレベーターの扉を叩く。突然がくん、という衝撃と共に止まってしまったエレベーター。しばらく待ってみたが、動きはない。明かりも落ちているのでビル全体が停電しているのかもしれない。それでもその内動くだろうと楽観していたら、既にエレベーターが止まって2時間以上。リンは座り込んだままため息をついた。
「あー。今日はせっかくこのあとオフだったのにー」
「遊べなくなっちゃうねー」
 店が開いている時間でないと買い物は出来ない。仕事が終わってエレベーターに乗ったのは昼過ぎだったから、まだ大丈夫だとは思うが。
「お姉ちゃん、外と連絡取れないの?」
 一人立ちっぱなしのMEIKOを見上げる。MEIKOと、ついでに床に座り込んでMEIKOを眺めていたルカが振り向いた。
「あ、そうか。大声で叫んでみればいいのね?」
「いや違うって」
 早速、とばかりに息を吸い込んだMEIKOを止める。MEIKOはきょとんとした顔を向けてきた。多分本人も、ルカやミクも気付いてないのだろうが、MEIKOはパニくっている。家族を巻き込む何かがあったときMEIKOは混乱に陥りやすい。
「携帯は? お兄ちゃんたちとか呼べないの?」
 兄なら力尽くでこじ開けられそうな気がする。いや、そもそもMEIKOではどうなのだろう? リンたち新型は人間に近いパワー設定がされているが、MEIKOたちは違う。頑張れば車を持ち上げることも可能だと言っていたのだから、エレベーターを開けるぐらい出来るのではないだろうか?
 リンが考えている内にMEIKOは携帯を取り出す。やっぱり、連絡しようとすらしていなかったらしい。ここに至るまでリンも思いついていなかったが。何せ本当に、すぐ動くと思っていた。時間の流れは意外に速い。
「電波は……大丈夫ね」
 MEIKOが電話をかける。
 とにかく中の状況さえ伝えられれば助けがくるのも早いだろう。
 リンはやれやれと壁にもたれる。
「でもどこに電話するの? 今の時間お兄ちゃんたち家に居ないよね」
「………あ」
 そうだ、兄たちは仕事だ。
 じゃあこのビルの持ち主? 電話番号なんてわからない。警察が一番手っ取り早いんだろうか。
「駄目だわ、出ない。何やってるのよもう!」
「お姉ちゃん、多分お兄ちゃんたち家に居ないよ」
「警察にしよ警察」
「警察のお世話になるのもねー……」
 MEIKOは躊躇いがちに携帯を眺める。
「どうしてお世話にならないの?」
「お姉ちゃん警察苦手?」
 そのとき、ずっとMEIKOを眺めているだけだったルカが発言する。ミクもそれに続いた。MEIKOは驚いたように目を見開いたあと、苦笑する。
「苦手ってわけじゃないけど……関わるときって大体怒られるときじゃない ?」
「それお姉ちゃんだけだと思う」
「姉さんは警察のお世話になってるんじゃないの?」
 ルカは首を傾げながらそう言う。MEIKOが固まったように動きを止めた。
「え、どういうことルカ姉?」
 ミクは無邪気に聞く。ルカは淡々と発言する。
「この間、兄さんが言ってたわ。姉さんが警察のお世話になってるから迎えに行って来るって」
「ああー……」
 わかってしまったリンが笑いを見せないように思わず俯く。そうだ、酔ったとき警察のご厄介になったことは一度や二度ではない。その度にMEIKOは自己嫌悪して反省しているようなのに、結局同じことを繰り返している。
 酒って怖いな、とレンと二人で言い合ってたことを思い出した。MEIKOもまた思い出したのか頭を抱えてしまっている。
「姉さん?」
「お姉ちゃん? 大丈夫?」
 だが悪気のない2人の声に何とかMEIKOは頭を起こす。無理矢理作ったような笑みで大丈夫よ、と小さく言った。
「とにかくまあ……警察に連絡する前に出来ることから試さないとね?」
 逆にようやく冷静になれたのか、MEIKOがエレベーターの扉に向かう。何となく全員が道を開けた。
「……開くの?」
「開けてみせるわ!」
 MEIKOがエレベーターに手をつく。そもそも指を入れる隙間もなさそうだけどどうするんだろう。
 眺めているとMEIKOは一つ息を吸い込み、きっと扉を睨んだ。
「はあっ!」
 そして、掛け声と共に思い切り扉に蹴りを繰り出す。
「えええええっ!?」
 どかっ、と激しい振動と共にエレベーターが揺れる。扉が凹む。隙間が開いた。指は入れられる。だが変形した扉は最早普通には開かない、というか、
「何やってんのお姉ちゃん!」
「お姉ちゃんすごーい……」
「ミク姉、そんなこと言ってる場合じゃなくて!」
「姉さん、私も手伝うわ!」
「ルカ姉も! おかしいって!」
 落ち着いたかに見えたMEIKOは、やっぱりまだおかしかった。
 突っ込みの居ない空しさにリンは肩を落とす。
 ああ、レンが居てくれたら。
 こんな状況でレンが恋しくなるのが何より情けなかった。


 

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