没ネタ02

「ミクー。もう夜なんだけど」
「うん……」
「ここんとこ動きっぱなしでしょ? 充電もしないと」
「うん」
「明日は朝早いのよ?」
「………うん」
 MEIKOの手をぎゅっと握ったまま、ミクはMEIKOの言葉に頷く。あまり、耳に入っているようには見えなかった。左手をずっと握られているMEIKOは右手に持ったワンカップのビンを振っていた。もう中身がない。だけど、取りには行きにくい。ソファに並んで座るミクとMEIKO。ミクの右手はMEIKOの左手を、ミクの左手は…KAITOのマフラーを握り締めていた。
「ミクも歌う?」
「え……え、何を?」
 『歌』という言葉に反応したのか、ミクがようやく顔を上げた。MEIKOはカップを机の上に置くと、落ち着かせるように右手でミクの肩を叩く。
「レンが歌った別れの曲」
「…………」
 ミクが目を伏せた。MEIKOは下から覗き込んで、笑ってみせる。
「どうしたの。いつもはあれも歌いたいこれも歌いたいって言ってるじゃない」
 ちょっと大人向けの、表現のきつい歌や狂気の歌、あたまわるい歌に変態染みたネタ曲さえ、ミクは歌いたがる。だけどミクは、首を横に振った。多分、こんなことは初めてだ。
「レンくん……私たちが居なくなるって思った」
「ん? ……ああ、そうね。それを想像して歌ったんでしょうね」
 そう思うと少し照れ臭くはある。レン自身も最初は多少歌い辛そうだった。目の前に居る人に、目の前に居る人たちの別れの歌を歌うのだ。それでも、一旦入り込めばさすがというだけの歌ではあったのだけれど。
「……想像…したくないもん」
 ミクが握る手に力がこもる。
 歌が終わって、リンとレンが慌しく収録に出かけて、それからずっと、ミクはMEIKOとKAITOを離さなかった。想像……してしまったのだろう。ミクは真っ白な分、人の感情を自分の中に染みこませやすい。KAITOが仕事に行くのさえ一苦労だった。結局、普段は絶対外したがらないマフラーを置いていくことでミクも妥協したのだけれ ど。
「ミク、今までも別れの曲歌ったことあるでしょ?」
 KAITOとの別れを、歌ったことがあるはずだ。理解していなかったとは思えない。ミクは目を伏せたまま言う。
「あれは、お兄ちゃんじゃないでしょ。お兄ちゃんだけど、お兄ちゃんじゃなかったから…」
 なるほど。
 どうやらミクの方がレンより想像力が豊かだったらしい。架空の人物との別れ、でミクは歌えるのだ。知識ではないこういう感覚は、MEIKOにもよくわからない。そこが、ミクの凄いところだとは思うけど。
 でも。
「ミク、もし私たちが居なくなったらどうする?」
「嫌」
 即答だった。聞かれることを予想していたとは思えない。
「レンだって、それは一緒でしょ」
「…………」
 ミクが目を丸くする。これは、そのことを今まで考えてなかったための驚きだ。
「想像したくなくても、想像しなきゃ歌えなかったの。レンはいい歌を歌いたかっ たの」
 ミクの表情がみるみる変わっていく。暗く、沈んでいたはずの顔が、明るく。
「……そっか!」
 ついには、笑顔になった。
「うん、いい歌だった」
「そうね」
「凄く、いい歌だった」
「うん」
 語彙のないミクが、一生懸命にそれを伝えようとする。
 結局何より。いい歌を歌えることが一番。


 

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