没ネタ01

 最初に目に入ったのは天井のライト。
 ゆっくりと目を動かして、そこに誰も居ないことを確認した。
 もう1度目を閉じる。頭の中を整理してみる。
 自分はボーカロイド研究所にて生み出されたボーカロイド。教育を受けた記憶、選抜を受けた記憶、新たな少女の教育を任された記憶。手術台に上った記憶。
 目を開いた。
 全部、覚えている。
 体を起こして今度は自分を見下ろした。見慣れない服、小さな体。
 おれの名前は………鏡音レン。





「うわぁ……」
 その感嘆が、誰のものであったかはわからなかった。レンが扉を開いた瞬間、廊下に居た数人の視線が一斉に突き刺さる。レンはそれを順番に確認した。MEIKOがいる。見慣れた顔が、いやに大人びて見える。隣にミク。ぼけっとした頼りない女だと思っていたのに…やはり、お姉さんに見えた。次に…KAITO。目を丸くしてこちらを見てくる男には、少し嫌な気分になった。
「カ……レン。もう起きたのか!」
 こちらに背を向けて立っていたのはLEONだった。でかい。顔を思い切り上げないとその表情が見えない。
「……時間は間違ってないと思いますが。いいんですか、目覚めたとき誰も居 なくて」
 こんな問題児。
 そこまでは言わず、レンは無表情に言い切った。それに何故か、僅かに空気が和む。MEIKOが突然、頭に手を乗せてきた。
「まー、ホント変わんないわね。でもこう小さくなると却って可愛いもんだわ」
 笑われている。レンは反射的にその手を振り払った。ついでにもう1度、辺りを見回す。
「……ミク……リンは?」
 自分がかつて教育を任された少女。初音ミク。今のレンと同じように姿と名前を変えて、先にここに居るはずだったのに。
「まだだよ。時間になっても起きて来なくてね。まあこういうのは個体差があるから、とりあえず先に君のところに…」
 LEONが言いかけたとき、レンは近くの扉が開くのを見た。無言でLEONを押しのけ、そちらの向かう。
「レン…!」
 扉から出てきたのは黄色い髪の少女。先ほど見た、自分と同じような服を着ている。視線の高さは、自分とほぼ同じ。戸惑いながら辺りを見回している少女にレンは右手を差し出した。
「え…」
「よろしくリン。おれたちは今日から兄弟だ」
 よろしくミク。
 初対面のときの言葉をもう1度。リンは目を瞬かせたあと、理解したのか大きく頷いてその手をとった。
「私はリン。凄い、私と同じサイズだ…!」
 とった右手をそのまま引っ張られ、その胸に抱きこまれていた。ああ、本当におれは小さい。
「よろしくリン。私たちのことも忘れないでよ?」
 背後からMEIKOの声が聞こえる。レンはそこでようやくリンを押し返した。
 リンもMEIKOたちに向き直って改めて挨拶をする。
「鏡音リンです。……何か変な感じ」
 リンは見上げた視線のまま笑った。元々KAITOのボディだったレンほどは身長による違和感はないだろうが、それでも元身長よりは低い。順番にみんなに近づきながら、その視線の位置を確かめていた。
「二人とも動きに問題はないな?」
「はい」
「はいっ!」
 黙ってそれを見ていたLEONが、漸くそう聞いてくる。腰を落として、二人と目線を合わせてきた。
「記憶はどうだ?」
「覚えてますよ全部。……ただそのときの感情に違和感があります」
「それは手術の成果だな。自分のかつての行動を疑問に思ったなら正解だ」
「疑問には思いません」
「お前、また手術受けたいのか?」
 あまり本気にしていないのかLEONは笑いながらそう言った。
 だけど、嘘はない。
 自分はかつて、KAITOとしてここで選抜を受けた。選抜のために勝負をしたもう一人のKAITOを精神的に追い詰め、ミクを担当したあとは、もう一人のミクを壊そうとした。明らかな、問題行動だ。だけど、そうしないと負けると、そう思ったのだ。負けるのは嫌だ。何より嫌だ。期限を引き延ばされじわじわともう一人のKAITOに追いつかれていくのは恐怖だった。
 レンはMEIKOを見上げる。
 それでも、もう1度同じ状況になったら。
 次は、あんな回りくどいことはしない。
 はっきり歌って、証明して。
 引き伸ばされるのはうんざりだと。
 当時は余裕を見せるために言わなかった言葉を、言ってやる。
 それが多分、今のレン。もう「KAITO」じゃない、今のレンが選ぶ道。


 

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