【盲目の少女の元へ口の聞けない青年がやってきた。 意思の疎通がままならず焦る二人。しかしいつしか 二人だけの暗号が出来上がり……】
激しい風の音。
窓を閉める音。
風の音、弱まる。
女 あー寒い。今日はホント風が強いわねえ。雪まで 降りだしちゃったし。姉さん、ちゃんと 帰ってこれるかしら。姉さん運転下手だからどこかでスリップしてる かもしれないわね。
パチパチ、と何か燃える音。
女 あーもう!こんな広い部屋、これくらいの暖炉で暖まるわけ ないじゃない。毛布でも取ってこようかな。
扉を激しく叩く音。
女 あら。姉さんかしら。
女、扉に近付く。
女 でも姉さんなら鍵持ってるわよね……。姉さん?姉さんなの?
扉を叩く音。
女 どうしよう……。でも誰かいるならこの吹雪の中、開けないのも 悪いわよね……。あのー誰かいるんですかー?
扉を叩く音。
女 返事くらいしなさいよねー……。
扉を開ける。
風の音、激しくなる。
女 誰か……きゃ!(じゃりじゃりと、人が踏み込む音)。 ちょっと!(扉を閉める音)勝手に入らないでよ!誰なの!
間。
かちゃかちゃと部屋の中をいじくる音。
女 ちょっと……何やってるの。私、目が見えないのよ? 勝手に部屋の中荒らさないでくれる!?
音、止まる。
しばし、風の音のみ。
やがて、静かに女の歩く音。
椅子に座る。
女 まあ、この吹雪の中出て行けとは言わないから。 この辺は他に家もないしね。たださっきも言った通り、私は目が 見えないの。だからせめて名乗るくらいはしてくれる?
沈黙。
女 何かしゃべるくらいはしてくれない?
沈黙。
女 しゃべらないなら追い出すわよ。
少し間。
壁を軽く叩く音。
女 何?
壁を叩く音、2回「コン、コン」。
女 何やってるの?何がしたいの?
「コン、コン」
女 それが返事?
「コン」
女 あなた口が聞けないの?
「コン」
女 嘘でしょ。
「コン、コン」
女 それはNOってわけ?
「コン」
女 つまりそれがYESね。
「コン」
女 わかったわ。本当かどうかはともかく。あなたは口が 聞けないのね。
「コン」
女 じゃあ勝手に聞くわ。あなたどうしてここに来たの?
沈黙。
女 ああ、二択じゃないと駄目ね。あなた遭難したの?
「コン」
女 こんな山奥で?何やってたの?旅行?
「コン、コン」
女 仕事?
「コン」
女 仕事ねえ。あ、別荘の管理とか?
「コン」
女 あら当たり?そうね、この辺別荘多いもんね。冬はこの通りだから あんまり人は来ないけど。バイトとかで来たの?それとも毎年来るの? ……あ、質問は一つずつよね。バイト?
「コン、コン」
女 毎年来てるの?
「コン、コン」
女 今年が始めて?
「コン」
女 ふうん。ま、そうじゃなきゃこれくらいの天気で遭難しないわよね。 ひどいときはもっとひどいんだから。この辺の人には常識だしね。 でも私もほとんど生まれた時からここ住んでるけどさー、なかなか 遭難していきなり人の家飛び込んでくる人いないよ?
「コン、コン、コン」
女 あ、何か新しいわね。それは何?「すみません」?「ごめんなさい」? ……あ、どっちも一緒か。
「コン」
女 (笑って)そんなものにまで答えなくていいわよ。じゃあ 「すみません」ってことにしとくわ。
「コン」
女 あ、そうだお茶でも飲む?そういえば遭難したんならそれなりに ひどい格好になってるはずよね。ごめんなさい、見えないから 気付かなかったわ。とりあえず、服濡れてるなら暖炉の前で 乾かして。私、お茶持ってくるから。
「コン、コン、コン」
女 え?それも「すみません」?ニュアンスがあり過ぎて困るわね。
女の歩く音。
服を脱ぐ音やお茶の用意の音が聞える。
女 はい。お茶ここに置くわよ。椅子もその辺の座っていいから。 それと、これタオル。適当に使って。
二人、椅子に座る音。
お茶を飲んでいる。
女 他に何か欲しいものある?
