ノックは3回

【盲目の少女の元へ口の聞けない青年がやってきた。 意思の疎通がままならず焦る二人。しかしいつしか 二人だけの暗号が出来上がり……】

   激しい風の音。
   窓を閉める音。
   風の音、弱まる。

 あー寒い。今日はホント風が強いわねえ。雪まで 降りだしちゃったし。姉さん、ちゃんと 帰ってこれるかしら。姉さん運転下手だからどこかでスリップしてる かもしれないわね。

   パチパチ、と何か燃える音。

 あーもう!こんな広い部屋、これくらいの暖炉で暖まるわけ ないじゃない。毛布でも取ってこようかな。

   扉を激しく叩く音。

 あら。姉さんかしら。

   女、扉に近付く。

 でも姉さんなら鍵持ってるわよね……。姉さん?姉さんなの?

   扉を叩く音。

 どうしよう……。でも誰かいるならこの吹雪の中、開けないのも 悪いわよね……。あのー誰かいるんですかー?

   扉を叩く音。

 返事くらいしなさいよねー……。

   扉を開ける。
   風の音、激しくなる。

 誰か……きゃ!(じゃりじゃりと、人が踏み込む音)。 ちょっと!(扉を閉める音)勝手に入らないでよ!誰なの!

   間。
   かちゃかちゃと部屋の中をいじくる音。

 ちょっと……何やってるの。私、目が見えないのよ? 勝手に部屋の中荒らさないでくれる!?

   音、止まる。
   しばし、風の音のみ。
   やがて、静かに女の歩く音。
   椅子に座る。

 まあ、この吹雪の中出て行けとは言わないから。 この辺は他に家もないしね。たださっきも言った通り、私は目が 見えないの。だからせめて名乗るくらいはしてくれる?

   沈黙。

 何かしゃべるくらいはしてくれない?

   沈黙。

 しゃべらないなら追い出すわよ。

   少し間。
   壁を軽く叩く音。

 何?

   壁を叩く音、2回「コン、コン」。

 何やってるの?何がしたいの?

   「コン、コン」

 それが返事?

   「コン」

 あなた口が聞けないの?

   「コン」

 嘘でしょ。

   「コン、コン」

 それはNOってわけ?

   「コン」

 つまりそれがYESね。

   「コン」

 わかったわ。本当かどうかはともかく。あなたは口が 聞けないのね。

   「コン」

 じゃあ勝手に聞くわ。あなたどうしてここに来たの?

   沈黙。

 ああ、二択じゃないと駄目ね。あなた遭難したの?

   「コン」

 こんな山奥で?何やってたの?旅行?

   「コン、コン」

 仕事?

   「コン」

 仕事ねえ。あ、別荘の管理とか?

   「コン」

 あら当たり?そうね、この辺別荘多いもんね。冬はこの通りだから あんまり人は来ないけど。バイトとかで来たの?それとも毎年来るの? ……あ、質問は一つずつよね。バイト?

   「コン、コン」

 毎年来てるの?

   「コン、コン」

 今年が始めて?

   「コン」

 ふうん。ま、そうじゃなきゃこれくらいの天気で遭難しないわよね。 ひどいときはもっとひどいんだから。この辺の人には常識だしね。 でも私もほとんど生まれた時からここ住んでるけどさー、なかなか 遭難していきなり人の家飛び込んでくる人いないよ?

   「コン、コン、コン」

 あ、何か新しいわね。それは何?「すみません」?「ごめんなさい」? ……あ、どっちも一緒か。

   「コン」

 (笑って)そんなものにまで答えなくていいわよ。じゃあ 「すみません」ってことにしとくわ。

   「コン」

 あ、そうだお茶でも飲む?そういえば遭難したんならそれなりに ひどい格好になってるはずよね。ごめんなさい、見えないから 気付かなかったわ。とりあえず、服濡れてるなら暖炉の前で 乾かして。私、お茶持ってくるから。

   「コン、コン、コン」

 え?それも「すみません」?ニュアンスがあり過ぎて困るわね。

   女の歩く音。
   服を脱ぐ音やお茶の用意の音が聞える。

 はい。お茶ここに置くわよ。椅子もその辺の座っていいから。 それと、これタオル。適当に使って。

   二人、椅子に座る音。
   お茶を飲んでいる。

 他に何か欲しいものある?

   「コン、コン」

 そう。ま、雪が止むまでここにいなさいよ。 姉さんも雪が止むまで帰って来ないだろうし。 私も一人で退屈してたしね。あなた、今いくつ?20代?

