窓のない部屋

【たけし君はお母さんに捨てられました。泣いても叫んでも、お母さんは振り返ってはくれませんでした。お母さん。忘れてしまったお母さんへ。忘れてしまった私より】

   部屋の中。女1がいる。
   1、何か絵を描いている。
   女2、入ってくる。食事を持っている。

2 何描いているの?
1 絵。
2 何の絵?
1 教えない。
2 そう。

   2、食事を机に運ぼうとする。

1 聞かないの?
2 教えないんでしょ。

   1、黙って絵を見せる。

2 犬?
1 猫。

   1、用紙をめくり、再び描き始める。

2 食事、ここに置いておくわよ。

   1、黙々と絵を描く。

2 熱計ってもいい?
1 駄目。

   1、言いながら体温計を取り上げ、計る。

2 頭、痛くない?
1 痛い。
2 お腹、痛くない?
1 痛い。
2 胸、苦しくない?
1 苦しい。
2 そう。

   2、出ていこうとする。

1 心配しないの?
2 心配して欲しい?

   1、再び黙る。

1 ねえ。
2 何。
1 ここどこ。
2 部屋。
1 何の部屋。
2 あなたの部屋よ。
1 外、出ていい?
2 出たいの?
1 出たくない。
2 そう。
1 踏まないで!
2 え?

   2、散らばっている紙を踏んでいる。

2 ごめんなさい。大切な物だった?
1 ううん。
2 じゃあ別にいいのね。
1 うん。
2 これ、同じ絵ばっかりこんなにいっぱい描いてどうするの?
1 同じに見える?
2 同じじゃないの?
1 同じだよ。
2 練習してるの。
1 何の。
2 絵の。
1 お話描いてる。
2 お話は絵で描くものじゃないでしょう。
1 紙芝居。
2 ああ。なるほど。
1 ねえ。
2 何。
1 知ってる?捨てられた子供の話。
2 知らないわ。
1 教えてあげない。
2 ホントは知ってるけどね。
1 じゃあ教えてあげる。

   1、部屋に散らばった紙を拾い上げる。

1 これ、たけし君。
2 たけし?
1 たけし君。

   1、紙をまとめ、紙芝居のようにする。
   ただし、絵は何やらわからない物体の絵である。

1 たけし君はお母さんに捨てられました。泣いても叫んでもお母さんは振り返ってはくれませんでした。お母さんはたけし君を捨てて、どこかへ行ってしまったのです。たけし君は仕方なく、自分一人で生きることを決めました。
2 たけし君はいくつだったの。
1 知らない。
2 そう、いいわ。私は知ってるから。
1 二歳。
2 そう。
1 (めくる)……たけし君はお腹が空いていました。仕方がないので、そこに落ちていた物を食べました。
2 嫌ねえ。お腹壊すわよ。
1 ……たけし君はその内、仲間を作りました。けん君とゴン君です。モモちゃんという彼女も出来ました。
2 あら。結構おませさんなのね。それで?
1 ……………。
2 続きは。
1 おしまい。
2 おしまい?それで終わりなの?まだあるじゃない。

   2、1の持った紙を取り上げようとする。
   1、必死で抵抗する。

2 あ、そうだ。体温計。何度になってる?
1 ……。
2 別に私は知らなくてもいいんだけど。
1 六度一分。
2 そう。それならいいわね。

   2、カルテのような物に書き込む。

2 食事は食べなくてもいいわよ。

   2、出ていく。
   1、しばらくして食事を食べ始める。
   ふと、盆に置かれた手紙に気付く。

1 ……お母さんより。

   1、それを裏返したりしながら、不思議そうに見ているが、
   やがて放り出す。   

1 忘れてしまったお母さんへ。私は多分元気です。ひょっとしたら病気かも知れません。昔と少しも変わってません。大分変わったかもしれません。今、昔お母さんが話してくれたお話を描いています。あれは多分お母さんの創作です。だって誰も知らなかったから。童話でもありません。可愛い妖精もいじわるなおばあさんも出てこないから。忘れてしまったお母さんへ。忘れてしまった私より。

