壊し屋

【安っぽいメロドラマのような出会い。 安っぽいメロドラマのような別れ。それが日常。 おれたちの日常】

   【0】

 この間、女といるところを見たわ。
直樹 …………。
 どうして!?私、あなたのために旦那と 別れた。あなたのために、子供のことも諦めた。なのに……どうして。
直樹 結婚するとは、言わなかっただろう。
 直樹……。
直樹 結婚したいとは言ったけど。相手がお前だとは言ってない。
 …………。
直樹 それじゃ。
 ……どうして……。

直樹 安っぽいメロドラマのような出会い。 安っぽいメロドラマのような別れ。陳腐なセ リフ。陳腐な涙。おれにとっては日常。ドラ マのような。日常……。

   【一】

   車の走る音。クラクション。
   人のざわめき声等。

夏実 静かなところねえ、直樹。
直樹 ……それ皮肉?
夏実 事実よ。だってあなたの家より満倍静かだもの。
直樹 ようするに皮肉なんだな。
夏実 別に怒ってるわけじゃないわよ。
直樹 怒ってるんだな。
夏実 こういう環境も嫌いじゃないし。
直樹 嫌いなんだな。
夏実 何だか安心出来るっていうか。
直樹 不安なんだな。
夏実 ……私、可愛くないし。
直樹 可愛くないしな。
夏実 ちょっと待ちなさい!何でそこだけ肯定するのよ。
直樹 ああ、悪ぃ。
夏実 (ため息)もういいわよ。そろそろ帰して。
直樹 帰るのか。
夏実 こんなとこいたってしょうがないでしょ。 うるさいだけだし。
直樹 そっか、で、夏実は明日の面接どうすんの。
夏実 行くわよ、そりゃ。私も審査員なんだから。
直樹 どれくらいくるかな。可愛い子来るといいけど。
夏実 一人も来ない可能性もあるけどね。
直樹 それ言うなよ。

   二人、車に乗る。

直樹 あれ?
夏実 どうしたの?
直樹 ……エンジンがかからない。
夏実 ……ほんっと、あんたといると最悪だわ。

   【二】

   ノックの音。

社長 どうぞ。
牧野 失礼しまーす。

   ドアの開く音。

社長 えーではお名前は。
牧野 あ、牧野慎一です。
社長 今までにこういった会社での経験は。
牧野 ありません。
社長 バイトとかは?
牧野 いや、やったことないです。
社長 そうですか。それじゃあこれを読んで 貰えますか。
牧野 え、何ですかこれ。
社長 簡単なテストですよ。
牧野 台本ですか、これ。
社長 はい。男と女とどちらがやりたいですか?
牧野 あ、じゃあ男で。
社長 それじゃあ夏実ちゃん、女やって。
夏実 はい。
社長 直樹、音楽。
直樹 はいはい。

   音楽。

夏実 あなたって最後まで身勝手ね。
牧野 勝手なのはそっちの方だろ。
夏実 何よ。私があなたのためにどれだけ苦労したか。
牧野 それはこっちのセリフだ。

   電話の音。

牧野 あ、ちょっと待って。
夏実 誰からよ。
牧野 もうお前には関係ないだろ。
夏実 それもそうね。じゃあ私は帰るわ。
牧野 ちょ、ちょっと待てよ。
夏実 何よ、もう別れるんでしょ。私たち。
牧野 そうだけど。もうこんな時間だし、送ってく。最後のけじめだ。
夏実 馬鹿言わないで。それより電話、取らなくていいの?

   沈黙。電話の音、切れる。

牧野 もう、いいんだ……。

   間。

社長 はい、ここまででいいですよ。夏実ちゃん、お疲れ。
夏実 はい。
牧野 あの、これ何のテストなんですか。
社長 いいからいいから。それじゃ履歴書置いてって下さい。採用は後日連絡しますので。
牧野 もう終わりなんですか?
社長 はい。それじゃさようなら。
牧野 あ、さ、さようなら。失礼しました。

   ドアを閉める音。

直樹 後日連絡するって……結局あいつしか 来てないじゃないですか。
社長 うーん……。夏実ちゃん、あの子どう思う?
夏実 いいんじゃないですか。直樹より上手いし。顔もいいし。
直樹 おい!
社長 そうねえ、じゃあ採用しようかしら。
直樹 でもあいつ。気が弱そうでしたよ?仕事の実態知ったら止めるんじゃないかなあ。
社長 大丈夫よ。契約書には5年は少なくとも勤めること、って書いておくから。
直樹 おれの時3年だったですよね。
夏実 私は7年だったわよ。
直樹 何か不愉快な差だな。
社長 そう、それから今度の仕事が決まった の。はい、こっちは夏実ちゃんで、こっちは直樹。
直樹 おれ二つもあるんですか。
夏実 あらいいじゃないの。相手、20代じゃない。私なんか40過ぎのおじさんよ?
直樹 でもおれ、まだ残ってる仕事あるのに……。
夏実 新入社員が入れば少しは楽になるわよ。私なんか結局女の子来なかったんだから。
直樹 あいつが入るかどうかはわからないけどな……。
社長 何としてでも入れるのよ。あなたたちが一番年齢が近いんだから、仲良くやってあげてね。
二人 はい。

