【私たちは、常に何かに追われている。勉強 に追われ、就職に追われ、親の期待に追われ、恋に追われ、そして夢に追われている。 止まれない。止まらない。私たちは追われている】
女が二人いる。香とかおり。
香、かおりの方を見ている。
照明、暗い。(スポット)
音楽。
かおり (子供っぽい声で)私にはさ、夢があるんだ。大きくなったら絶対叶えたい夢があるんだ。 だからね、一生懸命勉強して、いい大学に入るんだ。だってそれが夢への第一歩だから。え? 教えないよ。誰にも教えない。だって私の夢だもの。
香、立ち上がる。
かおり 駄目だよ。私の夢だもの。
暗転。
机がある。
香とかおりがいる。何か話している。
香、突然、
香 私、追われているの。
かおり え……?
間。
香 鎌倉幕府の成立は何年!?
かおり いい国作ろう鎌倉幕府で一一九二!
香 遣唐使が廃止されたのはいつ!?
かおり 白紙に戻そう遣唐使で八九四年!
香 それでは室町幕府の成立は!?
間。
香 駄目ねえ。これくらい即答よ、即答。
かおり 即答以前にわかんないわよ。
香 駄目ねえ。そんなんじゃ。鎌倉幕府成立
の年なんてまず試験じゃ出ないわよ。
かおり 私は試験受けないからいいの!
香 付き合ってくれるって言ったんだからそれくらい覚えてよ。正解は一三九二年。さあ
次は……
かおり もういいじゃない香ー。勉強ぐらい自分でしてよ。
香 一人じゃ出来ないの。せめて眠らないよう見張ってて。
かおり それじゃ私、帰れないじゃない。
香 ああー一人だけ帰るつもり?あの時、私
に言った言葉は嘘だったの?「私は受験しないことになったの。ごめんね、一緒に頑張れ
なくて。でもせめて私にあなたの勉強を手伝わせて。ううん、むしろ代わりに受けてあげたっていいわ」
かおり 言ってない。言ってない。そんなこと。
香 嘘!勉強中の息抜きのジュース代は全部
おごるとも言ったわ。
かおり 言ってないって!実際はこうよ。「あ、香、私、大学受けないことになったから。ごめんねー。
でも出来る限り協力はするからね」ハートマーク。
香 似たようなもんじゃない。
かおり 全然違う。とにかく、私には関係ないんだから。
香 一人だけ幸せになるつもり?
かおり え?
突然、照明暗くなる。
香、かおりの周りをゆっくり回り始める。
香 一人だけ幸せになるつもり?
かおり え…
香 私がこんなに苦労してるのに。
かおり え…
香 二年間一緒に頑張って来た仲じゃない。
かおり え…
香 一人だけ楽になっちゃうつもり?
かおり え…
香 逃げるの?
かおり え…
香 一人だけ逃げるの?
かおり え……
香 裏切り者!
かおり え…
香 呪ってやる。
かおり え…
香 呪ってやるー!
ガツンと音楽。
かおり きゃああああああああ。(間)ってもういい加減にしてよ。
明るくなる。
かおり だってしょうがないじゃない。親に店継げって言われちゃったんだから。
香 大学出てからって言ったじゃない。
かおり ウチの商売は大学出たって変わんないのよ。そしたら4年分損じゃん。
香 そんなの最初から知ってたことでしょ。
単に逃げただけのくせに。いいなあ。私も親が商売やってたらなあ。
かおり あんたねえ。自分がそうじゃないから、そんなこと言えるのよ。私は普通の家に生まれたかった
わー。だってさ、まず将来が決まっちゃってるじゃない。これでもちっちゃい頃は先生とか憧れてたのよ。
でも勉強するより商売手伝え、……ってそればっかり。おかげで成績上がんないし。
香 それは人のせいには出来ないわよ。だいたいあんた学校の先生って何教えるつもり?
かおり 小学校よ。小学校。これでも小学一年生のテストなら百点取る自信はあるわ。
香 1+2は?
かおり 2……3。
香 間違えないでよ……。
かおり だって!普通こういう時って1+1から入るもんでしょ!?
香 2+2は?
かおり 4。
香 4+4は?
かおり 8。
香 8+8?
かおり 16。
香 16+16は?
かおり 32。
香 32+32。
かおり 64。
香 60……
かおり ストップ!
香 何?
かおり いつまで続くの?
香 かおりちゃんが答えられなくなるまで。
かおり お願い……やめて……もう無理。
香 だらしないわねえ。まだニケタよ?
かおり …………そんなの小学一年やんない。
香 馬鹿。小一だけの担当なんて出来るわけないでしょ。っていうかあんたそれで商売の
方もやってけんの?
かおり 大丈夫よ。電卓あるし。
香 あんたんち商売何だっけ。
かおり 駄菓子屋。
間。
かおり 何よ。その間は。
香 まあいいわ。
かおり ともかくさー。冗談抜きで嫌なのよ。駄菓子屋っても私には全然お菓子くれないし。
香 そうなの。
かおり そ。「客が先だ!」なんて。それに四六時中親はいるし。
香 あ、それは同情。ウチの親なんか共働き
で滅多に家にいないから気は楽よー。
かおり いいなあ。いいなあ。後を継ぐ必要もないのよね!
香 ちょっと。その点では絶対あんたの方が
いいわよ。
かおり 何でよ。
香 だって絶対不公平よ。試験も面接もなしで仕事につけるんだから。私、受験に失敗したら
かおりちゃんの家で雇ってもらおうかな。
かおり バイトならいいよ。時給500円。
香 ひどーい。それでも友達?
かおり ねえ、それよりさっきの話なんだけどさ。
香 何?