   1、紙を取り上げ、また何か描き始める。
   2が入ってくる。

2 お食事はすんだ?
1 ………。
2 まあ最近良く食べるわね。前は全然食べなかったのに。(急いで)ま、すぐにまた食べなくなるんでしょうけど。
1 ………。
2 また何か描いてるの?
1 ………。
2 あ、手紙読んでくれた?あなたのお母さんからなんだけど。
1 (首を振る)
2 そう。
1 ねえ。
2 何。
1 あなた誰。
2 一、看護婦。
1 看護婦?
2 二、婦人警官。
1 婦人警官。
2 三、先生。
1 先生……。
2 どれがいい?
1 三択?
2 そうよ。
1 四番。
2 正解。
1 え?
2 正解。
1 四番は何?
2 自分で答えたんでしょ。自分で考えなさい。

   1、再び絵に没頭。

2 それじゃ私、帰るわよ。
1 待って。

   2、驚いて1を見る。
   1、微かに震えている。

2 頭、痛いの?
1 痛くない。
2 お腹、痛いの?
1 痛くない。
2 胸、苦しいの!?
1 苦しくない!

   間。

1 痛くない痛くない苦しくない……。
2 帰るわよ。
1 帰らないで!
2 じゃあ帰らない。
1 帰って。
2 どっちなのよ。

   1、食事と共に置いてある薬を取る。

2 今日はまだお薬、飲んでなかったのね。

   1、急いで飲む。

2 飲みすぎは体に良くないわ。
1 わかってる。
2 夜は飲まないの?一日一回って決められてるのよ。
1 わかってる。
2 もうお薬は……どうしたの!?

   1、うずくまっている。

1 痛い痛い痛い痛い……。
2 まだ薬が効いてないのよ。ゆっくり寝なさい。
1 もっとちょうだい。
2 何。
1 お薬。
2 駄目よ、決められた量があるんだから。
1 ちょっとだけ。
2 駄目。
1 今日だけ。お願い。
2 多すぎると返って苦しくなったりするわよ。
1 いい。痛いの。ねえ、もっとちょうだい。明日からは減らすから。
2 ……しょうがないわね……。

   2、出ていく。
   1、ずっと震えてる。
   やがて震えが止まる。
   ふっと笑って。

1 馬鹿な女。看護婦か警官か知らないけど。私に騙されてる。馬鹿な女。私はもうずっとここにいてもいい。薬はあるし。薬があれば痛くないし。ここがどこでもいい。そんなこともわかんないのかしら。

   1、自分の絵を拾い上げる。

1 下手な絵。何描いてるのかしら。た……たけし君だっけ。これがけん君でこれがゴン君……モモちゃんはこれ……。下手な絵。描き直そうかしら。

   1、その辺でクレヨンを拾う。
   絵を描き始める。
   2、入ってくる。

2 あら、もういいの?
1 (首を振る)
2 だって元気そうじゃない。
1 (苦しそうにする)
2 わざとらしいわねえ……(何か取り出す)これ、ここに置くわよ。その代わりお話してくれる。たけし君のお話。
1 (頷く)えっと……たけし君は……どこまで話したっけ。
2 モモちゃんという彼女が出来た。
1 そう、彼女はすっごく可愛くて町でも評判の美女だった。だからたけし君はモモちゃんのことが自慢でした。(紙をめくる)たけし君もモモちゃんもとても幸せでした。しかしある日……!
2 うん。
1 ……続く。
2 ええ?
1 続く。
2 もう。いいところじゃない。
1 まだ描いてないの。それに昔お母さんも、ここで一回切ったの。
2 そう。
1 悔しいでしょ。私も昔悔しかったの。一晩中寝れなかったの。
2 別にお母さんはあなたに意地悪したわけじゃないでしょう。
1 意地悪したんだよ。
2 意地悪したのね。
1 してないよ!
2 わかってるわ。
1 …………ねえ。
2 何。
1 出てって。
2 どうして。
1 お話の続き描くの。
2 それだけ。
1 ……違う。
2 そう……。

   2、出ていこうとする。

1 帰るの。
2 帰って欲しくないの?
1 帰って。
2 はいはい。

   2、出ていく。
   1、急いで置いた薬を飲む。

1 あは。あははははははははははは。

   1、楽しそうに笑い転げてる。
   やがて日記を取り上げる。

1 今日は変な夢を見ました。夢の中の私は、紙芝居を書いています。下手な紙芝居。もう一度夢の中に戻って書き直したいくらいです。

   照明、変わる。
   1、横になる。
   2、出てくる。
   2、1の体をゆすったり鼻をつまんだりしている。
   やがて耳元で。

2 わっ!
1 ひゃ!

