「リンちゃんなんか大っ嫌い!」
「わ、私だってミク姉なんか大嫌い!」
「私の方が嫌いだよ!」
「私だって! 顔も見たくないんだから!」
「そうだよ! 口も聞きたくないの!」
「ロードローラーで轢いてやりたいとか思ってるの!」
「ネギで叩いてやりたいんだから!」
「……それ、ミク姉前にやったー! 嫌がらせだったの!」
「え、いや……」
「ネギ臭くなったけど我慢してたのに!」
「ごめん! ごめんリンちゃん! 違うの、あれは叩いたんじゃなくて、あの」
 リンを睨みつけていたミクが表情を崩してリンに手を伸ばす。
 だが、すぐにはっとしたように体を引いた。
「そ、そうだよ、嫌がらせなんだからね!」
「えー……」
 リンが一瞬息を呑んだが、すぐに表情を切り替える。
「やっぱりミク姉大っ嫌い!」
「私だって大嫌いー!」
 自棄のような2人の大声が、家中に響き渡っていた。





「何なんだよ、あれ」
 ソファに座ったまま2階を見上げるレンは呆れたような口調でそう言った。
「まあ……あんまり心配することのようには思えないけど」
 1階まで聞こえてくる声に、MEIKOも気軽に返しつつもため息をつく。そしてほぼ同時に、少し不安げにリビング入り口に立って2階を見上げているKAITOを見た。
「KAITO、とりあえず座んなさい」
「知ってんだろ、事情?」
「……2人とも心配じゃないの?」
「何で?」
「だって、ミクとリンが喧嘩してるんだよ?」
「いや、別に本気の喧嘩に見えないし」
「あんた本気の喧嘩だって思うわけ?」
 何言ってるんだとでも言いたげな表情の2人に、今度はKAITOがため息をついた。
「あー……やっぱりそうかぁ」
 言いながら大人しくソファに座る。2階の2人は、もう語彙も尽きたのか大分静かになってきていた。
「? あんたらしくないわね。ホントに喧嘩かもしれないと思ったの?」
「ああ、いや、そうじゃなくてね」
 KAITOはそこでようやくMEIKOに視線を合わせ、苦笑する。
「喧嘩に見えなきゃいけないんだけど。やっぱあれじゃ駄目だなぁって」
「だからどういう意味だよ」
 問いながらも、レンはあまり気にした風でもなかった。バナナを手にしたまま呑気な顔で笑っている。
「ええと、2人で男を取り合う女2人を演じなきゃいけないんだよね」
「ああ、兄ちゃん取りあうんだ?」
「うん、まあそうなんだけど」
「それで険悪なムード出そうとしてるってわけ?」
「やっぱ似合わないよなぁ」
 実は今日撮影だったんだけど、失敗してね、とKAITOが笑う。
「2人とも目で会話しちゃうっていうか。台本には2人が言い争う、としか書いてないしね」
「台詞考えてあげればいいじゃない」
「姉さんやってよ、おれ、女の口喧嘩とか無理」
「私のやり方じゃミクたちには合わないわよ」
 学んできたのは大人の女。ヒステリックに喚く女の役もやったことはあるが、年齢が違うと、やはり発言内容だって大きく変わる。
 MEIKOはレンを見た。
「……おれに期待すんな」
「まだあんたの方が近いんじゃない?」
「そうだなー、レン、恋敵相手に何て言う?」
「だからおれに聞くなよ。……まあ、おれの女に手を出すなとかじゃね?」
 それでも律儀に答えたレンにKAITOが頷く。
「なるほど。……私の男に手出すな、か」
「あれ、そう言われると何か違わねぇ?」
「お兄ちゃんに近づかないでよ! みたいな?」
「いや、お兄ちゃん役じゃないから」
「そこはどうでもいいのよ」
 3人であれこれ語っていると、いつの間にか2階から2人が降りてきたようだった。
 喧嘩台詞を口にし合っている3人に驚いたように足が止まっている。
「あ、ミク。リンも。終わったの?」
「終わったっていうか……」
「お兄ちゃんたち何やってんのー?」
 リンは笑顔のままリビングへと入ってきた。定位置であるレンの隣に座ったとき、レンが軽くその腕を叩く。
「……何?」
「いいのか? 隣取られてるぞ」
 ミクも定位置であるKAITOの隣に座った。一瞬きょとんとした2人がはっとしたように立ち上がる。
「み、ミク! そこは私のものよ!」
「リンちゃん! ……じゃない、リンには絶対渡さないんだからね!」
 言いながらも、立ってしまったミクの隙を縫うようにリンがソファにダイブする。慌てて腰を下ろしたミクが、リンの上に乗り上げる形になった。
「あ、酷いー!」
「駄目ー! お兄ちゃ……KAITOの隣は私なの!」
「ちょっ…! 2人とも危ないって!」
 ソファの上で争う2人。
 じゃれあってるようにしか見えないが、2人の表情は真剣だ。
 巻き込まれて何故か蹴りまで受けてたKAITOは諦めてたようにソファから移動 する。
「あっ」
「何でー!」
「……家の中でもやるの、それ?」
「やるよ! 出来るまでやるんだから!」
「だよなー、女の恋の執念ってのは恐ろしいからなー。油断なんかしてられないしなー」
 棒読みで言うレンに、ミクとリンは更に闘志を燃やす。
 MEIKOがぼそりと呟いた。
「……面白がってるわね、あんた」
「PV成功のためだろ」
 マイペースな兄が振り回されるところを見てみたいという気持ちも多分にあったが。


 

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