かおり ……誰に追われてるの?
間。
せみの音が聞こえる。
香 もう夏休みも後半。受験は夏が勝負なのよ!夏を制する者は受験を制す!
香、突然机に向かってカリカリと何か書き始める。
かおり あんた何書いてんの?
香 夏休みの予定表。
かおり ええ?だってもう半分過ぎたのに。
かおり、香の予定表を取り上げて見る。
かおり 8月10日、数学問題集11ページから15ページまで……16日に繰り下げ。 古典プリント……13日に繰り下げ。8月16日、数学問題集11ページから20ページまで… …18日に繰り下げ。
かおり、香を見る。
香 だって。だってー。
かおり 前半の予定全部消えちゃってるじゃない!
香 だって、だって、だって、
かおり だって何よ。
香 だって、だって夏って全然やる気起きな
いんだもん。何で夏休みって長いのよ!授業
より自習の方が絶対役に立つでしょ?どうせ授業なんかいい加減に聞いてるんだから。
だったらもっと快適な春休みとか長くした方が
いいのに!
かおり 私は夏の方が好きだけど。青い海に緑の山!
香 緑の海に茶色い山の間違いじゃないの?
かおり 意地悪なこと言わないでよ。あるところにはあるんだから。
香 この辺じゃ見かけないわよ。
かおり だからよ。だから遠くにいかなくちゃ。そのためには休みがなくっちゃね。
香 ふうん。私は海も山も大っ嫌い。海は汚いし、山は虫がいっぱいいるし。何よりあの太陽!
かおり 太陽なんて年中あるじゃない。
香 夏の太陽は違うわ。ギラギラ輝いてて、
ジリジリ熱くて、私は、
かおり クラクラ貧血起こすのよねえ。香、日の光に弱いんだから。ドラキュラみたい。
香 私、にんにく好きよ。
かおり トマトジュースは?
香 大好き!
ばさっとノート(または教科書)が落ちる。
間。せみの声。
香 受験勉強。
かおり 嫌いなの?
香 好きな人いないでしょ。
かおり 就職活動。
香 嫌いなの?
かおり 好きな人いないでしょ。
香 でもやらなきゃなんないのよね。
かおり 何でだろ。
香 わかんない。
かおり 追われてるってそのこと?
香 夏だからさ。こないだ家族で旅行行った
のよね。私は毎年嫌だって言ってたんだけど、今年は海の方が大歓迎。
かおり 勉強よりはいいわよね。
香 そう。でももちろん参考書片手にね。
波の音。
香 まずは準備体操をしたわ。昔、父親が準備体操しないで海に飛び込んで、足がつって 溺れかけたからね。
ラジオ体操の曲。
かおり 恥ずかしいよ。香。
香 駄目よ、ちゃんとやらなきゃ。おぼれて
からじゃ遅いんだからね。それに受験勉強で
体がなまってるから。思いっ切り体操するのよ。
かおり 香。泳げないんだから無理しちゃ駄目よ。
香 大丈夫よ。浮き輪があるんだから。
かおり 何のために準備体操したの?
香 おぼれないためでしょ。
かおり 流されたら戻ってこれる?
香 来年になったら戻ってきてもいい。
かおり やっぱり不安よ。すいか割りにしましょ。
香 ええー?子供じゃあるまいし。
かおり とにかく陸に上がっててよ。
香 はいはい。何よいつもそんなにうるさく
言わないくせに。
かおり 香、何持ってるの?
香 え?
香の手には参考書。
音楽。
照明変わる。
かおり 香?
香 (ぶつぶつと言った感じで)not so much A as B。AというよりむしろB。
かおり 香?
香 can not help、〜ing。〜
せずにはいられない。
かおり 香。
香 as is open the case with。〜にはよくあることだが。
かおり 香!
香、はっと我に帰る。
香 どこに行っても受験勉強。母さんが私を 砂浜に上げたのは、参考書を渡すため。母さんが私を旅行に連れていったのは、 快適な環境で勉強させるため。母さんが私におこずかいを渡したのは問題集を買わせるため。…… どこに行っても受験勉強。どこに行っても参考書。どこに行っても……逃れられない。
間。
香 ああー早く終わらないかな。
かおり 高校三年生。
香 そうそれ!三年生なんか飛ばしてさ、一気に大学生になれたらいいと思わない?
かおり わかるわかる。
香 後一年。後一年の辛抱っていうけど、その一年がどれだけ長いか。
かおり わかるわかる。
香 子供ん頃から言われなかった?小学生の時はいい中学に入るため。中学生の時はいい高校に
入るため。高校生の時はいい大学に入るため。
かおり 言われた言われた。
香 大学生になったらもうその先はないわよね!
かおり ないない!
香 就職に受験勉強はいらないもんね!!
かおり そうそう!!
間。
香 ってあんた関係ないんじゃない。
かおり ええ?
香 大学も受けないし就職活動もしない。いいわよねえ。私もそんな家庭に生まれたかった。
かおり でも。
香 でも何よ。
かおり だって。
香 だって何よ。
かおり 私も追われているの。
香 え?
間。
音楽。
照明変わる。
かおり 先月も赤字。今月も赤字。来月も赤字。
香 先々月も赤字。再来月も赤字。
かおり 赤字。赤字。赤字。
香 かおりちゃん、いい話があるのよ。
かおり なあに、お母さん。
香 お見合いの話なんだけどね。
かおり やだ。そんなのまだ早いわよ。
香 でもあちらはあんたのこと前々から知ってて、えらく気に入ってくれてねえ。
お前ももう18歳だし。立派に結婚出来るわよ。
かおり お母さん、何言ってるの?