「コン、コン」
女 そう。ま、雪が止むまでここにいなさいよ。 姉さんも雪が止むまで帰って来ないだろうし。 私も一人で退屈してたしね。あなた、今いくつ?20代?
「コン」
女 あ、じゃあ私と一緒か。私より年上かな?
「コン、コン」
女 あ、何それ。私の方が老けて見えるって?私、22よ。 あなたそれより下?
「……コン…コン」
女 ほうら。あなたの方が年上じゃない。いくつ?25より上?
「コン、コン」
女 24。
「コン、コン」
女 23。
「コン、コン」
女 え?22?
「コン」
女 何だ同い年か。確かに年上じゃないわね。 じゃあさあ……あ!肝心なこと聞いてないわね。あなた女の人?
「コン、コン」
女 あら……。男の人だったの?何だ、ちょっと意外。 気配からは女の子っぽかったからさ。
「コン、コン!」
女 (笑って)ごめんなさい。冗談よ。ただちょっと背が低い感じが したから。
「コン、コン!」
女 え?それも違うって言いたいの?駄目よ、それくらいはわかるん だから。高い方じゃないでしょ。
「……コン」
女 ほら。……でもだったら私危ないことしてたわねー。 男の人家に上げるなんて。あ、言っとくけど私に手を出したら 姉さんが黙ってないからね。手ぇ出すんじゃないわよ?
「コン」
女 よろしい。あ、お茶飲んじゃった?もう一杯いる?
「コン、コン」
女 そう。
沈黙。
女 なーんか私一人しゃべってるのも辛いなー。これで目の前に 誰もいなかったらホラーだよね。
間。
一人、椅子から立ち上がる音。
女 どうしたの?まだ外は吹雪でしょ。
戸棚をいじる音。
女が立ち上がる音。
女 あ、ひょっとしてバイオリン?
「コン」
女 それ、姉さんのなのよ。あの人、趣味が多いのはいいんだけど 飽きっぽいのが玉にキズでね。埃かぶっちゃってるでしょ。
「コン、コン」
女 そう?だってずっと使ってなかったのになー。
「コン、コン」
女 使った後があるって言うの?私、姉さんが使ったとこなんて 聞いたことないわよ。ここ数年。
バイオリンの音。
女 あら。あなた弾けるの?
「コン」
女 じゃあ何か弾いてよ。私、音楽聞くの好きなの。
「コン」
バイオリンの曲。
終わった後はしばらく沈黙。
女 (軽い拍手)上手いもんねえ。姉さんとは大違いだわ。 どっかで習ってたの?
「コン」
女 いいなあ。私も習い事したかった。ねえ、私にも教えてよ。 姉さん、前に私がいくら聞いても教えてくれなかったのよ。 教えてくれる?
「コン」
女 どう持つの?こう?あ、あなた手が冷たい!もうちょっと 暖炉の前で暖めといてよ。
バイオリンの音。
女 あ、音出た。これで?こう?
バイオリンの音。
女 ちゃんと曲教えてよ。
「コン」
女 よし!簡単な曲ぐらい弾けるようになって姉さんびっくりさせて やろ。そしてこのバイオリン貰ってやろ。……何?笑ってるの? いいじゃない。どうせ姉さん使わないんだから。ほら。それより 早く教えてってば。
「コン」
女 あ。
女 あなた……とりあえず私よりは背が高いのね。
「……コン!」
吹雪。
激しい風の音のバックに小さくバイオリンの音。
途切れ途切れに。
遠くに車の音。
女 あ、姉さん帰って来たかな?……雪も止んだね。空、明るく なってるでしょ。
「コン」
ごそごそと準備の音。
女 帰るの?
「コン」
女 ……まだバイオリン、完全にマスターしてないわよ。
「コン、コン、コン」
女 すまないと思うんならもっとちゃんと教えてよね。 こんな短期間でマスター出来るわけないんだから。
「コン、コン、コン」
扉を開ける音。
女 ちょっと!
間。
女 また……来てくれる?
「コン」
女 本当に?
「コン」
女 じゃあ……またね。あ、そうそう。今度来る時はね……ノック3回! これでどう?これも「すいません」でしょ?
「コン」
女 約束はちゃんと守りなさいよ。
「コン」
女 じゃあね。
「コン」
扉の閉まる音。
間。
女 姉さん、まだかな……。
バイオリンを出す音。
バイオリンの音。下手な演奏。
女 ちゃんと練習はしとくからね。
「トン、トン、トン」