【決して入ってはいけないと言われていた部屋。そこには等身大の人形が二体。これは誰なんだろう。 ここはどこなんだろう。私はどうなるんだろう……】
ぬいぐるみやおもちゃがたくさんある部屋。薄暗い。
真ん中には男の子と女の子の等身大の人形。
扉が開いて二人の子供が入ってくる。
子供の名は宏と恵。
宏、電気を付け、部屋、明るくなる。
武 うわー。おもちゃがいっぱいあるぜ。
恵 すごーい。
恵、武、部屋を探索する。
恵 こんなにおもちゃがあるのに、何でお母さん、この部屋入っちゃいけないって言ったのかな。
武 おれたちが遊んじゃうと駄目なんじゃないか。
恵 遊びたーい。ね、お兄ちゃん、たまにここに来て遊ぼうよ。
武 あんまり来てると母さんにばれるぞ。
恵 ドア閉めとけばわかんないじゃん。あ、
お兄ちゃん見て見てこれ。
二人、おもちゃに夢中になる。
その内、新聞に包まれた拳銃を見つける。
武 何だろ、これ。
恵 わーかっこいいー。鉄砲だ。
武 重たいな、これ。
恵 わたしこれ欲しい。
武 馬鹿、持ち出したらばれるじゃんか。
突然ドアが開く。
母 宏!恵!ここで何やってるの!
二人、びっくりして銃を取り落とす。
母、中に入ってくる。
母 ここには来ちゃいけないって何度も言ったでしょ!
二人、うつむいている。
母 早く出なさい!
二人、のろのろと出ていく。
母 全く……
怒鳴ろうとして銃に気付く。
母 二度とここには来ちゃ駄目よ!
母、ドアを閉める。
銃を拾い上げ、再び新聞で包む。
ふと、気付いたように人形を見る。
母 聡、智恵……。久しぶり。ごめんなさいね、なかなか来れなくて。さっきのがあなたたちの弟と妹。
宏と恵って言うの。
もちろん、人形無反応。
母 そういえば長いこと何も買ってあげてないわね。……ほんとにごめんなさい。ウチは貧乏だから……。
母、包まれた拳銃をしっかり握り締める。
母 もうこんなものは使ってないからね。大丈夫。パパはもうあんなことしないから。
言いながら拳銃を隠す。
母 また来るわね。宏や恵が来ても入れちゃ 駄目よ。
母、電気を消し、出ていく。
鍵をかけている。
廊下、部屋の前、宏と恵、相談している。
恵 今日いくのー?
宏 ああ、今日だったら母さんだって油断してるだろ。
恵 でもまた怒られるかも……。
宏 大丈夫だって。夜は母さん仕事いってるしさ。
恵 でも何時頃帰ってくるかわかんないよ。
宏 2時過ぎだよ。おれたまに起きてて時間
確認してるもん。
恵 あーずるい。
宏 役に立つだろ。こうゆう時に。
恵 (笑って)うん。
宏 あ、母さんが来る。じゃ、いいか今日9
時だぞ。寝るなよ。
恵 うん。
宏、恵、出ていく。
代わりに母、父がやってくる。
父 ……まあいいじゃないか。あれ以外は別
にやばいもんはないんだし。
母 あなた、あそこは聡と智恵の部屋よ。…
…駄目よ。わたし宏や恵が生まれてからあんまり構ってあげてないし。
父 (ため息をついて)お前なー。人形相手
に何やってるんだ。
母 あれは聡と智恵……
父 の、代わりだろ。もう宏と恵がいるんだからいい加減忘れろ。
母 あなた!
二人、出ていく。
宏、きょろきょろしながらドアの前に
立つ。
手にはぐちゃぐちゃのハンガー。
宏 恵、遅いな。先入るぞ。
ぶつぶついいながら鍵穴にハンガーを差し込み、
しばらくがちゃがちゃやる。
カチャッという音とともに鍵、開く。
宏、中に入る。
電気、つける。
宏 あ、鉄砲がない。
宏、銃を探し始める。すぐに見つける。
宏 これだこれだ。
宏、新聞をのけ、銃に弾を込める。
宏 へへへ……。
父、鍵を持ってドアの前に来ている。
開いているのを不思議そうに眺め、入る。
宏 あ、
父 宏……。
宏、銃を父に向ける。
父 宏、それは……。
宏 ばあん。
宏、言いながら引き金を引く。
銃声と共に、父倒れる。
宏も反動で倒れてる。
宏 うわあ。ほんとに何か出た。ねえ、父さん、おれこれ欲しい。
父、動かない。
宏 父さん。
銃声を聞き付けた母、やってくる。
母 宏!
宏、びくっとして顔をそらす。
母 何やったの!宏!
母、父の方へ駆け寄る。
血がべっとりとついている。
母 あなた……。
母、すぐに宏の元へ向かって銃を取り上げる。
宏、びくびくしながら、
宏 母さん、ごめんなさい……。それが欲しくて……。……ねえ……父さんは……?
母、何も言わずに宏を抱き締める。
宏 母さん……?
母 宏、部屋に行って寝てなさい。
宏 え?
母 早く!