     1、飛び起きる。

2 お早よう。
1 お、お早ようございます。
2 よく寝てたわね。もう気分は大丈夫?
1 あ、はい。
2 もうすぐ三時間目が終わるから。四時間目は出れる?
1 ああ……四時間目、体育なんですよ。
2 あら、じゃあちょっと無理かしら。いいわ、もう少し休んでなさい。
1 寝ちゃっていいですか。
2 あなた寝てたじゃない。
1 変な夢見たんですよ。紙芝居書きながら誰かと話してて……病室みたいなとこにいて。
2 あなた、保健室来るの初めてよね?
1 はい。
2 だからかな。こういうとこって変な夢見るもんよ。
1 やめて下さいよ、恐いじゃないですか。
2 恐い夢だったの?
1 ?えっと……いや、そうでもないです。
2 ずっと寝てたの?
1 はい。
2 (机に行って)熱、計る?
1 いや、いいです。もう下がったと思います。(起き上がる)
2 起きて大丈夫?どうせ四時間目は出ないんでしょ。
1 いやあ、寝てると体痛くて。(机の上の紙を見付ける)これ……何ですか?
2 え?ああそれはポスターよ、保健室に張る。
1 下手な絵ですね。
2 しょうがないでしょ、幼稚園児が書いたんだから。でもちゃんと賞取った作品なのよ。
1 これで賞取れるんですか!?私もこの頃応募すれば良かったなあ。当時からこれくらいの作品かけてましたよ。
2 どうかしら、その「つもり」なんじゃないの。
1 絶対描けてましたって、昔の絵残ってるんですよ。
2 何の絵?
1 ……よくわかんないんですけど。
2 駄目じゃない。
1 でも!この絵だって何の絵かわからないですよ。
2 それは地球よ。地球の上に人がいるでしょ。
1 え?ああ!そういう意味ですか。人がやけに大きいですね。
2 それはしょうがないでしょ。地球に合わせてたら人なんか見えないもの。
1 それもそうですね、これ、じゃあ字はなんてかいてあるんですか?
2 読めないの?
1 読めるんですか?
2 読めないわ。
1 駄目じゃないですか。

   チャイムの音。        

2 あ、三時間目終わったようね。どうするの?
1 あ、またお腹痛くなってきた。(お腹を押さえて)
2 (笑って)じゃあ四時間目はさぼるの?
1 ホントに……痛い。(苦しそうにする)
2 じゃあ寝てなさい。
1 ……はい。

   1、ベットに横になる。
   まだ苦しそうにしている。
   照明、変わる。

2 大丈夫?ねえ、大丈夫?

   1、起き上がる。

2 大丈夫?ずいぶんうなされてたみたいだけど……。
1 夢……。
2 夢?ああ、また夢をみたのね。だから飲みすぎると……
1 違うよ。いい夢。
2 いい夢。
1 そう……多分。夢。学校にいた。それで、保健室の先生と話してて……
2 はいはい。いい夢が見れて良かったわね。もう落ち着いた?
1 落ち着いてない。
2 落ち着いてないのね。
1 落ち着いた。
2 はいはい。それじゃあ夕食を持ってくるわ。
1 もう夕食?
2 そうよ。
1 私、何時間寝てたんだろ。
2 あなたはいつも寝てばかりじゃない。
1 起きてるよ。起きていろいろお話して…あなたにもしたでしょ。たけし君のお話。
2 しかしある日……!ってとこまでなら聞いたわ。でも続きは?
1 教えない。
2 でしょうね。全くいつもそうなんだから。

   2、出ていく。

1 いつも……いつも?