香 先月も赤字。今月も赤字。
かおり 来月も再来月も、その次も。
香 わかってくれる?
かおり いや、
香 家のためなのよ。
かおり いや。
香 あちらもいい人だから。
かおり いや!
間。
香 会うだけ会ってみてよ。あなたも絶対気に入るから。ほら、社長の息子さんなのよ。
東大出で頭も良くって。年齢は少し上だけど。でも年を取れば関係ないものね。
かおり (香のセリフの途中からずっと呟いてる)あきらめない。あきらめきれない。
あきらめない。あきらめきれない。あきらめない……
間。
せみの声。
香 親の期待。
かおり 最近その話ばっかり。信じられる?高校生よ。高校生。私はまだ恋の「こ」の字も知らない、
純粋な高校生なのよ。
香 いや、それは嘘でしょ。
かおり ともかくねえ、私は絶対まだ結婚する気はないわけよ。それにやっぱりー初めての人は
好きな人がいいしー。
香 あ、かおりちゃんはまだなんだ。
間。
かおり 今聞き捨てならないこと言ったわね。
香 冗談よ、冗談。
かおり 裏切り者!
香 ちょっとかおりちゃん!
かおり 抜け駆けはなしって言ったのに!
香 ほんとに冗談だってば。
かおり そう、そうなのよね。女なんてみんなそう。表面上は「バージンです 」なんて顔しといて。
友達には「私たち仲間よ 」なんて言っといて。やることしーっかりやっちゃってるのね!
香 いや、かおりちゃん、落ち着いて。嘘。嘘だから。
かおり え?……じゃあ香も?
香 (暗い声で)まだ。
二人、顔を見合わせ手を取り合う。
かおり 私たち仲間よ。
香 抜け駆けはなしだからね!
間。
かおり って何の話してたんだっけ。
香 かおりちゃんの見合いの話でしょ。
かおり そうそれ!もうほんっとに嫌なのよ。でも親は期待してるしさー。どうすりゃいいと思う?
香 逃げれば?
かおり どこに。
香 殴れば?
かおり 誰を。
香 説得すれば?
かおり どうやって。
香 ……難しいわねえ。
かおり ……こうなったら駈け落ちでもしちゃおうかな。
香 えええっ!?誰と!?
かおり 相手がいりゃ世話ないわよ。
香 それもそうよねえ。そっか……私も駈け落ちしちゃおうかな。そうすりゃ受験勉強から
逃げられるわよね。
かおり でも誰と。
香 松井君!
かおり あんたまだあいつのことあきらめてないの。
香 まだとか言わないでよ。振られたわけじゃないんだから。
かおり 無理無理、あきらめなさい。松井君、彼女いるんだから。そうだ!猛君とすればいいじゃない。
香に対する思いは誰にも負けないと思うわよ。
香 やだ!あんなストーカー。
かおり ひょっとして追われてるって猛君のこと?
香 ううーん。それもあるかも。
かおり そんなにいつも見てるの。
香 ほらあそこ!
かおり うそお!
香、かおり、客席を見ている。
かおり 見てる?
香 見てるわ。
かおり 別の人の視線も混じってない?
香 気のせいよ。
かおり そっかー。見てるんだ。
香 いつもいつもね。
香、疲れたように椅子に座り込む。
間。
香 忙しいよね、最近。
かおり 授業もハードだし、補習は六時間。
香 かおりちゃんは関係ないじゃない。
かおり 家で忙しいんだもん。すでに従業員。子供の相手が疲れる、疲れる。
香 先生になりたかったんなら、子供の相手
に参ってどうするの。
かおり だって先生だったら立場は上でしょ!店ではあいつらの方が客で、私より立場が上なのよ!
香 なるほど。
かおり もう最近生意気な子が増えてるから嫌になっちゃう。
香 おばちゃーん、これいくら?
かおり そう!(ドスの効いた声で)誰がおばちゃんだコラー!こちとら花も恥じらう18歳じゃー!
……って、
香 言ったの?
かおり 言えるわけないじゃん。
香 それもそうよね。
かおり ああいう子たちって将来どうなるのかしらね。
香 …………。
かおり ?どうしたの?
香 将来、将来どうなるのかしら。
かおり 香?
音楽。曲にのって移動。
軽く服装を変えている。
舞台も少し変わった。
かおり (子供っぽい声で)私にはさ、夢があるんだ。大きくなったら絶対叶えたい夢があるんだ。
だからね、一生懸命勉強していい大学に入るんだ。だって
香 それが夢への第一歩だから、でしょ?
かおり そう。第一歩なの。
香 夢は叶ったの?
かおり まだだよ。だって私はまだちっちゃいもん。でもね、大きくなったら絶対叶えるんだ。
え?駄目だよ。教えないよ。誰にも教えない。だって私の夢だもの。
香のみスポット。
香 いつからか見るようになった私の夢。夢 の中の彼女は何か夢を持っている。どこかで 見たことがあるけれど、わからない。最近、 彼女の夢が気になって仕方ない。彼女はそれを叶えるために一生懸命なんだ。私にはわか らない。そんなに一生懸命になってまで叶えたい夢って一体何?
間。
かおり 私には夢があるの。
香 教えて。
かおり 駄目。
香 教えてよ。
かおり 駄目。
香 どうして教えてくれないの?
かおり だって私の夢だもの。
かおり、くすくす笑ってる。
音楽。
照明変わる。
かおり うっそー。猛君、ついに自宅までついてきちゃったの!?
香 そ。いい加減勘弁してよって感じ。いっそ告白してくれたらさ、振っちゃうことも出来るのに。
かおり 告白されてないのに振るってわけにはいかないもんねえ。
香 そう。そうなのよ!あいつ、絶対わかってやってんだわ。「これは恋です」って顔してりゃ
許されると思ってんのよ!
