3.美学
開かれたページを全員が真剣に見つめている。画面に映るは有名な動画サイト。ミクたちのマスターの初投稿作品。メインはミクで、全員がコーラスに参加していた。
「あ、今んとこおかしい」
隣でリンが小さく呟く。ミクも気付いた。編集時のミスなのかどうか、音が一瞬乱れた。声だけでなく伴奏も一緒に乱れたのでミクたちのミスではないだろう。先ほどのコーラス部分はリンとレン。
5分足らずの動画の再生が終わり、全員がほっと息をついた。
「……どうだろう」
「どうかしら」
「微妙だなぁ」
「ここで聞いてるともっといい感じなのにねー」
なんだかんだで動画投稿に関しては素人。微妙に悪くなった音質には、やはり不満を隠せない。
「ねえ、ホントにこれこのままにしとくの? たくさんの人に見られる前に直した方がいいんじゃない」
「直すったってなぁ……」
全員がモニター外のマスターに目をやる。ここ数日ほとんど徹夜で作業をこなしていたマスターは、動画再生前に机に突っ伏して眠ってしまっていた。ミクたちで勝手に再生したのだ。多分マスターは自分で再生して寝てしまったのだろうと思うだろうが。
「……このままだろうな」
「ああっ、再生数増えてく! 何か、あれ見られるの嫌だー」
リンが叫ぶように言ったが、もうどうにもならない。初投稿なのだから、こういうことも含めて次回頑張ればいいのだ。
「仕方ないよ。マスターだって頑張ったんだから。私たちの役目は歌うだけで終わり!」
ミクは明るく言ってページを閉じようと手を伸ばす。それをレンが掴んで止めた。
「何?」
レンがちらり、ともう1度マスターに目をやる。
「他の動画も見てみようぜ。しばらく起きそうにないし」
「あ、それいいー! マスター、あんまり見せてくれないもんね」
「駄目だよ、変な影響受けちゃ困るってマスター言ってただろ」
「そうそう。あんたたちのためよ。動画にはあんたたちの同型がいっぱい居るんだから」
「だからこそだよ!」
「そうだよ、見てみたい!」
リンとレンがいつものようにMEIKOたちに逆らって声を上げる。ミクはそのやり取りを見ながらこっそりページに手を伸ばし……他の動画を表示させた。
「ああっ」
「ミク!」
「私も見たいんだもんー」
まさかミクがやるとは思わなかったのだろう。驚いたMEIKOたちにしてやったりとミクは笑顔を漏らす。リンとレンがさっ、とミク側に寄ってMEIKOたちに対峙した。
「多数決で決定! おい、これ何の動画だ?」
「あ、私……じゃなくて……レン?」
「え……?」
2人の声音に妙なものを感じ、ミクも動画に目をやる。流れてきた声は確かにレン。しかし画面に映っているのはどう見ても女の子。というより。
「……女装したおれかよ」
「……まあ、そういうイラストはあるよねー」
よりにもよって初っ端がこれだ。
歌詞は確実に男の子のものなのだが。肩を落としたレンに、笑って近づいてきたKAITOがとん、とその肩を叩く。
「……だからショック受けるって」
「……こ、これぐらいショックじゃねぇよ! 大体あれ、おれじゃないし!」
「マスターがいつかこういうのに目覚めないとも限らないけどね」
いつの間にかMEIKOも側に居た。
「おれはマスターを信じてる!」
「いい台詞だけど、流れが悪いな」
KAITOが笑う。その間に、リンが次の動画を開いていた。
「見たから影響受けるわけじゃないよねー。あ、ほら、こういうの見てたら逆に自分がやりたいこととかやりたくないこととかはっきりしてくるよね!」
「それもいい台詞なんだけど……」
KAITOが言いかけたとき、動画から音楽が流れてくる。今度はリンだった。お姫様のようなドレスで大勢の人を従えてる。途端にリンは目を輝かせて言う。
「これいいじゃん! 私これやりたいー!」
「……そういう影響がまずいんだと思うなぁ」
「一時期あんたも凄かったもんねー」
苦笑いで言うKAITOに、同じく苦笑いで返すMEIKO。2人の笑いの質は少し違っているようだった。
次の動画へ、と手を伸ばしかけていたミクは、再生を停止したまま思わず2人へと目をやる。
「……お兄ちゃんも?」