   1、紙をばさばさとめくる。
   散らばっている紙も全て集める。

1 これと……これ、同じ絵……。同じ場面。これも……これも……。これも……。

   1、突然全てをぐしゃぐしゃにして、捨てる。
   そして新たにスケッチブックに描き始める。

1 一回目。まだ一回目。たけし君が捨てられて……

   描いてる最中に2、入ってくる。

2 あら、ずいぶんきれいになったわね。また今までの、全部捨てちゃったの?
1 一回目。まだ一回目。
2 はいはい。さ、食事よ。……食べなくてもいいんだけど。
1 食べる。

   1、食べ始める。
   2、そっとゴミ箱のゴミを拾い、外に出ていく。
   1、食事と一緒にある手紙に気付く。

1 ……お母さんより。

   1、手紙を捨てる。

1 忘れてしまったお母さんへ。私はいくつになったのでしょう。知っているのはあなただけ。毎日、同じ日が繰り返されています。お母さんが言った「日記を付けろ」という言葉。今になって大切さがわかりました。毎日同じ日だから、毎日書いてないと忘れてしまう。どれが夢でどれが現実か。でも、夢の中で日記を付けたらどうなるのでしょう。きっとそっちが現実です。忘れてしまったお母さんへ。私はいくつになったのでしょう。忘れてしまった私より。

   1、紙芝居を描き始める。

1 たけし君が雨に打たれている。そうだ、雨だ。雨を降らそう!

   1、描き始める。そして用紙をめくる。

1 次にけん君とゴン君と出会います。……どっちが先だったっけ。これがけん君でこれがゴン君……

   1、ずっと描いている。
   2、入ってくる。ゴミ箱の中の手紙を拾い上げ、
   自分のポケットに入れる。

2 食事は終わった?
1 (首を振る)
2 終わってないのね。
1 (首を振る)
2 あなたは食事の後は無口ね。

   2、食事を片付け始める。
   2、1に近付く。

2 何を描いてるの。
1 絵。
2 何の絵。
1 教えない。
2 当てて上げる。

   2、絵を覗き込む。

2 猫でしょ。
1 犬。
2 …………。

   2、体温計を取り出す。

2 熱、計るわよ。

   1、黙って体温計をわきに挟む。

2 頭、痛い?
1 痛くない。
2 お腹、痛い?
1 痛くない。
2 胸、苦しい?
1 苦しくない。
2 そう……。

   2、カルテらしきものに何か書き込む。

2 欲しいものある?
1 ない。
2 欲しいものないの?
1 ある。
2 何が欲しい?
1 お薬。
2 駄目よ。いつもそんなことばかり言って。
1 看護婦さん。
2 なあに?
1 私。いくつ?
2 知らないの?
1 ……知ってる。
2 じゃあ聞く必要ないわね。
1 ある。
2 あるの?
1 ない。
2 あ、そろそろ体温計出して……別にださなくてもいいけど。

   1、体温計を出す。

2 ありがと。六度八分……ちょっと熱が上がってきてるわね。今日はまだ寝なくていいわ。
1 おやすみなさい。

   1、さっさと布団に入る。

2 おやすみ……。

   2、出ていく。電気を消す。
   一瞬暗転。
   すぐに1にスポット。
   1、ベットの上で何か書いている。

1 九月十八日、土曜日。天気予報は晴れ。今日はずっと絵を描いていました。昔お母さんから聞いた話を紙芝居にしています。でも完全には覚えてないので、あまり進みませんでした。昼間は少し寝て、変な夢を見ました。でも覚えていません。夢の中でお母さんに会ったような気がします。でも私はお母さんのことをあまり覚えてません。今日は少し熱があるので早目に眠ることにします。おやすみなさい。

