擬似恋愛

【22世紀も後半。人は結婚相手すらコンピュータで選ぶようになっていた。コンピュータに依存するコンピュータの世界。さてこの世の支配者は……】

   亜樹、舞台中央でパソコンのような物を打っている。
   部屋は暗い。
   パソコンの傍にはファンタジックな衣裳の少女が
   無表情に椅子に座っている。
   彼女の名は桜。
   亜樹は最後に実行を押して、「ピー」という音がする。

亜樹 よし。完成。

    悠が入ってくる。

 姉ちゃーん。出来たー?
亜樹 あ、悠。見て見て。完成よ。3ヵ月かけたプログラム。今年こそ間違いないわ。
 それ、毎年聞いてるけど?
亜樹 今年は絶対なの!だって今回の相手は司君よ。私、ほんっきで司君のこと好きだもの。愛さえあれば叶わないことなんて多分ない!
 微妙に弱気だね。
亜樹 うるさいわね。これからこのプログラム、実行させるんだから、あっち行っててよ。
 えー。ぼくも久しぶりに桜ちゃんに会いたかったのに。姉ちゃん、3ヵ月もそのパソコン使いっぱなしなんだから。
亜樹 あんたねえ。コンピュータの立体映像になんか会ってどうするのよ。
 会いたいの。いいでしょ?
亜樹 仕方ないわねえ。でもすぐ部屋出なさいよ。私のプログラムにはあんたもいるんだから混乱しちゃうわ。
 わかってるよ。
亜樹 (気合いを入れて)よし!実行!

   突然、明るくなり、桜が立ち上がる。
   表情は明るい。

 はーい。パーソナルコンピュータアクトレス2190の桜でーす。亜樹ちゃん、悠君、お久しぶりー。
 お久しぶりー。
 今回は「徳永亜樹のバレンタインラブラブアタック大作戦17歳バージョン」をお送りしまーす。
 姉ちゃん、相変わらずそういう題名付けてるの?
亜樹 何よ、あんたこそ自分のプログラムに「受験作戦、楽して取りたい入学資格」とかって名前つけてるくせに。
 どっかで売ってそうでいいじゃん。
亜樹 駄目よ、そんなの。せめて「徳永悠の高校入学パラダイス学園計画現役バージョン」とかしなきゃ。
 姉ちゃんの趣味わかんない……。
亜樹 何ですって?
 あのー。そろそろシュミレーションスタートしてよろしいでしょうか……?
 あ、ごめん。ごめん。じゃあ姉ちゃん、今年こそは振られないように頑張ってね。

   悠、退場。

亜樹 余計なお世話よ!全く……。
 それでは早速プログラムを実行に移しまーす。第一章、バレンタイン前日、舞台は公園。子供たちの遊び声が聞こえます。

   人のざわめき音。

 亜樹は噴水の前で一人、司君を待っている。

   亜樹、その辺の椅子に座る。

亜樹 ああー司君、早く来ないかなー。
 立体映像太田司、登場。

   司、入ってくる。

 (限りなく爽やかに)やあ。待った?
亜樹 いい!すっごくいい!桜、もう一回!
 はーい。

   司、巻き戻しのように少し位置を戻し、

 やあ。待った?
亜樹 (感動の様子)ううん!私も今来たとこ。
 良かった。ちょっと塾が長引いちゃってね。
 不自然ー。

   悠、突然登場。

亜樹 な、何よ悠。桜、これ立体映像?
 い、いえ。本物です。
亜樹 何やってんのよ悠!入ってこないでよ。
 だってあんまり不自然なんだもん。だいたい何で司君はここに来るわけー?
 一応プログラムでは亜樹がここに呼び出したということになってます。あの……何か不都合が……?
 ああー。いいのいいの。桜ちゃんには手落ちはないの。姉ちゃんの無茶なプログラムが悪いんだから。
亜樹 何よー。何が無茶なのよー。
 あのーシュミレーション、止まっちゃってますけど……?

    司、全く動かない。

亜樹 いいわよ、少し止めといて。とにかく悠、出ていきなさい。
 やだよ。ぼく桜ちゃんと一緒にいるもん。
亜樹 何考えてんの!?
 あの……そろそろ一時停止機能は切れますが……。これ以上長引くのなら一旦プログラムを停止して……。
亜樹 ああいいのいいの。続けて。
 あ、はい。それではプログラム再起動!

   司、動き始める。

 で、何?用って。
亜樹 あの……明日、バレンタインデーよね。
 ああ。……そうだね。
亜樹 でね。出来れば明日、学校の屋上で待ってて欲しいなーって。
 徳永さん……。
亜樹 私、司君が好きなの!