かおり まあ確かに「恋」って言われると大抵のことは許されるわよね。
香 冗談じゃないっての。いい?恋ってのは
一番犯罪につながりやすいのよ。殺人事件でもそうじゃない!?だいたい世の中から恋と
お金がなくなりゃ犯罪なんて起こりゃしないのよ。
かおり うーん。でも恋って若い内だけに許されるものじゃない。
香 かおりちゃん。あんた知らないの?今はね、老人だって恋すんのよ。それで嫉妬の末に殺人まで
やるんだから。
かおり うそー。
香 ほんと。実際そういう事件あったのよ。
かおり 何で知ってんの!?
香 新聞チェックは受験生の常識よ。
かおり なるほど。
香 とにかくねえ、あいつのは恋なんかじゃないの。例え恋だとしても絶対悪い方向に向く恋よね。
かおり でも恋じゃないとしたら何かしら?
香 え?
かおり ストーカーする理由。
香 …………。
かおり 性欲?
香 馬鹿!
かおり そうよねえ。それはないか。香胸小さいし。あ、でもそういう趣味の人もいるか。
香 怒るわよ。
かおり うわあ……怒ってる怒ってる。……ほんっとに猛君のこと嫌いなんだー。
香 当たり前じゃない!前から言ってるでしょ。
かおり だって香は万更でもないって噂聞いたし。
香 誰から?
かおり 友達の友達の友達から。
香 その友達は誰に聞いたの?
かおり 友達からじゃない?
香 その友達は?
かおり ?(首を傾げる)
香 典型的な噂話じゃない。信じる方がどうかしてる。
かおり でも多分三年生全部に広まってるんじゃないかなあ。
香 何で。
かおり 噂ってそういう物よ。
香 やだ。まさかあいつの流した噂じゃないでしょうね。
かおり あ、ありえる!それ。
香 本人がいなくても……
かおり 噂が追ってくるものね。
音楽。
照明変わる。
かおり 私にはね、夢があるの。
香 大きくなったら叶えるんでしょ。
かおり 一生懸命勉強して。
香 いい大学に入るのよね。
かおり だってそれが
香 夢を叶える第一歩だから。
かおり、香を見る。
かおり つまんなーい。お姉ちゃん何でも知ってるからつまんなーい。
香 これだけ何度も聞かされればいい加減覚えるわよ。
かおり 何度も?
香 何度もよ。
かおり 私、まだ誰にも言ってないよ。
香 それは夢の内容でしょ。
かおり ううん。夢があるって言ってないもん。お父さんにもお母さんにもお兄ちゃんにも言ってないもん。
香 あなた、お兄さんがいるんだ。
かおり うん。お姉ちゃんはいないの?
香 私?私にもいるわよ。
かおり やっぱり。(笑う)
香 あなた、名前なんていうの?
かおり 知りたい?
香 知りたいわ。
かおり 駄目。
香 どうして。
かおり どうしても。
香 どうして。
かおり どうしても。
香 どうして……もういいわ。夢の中で議論
したって仕方ないものね。
かおり 夢?
香 そう。夢。
かおり 私の夢?
香 私の夢よ。ここは私の夢の中。
かおり 私も夢?
香 夢よ。夢。
かおり、突然香のそばに寄り、ほっぺをつねる。
香 痛っ。痛いわね。何すんの!
かおり 痛い?痛い?夢の中なのに痛いの?
香 痛いに決まってるでしょ!
香、かおりを突き放す。
香 もういい?私、早く帰らなきゃ。
かおり どこに?
香 ………(返事につまる)……現実よ!
かおり 夢から覚めるの。
香 そうよ。こうしてれば夢から覚めるわ。
香、椅子に座り、眠り始める。
音楽。
かおり 香。起きてよ。香。
香 ん?んんー。
かおり 香ってば!
香 後5分〜。
かおり 香!(ものすごくドスの効いた声で)
香 ひゃ!
慌てて辺りを見回す。
香、もう一度寝ようとする。
かおり 寝るな!
香 か、か、か、
かおり 何よ。
香 かおりちゃん。
かおり かおりよ。何寝呆けてんの。ほら、勉強しないと。
香 勉強?
かおり (ため息)香。私に勉強付き合わせてるんだからせめて真面目にやってよ。
香 やってるわよ。ただね、私のまぶたは上
と下がすっごく仲良しで……
かおり わかりやすい例えはいいから。
香 だって最近全然寝てない……
かおり 大化の改新は何年!
香 645年!
かおり ほうら、反射的に出来るまでになってるじゃない。
香 今のは簡単過ぎたのよ。かおりちゃんって
いつも中学生レベルの問題しか出さないんだもん。
かおり しょうがないじゃない。私の頭が中学生レベルなんだから。
香 自分で言ってりゃおしましだ。
かおり ほらほら三世一身の法は何年。
香 723。
かおり 建武の新政。
香 1334。
かおり じゃあ……
香 ちょっと待って!
かおり 何?
香 何で年号問題ばっかりなの?
かおり え?だってこれさえ覚えときゃいいって香……。
香 そうよ。日本史は年号が大事。でもね、
それ以上に大事なのが用語!日本史は記憶力
の勝負なんだからね。
かおり 毎日毎日、日本史ばっかり。
香 だって好きなんだもん。
かおり 違うでしょ!好きな教科ばっかやったって仕方ないでしょ。香、嫌いな教科は?
香 数学……
かおり それだけ?
香 科学……
かおり それだけ?
香 国語……
かおり それだけ?
