4.長年の夢

「……良し」
  鍵が閉まっているかの確認。自分の服の確認。壊れ物の移動。窓も全て閉めたあと、MEIKOは台所で一つ気合を入れた。テーブルの上に並ぶのは、色とりどりのビンに入ったお酒。それを眺めているだけで自然笑みが浮かんでくる。そして時間の確認。夜7時。ミク、リン、レンの3人は泊まり込みの仕事で明日の夕方まで帰って来ない。酒を一つ手に取る。リビングに移動しながら、ふと思い直して3本ほどまとめて抱えた。リビングには既に用意したツマミが置かれている。ソファには呆れた顔をした弟の姿があった。
「さあ、飲むわよ!」
「……うん」
  かつてはこれほどの酒を一度に消費できるほど、稼ぎが良いわけではなかった。
  そして稼げるようになってからは弟妹の存在があった。
  弟妹たちが居る前で乱れるわけにはいかないと自制し続けていたお酒の量。今日は、思う存分飲める。これが、MEIKOの長年の夢。
  服は汚れてもいいものを。暴れた場合に物を壊さないように。
  弟妹たちに何かあったり、自分が洒落にならない行動を取り始めたときのために……KAITOも居る。
  ありそうでなかったこのシチュエーション。
  MEIKOはわくわくしながら最初の一杯を一気飲みした。おいしい。高かっただけはある。
「おれ、ずっと居なきゃ駄目?」
「今日は付き合ってって言ったでしょ。ちゃんと今度埋め合わせはするから!」
「埋め合わせなぁ……」
  何でもする、とは言ったが交換条件はまだ出されていない。思いつかないようだったら適当にプレゼントでも買ってごまかそうと思っていた。悪いな、とは思いつつも所詮身内だ。遠慮はしない。
「ため息止めなさいよ、お酒がまずくなるでしょ」
「おれ、アイス食べてていい?」
「お酒飲んでる前で甘いもの食べられるのもねぇ……」
  KAITOは酒を飲まない。見張りのためのKAITOに酔っ払われては困るし、そもそもKAITOは酒を飲んだことはない。理由は簡単だ。家の酒は全てMEIKOが飲むからだ。とりあえずツマミに手を付け始めたKAITOには笑顔を向けて、MEIKOは今日このときを楽しもうとした。
  限界まで飲んだことはない。酔うことはあるが、理性をなくしたことはない。
  今日は、それを開放する。





  姉は限界まで飲んだことがない。
  どうなるかは、KAITOも知らない。本当のことを言うなら、あまり知りたくもない。
  「酔っ払った女性」は何度か見たことがあるし、話にも聞くが、目の前のMEIKOが、どのパターンに当てはまっても見たくない姿だと思う。甘えるMEIKO、暴れるMEIKO、泣くMEIKO、笑うMEIKO、愚痴るMEIKO、絡むMEIKO、いろいろ想像して、どれが一番マシかと考える。考えていないと暇だ。MEIKOと会話はしているが、飲む方が優先の上、段々呂律も回らなくなっている。
  普段ならこの辺りで止める。止めそうになかったらKAITOが無理矢理回収する。そうしろと言われていたし、そうするべきだと思っていた。
  しかし。
「KAITOー、あんたも飲みなさいよ」
  向かいに座っていたMEIKOが側に寄ってくる。
  人は酒を飲むと理性が飛ぶ。VOCALOIDは人ではないが、むしろ「一般的」反応は人間よりも人間らしく出来ている。KAITOも一定以上飲めばああなるのだろう。変なところに凝るマスターのことだから、酒への反応も固体差をつけているかもしれないが。
「おれは飲んじゃ駄目って言ったの姉さんだろ」
「少しぐらいいいでしょー、何女だけ酔わせてんのよー」
  MEIKOが言いながらけらけらと笑う。何だかKAITOは頭を抱えたくなった。
  やっぱり、これはちょっと見たくない。
「姉さん、もう止めない?」
「は? 何言ってんの。あと何本あると思ってんのよ。夜はまだまだこれからでしょー! 今夜は寝・か・さ・な・い」
「……だよねぇ」
  後半はさらりと無視しつつKAITOは呟く。
  何だろう、このペースは。
  まだようやく真夜中という時間帯なのに既にとんでもない量を消費している。
  酔っ払いの言動は人間らしいプログラムを組み込まれているが、体の不調に繋がらないためブレーキがないのだろう。KAITOは時計を見つめてため息をついた。
  そういえばいつの間にか、KAITOに飲めとは言って来ていない。
  話を逸らし続ければ、何とかなるか。
「姉さん」
「何ー」
「これからあんまり人前で飲まないでよ」
  これが普通の酔っ払いの姿とは思っても、やはり姉に求める理想像というのがあるのだろう、自分の中で。
  これを交換条件にしようかと思いながら絡んでくるMEIKOにKAITOは渋い顔を返していた。





「………」
  翌日。
  綺麗に記憶も飛び、KAITOの手で片づけられた部屋の中でMEIKOは大人しく話を聞いていた。
  昨日何をしたか。酔った自分はどうなったか。
  KAITOが切々と語るそれに、MEIKOは自分が青ざめていくのを感じた。実際に青ざめはしないが。
「……そう、なの」
「うん」
  暴れる。喚く。脱ぐ。挙句の果てに窓を突き破ろうとした、大声で卑猥な歌を歌い始めた、とKAITOは語る。
  話を聞き始めてからの決意は早かった。
  二度と飲むまい。
  ……いや、ちゃんと自制して飲もう。
  MEIKOが決意を固める側で、KAITOがこっそり舌を出していた。


 

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