親友
「うわぁ……」
ちょうど収録が終わったばかりのスタジオに入りこんだKAITOは、照明の集中するその場を見て、思わず呻きのような声を上げた。ほぼ同時にスタジオの明かりがつく。どこかのマンションの一室のようなセットの床一面に茄子。そしてその中に埋もれるようにして、がくぽの姿があった。周りのスタッフがわらわらと寄っていく中、KAITOもゆっくりとそこに向かう。体を起こして頭を振っていたがくぽが、その姿に気付いて声を上げた。
「KAITO! 来てたのか」
「今来たとこ。撮影は見てないけど。それにしても凄いな、これ……」
全部本物か、と近寄って一個手にして呟く。固いような柔らかいような奇妙な感触。あまり強く握ると潰れてしまいそうだ。がくぽは笑ってようやく立ち上がる。
「こんな偽物大量に用意する方が難しいんじゃないか」
「まあねぇ」
ぽん、と茄子を放る。片付けをしているスタッフが床に落ちる前に手に取っていた。邪魔になりそうだったのでその場から引く。がくぽも付いてきた。
「今日終わり?」
「ああ。KAITOはどうなんだ? この時間まだ撮影じゃなかったか?」
「延期。主役の子が怪我しちゃって」
「大丈夫なのか?」
「さあ……人間の怪我はよくわからないな」
離れた場所にあった机にKAITOは直接座る。がくぽは正面に立ったままだった。
「KAITOは人間との仕事も長いだろ、そんなんでいいのか」
「がくぽ。ワガママな女の子の言葉は何年経っても理解できるもんじゃない」
人差し指を立て、真顔でそう言うとがくぽは真剣な顔になって頷いた。わかったのかどうかはわからなかった。
「つまり仮病か?」
「それもわからないって言ってんの」
まあ心配するほどのことではないと思うが。見た目ではわからない怪我というのはある。本当ならそういうとき助けてやるのがアンドロイドの勤めだ。
「がくぽはさ、目の前で女の子が倒れて泣いてたらどうする」
「優しく抱き起こして慰めつつ、歩けないようならお姫様抱っこしておれの家に連れて行くな」
「最後がおかしいぞ、それ」
苦笑するとがくぽも笑った。真面目に答える気はなさそうだ。
「KAITOはしないんだな」
「優しく抱き起こす、まではやるけどねー。下手に声かけたら相手がおれに惚れちゃうじゃない?」
「なるほど、そうだな」
「……ごめん、今突っ込んで欲しかった」
真顔で言い返すがくぽにがっくりと肩を落とす。がくぽがいまだスタッフの走り回るスタジオの方を振り向いた。
「だが、人間は私たちに惚れるぞ」
「……まあねぇ」
「そういうとき逃げないのがいい男の条件だ!」
「誰から聞いたの、それ」
「リンだ」
「……おれにはそういうこと言ってくれないのになぁ、リン」
「聞いてみればいいではないか。妹として扱うから、妹としての言葉しかくれんのだ」
「いや、妹だし」
KAITOはそこでふと言葉を止めた。
「……がくぽは兄弟じゃないんだよね」
「何だ、今更」
「兄貴でも弟でもおかしいかな」
「私を兄弟扱いしたいのか?」
「おれたちはみんなそうなんだよ」
一人だけ違うってのも寂しいじゃない。
そう言いながらKAITOは机から飛び降りる。そろそろ撤収作業は終わりそうだ。
「私は今のままで十分だぞ? お前の兄も弟もごめんだ!」
「えー。じゃあ何」
「親友だ!」
満面の笑みで言い切るがくぽは何だか輝いている。
2人してスタジオを去りながらKAITOは続けた。
「ええと、ありがとう?」
「ん? お礼を言われることか?」
「まあ、それも変かな」
がくぽの声は廊下中によく響く。つられるようにKAITOの音量も上がっていた。
「よし、がくぽ、親友として相談がある」
「わかっている。その話をしにきたんだろう」
「アイドルの子がおれに惚れて困ってる」
「ああ、その相談は私には無理だ!」
「少しは考えろよ……!」
笑顔のまま即答するがくぽにKAITOももう、笑うしかなかった。
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