香 英語……
かおり それだけ?
香 (考え込む)うん。それだけ。
かおり (ため息)全部じゃないのよ!駄目よ、そんな偏った勉強。
香 そんなことないわよ。
かおり 何で。
香 日本史以外は平等に嫌いだから。
かおり もっと悪いわよ!
間。
かおり 香。今日は何日?
香 8月20日。
かおり 予定表は?
香 なくした。
かおり ホントに?
香 ごめん、破った。
かおり しょうがないわねえ。せめて宿題くらい終わらせなさいよ。
香 終わってるわよ。宿題は解答付きだから
写すだけですんだもの。
かおり 終わってないわよ。
かおり、数学の問題集を見せる。
香 ああー!何で!?私ちゃんと書いたのに
……。かおりちゃん。
かおり なあに?
香 消しゴムかけた後があるんだけど。
かおり ふうん。
香 かおりちゃんの消しゴム見せてくれる?
かおり いいわよ。
消しゴムを渡す。
香 新品ね。
かおり だって前の奴、使いすぎて小さくなっちゃったもん。
香 前の奴まだ結構大きかったよね……。
かおり、少しずつ香から離れてる。
香 かおりちゃん!
かおり ごめーん!だって香にちゃんと勉強して欲しくてさあ。手伝うって言った手前ね。
さあ、最初からちゃんと解き直そう!
香 かおりちゃん。
かおり 何?
香 二ページしか消してないのね。
かおり …………。
香 案外小心者ね。
かおり うう……そんなこと言うなら全部消してあげる!
香 ああー!ちょっとやめてかおりちゃん!お願い。かおりさん!かおり様!
かおり ええい、返して欲しくば勉強しろ!
香 しますします。
かおり それでは……(問題集を見て)さいころを5回振って2回だけ1の目が出る確立は?
香 2分の1!
かおり 100以上400以下の整数で6で割って4余る整数の和は?
香 333!
かおり ……三角形の内角の和は?
香 300!
二人 ……………。
香 真面目にやってよ。かおりちゃん。
かおり 真面目にやってよ。香。
香 合ってるかどうか教えてくれたっていいじゃない。
かおり だってわかんないんだもん。
香 …………。
香、教科書をめくり、かおりに背を向ける。
かおり 香?
香 駄目。全然駄目。かおりちゃん、目覚ましの代わりにしかならないんだもん。
かおり 悪かったわね。私だって好きでやってんじゃないわよ。
香 好きじゃないなら何でやってんのよ?
かおり 協力しろって言われたんだもん。
香 そっか。
かおり 香は?
香 え?
かおり 香は何で好きじゃないのにやってんの。
香 え?
かおり 何で。
香 何で勉強やってんの。
かおり 何で働いてるんだろ。
香 逃げてるだけよ。
かおり そう逃げてるだけ。
香 私たち、追われてるんだもんね。
ちょっと笑う。
音楽。
香 勉強に追われ、仕事に追われ、恋愛に追われ、親の期待に追われ、
かおり 逃げ場なんてどこにもない。一番楽なところを探してるの。
香 でもやっぱり逃げ出したい。
かおり 追うわよ。
香、かおり、顔を見合わせる。
香、かおり、その場駆け足。
かおりが香の方を向いている。
香 立ち止まったら負け。
かおり 追い付かれたら負け。
香 負けって何?
かおり 負けって何よ。
香 追い付かれてみたらわかるわよ。
逆に香がかおりを追う形。
かおり、必死で逃げている。
かおり 嫌。絶対嫌よ。
香 追い付かれてみなさいよ。
かおり 嫌。
香 疲れてるんでしょ。
かおり 休みなさい。
二人、客席に向かって駆けている。
香 かおりちゃん!振り向いてよ。
かおり 嫌よ。香が振り向いて。
香 今追ってきてるのは何?
かおり 勉強。
香 勉強?
かおり 止まる?
香 嫌よ。
かおり どうしてよ。
香 勉強だもの。勉強は……勉強はしなきゃ。
香、立ち止まって参考書を拾い上げる。
かおり、まだ走ってる。
かおり また。また一人だ。何でみんな勉強するのよ。私、一人走ってる。私は何から逃げてるの。 私の……私の後ろは……
かおり、ぱっと振りかえる。
かおり いやあああああああああああああ。
音楽。
香 私は勉強に追われています。逃げても逃げても追い掛けてきます。だから立ち止まる
ことを決めました。大切なのは前ではなく後ろ。後ろの敵から片付けないと、いずれ前後
に挟まれてしまいます。だから私は勉強を始めました。逃げたら負けなんです。最初に走り始めた
理由は忘れてしまいました。逃げたら負けなんです。私は、久しぶりに立ち止まりました。理由は
全くわからないまま。かおり
ちゃんはまだ逃げてます。もう私には追い付けません。私は見捨てたわけじゃありません。帰って
くるのを待ってます。
かおり 私は仕事に追われています。結婚もしなければなりません。だから今でも逃げてます。
走れば走る程、前が見えなくなってきます。でも走らなければなりません。立ち止まったら追い付かれて
しまう。追い付かれたら負けなんです。私は今でも走ってます。友達の姿は、一人も見えなくなりました。
でも見捨てたわけじゃありません。私は今でも待っています。追い付いてくるのを待っています。
間。
音楽。
かおり 香!ビッグニュースよ。ビッグニュース!
香 何?受験がなくなったとか?
かおり そんなことあるわけないでしょ。あのね、
香 うん。
かおり 松井君が、
香 松井君!?松井君がどうかしたの!?
かおり 彼女と別れたんだって!
香 うそーーーーーーーーー!
かおり ホントよホント。本人から聞いたんだから間違いないわ。香!
