混乱の中

「あっれー、ないなぁ」
「どうしたの? リン」
「ソフトがないの」
 ごそごそとカバンを漁り、しまいには机の上に全部引っくり返してリンは首を傾げている。右手に持った携帯ゲームを何度も覗き込んでいた。
「出した覚えないんだけどなぁ……」
 独り言を呟きながら荷物を一つ一つ指差すリンに、MEIKOも近寄って覗き込む。MEIKOにはソフトがどんなものかわからないが、その中にそれらしきものは確かに見えなかった。
「落としたってことはないの?」
「ないと思う……っていうか落としてもカバンに入ってるはずなんだけど。あっ、ひょっとしてレンが取ったのかも」
 リンが膝で移動しながらレンのカバンを手元に引き寄せる。勝手に開けて中身を漁り出すのを見ながらMEIKOは苦笑して時計に目をやった。
「後にしなさいよ。どっちにしろもうすぐ出番でしょ。ゲームなんてやってる時間あるの?」
「えー、だってミク姉たち終わったらしばらく休憩でしょ?」
 リンの言葉とほぼ同時、控え室の扉が開く。先頭のミクがスカートをまくりあげ、飛ぶように畳の上に着地した。
「終わったよー」
「ミク姉、パンツ見えるよ」
「このスカート邪魔なんだもん」
 大きく広がったスカートは、針金で補強がしてあってどんな姿勢になろうと崩れることはない。座ろうとするとまくりあげるしかないらしく、ミクは立ったまま体勢を整えようときょろきょろしている。
「これ、もう脱いでいい?」
 ミクはMEIKOに聞いた。答えを返したのはミクの後ろのKAITOだった。
「全員入ってからにしてよ、外から見えるよ」
 KAITOが苦笑した後ろでがくぽが扉を閉める。今回VOCALOIDは一部屋にまとめられているため、計7人の大所帯だ。
「入ったね! 脱ぐ! お姉ちゃん手伝って!」
「脱いだらまた着るの面倒じゃない?」
「でも30分休憩って言われたし」
「5分前には着なさいよ」
 MEIKOがミクの後ろに周り衣装を脱がし始める。それを横目で見ながらレンも呟いた。
「おれもこれ脱いでいいか?」
「え? それそんなに邪魔?」
「重いんだよ、これ」
「あー、ちょっと待って、レンは待って。それ写真取りたかったから、こっち向いてー」
「はあ? あ、リンお前何で脱いでんだよ」
「私はもう終わったもん」
 携帯カメラを構えるリンにレンが近づく。
「撮るならもっと奥に行け。入れんだろうが」
「ええ、がくぽ、畳に来るの? 邪魔」
「何だと!」
「ああ、はいはい、ここはレディーファストだろ。がくぽもそれ、座ったら皺になるって。ルカ、畳が良ければこっちに、」
「私はいいわ、あ、でもバックだけ取ってくれる?」
「えー、ルカ姉のバックってどれだっけ」
「そのピンクの奴じゃない? あ、ついでにおれのクーラーボックス取って」
「……お前、アイス持ってきてるのか」
「当たり前だろ!」
「ねー、脱げたんだけど、ここハンガーないの?」
「来たとき見た気がするんだけどねぇ…誰か持ってっちゃった?」
「スタッフの人に聞いてくる!」
「ってミク、下着姿で出るな!」
「確か隣の部屋にはいっぱいあったわ。私が取ってくる」
「いや、ルカ、それもどうなの」
「大丈夫、あんな鍵くらい兄さんの力なら」
「いや、待ってって!」
「壊しちゃ駄目だよー、大体お姉ちゃんが怒られるんだからね!」
「いや、おれも怒られるけどね?」
「何でもいいからハンガー取ってきなさい。レンも脱ぐんでしょ? レンの 分と」
「私が行こう。どうやら邪魔なようだからな」
「おい、がくぽが拗ねてんぞ」
「え、私のせい!?」
「邪魔とか言ったのお前だろ!」
「いいから早く行け!」
 MEIKOの怒鳴り声が響いて、控え室内はようやく一瞬静かになった。


 

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