ボーダレス−境界のない世界−

【ボーダレスの時代。人が人に境界を付けることは犯罪となった。 男も女もない。大人も子供もない。差別の原因がない。そうだ、素晴らしい 世界じゃないか。なのに何故テロが発生する……】

ユウ 三時十五分、踏み切り前で一人捕獲、 と。よっしゃー!ついに百人達成!ふっふっ ふっ。このままならこの都市のリーダーにな るのもそう先のことではないな……。やっぱ り都市のリーダーにはこの私のような有能な 者がなるべきだろう!なあ、ヒカリ!
ヒカリ さあね。私にはあんたは底抜けの馬鹿にしか見えないけどね。
ユウ けっ。負け惜しみかい。あんた、まだ 三十人程度だったもんなあ。
ヒカリ 汗水垂らして走り回るのは下っ端の やることさ。私のように管理能力に長けてい る者こそ、リーダーに相応しいんじゃないか。
ユウ お、何だ。あんたも狙ってたのか。よ せよせ。頭でっかちで暗ーいあんたにゃ誰も 付いてきやしないって。
ヒカリ ずいぶんと自信満々じゃないか。言 っとくけどあんたほどリーダに向かない人間 はいないんだよ。

   ドアの開く音。

ケイ ねえー!聞いて聞いて。私、ついに一 人捕まえたんだよ!ね、ね。今日は私の記念 日だよね!パーティーやろう!
ユウ (ため息)何でこんなのとメンバー組 むはめになったかな……。
ヒカリ 前言撤回だよ。ユウ。あんたよりリ ーダに向いてない人間がいた。
ユウ ケイ。それにしてもあんたどんなの捕 まえたんだい?あんたに捕まえられるんだか ら相当わかりやすかったんだろ?
ケイ うん。スカートはいて、お化粧もして た。すっごく厚化粧で気持ち悪かった。
ユウ それ、よく今まで捕まらなかったな。
ヒカリ ともかく、これでケイちゃんも漸く 賞金持ちだね。おめでとう。
ケイ うん、これで私も都市リーダー目指す の!
ユウ な……ケイ、あんたまで狙ってたの? やめとけって。リーダーは私がなるんだから。
ケイ ユウちゃんみたいな猪突猛進タイプは リーダーに向かないよ。私みたいにみんなに 愛されるタイプが理想なの。
ユウ 何が愛されるだ。一人捕まえるのに三 年もかかるような奴を誰が認めてくれるって んだ。
ケイ 結果じゃなくて経過!ユウちゃん、何 人誤認逮捕してると思ってんの!
ユウ やかましいっ。一人も逮捕出来ないよ りマシだ!何をおいても実力なんだ!
ケイ 人に愛されること優先じゃない!愛な くして何が生まれるって言うの!
ユウ さりげにクサいこと言ってんじゃねえ!
ヒカリ はい、そこまで。お二人さん。興奮 したら何言い出すかわからない。私たちが捕 まったんじゃ洒落にもならないじゃないか。
ユウ ご……ごめん。
ケイ ごめんなさい……。

   電話の音。

ケイ わっ!で、電話……。
ユウ ボ……ボスからだね……。
ケイ 誰が取る?

   間。

ユウ ヒカリ取れよ!こういうの得意だろ。
ヒカリ 冗談じゃないよ。あんた、都市のリ ーダーになるつもりなんだろ?
ユウ 関係ねえよ、そんなこと。それにあん ただってなるって言ってたじゃないか。

   間。

ケイ 人の嫌がることを進んでやる。それが 愛!
二人 おおー(拍手)。
ケイ はい。第四編成部隊……は……はい。 す、すみません。……はい。はい。はい。わ かりました。失礼します。
ユウ なんて?
ケイ えっと……テロ発生。要注意地区、第 四編成部隊地区周辺。リーダーの名はケンジ。
ヒカリ テロだって?また面倒なことが起きたなあ。
ユウ じゃあとりあえず武器の準備でもしとくか。
アヤ そうはさせないわよ!
ユウ な、だ……誰だ?
アヤ 私はアヤ。あなたたちと話し合いにきたの。
ユウ は!?
ヒカリ テロリストか……ま、そうでなくても 立派な犯罪者だな。その服装といい言葉遣いといい。
ケイ ほんとだー。女の子の格好してる!
アヤ 女でいることの何がいけないの。
ケイ え……。
アヤ 何がいけないってのよ。私は女よ。女らしくしたいのよ。
ケイ この世に性別はないんだよ。
アヤ あるわ。
ケイ ないよ!

   沈黙。

アヤ どうしてわからないの?……どうして 女であることが罪なのよ。いやよ、私は。こ んな世界。私は女の子らしくしたいのよ。昔みたいに。
ケイ 昔はしてもよかったの?
ヒカリ まあね。でも今は、男とか、女とか、 子供とか大人とか。そういう境界を設けることは罪なんだ。
アヤ わかってるわよ!そんなこと。……でも…… 理解はしても納得は出来ないわ。
ヒカリ ユウ、この女……こいつを縛れ。こいつは 武器を持ってない。
アヤ 捕まるもんですか!
ユウ あ、待て!
ケイ あ、ユウちゃん!ケイちゃん!……行っちゃった……。どうしよう?

