6.家族へ
「あのね、お兄ちゃん相談があるんだけど」
「何だい? 何でも言ってごらん」
「恋の歌なんだけどね。男の人はこういうときどういう気持ちなのかなーって」
「どんな歌詞? ああ、これはね。これはー……えーと」
ミクは言葉を止めて手元の歌詞を見下ろした。
わからない。
次。
「お姉ちゃん! ちょっといい?」
「なあにレンくん? お姉さんが何でも相談に乗ってあげるわ」
「この歌詞の意味わかんないんだけど…。女の人ってキスするときどんな気持ちなのかなぁ」
「うふふ。試してみる?」
「え!」
『何やってんだお前』
手を頬に当てて驚くようなポーズをしたとき、突然画面からマスターの声が振って来た。ミクは固まって引きつったような声を上げる。
おそるおそるモニターの外に目をやれば、マスターが呆れた目で画面のミクを見つめている。
「い、いつから見てた?」
『最初から』
マスターの声がパソコン内に響く。実際に喋ってるのではない。文字を打ち込んで、それがミクに伝わってくる。
ミクは喋っているだけでマスターに聞こえてしまうのに。
「し、シミュレーション……?」
『何だそれ』
「だって、まだ決まらないんだもん……!」
ミクは足元に散らばったファイルを並べてマスターに見せ付ける。
リン、レン、KAITOにMEIKOのイラストと説明書。
家族が欲しいと言ったら、誰か一人だけなら買ってやると言われた。だけど選べない。お兄ちゃんも欲しい。お姉ちゃんも欲しい。弟も、妹も欲しい。
「だから、その、お兄ちゃんと二人ならこうかなー、とか…レンくんと二人ならこうかなー、とか……」
最初は女性陣で。
女の子の方が仲良くなれるかもしれない。でも、ライバルにもなるかもしれない。
男の人だったらミクにはわからない男の気持ちがわかるかもしれない。でも仲良くなれなかったら男と二人きりは辛いかもしれない。
プラス方面にもマイナス方面にも想像が働きすぎて、ミクはもう一週間は迷い続けている。
『決まらないならおれが決めるぞ』
「待って! もうちょっと考えさせて!」
『結論出るのか?』
「だ……出す!」
『じゃあ今日中な。日付変わったら聞きに来る』
そう言ってマスターはある動画サイトを立ち上げた。
そのままそこから去ろうとする。
「……マスター?」
マスターはもう何も言わなかった。いや、言っていたのかも知れないが打ち込んでくれないとミクには伝わらない。
ミクは開かれた動画サイトを眺める。
正直見た目以外は声も性格も、どのVOCALOIDもばらばらだ。
このお姉ちゃんならいいけど、こっちのお姉ちゃんだと自分の方がお姉ちゃんみたいだしなぁ…。
ミクは呟きながら動画を見ていく。
自然と立ち上がっていた。
「初めましてお姉ちゃん! 私はミクです」
「あら、かわいい子ね。私はMEIKO。よろしくね」
「ねえお姉ちゃん。この歌どうかな?」
「可愛いわね。ミクに似合うと思うわ」
「でもお姉ちゃんにも歌って欲しいなー」
「ええ、私には似合わないわよ」
「歌って歌ってー!」
ミクは叫んだあとしばらく止まり、また表情を切り替える。
「リンちゃんって。ロードローラーが好きんなんだよね」
「うんっ、大好き。でもミク姉のことはもっと好き!」
「わーい、ありがとー!」
何もない空間を抱きしめるように飛びつくミク。
勢い余って躓いて、さすがに少しむなしくなった。
「……マスターぁ」
モニターの外には誰も居ない。
だけど思わずミクは呟く。
「やっぱり一人は寂しいよ」
寂しいというか。
むなしい。
『自分で自分をむなしくしてないか』
唐突にマスターの声が入った。
「!」
『おれも欲しくなってきた。お前、一人だと凄い暴走しそうだ』
リンレンなら一人分の値段で買えるし、それにするぞ。
マスターの言葉がそう続いて、ミクは頷いた。
一週間妄想しすぎて疲れてしまったのかもしれない。
いずれマスターの財布に余裕が出来たら、またおねだりしよう。だから今は、一刻も早く、家族が欲しい。
お兄ちゃんもお姉ちゃんも捨てがたい。でも、でももう考えるのは止めだ。誰が来たって、きっとここは楽しくなる。
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