香 かおりちゃん!
かおり チャンスよ香!
香 チャンスねかおりちゃん!
かおり あ、でも……
香 何?
かおり この忙しい時期に彼氏なんて作ってられないよねー。
香 あ、何よ何よ何よ。彼氏とかいた方がずーっと張り切れるんだからね。
かおり そうかなあ……。
ロマンティックな音楽。
かおり (男声で)香。一緒に海を見にいかないかい?
香 行きまーす!
かおり (香の肩に手をかける)こうしてると世間のことなんかみんな忘れてしまうね。
香 はい。
かおり 受験なんてどうでもよくなってくるね。
香 はい。
かおり もう勉強なんてやめて僕と遊ばないかい?
香 はい!
間。
かおり 駄目でしょ。勉強止めちゃったら。
香 あ、そっか。
かおり あ、そっかじゃないわよ。やっぱり駄目ね。彼氏は駄目。
香 そんなー。
かおり 香。辛いでしょうけど、ここは一年……ううん、後半年。半年我慢するの。そ
うすればきっと幸せになれるから。
香 後半年。
かおり そう後半年。
香 半年。
かおり 今まで3年も待ってきたんだ。後半年、何を待てないことがある!
香 そう……そうね。
かおり それじゃあ勉強開始!
香 はい!
香、勉強開始。
しばらくして、
香 後半年。
また勉強、
香 後半年。
また勉強、
香 ……半年くらい立った気がする。
かおり あのね、香。
香 私、告白してくる!
かおり ちょ、何言ってんの香!裏切らないって約束じゃない!
香 あんたそれが本音ね!
かおり う……
香 この前も、待ってたから別の子に取られ
ちゃったんだから。行ってくる!
かおり ちょっと香!
香、出ていってしまう。
かおり でも松井君たち、何で別れたのかしら?……あ、ひょっとして勉強のため……?
香、帰ってくる。
かおり 香。どうしたの?やっぱ止めたの?
香 ううん。
かおり 忘れ物?
香 ううん。
かおり ラブレターにするとか?
香 ううん。
かおり じゃ、どうしたの。
香 松井君……もう新しい彼女いた。
かおり ありゃ。
香 かおりちゃんのせいだからね!勉強なんかしてる間に……取られちゃったじゃない!
かおり でも知らせに来たのは私……ごめん、何でもないです。
香 もうやっぱり勉強しかないわ。私、絶対
大学受かってやるから!
香、猛勉強。
かおり いい方に効果出てるじゃない。……あら?
かおり、何かに気付く。
正体に気付いて怯える。
かおり ひええええええ。
香 どうしたの?
かおり た、た、た、
香 た?
かおり 猛君!
香 うわ……
かおり こっち見てるよ。
香 無視よ、無視。
かおり 恐いよー。
香 無視!
かおり あ、いなくなった。
香 ええ?
かおり いなくなったわよ。
香 どうして?どこ行ったの?
香、きょろきょろと探す。
かおり 香。
香 何よ。
かおり 香、実は結構猛君のこと気に入ってるんじゃないの?
香 え?
音楽。
照明変わる。
香 私には夢があるんだ。絶対叶えたい夢があるんだ。そのために、
香、ふと辺りを見回す。
香 あれ?……ああいつもの夢か。でも何で
あの子いないのかしら。
かおり 私のこと?
かおり、後ろから顔を出す。
香 びっくりした!何でそんなとこにいるのよ。
かおり 私、いつもここにいるよ。
香 嘘おっしゃい。あなたはいつも……いつも……あれ?
かおり お姉ちゃん。早く続き。
香 続き?
かおり さっき言ってたでしょ。お姉ちゃんの夢。
香 私の夢。
かおり 私には夢があるんだ。
香 絶対叶えたい夢があるんだ。一生懸命勉強して、いい大学に入るんだ。だってそれ夢への第一歩
だから。
かおり 夢って何?
香 え?教えないよ。だって……だって……
間。
香 違う!
かおり どうしたの?
香 これはあなたのセリフでしょう。
かおり 私のセリフ?
香 あなたがいつも言ってるじゃない。
かおり 私、何も言ってないよ。
香 言ってるの。……もう何だって私が言わなきゃならないのよ。私には夢なんてないのに。
かおり お姉ちゃん、前に言った。これは私の夢だって。私もお姉ちゃんの夢だって。
香 それは!……それは違うわ。そういう意味じゃない。眠ってる時に見る夢ってことよ。
かおり お姉ちゃん寝てるの。
香 多分ね。
かおり 起きてるじゃん。
香 寝てるのよ。寝て夢を見てるの。
かおり これが夢なの?
香 夢よ。だからあなたも現実には存在しないのね。
かおり 何で。
香 存在しないの。
かおり 何で私が夢なの。
香 え?
かおり そんなのわかんないじゃない。
香 え?
かおり そんなのわかんないじゃない!
音楽。
かおり あー暑い。今年は猛暑だったわねえ。これじゃみんながいらいらするのも当然ね。 特に香。クーラーのない教室で勉強するから。最近ヒステリーの回数多くなってない? まあこちらも同情はするからさ、付き合ってあげてるけど。あーあ。私、受験止めて良かったー。
香、やってくる。
かおり あ、香。どうだった?
香 ん?ああ、別に。
かおり 何よ。別にって。先生に何言われたの?
香 別に。ただ頑張れって。
かおり ふうん……。
香 私、大学受けるのやめようかな。
かおり 何言い出すのよいきなり!先生に何言われたの!