   間。

ケイ 女であること……。間違ってるよね……。私も行こう。

   ドアの開く音。

アヤ よし、誰もいないわね。今の内に……。

   アヤ、がさがさと色々な物をばらまく。
   間。ドアの開く音。

ユウ な、何だ、これは!スカート……口紅 ……ネクタイ……野球帽……。
ヒカリ テロリストか……。一体何を考えて こんなもの……。
ユウ 畜生!警察の部屋に対していい度胸だ !探すぞ、まだ遠くには行ってないかもしれない!
ヒカリ あ、ちょっとユウ!……全くせっかち なんだから……。にしても口紅……まだこんな ものがあったんだね……。あ、鏡……。 (間)誰も……いないよね。

   間。カメラ「ぱしゃっ」

アヤ 見たわよ!
ヒカリ あ。
アヤ あなた、今口紅付けたわね!駄目よ、 慌てて拭いたって。カメラにちゃんと収まってるわ!
ヒカリ あなた……。
アヤ 見たわ。……あなた、女ね。
ヒカリ 何を……警察を陥れる気……?
アヤ あなたが女だとわかれば十分よ。
ヒカリ 違う。私は女じゃない。
アヤ じゃあ何で口紅を付けたの!
ヒカリ …………。
アヤ 女は口紅を付けるものよ。化粧をする ものよ。
ヒカリ そんな考え方……
アヤ 間違ってない!

    ドアの開く音。

ヒカリ ユウ……。
アヤ 聞いてたんでしょ。 もうこの人は重犯罪者の仲間入りよ。警察がそれを見逃す?
ユウ ヒカリ。お前……
ヒカリ 認めるしかないみたいね。私は……女よ。
ユウ ヒカリ……。

   沈黙。ドアの開く音。

ケイ 見付けたー。何でここに帰ってるのー。 探してたのにー。ってあれ?アヤもいる。どう なってるの。
ユウ あんたには関係ない。
ケイ あ、そうだ、ユウちゃん!そいつの話 ボスにしたらね。そいつ捕まえたら次の都市 リーダーの選挙に出れるかもしれないって。
ユウ な、何だって!?
ヒカリ 嘘!?
ケイ だってね、アヤって女はものすごく賞 金が高いんだよ。三人で分けても十分選挙に 出られるくらい……。
ヒカリ そ、そういうことだ!残念だったね。アヤ!
ユウ あんた……軽いな。
ヒカリ 都市リーダーは幼い頃からの私の夢。そう簡単に諦められないね。
ユウ ま。いっか。
アヤ き、汚いわ!警察がそれでいいの。
三人 いい!
アヤ さ、三人揃って言い切る?普通……。
ユウ さあ観念しろ。
アヤ するわけないでしょ。ヒカリ、さっきの 写真はまだ私の元にあるのよ!あれを警察 に送ってやる!
ケイ さっきの写真?
ヒカリ あああああああっ!
ユウ ええい!じゃあそれをよこせ!
アヤ ちょっと離しなさい!
ユウ うわっ。この……馬鹿力っ……。待て !ネガを出せ!
ヒカリ 返しなさい!
ケイ あ……。

   激しい銃声。

ケイ また置いてけぼりの私……。行った方 がいいかな……。

   爆発音。ヘリコプターの音。暴走族の音。
   電車の音。動物の群れの音。

ケイ そ、外で何が起こってるのかな……。

   ドアの開く音。

ユウ 疲れたー。
ケイ お帰り。何か大変そうだったね。
ユウ やったよ、ケイ。アヤを捕まえた。
ヒカリ 賞金額も高いね、やっぱ。
ユウ これだけあれば選挙に出られる。
ヒカリ あんたには向いてないって。
ユウ ふん。あんたなんか女のくせに。
ヒカリ う……一時の過ちをそうしつこく言うもんじゃないよ。
ユウ でもあんた……本当に女だったんだね ー。ここではそういうことを意識すると犯罪 だからね。知らなかったけど。
ヒカリ そういえばね、ケイちゃん。あのアヤって奴、男だった。
ケイ へ?
ヒカリ 本名ケンジ。ようするにテロのリーダーさ。
ケイ でもあの人、女だった……。
ヒカリ そう、あの人は女になりたかった。
ケイ ようするに……
ヒカリ・ユウ おかま。
ケイ やっぱり。
ユウ 馬鹿力だと思ったけど男だったとはなー。
ヒカリ ユウは?男なのかい、女なのかい。
ケイ それを聞くのは犯罪だよ。
ヒカリ 今日だけ。やってみない?本来の性 に戻ってさ。はい!自己紹介いきます。私は ヒカリ。性別女。十六歳。
ユウ 十六!そんなに若かったんだ……。
ヒカリ 次はユウだよ。
ユウ よおし、私……おれはユウ。性別男。 十九歳。
ヒカリ へえー。まあ男だとは思ってたけどねー。
ケイ 次、私ー。
ヒカリ はいはい。
ケイ わた……あ、じゃないね。ぼくはケイ。 性別男二十八歳。
ヒカリ 二……二十……
ユウ 八……歳……?
ケイ はーい。
ユウ おれ、この世界に多少問題がある気がしてきた。
ヒカリ 私も。
ケイ ぼくは絶対都市リーダーになるぞお!
ヒカリ しかも男だったんだねー。それにして も私が一番年下とは……。
ユウ 意外だったよな。
ケイ ぼくがリーダーになった暁には、この 都市を愛で溢れる素晴らしい町にしようと思 う。アヤみたいな女を生み出さないために!
ヒカリ 間違ってるのかなあ、この世界。
ケイ 人は誰でも!生れ乍らの、何だっけ。
ユウ 差別と区別の違いだな。
ケイ 天は人の上が、人を、あれ?えっと、 人の下が人で、
ヒカリ 疑問をもたずに生きていけるって幸せなことかもね。
ケイ とにかく!人類みな平等です!

―幕―


<後記>
 ……えーと舞台用戯曲を声劇用に短くしたものですね。結末も大分 変わってます。いやあよくもまあここまで短く出来たもんだ。 その分話は急展開だけど。

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