宏 う、うん。
宏、急いで部屋を出る。
母、迷いながら銃を人形の体に押し込める。
父を引きずって部屋から出、舞台からも出る。
間。
音楽。
人形が少し動く、互いに顔を見合わせる。
男 見た?
女 見た。
男 見たね。
女 見たよ。
男 殺した。
女 殺した。
二人 ふふ……ふふふふふ……。
男 ぼくのお腹に入ってる。
女 重くなあい?
男 重たい。痛い。母さんひどいなあ。
女 吐き出しちゃえば。
男 でも母さんが隠した。
女 秘密だ。
男 秘密だ。
女 秘密だね。
男 秘密だよ。
二人 ふふふふふふふふふ……。
その時、ゆっくり扉が開く。
恵だ。
恵 お兄ちゃん……?
男 はあい。
女 (くすくす笑う)
恵 お兄ちゃん?
男 はあい。
恵 宏兄ちゃん?
男 ……………。
女 (くすくす笑う)
恵 誰?
男 お兄ちゃん。
女 お姉ちゃん。
恵 え?
男 聡兄ちゃん。
女 智恵姉ちゃん。
二人 ふふふふふふふ……。
恵、恐くなって出ようとする。
扉、開かない。
男 行かないでよ。
女 遊ぼうよ。
男 ぼくらと遊ぼうよ。
恵、電気をつける。
何も変わりはない。
人形も動いてない。
恵、人形に近付く。
女 恵ちゃん。
恵、びくっとする。
男 ここにいてよ。ぼくらと遊んでよ。
恵 ……お人形さん……淋しいの?
男 うん。
女 淋しいの。
男 誰も来てくれなんだ。
女 ずっと二人きりなんだ。
恵 ぬいぐるみさん……いっぱいいるじゃん。
男 人形じゃないから。
女 お話出来ないの。
恵 そっか……。
男の子の人形、急にお腹をおさえる。
恵 どうしたの?
女 痛いの?
男 うん……。秘密が重いんだ。
女 秘密が重いんだ。
恵 秘密って何?
男 母さんと宏の秘密。
女 重たい秘密。
男 二人だけの秘密。
恵 二人だけ?……ずるい。
男 知りたい?
女 知りたい?
恵 うん。
男 じゃあ恵ちゃん、遊んでくれる?
恵 何して?
女 おままごと。
恵 うん。
女 わたし、お母さんやるね。聡はお父さん。
男 うん。
恵 わたしは?
女 お人形さん。
恵 ……え?
暗転。
すぐまた薄暗い照明。恵はいない。
端の方に足らしきものが見えるがはっきりしない。
扉が開いて母、入ってくる。
手には裁縫用具を持っている。
母 聡、智恵、昨日はごめんなさい。あいさつもしないで。もう知ってると思うけど父さんが死んだの。 それでね、鉄砲を聡のお腹の 中に隠したいの。ちょっと……我慢してね。
母、男の子の人形を床に寝かせる。
軽く入れられてた銃を取り出し、はさみで服を着る。
男 痛い。
母 え。
男 痛いよ、母さん……痛い……痛いよ……。
母、はさみを取り落とす。
男 ひどい……ひどいよ母さん。ぼくら15年間もここで我慢してたのに。
母 聡……聡なのね!
女 智恵もいるよ。
母 智恵……。
男 ひどいよ母さん。
母 ごめ……ごめんなさい。ごめんなさい!
でもあなたたちのことを忘れたことはないわ。人形だって……あなたたちが入ってくれるように……
作ったんだから。
男 大きすぎるよ、母さん。
女 小さすぎるよ、母さん。
二人 何で成長させてくれないの?
男 母さんなんだから育ててよ。
女 母さんわたしたちに甘えてばっかり。わたしも甘えたかったのに。
母 ご、ごめんなさい。いいわ、どんどん甘えていいわ。甘えてちょうだい。あなたたちはわたしの
子供だもの。
男 うん、そのつもりなんだ。
女 そろそろ交替の時期だもんね。
母 交替……?
その時、宏の声が聞こえてくる。
宏、廊下を歩いている。
宏 父さーん。母さーん。恵ー。
宏、部屋を覗き込み、母を見つける。
宏 あ、母さん。父さんと恵は?
母 恵……?
宏 うん。いないんだ。
母、思わず人形を見る。
女、黙って部屋の隅を差す。
恵の足が見える。
母 交替って……。
男、立ち上がる。
宏 何?
男 交替。
宏 え?
男 交替の時期なんだ。
母 やめて!あなたたちの弟よ!
女 わたしたちの代わりにあなたの愛を受けたのよ。
男 10年。
二人 ふふふふふふ……。
母、男の手から宏を奪い取る。
母 いい加減にして!あなたたちはわたしの
子でしょう!この子はあなたの弟でしょう!
しょうがないじゃない!あなたたち死んじゃったんだから!生まれてすぐ死んじゃったんだから!
もう愛情を注げないのよ。
宏 母さん……?
男 言うと思った。
女 言うと思った。
男 大当たりだね。
女 大当たりだよ。
母 何……?
男 大丈夫。
女 大丈夫なの。
女、積まれたおもちゃの中から母の人形を取り出す。
二人 交替の時期なんだよ、母さん。
暗転。
母 いやああああああああああああああ。