香 何でもないよ。先生……直接は言わない
もん……。
かおり やっぱり何か言われたんじゃない。
香 何でもないよ。
かおり 香。
香 もう……嫌。疲れた。勉強なんていい。
考えてみたらさ、大学行って何するってわけでもないのよね。
かおり 嘘。だって香、昔から言ってたじゃない。
香 え?
かおり 私には夢があるって。それを叶えるために大学行くんだって。
香 そんなこと……言った?知らないよ。私。
かおり だって昔……
香 昔っていつよ?私、かおりちゃんと知合ったの高校入ってからだよ?
かおり でも聞いた。
香 だいたい私、夢があるなんて誰にも言ったことないわよ。
かおり でも聞いたの。
香 知らないわよ。私には夢なんてない。だから大学も行かない。
かおり 香。先生に何言われたかしんないけど、そんな落ち込まないでよ。
自分の夢まで忘れちゃったの?
香 だから!夢なんかないってば。
かおり 忘れちゃったの?
香 ……そうよ!大学受けるのなんてちっちゃい頃から決めてて……でも理由なんか忘れちゃったわ。
私……何でこんなに躍起になって勉強してんのよ……。
香、勉強道具を片付ける。
何を言っていいかわからないかおり。
かおり 香。
香 ?
かおり 逃げちゃ駄目よ。
音楽。
香 嫌よ。嫌よ。かおりちゃんだって逃げたくせに。私だけ逃げちゃいけないなんてことないわよ。
他にも逃げた人いっぱいいるじゃない。私、その中に加わるわ。今までそんな人たち、蔑んでたけど。
今なら気持ちわかるわ。みんな、私と同じ気持ちなのよね。
かおり そんなのわかんないじゃない!
香 え。
照明、変わる。
再び服装の違うかおり。
かおり そんなのわかんないじゃない!
香 あ……夢か……。
かおり 夢?お姉ちゃん夢見てたの?
香 違うわよ。こっちが夢。あーあ。最近夢
の中の方が落ち着けちゃうなあ。
かおり お姉ちゃん。これは夢じゃないよ。
香 夢なのよ。夢。
かおり じゃあ現実は何?
香 現実?そうねえ……学校行って勉強して、友達と話して勉強して……。
そうかあ……ここにはそんなもんないのよねえ……。私、ずっとここにいようかしら?
かおり ここに?ここにいるの?
香 ま、いずれ覚めるんだろうけどね。あーあ。
香、大の字になって寝る。
香 これよ、私が求めていた物は!受験も勉強も学校もないとこ!
かおり (嬉しそうに)楽しい?
香 うん!
かおり、ぼーっと座ってる。
かおり ねえ。お姉ちゃんの夢を聞かせて。
香 私?私には夢なんてないよ。
かおり お姉ちゃんが見てる夢のお話。
香 寝てる時の?これがそうよ。
かおり ううん。学校行って、勉強して、友達と話す夢。
香 それは夢じゃ……。
かおり 聞かせて。夢のお話。
香 (苦笑して)夢じゃないんだけどなあ……。あのね、私には親友がいて。かおりって言うんだけど。
私と同じ名前なのよね。字は違うけど。今はその子に勉強手伝ってもらってるの。で、私の好きな男の子
と、私を好きな男の子がいて、
かおり ええ!いいなあ。
香 どうして。
かおり 私、好きな人いないもん。告白されたこともないし。
香 それは私だってないけど。それに私が好きな人には振られちゃったけどね。
かおり それで?
香 それで……先生に受験の相談したりして
……また教室に帰って勉強するの。
かおり それだけ?
香 それ……だけ。
かおり 短い夢だね。
香 現実だってば。
かおり 学校に行ってる夢なんだ。
香 だから、現実なの。
かおり そんなのわかんないじゃない。
香 え?
かおり そんなのわかんないじゃない……。
香 ど、どうしたの?
かおり 私、夢なんかじゃないもん……。
香 ……………。
かおり 私、ここにいるもん。夢なんかじゃないもん……。
間。
香 あなたが夢じゃないとしたら……私の学校生活が夢ってこと?冗談じゃないわ。勉強
も恋も嘘っぱちだって言うの?あんなに悩んであんなに苦しんで……あれが夢なら、私は
夢なんか見たくないわよ。いろんな物が追ってくる世界の夢なんて。夢の方が辛いなんて
そんなことある?夢は一番てっとり早くて儚い……逃げ道じゃないの。
かおり それが現実なんだよ。
音楽。
照明変わる。かおりの服装変わる。
香、勉強している。せみの音が聞こえる。
香 かおりちゃん。
かおり 何?
香 私ね、猛君と付き合うことにしたの。
かおり ふうん。
間。
かおり えええええええええええっ!う、嘘でしょ!香!
香 うん。
かおり ……………え?
香 嘘よ。今のところは。
かおり まさか本気で付き合うつもり?
香 別に。でもあいつでも別に悪くないかなーとか思い始めただけ。
かおり 香。やけになっちゃいけないわ。自分をしっかり持つのよ!あきらめちゃ駄目。
香 あははははは。ひどい言われようだなあ。
かおり 香がとんでもないこと言い出すからよ。
やっと最近ヒステリー起こさなくなったってのに。
香 嵐の前の静けさ。
かおり え?何か言った?
香 ううん。何でも。
かおり ふうん……。
間。
かおり 私さあ。結婚しようと思うんだ。
香 ふうん。
間。
かおり …………えええええええええっ!
香 何自分で驚いてんのよ。
かおり だって香が驚いてくれないんだもん。
香 だって結局お見合いしたんでしょ。
かおり うん……まあ。……いや、もちろん高校出てからってことになったけどね。
香 いい人だったんでしょ。
かおり まあね。東大出とかいうのは嘘だったけど。
香 あ、そうなの。
かおり ひどいんだよ。東京「の」大学ってんだから。お母さん、縮めれば東大に間違いないでしょ?