   1、日記を閉じる。
   ベットに入ってしばらくすると照明が明るくなる。
   同時に2が入ってきてる。

2 お早よう。

   1、起きない。

2 相変わらず朝は起きないのね。

   2、紙の束を持っている。
   2、それを一枚一枚ばらまく。

1 お巡りさん。
2 (びっくりして)なあに?
1 何やってるの?
2 何もやってないわよ。
1 そう……。

   1、起き上がる。

2 今日は早いのね。
1 いつも遅いの?
2 ああ、いつもこれくらいね。朝ご飯は?
1 いらない。
2 そう……。

   1、紙を拾う。

1 たけし君はけん君と仲良くなりました。でも時にはけんかもします。けんかをしている時、止めてくれたのがゴン君でした。……ゴン君……どんな絵にしよう。

   2、絵を覗き込む。

1 何?
2 絵を見せてもらおうと思って。
1 絵?
2 絵よ。何を描いてるの?
1 当ててみて。
2 犬……猫でしょ。
1 ブー。ゴン君。
2 ゴン君?どれがゴン君?
1 これ。
2 けん君はどれ?
1 これ。
2 たけし君は?
1 これ。
2 モモちゃんは?
1 ……まだ描いてない。
2 そう。
1 何でモモちゃん知ってるの?
2 たけし君の彼女でしょ。
1 あなた、この話知ってるの?
2 え?
1 今まで誰も知らなかったの。だから絶対お母さんが作った話だって思ってたのに。
2 そう……そうね。有名な話よ。
1 この後どうなるか知ってる?
2 忘れちゃったわ。
1 話してあげる。

   1、再び紙芝居を始める。

1 けんかを止めに入ったゴン君は、けん君とたけし君の親友になりました。けん君とたけし君も仲直りが出来ました。そんな時、たけし君はモモちゃんに一目惚れします。

   1、用紙をめくるが白紙。

1 待って。モモちゃん描くから。

   1、急いで描く。

1 モモちゃんは明るくて優しくて町一番の美女でした。たけし君は早速告白します。
2 何て告白したの?
1 「子供を作ろう」

   間。

2 たけし君、何歳だっけ。
1 三歳。
2 ……「お嫁さんになって」ってとこかしらね。
1 それで、モモちゃんはたけし君の彼女になります。子供も出来、幸せな日々が続いていました。
2 子供が出来たの?
1 うん。
2 モモちゃん、何歳?
1 二歳。
2 ……お人形さんか何かかしらね。ペットのことかもしれないし……。
1 ところがその幸せは長くは続きませんでした。
2 うん。
1 ある日、たけし君は恐いお兄さんに連れ去られてしまいます。
2 まあ!
1 たけし君はわけもわからないまま連れていかれて、檻に閉じこめられます。

   1、絵に檻を付け足す。

2 それで。
1 続く。
2 またあ。
1 続く。
2 はあ……。いつになったら最後まで聞けるのかしらね。そっか、たけし君は連れ去られたんだ。

   1、絵を描く。
   1、突然、紙を取り落とす。
   震え始める。

2 また?
1 (哀願するように見つめる)
2 駄目よ、駄目。まだ朝よ。それに昨日も二回……
1 お願い。お願い。
2 駄目。
1 頭痛いの。
2 駄目。
1 ねえあと一回だけ……。
2 駄目!
1 ………お話してあげる。
2 え?
1 お話。お話するから。だからお願い。
2 だからって……。
1 お願い。
2 ……ちゃんと最後まで聞かせてくれるの?
1 (うなずく)
2 ……聞かせて。
1 (頷く)……たけし君は恐いお兄さんに連れて行かれました。恐いおじさんだったかもしれません。たけし君には人の年齢がよくわかりません。たけし君は檻の中で、別の男の子と会いました。その子は言います。「君も連れてこられたんだね」と。
2 その子も連れてこられた子だったのね。
1 はい。そしてたけし君が逃げようとするとこう言います。「無駄だよ。ここに入ったら絶対逃げられない。殺されるんだ」
2 殺されちゃうの?
1 はい。
2 どうして?何か悪いことしたの。
1 たけし君は人を脅して物を取ったりしていました。実はモモちゃんもおじさんに甘えたりして物を買ってもらったりしてました。
2 二人、何歳だっけ。
1 えっと……
2 まあいいわ。それで?
1 その男の子は言いました。「君たちみたいなのがいるから僕らが迷惑するんだ。僕は何もやってないのに」と。でもたけし君は自分がしたことを悪いとは思っていませんでした。
2 どうして?
1 生きるためだったからです。たけし君もモモちゃんもそうやって生きられました。その男の子がそういったことをしてなかったのは、男の子が捨てられてまだ一ヵ月もたってなかったからです。
2 男の子も捨てられた子だったの。
1 モモちゃんもけん君もゴン君もそうです。捨てられた子は、恐い人に連れられて殺されてしまうのです。
2 どこの国のお話かしら。
1 わかりません。
2 それで?
1 ……それで……。
2 うん。
1 それで……
2 うん。
1 ……ごめん。わかんない。
2 え?
1 忘れてしまったの。だから今まで言わなかったの。でもひとつだけ覚えてる。
2 何?
1 たけし君もその男の子も殺されるんだ。
2 救いの手とかはないんだ。
1 うん。
2 残酷な話ね。
1 うん、でもその前に何かあったの。
2 何が?
1 忘れた。
2 そう。じゃあゆっくり思い出してね。
1 …………。
2 お薬は持ってきてあげるわ。

