睨まれている気がする。
　 控え室でテレビを見ながら、ぼんやり自分の出番を待っていたときふと気付いた視線に、MEIKOはそちらに目をやることなく考える。
　 気のせい、と思いたいが相手の視線は自分から動くことはなく、そこに強い感情がこもっているのは感じられた。目を合わせるべきか、それとも収録が終わるまでは大人しくしているべきか。
　 ただ時間だけが流れる中、先に動いたのは相手の方だった。
　 立ち上がって、MEIKOに近づいてくる。
「お久しぶり」
　 その言葉にようやく顔を上げた。
　 MEIKOがデビュー当時に何度か一緒に仕事をしたことがある相手。プライドの高さと自己中心的な性格で周りと揉め事を起こすことが多かったが、確かな実力はあり、現在もスターとしての位置を維持している歌手。
　 その目にこもる敵意には気付かない振りをして、MEIKOは僅かに笑顔を作って返す。
「お久しぶり」
　 それ以上の言葉は出さない。会話を続ける気もなかったから。だが相手はMEIKOの隣に座り込むと顔を寄せてまじまじとその瞳を覗き込んでくる。
「……何よ」
「……変わらないわね」
「は？」
　 その女性がMEIKOの頬に手を当ててくる。思わず体が引きかけたが、手つきは特に乱暴でもなかった。この触れられ方は覚えがある。
　 相手への感情のこもらない、機械への触れ方。
「……何かね、むかつくの」
　 はっきりと言い放つ彼女は、やはり昔と少しも変わっていない。言いたいことがあるなら言えばいいと思っている。それにはMEIKO自身も僅かに共感する。少なくとも、意図もわからないまま睨まれるよりは良かった。MEIKOは黙って次の言葉を待つ。
「どうせすぐ消えると思ってたのに。何年も居られると私が老けたの目立つじゃない。今日久々の共演だから絶対昔の映像出るわよ。前はあんたの方が年上に見えたのにね」
　 女の言葉はMEIKOへの言葉というよりは愚痴に近かった。ぴん、と頬を弾かれ、MEIKOは黙ってその手を下ろさせた。おかえしとばかりに相手の頬に手を当てる。
「老けて見えるのは厚化粧のせいじゃないの？」
「なっ」
「確かにね。あんたがおばあちゃんになっても私はこのままよ。同じように老けない家族が居るし、ずっと同じ声で歌い続けられる。幸せ。そりゃまあ、嫉妬されるのも無理はないわね」
「あんたね……」
　 女が思い切り睨みつけてきたが、これは作っている顔だ。本心じゃない。案の定、相手はふっと気が抜けたように笑った。
　 そしてようやくMEIKOから離れて行く。
「あーむかつくっ。本気で幸せそうだからむかつくっ！」
　 何故幸せだからとむかつかれなければいけないのか。
　 まあその理由がわからないほど経験が浅いわけでもない。MEIKOは苦笑して呟くように言う。
「嫉妬ぐらいわするわよ、私も」
「あんたが？　それだけ恵まれててどんな嫉妬するってのよ」
　 女が振り返って睨みつけてくる。その言葉にムッとするのは、人間に近い感情なのだと思う。
「私より売れてる奴に言われたくないわね。それ」
　 実力の結果だとは思う。だが、だからこそ、MEIKOは女に嫉妬する。女は一瞬呆けたように表情を崩したが、MEIKOはそれを見ずに立ち上がる。
　 そろそろ時間だった。
　 動こうとするともう１度女は近づいてきた。僅かに目を細め、まだ机に手をついているMEIKOを見下ろしてくる。
「ふうん…。機械にもそんな気持ちあるんだ。実力差を正確に理解してるのも機械っぽいわね」
「そこは感情で決めるところじゃないでしょ」
「あんたホントに歌が全てね」
「そういう機械、よ。私たちには恋愛の楽しみもセックスの楽しみもないしね。そっちばっかにかまけてる奴に負けたくないっていうか」
「……結局皮肉か」
「身に覚えがあるからそう聞こえるんでしょ」
　 立ったまま睨みあう２人に、スタッフの声が割って入った。
　 出番だ。
　 廊下を歩きながら、まだ女は続ける。
「男が駄目なのは勿体ないわね。うん、それなら私は負けないわね。ずっと」
　 MEIKOが一瞬足を止める。女はそれをちらりと見てそのまま足を緩めず声だけかけた。
「男も酒も知らない奴はガキの歌しか歌えないわよ。あ、あんた酒の楽しみはわかるんだっけ？　今日の打ち上げ出るんでしょ。弟くん呼んでくれたら男紹介してあげてもいいわよ」
「…………」
　 MEIKOはしばらく沈黙して、早足で相手を追いかける。
「……KAITOなんか呼んでどうするのよ。あいつ、酒は飲まないわよ」
「飲まないの？　飲めないんじゃなくて？　ま、どっちでもいいわよ。アンドロイドの体って興味あるじゃない。１度試してみたかったのよねー」
「……あんた、ほんっとに変わってないわね」
「変わらない、は褒め言葉ね。で、どうなのよ」
「その気があるならあんたに紹介してもらわなくても相手ぐらい見つけられるわよ」
「……まー、そうね」
　 予想はしてたのか軽い口調で女は返す。
　 ちょうどスタジオに着いた。
「MEIKO」
「何」
「今度直接あんたの弟落としにいくわよ」
「……あれは結構手強いわよ」
「いいじゃない、燃えるわ」
　 女の目が輝いている。
　 歌も恋愛も、嫉妬や憎しみさえも、何事も全力なのだ。
　 少し見習いたいな、と家族に聞かれたら嘆かれそうなことをMEIKOは考えていた。

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