なんて言うんだから。
香 あはは。
かおり 結婚式には招待するからね。香、大学地元でしょ?絶対来てよね。
香 スピーチは嫌よ。
かおり 大丈夫よ。香に任せたら何言われるかわかんないもん。絶対頼まない。
香 あ、ひどい。
かおり あ、でも香の結婚式には私、スピーチやるからね。特に高校三年生の時期は大変でした
……って涙ながらに語ってあげるから。
香 遠慮しとくわ。
かおり やっぱり?
香 だいたい、私、結婚式なんてやらないもの。
かおり ええ?何で。
香 ああゆう儀式的なものって好きじゃないのよねえ。何か学校の式典とか思い出しちゃってさ。
私、長い話を聞くと眠くなる癖あるし。
かおり あ!私も私も。特に今の校長ってほんと、話長いと思わない!?
香 言ってることわかんないしね。
かおり 香、貧血起こしやすいから大変でしょ。
香 そう!そうなのよ。私はいまだに面白い
話する校長先生に会ったことない!
かおり 言ってやれ言ってやれ。
香 おらー校長!てめえのせいで何人貧血で
倒れてると思ったんだ!(ドスをきかせて)
かおり 一度自分の話、録音して聞いてみろ!
香 それいい!絶対いい!
かおり いいでしょ?いいでしょ?私、自分で言ってびっくりしちゃった。よし、今度録音して
校長の家に送ってやろう!
香 校長の名前なんだっけ!
間。
かおり 駄目ね。
香 駄目ね。
かおり 知らない人の悪口言っちゃ駄目ね。
香 今度調べてみよう。
かおり そう!誰からも文句のつけられない悪口を言おう!
二人、笑い合う。
かおり あー久しぶりこういう雰囲気。
香 私もそんな気がする。
かおり よくテレビとか小説とかでさあ「最近笑ってないな」なんてかっこつけてるけど、
あんなの嘘だって思ってたよね。
香 そうそう。でも受験生なら納得いくなあ。明るい話題ないんだもん。「勝ってから笑え」
ってそればっかり。
かおり それが現実なんだよ。
間。
かおり どうしたの?
香 今のセリフ、どこかで聞いた。
かおり え?
香 どこだったかなー。どっかで……。
かおり 何よ。ありがちなセリフじゃない。
香 違う。最近、誰かが言った。……私だっけ?私が言ったんだっけ?違うな違う……。
音楽。
かおり、動き始める。
香、悩んでいる。
かおり 私にはさ、夢があるんだ。大きくなったら絶対叶えたい夢があるんだ。だからさ、 一生懸命勉強して、いい大学に入るんだ。だってそれが夢への第一歩だから。え?教えないよ。 絶対教えない。だって私の夢だもの。
香、立ち上がる。
香 私には夢がありました。大きくなったら
絶対叶えたい夢がありました。そのために勉強をしてました。でも……忘れてしまいました。
誰にも語らなかった私の夢。私は忘れて
しまいました。
かおり 思い出したんだね!
香 違う。思い出せないのよ。
かおり 思い出したんだよ。良かったー。
香 良かった?何で。
かおり だって思い出さないと。また逃げちゃうでしょ。夢があるんだよね、お姉ちゃん。
香 夢が「あった」のよ。もう忘れちゃった
のよ。
かおり 思い出せるよ。現実に戻れば。
香 あなた、やっとこれが夢だって認めたわね。
かおり 夢じゃないけど夢なんだよ。
香 私、現実であなたに会ってるのかな。多分そうね。思い出せないけど。こんなに人格
がはっきりしてるんだもん。きっと昔どこかで……。
かおり、黙って微笑んでる。
かおり もう逃げないね。
香 え?
かおり 思い出したんだもんね。
香 …………。
かおり 逃げちゃ駄目だよ。もう……。逃げちゃ駄目だよ。逃げちゃ駄目だよ。…………
音楽。
机、ベットになっている。
一瞬暗転。
香が寝る。
かおりはいなくなる。
救急車の音。
照明、明るくなる。
香、がばっと起き上がる。
香 夢………?
香、きょろきょろと辺りを見回す。
かおり、白衣で入ってくる。
かおり あ、目が覚めましたか。
香 あなたは……。
かおり 幸い植え込みの中に落ちましたから。命に別状はありません。
香 私、生きてるんですね。
かおり はい。
香 どうして……?
かおり 今、ご両親をお呼びしました。もうすぐやってくると思いますよ。
香 …………。ごめんなさい。
かおり ?
香 もう……しません。
かおり …………。
香 あの……今日は何月何日ですか。
かおり 今日?今日は……3月27日ですが。
香 そうですか。……夏は……終わってたんですね。
かおり は?
香 何でもありません。すみません。ご迷惑
をお掛けしました。
かおり は……いや……。
香 私、もう逃げませんから。
香にスポット。
香、ベットの上に立ち上がる。
音楽。
香 私にはさ、夢があるんだ。大きくなったら絶対叶えたい夢があるんだ。だから一生懸命勉強して、 いい大学に入るんだ。だってそれが夢への第一歩だから。……もうあきらめたりしない。何度だって 挑戦するわ。え?教えないよ。絶対教えない。だって私の夢だもの。
香、ベットから下りる。
香 教えないよ。絶対教えない。だって私の 夢だもの。もしそれが叶ったら……今度は教えてあげる。お父さんにもお母さんにも先生 にも友達にも。みんなに教えてあげる。じゃあ、私、勉強があるから!
香、駆けていく。
音楽と共に……