宇宙人
「お兄ちゃん! 扇風機どこ!?」
ばたばたとリビングに駆けて来たミクが、真っ先に言ったのはそれだった。
「……は?」
アイスをくわえてテレビを眺めていたKAITOが振り返る。ついでに床に座ってゲームをしていたリンとレンが顔を起こした。
「どうしたのミク姉」
「扇風機って何だよ。まだ冬だぞ」
「いいの、私は寒くないから!」
何故か笑顔で言い切るミクにレンは突っ込もうと口を開きかけて……やめた。そのままもう1度ゲームに目を落とす。
「リン、再開ー」
「あ、うん」
2人がミクから顔を逸らして再びゲームに戻る。無視することに決めたよ
うだ。
必然的にKAITOは相手を続けなくてはならなくなる。
「えーっと……どうしたの? 暑いの?」
「熱くないよ、大丈夫」
じゃあ何に使うの、と言い掛けて、そんなことを聞いても仕方ないと思い直す。何せウチには、
「扇風機はないよ?」
その言葉に、ミクの動きが止まった。
「え、えええ、何で。何でないの!」
「ミク、今まで家の中で扇風機見たことあった?」
「ないよ、だって私ら暑くないもん」
「うん、必要ないでしょ」
「必要ないよ」
「だからないの」
「……………あ」
かなり間を置いて、ようやくミクが気付いたような顔を上げた。途中からレンが突っ込みたくてうずうずと後ろを振り向いていたが、結局そのミクの声に画面に戻る。ミクがそっかー、と小さく呟いた。
「じゃあ買って」
「……何に使うの」
結局聞くはめになった。ミクはにこにこと指を立てて言い切る。
「宇宙人やるの!」
『……………は?』
ずっと話には耳を傾けていたリンとレンが、KAITOと同時に疑問を発した。
「ワレワレはー宇宙人だー」
回る扇風機に声を出す。
ミクは首を傾げながらも何度も台詞を替えて遊んでいた。
「……またどっかから変なネタ仕入れてきたのね」
「ミクは自分で試さないと気がすまないからねー」
仕事から帰ったMEIKOがその光景を見て呆れているとKAITOも笑いながらそれに返す。MEIKOはため息をついて、KAITOをこずく。
「だからって買ってやることないでしょうが。ウチにも扇風機ぐらいあるのに」
「え!?」
KAITOの驚きの声にミクが振り向いた。ついでにミクの後ろで順番待ちをしていたリンとレンも。
「どうしたの?」
「え、扇風機あるの?」
リンの疑問には答えずKAITOが続ける。
MEIKOは少し顔を逸らした。
「……そっか…あんた知らなかったのよね」
「えー、何なにー?」
リンが2人のもとへ寄ってくる。ミクもうるさいと思ったのか、扇風機を止めてしまった。
「おれが知らないって…まさか姉さん一人だったとき?」
「KAITO兄ィ、だから何の話!」
「……扇風機あるんだって」
「えー?」
「何でだよ、必要ないだろおれら」
「だって……」
「だって?」
MEIKOが少し俯いたまま声を絞り出す。
「やってみたくなるでしょ! 宇宙人!」
次に顔を上げて言った言葉は、開き直ったかのような大声。
「………………ああ」
沈黙のあと、KAITOがようやく頷いた。
ただそれだけのために、MEIKOもかつて扇風機を買っていた。
「大体ミク、どこでそんなネタ仕入れたのよ、私の頃からあるんだから古いんじゃない?」
「いや、大して変わんないでしょ年数なんて」
「っていうかこういうのって何かこう続いていくもんなんじゃね」
レンがミクの後ろから手を伸ばし、再びスイッチを入れる。
ミクの肩越しに声を出す。震えたような声が辺りに響いた。
「宇宙人ってこんな声出すのかなー」
「おれも会ったことはないなぁ」
リンの疑問にKAITOが惚けた答えを返す。しばらくミクたちを見つめたあと、自分もその場で声を出した。
「ワレワレはーウチュウジンダー」
「あ、KAITO兄ィ、その感じ!」
「あーっ、お兄ちゃん駄目だよ、扇風機使わなきゃ!」
「……そうなのよねー、自分たちで結構出来ちゃうもんなのよねー」
MEIKOは遠い昔に気付いたことを思い出して納得したように頷く。
ミクは膨れっ面で兄のもとへくるとそのマフラーを引っ張って声を出すのを止めさせる。
「ワレワレハー! 地球の侵略にキタノダー!」
結局ミクも扇風機を通さない宇宙人声で対応した。リンがきゃー、と声を上げながら逃げる。
ばたばたと追いかけっこを始めたミクたちから、MEIKOが一歩引く。ちょうどそのとき、ルカがリビングへと入ってきた。
「あ、ルカお帰り」
「……ずっと居たけど」
「……ごめん」
気付かなかっただけらしい。
ルカはMEIKOには視線を向けず、ひたすらミクたちを見ている。
「……参加したいなら行って来たら?」
「うん」
ルカが輪の中に飛び込んだ。
「ワタシはウチュウジンだー! ダカラ跪きなさい!」
「それ何か違う」
MEIKOの突っ込みは誰にも届かなかった。
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