「あ、やっぱりKAITO兄ィたちも動画見たことあるんだろ! 勝手に!」
「勝手じゃないよ、あのときはちゃんとマスターに言われて……」
「あれで後悔したのよね。で、ミクたち以降は動画見せないようになったの」
「えええー」
「えー、じゃあKAITO兄ィのせいなのー!」
「何やったんだよお前」
一斉に責め立てる弟妹たちに思わずKAITOが体を引く。逃がさない、とばかりにリンとレンが飛びついた。リンがそのマフラーを引っ張る。
「吐けー! 何やったー!」
「ちょ、ちょっと待ってリン……!」
「何かマスターを困らせたんでしょー!」
ミクも逆方向から引っ張ってみた。KAITOの首が絞まっていく。人間なら生死に関わりそうだが、VOCALOIDなので痛いだけだ。と、思ってたがKAITOは口をぱくぱく動かし、声が出せない様子だった。
「あ、あれ」
「はいはい、止めなさいあんたたち。仮にも歌手の喉潰すんじゃないわよ」
MEIKOに制されて大人しく離れるリンとミク。
KAITOがごほごほと咳をしている間にMEIKOが動画のページを閉じた。
「ああっ」
「あのね。あの動画の中には特に色んなKAITOが居てね」
「あ、うん」
一瞬叫びを上げてしまったが、説明してくれるようだったので全員で大人しく続きを待つ。
MEIKOがため息をついた。
「マスターに裸マフラーやりたい、とか言い出したり変なネタ曲拾ってきては勝手に歌ったりしてね。マスターが人呼んだときにも空気読まず歌おうとするもんだから、」
「で、でも」
漸く復活したKAITOがMEIKOの言葉を遮って前に出てきた。
裸マフラーやネタ曲は私もやってみたいなぁ、と思ったことはとりあえず口に出さないでおく。
KAITOが言った。
「そういう曲の方がウケが良かったじゃん! どうせならたくさんの人に楽しんでもらいたいでしょ! マスターの友達にも喜ばれるかと、」
「うん、まあ歌ってたらウケたんだとは思うけど」
笑われるのはマスターなのよね、とMEIKOは残念そうに言う。
「喜んでもらえるなら……いいけどなぁ」
思わずミクが言うと、MEIKOはミクの視線に合わせて腰をかがめ、微笑む。
「まあね。だから間違っちゃいないんだけど、大事なのはマスターがそれを求めてないってこと。わかる?」
「あ、そっか」
ミクたちはマスターのために歌うのだ。
それが、一番大事なことだ。
今更気付いて思わず大声を上げたが、リンとレンも似たようなものだった。
ミクが笑顔で頷く。
「わかった。マスター困らせちゃいけないんだね」
「そうそう、というわけで動画見るのは駄目。マスター寝ちゃったんだし、あんたたちもそろそろ寝なさい」
「はーい」
返事をしたのはミクだけだったが、双子もそのまま一緒に自分たちのフォルダへと返って行く。ちらりと見れば、レンは少しだけ不満げだった。上手くごまかされた気がする、と呟いていたのには首を傾げる。
「でも、他人の見るのはいい勉強だよ絶対」
「おお、今度こっそり見ようぜ」
2人の会話は聞こえなかった振りをして、ミクはフォルダへと飛び込んでいった。
「……あー、あの動画やっぱりまだあるねー」
「もう消してくれないかしら……」
「あれは姉さんとは違うんだからいいでしょ」
「……外見が同じだとね……私がああいう格好してるように見えるじゃない……!」
MEIKOがどうしても見せたくなかった動画。
そう簡単には検索されないが、それでも可能性はゼロじゃない。
露出度の高いMEIKOのイラストと、きわどい歌詞。
どのボカロにもあるが、この動画のMEIKOの声はこのパソコンのMEIKOの声をとても近い。KAITOも思わず錯覚しそうになったほどだ。
「……姉さんじゃないんだよね?」
「あんたまで言うな!」
思わず確認してしまえば怒鳴られた。
動画は、やはり当分弟妹たちには禁止になるらしい。
レン辺りには後でこっそり教えてやろうかな。
KAITOは無責任に思いつつ、MEIKOと共に自分たちのフォルダへと帰っていった。
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