   【三】

牧野 壊し屋?
直樹 そう。それが本当の仕事の内容。
牧野 壊し屋って何ですか。解体屋か何かですか? おれ、力仕事は……。
直樹 ああ、そんなの外見見てりゃわかる。 大丈夫。力仕事じゃないよ。壊し屋が壊すものってのは男女の仲だ。
牧野 男女の仲……。
直樹 まあ慰謝料払わずに別れたい夫婦なんかからの依頼が多いんだ。 相手の浮気のせいにして別れるためにね。勿論、一歩間違えれば詐欺罪で 訴えられる。
牧野 そんなとこだったんですか。
直樹 それでも入るか?
牧野 ちょっと……考えさせてくれますか。
直樹 ああ。……止めといた方がいいと思うけどね、おれは。

   【四】

   電車の音。

夏実 ねえ。
直樹 何だ。
夏実 車が修理中だからって地下鉄でデート に行くのはどうなの。
直樹 普通じゃないか?
夏実 ドライブしようって誘っといて?
直樹 おれが運転しなきゃ駄目?
夏実 むしろ絶対しないでね。
直樹 じゃあ歩くか?

   携帯音。

夏実 携帯、鳴ってるわよ。
直樹 ああ。
夏実 出ないの。
直樹 騙した女からだよ。そろそろこれも着信拒否しなきゃな。
夏実 こまめにやりなさいよ。溜まると大変 でしょ。
直樹 携帯変えようかなあ……。
夏実 ああ、もう替え時かもね。
直樹 夏実。
夏実 何。
直樹 後、何年であの会社の契約切れる?
夏実 2年。
直樹 おれと一緒か。
夏実 ああ、そういえばそうね。
直樹 だから社長が必死になってたんだな。
夏実 続ける気はないの。
直樹 お前が続けるなら続けるけど。
夏実 ごめんだわ。最近依頼も減ってるし。 潮時よ。
直樹 仕事止めたら何する?
夏実 別に。決めてない。
直樹 おれたちが止めたらあの会社、潰れる かな。
夏実 潰れるでしょうねえ。牧野くんも結局 入らなかったし。あれ、あんたがばらしたんでしょ?会社の実態。
直樹 あれ何で知ってんの。
夏実 やっぱりね……。社長にばれたら大変 よ。
直樹 あんな会社、潰れていいんだよ。
夏実 何で?嫌な思い出でもあんの?
直樹 おれの両親を別れさせたのはあの会社 だよ。
夏実 へえー。そんな偶然あるのねえ。
直樹 親父を騙した女はお前なんだけどな。
夏実 あら。じゃあ私を恨んだりとかしてるわけ?
直樹 別に。どうせいつか別れるだろうとは 思ってたしな。親父の方が原因になるとは思わなかったけど。
夏実 でも依頼したのが奥さんなら奥さんが 原因でしょ。
直樹 親父はそんなこと知らないし、結局浮気したのは親父だ。
夏実 そっか……。
直樹 おれもあの会社に入って初めて知った んだけどな。こんな会社だとは思わなかった。
夏実 そうね……。でも女の口説き方とか、いろいろ 身についたことも多いんじゃない?
直樹 お前に通じないなら意味ないよ。
夏実 あ、成程。
直樹 わかって言ってんのか?それ。

   間。

直樹 あ、社長。
夏実 え?
社長 ちょっとそこのお兄さん!いい仕事あるんだよ。やってみない?
直樹 面接からナンパに切り替えたらしいな。
夏実 社長の年じゃ若い子口説くのはきついわねえ。
直樹 そんなこと言ったら悪いだろ。社長もまだまだ現役なんだから。
夏実 若い子引っ掛けるのは無理って言って んの。
直樹 その内お前に回ってきそうだな。
夏実 大丈夫。可愛い子引っ掛けないようにしとくから。
直樹 それならいいけど。

   間。 

直樹 ときどきさあ、思うんだ。
夏実 何を。
直樹 もし、おれかお前が壊し屋を雇ったら。
夏実 ああ。
直樹 別れるよな、おれたち。
夏実 別れるでしょうねえ。私たちの 経験から言って。別れない夫婦なんかないんだから。
直樹 なんか、嫌だな。
夏実 そう?でもそれ以外別れようもない時 だってあるんじゃない?壊し屋に壊されるって、ある 意味幸せな終わり方かもよ。騙される方にはなりたくないけどね。
直樹 ……あの脚本さあ。
夏実 ん?
直樹 面接で使った奴。
夏実 ああ。あれがどうかしたの?
直樹 あれ最後どうなると思う?
夏実 え?あれって続きあるの?
直樹 実話に近いからな。
夏実 誰の?
直樹 なあどうなると思う?
夏実 うーん……。男が、やっぱり別れたく ないって言うとか。あ、自殺しちゃうっての もありかな。うーん……とにかくああいうシ ュチュエーションに陥るまでがわかんなきゃ 想像出来ないわよ。
直樹 自殺、したのかもな。
夏実 え?
直樹 おれにもわからないんだよ、結末は。 ただ、男と女は……

   何か言ってるが、周りの騒音に掻き消される。

夏実 そう……。
直樹 そういうことも、あるってことだ。
夏実 男と女の結末なんて、一通りじゃないものね。

―幕―


<後記>
 サークルの新歓で使った脚本。公演終わったんでUP。
 これはある意味初めて真面目に書いた声劇かな?ストーリーは 行き当たりばったり。短い脚本は難しい……。

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