   2、出ていく。
   1、食事と一緒にある手紙に気付く。

1 ……お母さんより。

   1、手紙は捨てる。    

1 忘れてしまったお母さんへ。あの話の続きを教えて下さい。たけし君は本当に死にましたよね。捨てられた子は殺されるんです。それが運命なんです。お母さん、お母さんは私を捨てましたか。忘れてしまったお母さん……。捨てられた私は殺されるんです。だから捨てられたことを誰にもわからせてはいけません。忘れてしまったお母さんへ。あの話の続きを教えて下さい。私はやっぱり殺されてしまうのでしょうか。忘れてしまったお母さんへ。忘れてしまった私より。

   2が入ってくる。
   1、急いで薬を取り、飲む。

2 あまり薬にばかり頼っちゃ駄目よ。
1 わかってる。
2 ほんとにわかってるの。
1 わかってない。
2 ………。
1 寝る。
2 寝るの?今は朝よ。
1 朝なんだ。
2 朝よ。
1 わかんなかった。

   間。

1 この部屋、窓がないから。

   1、床に座り込む。
   2もそのままその辺に座る。
   照明変わる。

1 ここ……どこだろう。

   突然、ハッとしたように、

1 逃げなきゃ、逃げなきゃ!

   辺りを歩き回る。

2 静かにしてよ。
1 ……誰だい。
2 静かにして。
1 君は誰だい。
2 誰でもいいだろう。
1 僕はたけしって言うんだ。ねえ、君、ここがどこかわかる?
2 知らないの?
1 わかんないよ。いきなり連れてこられて。そうだ、モモちゃんは大丈夫かな。けん君もゴン君も……。でも連れてこられたのは僕だけだよね……。
2 わかんないよ。
1 ………。
2 その人たちって、捨てられたの?
1 ……ああ。モモちゃんもけん君もゴン君も。……僕も。
2 じゃあその人たちもきっとここに来る。
1 どうして。
2 捨てられたから。捨てられた人は皆、捕まって殺されるんだ。
1 どうして。
2 僕のせいじゃない。
1 誰のせい!
2 ……人を脅して物を取ったりしてる奴のせいだ。
1 それがどうしていけないの。
2 君はやってるんだね。
1 だって、そうしないと生きられないよ、僕たち。
2 ……悪いことやって生きたって駄目だよ。
1 死ななきゃいけないの。
2 ここに来たらみんな死ぬんだよ。みんな死ぬんだよ。
1 やだよ……。そんなの。モモちゃんと結婚したんだから。けん君ともゴン君とも友達になったんだから。
2 しょうがないんだよ。
1 やだよ……。何で。何で殺されるの。
2 しょうがないんだよ。
1 嫌だよ。……嫌だよ。

   2、立ち上がる。

1 何?
2 殺されるんだ。
1 …………(後を振り向く)わあああああああああああああああああああああ!(うずくまる)

   照明変わる。

2 ちょっと、大丈夫?ねえ、ねえ!
1 わああああああああああああ。
2 ねえ!
1 …………。
2 どうしたの?何があったの。
1 夢見た。
2 夢?
1 私、たけし君なんだ。閉じこめられて殺されるんだ。
2 夢でしょ。
1 殺されるんだ……殺されるんだ……。
2 ………恐い夢を見たのね。大丈夫。忘れなさい。そんなもの。大丈夫だから。
1 恐かった。
2 大丈夫よ。薬の飲みすぎで変な夢見たの。もう大丈夫よ。
1 薬の飲みすぎ……。
2 そうよ。薬の飲みすぎ。ご飯食べれば落ち着くわよ。
1 ご飯?
2 夕食よ。あなた、昼は結局起きなかったの。
1 ご飯。
2 食べないの?
1 食べる。

