7.ロボット

  ハロウィンが終わった。


  大分取れたな、とMEIKOは鏡の中の自分を見つめながら軽く頬を弾く。ハロウィンの黒猫仮装のために真っ黒に塗っていた顔は、もういつも通りだ。髪はまだ黒いままだが、こちらは後で風呂場ででもやろう。
  MEIKOは顔を拭きながら歩き始める。足に何か当たって、尻尾をつけたままなのに気が付いた。そういえば黒の全身タイツを脱いでいない。一旦部屋に戻るかと、それを伝えにリビングへ行ったとき、リン、ミク、レンの視線が一斉にMEIKOへと突き刺さった。
「お姉ちゃん……」
「何? どうしたの」
  不安げに揺れるミクの瞳に、気になって中へと足を踏み入れる。キョンシーの仮装をしていたミクは、帽子を取っただけでまだ着替えていない。リンはいつもの格好だ。元々白いスーツだけ被ってお化けだと言ってただけなので当然だろう。吸血鬼仮装をしていたレンは、マントだけ脱いだ状態でどこかのおぼっちゃんみたいだ。
  そしてソファに座っていたのは、衣装が間に合わずいつもの格好だったKAITO。そのKAITOが、こちらに顔を向けた。……顔だけを、向けた。
  「とにかく怖いものを!」と考えたKAITOは首を抱えたゾンビの絵を見て、これだとばかりに自分の首を取り外すという暴挙に出た。確かに自分たちアンドロイドは首が取れたところで死ぬわけではないが、自分で改造できるほど簡単な構造でもない。中のコードも外せず、首が微妙に浮いた状態になっていたKAITOは、何だか苦しそうだった。
「姉さん、どうしよう」
  体の向きはそのままに、頭だけ180度近く回転してこちらを見ている。繋がったままのコードが僅かにねじれていた。
「元に戻らない……」
  KAITOの呟くような言葉にMEIKOは大きなため息をついた。




「この馬鹿」
「ごめんなさい」
  タクシーの中。
  修理センターに向かう途中。とりあえず首元はマフラーでごまかしてるものの、酷い違和感がある。運転手は何も言ってこないが、アンドロイドだとわかっただろうか。
  支えていないと安定しないらしく、KAITOは両手でずっと頭を持ったままだ。
「チェックもするから今日は多分入院だそうよ」
  電話してみれば呆れられた。自ら首を外すアンドロイドなどKAITOぐらいだろう。この調子に乗りすぎる性格は何とかならないものか。ついでに頭の検査もしてもらった方がいいかもしれない。それで、今までと違うKAITOになってもそれはそれで嫌なのだが。
  MEIKOはKAITOを見つめ、何となくそのマフラーをずらしてみた。
「ちょっ、姉さん?」
  KAITOは慌てたように運転手の方を見るが、運転手は反応していない。気付いてないのか、気付かない振りをしているのか。
  KAITOの首元から色とりどりのコードが見えた。自分の体の中なんて見たことがないから、妙に新鮮だ。
「こういうの見てるとね」
「うん?」
「私たち、人間じゃないんだなぁって思うわ」
「………」
  KAITOはまた運転手を見たが、諦めたように視線を逸らした。別にアンドロイドとばれてまずいことはない。テレビにも出ているMEIKOたちなので知っている者は知ってるだろう。
「こういうの見ないと思わないってこと?」
  KAITOはそんな返しをしてきた。MEIKOは少し迷って、結局頷く。
「例えばドラマでも小説でも出るのは人間ばっかじゃない? 怪我したら血が出るもんだって刷り込みがあるのかもね」
  私たちはしないけど。
  MEIKOは自分の体に目を落とした。
  怪我なんて滅多にしないから、それは忘れそうになる。
「ええと……嫌?」
「何でよ」
  でも、もうちょっと。
  もうちょっとアンドロイドが当たり前に居るようになれば、自分たちは異端だと感じなくなるような気がする。
  MEIKOはもう一度KAITOの首元を見た。いつの間にかマフラーが直されていて、その中はもう見えない。
  「違った部分」は隠す自分たち。
  むしろこれがいけないのだろうか。
「KAITO」
「何」
「やっぱ、しばらくそのままでいる?」
「えええ!?」
  常に意識していたら、感覚も変わるかな、と軽い気持ちだったのだが、KAITOには意地悪に聞こえたらしい。嫌がってる。そもそもこのままでは不便だろうが、確かに。
「頭がコードレスになればいいのに」
  KAITOが何故かため息まじりに吐き出した言葉には思わず笑った。
  自分をアンドロイドだと、一番はっきり認識しているのはこの弟だ。使えるネタは何でも使ってきた成果だろう。
  よし、自分も今度腕を外してみよう。
  間違った決意を固めて拳を握るMEIKOを、KAITOが不思議そうに見ていた。


 

戻る