2.運転席

「あーあー…」
「どうしたリン?」
  ロードローラーの操縦席で立ったままため息をつくリンに、通りかかったレンが見上げて声をかける。リンはちらっとレンを見るとそのまま無言で手招きをする。何だよ、と口の中で小さく呟いてレンは操縦席に乗り込んだ。
「これ」
「これ……ああ」
「この前こぼしたジュース…完全に染みになっちゃった」
「そりゃそうだろ、タオルでざっと拭いただけだし」
「匂いもする…」
「……するか?」
「する!」
  嗅覚、という感覚はあるらしいのにほとんど感じた覚えのないレンは首を傾げる。あまり機能が良くないのだろうと思っていたが、リンははっきりそう言い放った。同型なのに違いがあるのだろうか。
  ……鼻声は関係ないよな?
「何とかなんないかな、これ」
「シート取り替えるしかないんじゃね」
「えー、お金かかりそうー」
  リンがそこでロードローラーから飛び降りる。見てても仕方ないと思ったのだろう。レンもそのまま続いてリンの後をついて行った。
「上の皮だけ綺麗に剥いでさ、洗ってもう1回付けるとか」
「あれって水洗いしていいのか? ってか、無理だろそんなの」
「お兄ちゃんなら器用だから出来るよきっと!」
「あいつが器用なのは歌の面だけで、手先は当てになんな…ってリン!」
  レンの言葉を最後まで聞かずリンは飛び出した。見れば、ちょうどこちらに向かってくるKAITOの姿。リンが全速力で走ってKAITOに飛びついて止めた。直前にKAITOが身構えたせいか、何とか2人とも倒れずその場に留まる。レンも小走りに2人の元へ向かった。
「お兄ちゃん、シート何とかして!」
「……ええと、何の話?」
  KAITOはリンではなくレンに目を向けてくる。その方が手っ取り早いと思ったのだろう。面倒くせぇ、と思いつつ一応簡潔に答える。
「ロードローラーのシートが汚れたんだと」
「ああ…何かやったの?」
「昨日ジュースこぼしちゃって…。シート切って剥いで洗えば何とかなると思う!」
「そ、そうかなぁ」
「多分ツギハギみたいな間抜けなことになるぞ」
「だよね。そんなに気になるもんなの?」
「だって変な色のとこあるし、匂いするし……ちょっとこっち来て!」
  リンはKAITOの腕を取り、再びロードローラーまで走っていった。見せた方が早いと思ったのだろう。
  レンがどうするきかな、とそれを見送っているといつの間にか隣にミクの姿。
「どうしたの?」
「あー……ロードローラーがな……」
  同じ説明をする気になれなくてそれだけ言うとミクが首を傾げる。
「ああいうのってちょっとぐらい汚れててもいいと思うんだけどな。リン、毎日磨いてるだろ、あれ。汚したくない、って思ったら使わなきゃいいわけで、そうなってくると本末転倒だし」
「ごめん、何言ってるかわかんない」
「……ごめん」
  ミクが真顔で言った言葉にレンは何となく謝る。難しい言葉なんてなかったと思うが。あれか。本末転倒か。
「リンちゃん、昨日あそこで漫画読みながらお菓子食べてたよね」
「そうそう。そもそもあいつロードローラーの使い方わかってんのか、って思うよな」
「わかってるよ」
「え」
  いきなり断言されてレンは驚いてミクを見る。ミクは微笑みながら、右手のネギを両手で握り締めた。
「それでもさ、好きなものとはいつでも一緒に居たいでしょ?」
「あー……」
  ミクのネギを見つめながら、レンは何も言えなくなってしまった。
  レンもバナナは好きだが、正直そこまでの執着はない。執着はないが……気持ちは、少しわかった。
「あいつ、ロードローラー好きだな」
「何でだろうねー」
「ミク姉も人のこと言えないけどな…」
「私はいつでもネギと一緒だよ!」
「わかってるよ」
  笑ってそう言って、レンはもう1度ロードローラーの方へ足を向けた。


 

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