   1、食べ始める。手紙に気付く。

1 ……お母さんより。

   1、捨てようとするが、2が見ているのに気付き、捨てない。

1 ……お薬はないの。
2 朝も飲んだでしょ。
1 いっぱい寝たから。一日たったの。
2 気分でたってても駄目よ。
1 お願い。
2 駄目よ。
1 もう一回。
2 駄目ったら駄目。あのお薬はちゃんとお医者様が考えて下さってる量なのよ。勝手に変えちゃ駄目。それにあのお薬もいつかは止めなきゃいけないの。
1 何で。
2 そのためにここにいるのよ。
1 いや。
2 飲まなくても大丈夫のはずなのよ。
1 いや。
2 もう少しの辛抱よ。
1 いや。
2 今を乗り切れば楽になるから。
1 いや!

   1、うずくまる。叫び続けている。
   2にスポット。

2 いつまでも甘やかすわけにはいかない。当然の判断です。でもそれから三日間、彼女は叫び続けました。(耳をふさぐ)私はこれ以上彼女の叫び声を聞きたくはなかった。それくらい仕方のないことでしょう。私を責めますか。この叫び声を聞いて、まだ私を責めますか!

   1はセリフの間も叫び続けている。
   照明、明るくなる。

2 落ち着いた?
1 (頷く)

   間。

1 先生。
2 なあに?
1 ……何でもない。
2 そう。

   1、絵を描き始める。

2 何描いてるの?
1 紙芝居。
2 紙芝居?
1 うん。でも結末が思い出せないの。
2 自分で考えちゃえば?
1 駄目なの。お母さんのお話だから。
2 お母さんの。
1 忘れてしまったお母さん。忘れてしまった私。もう完成しないかもしれない……。
2 あきらめちゃ駄目よ。
1 うん。
2 私も早く聞きたいわ。
1 看護婦さん。
2 なあに。
1 あなたは何をしているの。
2 あなたと話してるわ。
1 普段は?
2 あなたに食事を届けて。
1 他には?
2 あなたの体温を計って。
1 他には?
2 あなたに薬を届けるの。
1 終わり?
2 そうね。
1 ねえお巡りさん。
2 なあに。
1 私、ここにどれだけいるの?
2 え?
1 いつからいるの?いつまでいるの?
2 難しい質問ね。
1 難しいの?
2 だって決まってないもの。
1 いつからいるかも?
2 私にはわからないわ。
1 いつまでいるかも?
2 それはあなた次第。
1 私次第!?

   1の反応に2、びっくりする。

1 何をすれば出られるの?
2 あなた……。
1 私、ここから出たいの。
2 でもここはあなたの部屋よ。
1 私、檻の中にいる。たけし君は殺された。
2 ここは檻じゃないわ。
1 檻の中にいる。私も殺される。
2 あなた、お母さんに捨てられたの?
1 わからない。でもそうかもしれない。私はお母さんを忘れてしまったの。
2 あなたは捨てられてなんかないわ。
1 わからない。ねえ、どうすれば出られるの?
2 薬がやめられれば……出られるわ。
1 …………。
2 薬、やめる?
1 (首を振る)やめられない……。
2 それじゃあずっと出られないわ。
1 薬がないと辛いよ。ねえ、ちゃんと分量通りに飲むから。
2 少しずつ少なくして、最後にはやめるのよ。……出来る?
1 わかんない。
2 わからないの。
1 多分出来ない。
2 …………。
1 ねえ。
2 何。
1 あれは何のお薬?
2 …………。
1 あの薬は何!?
2 ……。

   長い間。

2 やめられる?
1 (首を振る)
2 もっと早い時期なら、もっと苦労も少なかったかもしれないの。でもやっぱりやめなきゃ駄目。
1 ……。
2 わかってたんでしょ?
1 …………。
2 やめなきゃならないことも。

   間。

1 そうよ……わかってるわよ。わかってるに決まってるじゃない!