   「コン」

 あ、じゃあ私と一緒か。私より年上かな?

   「コン、コン」

 あ、何それ。私の方が老けて見えるって?私、22よ。 あなたそれより下?

   「……コン…コン」

 ほうら。あなたの方が年上じゃない。いくつ?25より上?

   「コン、コン」

 24。

   「コン、コン」

 23。

   「コン、コン」

 え?22?

   「コン」

 何だ同い年か。確かに年上じゃないわね。 じゃあさあ……あ!肝心なこと聞いてないわね。あなた女の人?

   「コン、コン」

 あら……。男の人だったの?何だ、ちょっと意外。 気配からは女の子っぽかったからさ。

   「コン、コン!」

 (笑って)ごめんなさい。冗談よ。ただちょっと背が低い感じが したから。

   「コン、コン!」

 え?それも違うって言いたいの?駄目よ、それくらいはわかるん だから。高い方じゃないでしょ。

   「……コン」

 ほら。……でもだったら私危ないことしてたわねー。 男の人家に上げるなんて。あ、言っとくけど私に手を出したら 姉さんが黙ってないからね。手ぇ出すんじゃないわよ?

   「コン」

 よろしい。あ、お茶飲んじゃった?もう一杯いる?

   「コン、コン」

 そう。

   沈黙。

 なーんか私一人しゃべってるのも辛いなー。これで目の前に 誰もいなかったらホラーだよね。

   間。
   一人、椅子から立ち上がる音。

 どうしたの?まだ外は吹雪でしょ。

   戸棚をいじる音。
   女が立ち上がる音。

 あ、ひょっとしてバイオリン?

   「コン」

 それ、姉さんのなのよ。あの人、趣味が多いのはいいんだけど 飽きっぽいのが玉にキズでね。埃かぶっちゃってるでしょ。

   「コン、コン」

 そう?だってずっと使ってなかったのになー。

   「コン、コン」

 使った後があるって言うの?私、姉さんが使ったとこなんて 聞いたことないわよ。ここ数年。

   バイオリンの音。

 あら。あなた弾けるの?

   「コン」

 じゃあ何か弾いてよ。私、音楽聞くの好きなの。

   「コン」
   バイオリンの曲。
   終わった後はしばらく沈黙。

 (軽い拍手)上手いもんねえ。姉さんとは大違いだわ。 どっかで習ってたの?

   「コン」

 いいなあ。私も習い事したかった。ねえ、私にも教えてよ。 姉さん、前に私がいくら聞いても教えてくれなかったのよ。 教えてくれる?

   「コン」

 どう持つの?こう?あ、あなた手が冷たい!もうちょっと 暖炉の前で暖めといてよ。

   バイオリンの音。

 あ、音出た。これで?こう?

   バイオリンの音。

 ちゃんと曲教えてよ。

   「コン」

 よし!簡単な曲ぐらい弾けるようになって姉さんびっくりさせて やろ。そしてこのバイオリン貰ってやろ。……何?笑ってるの? いいじゃない。どうせ姉さん使わないんだから。ほら。それより 早く教えてってば。

   「コン」

 あ。

 あなた……とりあえず私よりは背が高いのね。

   「……コン!」

   吹雪。
   激しい風の音のバックに小さくバイオリンの音。
   途切れ途切れに。

   遠くに車の音。

 あ、姉さん帰って来たかな?……雪も止んだね。空、明るく なってるでしょ。

   「コン」
   ごそごそと準備の音。

 帰るの?

   「コン」

 ……まだバイオリン、完全にマスターしてないわよ。

   「コン、コン、コン」

 すまないと思うんならもっとちゃんと教えてよね。 こんな短期間でマスター出来るわけないんだから。

   「コン、コン、コン」
   扉を開ける音。

 ちょっと!

   間。

 また……来てくれる?

   「コン」

 本当に?

   「コン」

 じゃあ……またね。あ、そうそう。今度来る時はね……ノック3回! これでどう?これも「すいません」でしょ?

   「コン」

 約束はちゃんと守りなさいよ。

   「コン」

 じゃあね。

   「コン」
   扉の閉まる音。
   間。

 姉さん、まだかな……。

   バイオリンを出す音。
   バイオリンの音。下手な演奏。

 ちゃんと練習はしとくからね。

 

   「トン、トン、トン」

−幕−

<後記>
 原案は友達。「盲目の少女と口の聞けない青年」ってのね。 あまり意図には添ってないと思うけど……。何と一人芝居です。 これ、演劇用に直そうかな。

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