   1、その辺の物を2に投げ付ける。
   間。

1 何よ。皆、何でそんな気楽に言えるのよ!私の気持ちなんてわからないくせに!
2 あなたの気持ちは……
1 わからないでしょ!?やったことない人にわかるわけないじゃない!何でやったことない人にやめろなんて言われなきゃいけないのよ!一度やってから言いなさいよ!一度やってみなさいよ!

   2、黙って出ていく。
   1、泣いている。

1 何でみんなやめろって言うのよ。仲間は誰も言わなかったのに。やったことない人ばっかり何でやめろって言うのよ。 

   1、散らばった紙を拾い上げる。

1 たけし君の気持ちは、けん君やゴン君やモモちゃんにしかわからない。たけし君の気持ちは……一緒に檻の中にいた男の子にしかわからない。……男の子、この男の子の名前は……。

   2が突然入ってくる。

1 何よ!

   2、1に倒れかかる。

1 何?
2 これで……わかるわよ。
1 え?
2 もうすぐ……あなたの気持ちがわかるわ。
1 何を言ってるの?
2 良い気分。あなたの気持ち。わかるわ。
1 ……うそ。うそ。
2 ねえ、お話聞かせて。
1 駄目、覚えてないの。
2 お母さんからの手紙。
1 え?
2 お母さんからの手紙は読んだ?

   1、手紙を取って封を切る。

1 ……お話だ。
2 聞かせて。
1 (間)……たけし君はお母さんに捨てられました。そして一人で生きてく決心をしました。それから仲間が出来ました。けん君とゴン君です。モモちゃんという彼女も出来ました。たけし君は幸せな暮らしを送るようになりました。ところがある日、たけし君は恐いお兄さんに連れ去られてしまいました。いいえ、おじさんだったかもしれません。とにかくたけし君は閉じこめられて、檻の中で男の子に会いました。男の子はこう言います。「ここからは絶対逃げられない。捨てられた子は皆ここに閉じこめられて殺されるんだ」たけし君はうそだと思いました。だって殺される理由がないからです。すると男の子は言いました。「殺されるのは君たちのせいだ。人を脅して物を奪ったりする君たちのせいだ」と。たけし君はそれが悪いことだとは思いませんでした。何故ならたけし君は生きるためにそれをやっていたからです。「こんなことはあるわけない」そう思いました。でも、たけし君は殺されるのです。ガスが吹き出てきました。檻の中はガスがもれないようになっています。たけし君は殺されるのです。たけし君はまだ信じられません。すると男の子が立ち上がって言いました。「君は名前のせいで自分がわからなくなったんだね」たけし君は意味がわかりませんでした。でも次の男の子の言葉でわかりました。「教えてあげる。僕の名は……僕の名は……
2 ……ポチ」
1 (間)……たけし君は犬だったのです。けん君もゴン君もモモちゃんも犬だったのです。捨て犬は保健所で処分されるのです。たけし君は殺されました。でもたけし君は自分が何故殺されるのか、最期までわかりませんでした……。

   間。

2 思い出した?
1 思い出した。
2 これで、紙芝居かけるわね。
1 思い出した。
2 そうね。
1 思い出したのよ。
2 何度も言わなくてもわかるわよ。
1 看護婦さんでもない、お巡りさんでもない。先生でもない。
2 …………。
1 答えは四番。
2 そう……思い出したのね。
1 ごめんなさい……。
2 謝らなくてもいいわ。
1 ごめんなさい。
2 ……もう、ここから出てもいいわよ。
1 え?
2 あなたの気持ちはわかったけど……やっぱり年が年だからね。
1 え?
2 思い出してくれてありがとう。
1 え?
2 少し、眠るわ。
1 え?

   2、寝転がる。

1 駄目……寝ちゃ駄目……ねえ……ねえ……。

   2、ゆすぶられても起きない。

1 ねえ起きて。ねえ!

   間。

1 紙芝居……描くから。もう一回、ちゃんと見せるから……。

   間。

1 ねえ……ねえ!

   長い間。

1 お母さん……。

   暗転。

   

―幕―

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