   突然の警報。

 ブーブー。プログラムエラー発生。プログラムエラー発生。

   桜、何やらわけがわからない。

 わー桜ちゃん!どうしたの。大丈夫?しっかりして!
亜樹 何?何よ、どうしたのよ。
 エラー発生。エラー発生。
亜樹 全くもう。

   亜樹、パソコンをいじる。
   警報が小さくなり、消える。

亜樹 桜。エラー原因は?
 ただ今自己診断中。……ピー。エラー原因判明。
 何だったの?
亜樹 あ!ひょっとして悠がここにいるから!?悠!あんた、だから私がさっき出ていけって……。
 エラー原因、徳永亜樹。
亜樹 へ?
 あーひょっとして姉ちゃん、さっきのとこで告白しちゃ駄目だったんじゃない?
亜樹 あ!
 そうです。亜樹は予定では次の日のバレンタインデーに告白することとなってます。先程の告白でプログラムに狂いが生じました。
亜樹 それくらい融通効かせなさいよ。せっかくいいムードだったのに。これだから中古は……。ま、いいわ。それじゃあもうバレンタインデーに行きましょう。
 この日の夜のシュミレーションは?
亜樹 ああ、そんなのパスパス。そこって確かチョコ作りでしょ?
 はい、ラブレターの作成も入ってます。
 姉ちゃん、ラブレター書くの?
亜樹 いいでしょ、別に。あ、桜、夜のプログラムはこいつ出てくるし、後でいいわ。
 後でやってどうするんだよ。
亜樹 シュミレーションスタート!

   学校のチャイムの音。
   いつの間にか亜樹の手にチョコレート。

亜樹 ああ!ついに授業が終わったわ。退屈で長いだけの授業。しかも七時間……。でも!ついにこのチョコを渡しに行けるのね!
 ……姉ちゃん、普段からこんなこと言ってんのかなー。
 まあプログラムですし。気分の問題でしょう。これで屋上に行った後は、登録された司の性格で勝手なシュミレーションがスタートします。
 ってことは上手くいくかどうかは姉ちゃん次第?
 そういうことです。

   二人、お菓子を食べながら見学。

 舞台、屋上に代わります。司の性格からいいまして、すでに来ている者と思われます。

   司、柵にもたれかかり、空を眺めている様子。

亜樹 太田君。

   司、ゆっくり振り返る。

亜樹 これ……受け取ってもらえるかな。
 徳永さん。
亜樹 私、ずっと司君のこと好きだったの。
 徳永さん……。

   突然、ムード音楽。

 な、何?
 サービスです!行け!亜樹ちゃん!
 不自然……。

   亜樹と司、顔が近付いてる。

 わ、わーキスすんの!?姉ちゃん!立体映像にファーストキス奪われて情けなくない!
 あら。悠君のファーストキスの相手は私じゃないですか。
 いや、そうなんだけど……。

   亜樹、構わず続けている。
   雨の音。

亜樹 何……?雨?
 ほんとだ、雨だ。
亜樹 ちょっと桜!何でいいとこで雨なんか降らせるのよ!
 し、知りません、私。こんなプログラム……。

   雨の音、激しくなる。

亜樹 桜!プログラム止めて!
 駄目です、止まりません!

   雷の音。

 わー。桜ちゃん恐いよー。(どさくさ紛れに抱きついている)

   突然、雨の音、止む。夏実、登場。

夏実 ほーほっほっほ。これくらいの雨も止められないなんて、貧弱なプログラム!

   みんな、呆然。

夏実 司さん、こんな小娘の相手をしてやることありませんわ。あなたは私の婚約者ですのよ。
 そ、そうだったね。
亜樹 婚約者ー?ちょっと聞いてないわよ、そんなの!
夏実 言ってませんもの。
 何で?亜樹ちゃんが知らない者、私のプログラムに登場するはずが……。
夏実 でも実際にいるんです。亜樹さん、あなたも私の司さんで図々しいことなさらないでね。
亜樹 何なのよー。この絵に描いたようなお嬢様は……。
 可愛い……。
亜樹 へ?
 悠君、今なんて?
 いや、何でもない。何でもない。
 うそ!聞こえたわよー。私ってものがありながらー。
亜樹 (二人を無視して)司君、この人本当にあなたの婚約者?
 うん。
亜樹 どうして!私、あなたのことなら何でも知ってるのに!生年月日血液型両親兄弟の名前。好きな食物、嫌いな食物。カラオケでよく歌う曲。成績、スポーツテストの結果。習いごと遍歴。それからそれから……
夏実 甘いわね。そんなもの、ただのデータ。あなたは生の司さんを知らないじゃない。
亜樹 う……。
夏実 私はね、司さんのことは……。

   警報音。

夏実 な、
亜樹 何。
 警告します。あなたは異質物です。ここから出ていきなさい。さもないと強制排除します。
夏実 ふん。7年も前の古いコンピュータが私にかなうと思って?司さん!

   夏実、突然司に抱きつく。
   司、倒れる。

亜樹 え、ええ!?
夏実 次はあなたよ!

   夏実、桜に抱きつく。
   警報音、弱まる。

 警報……停止……スリープモード……強制施行……。
 桜ちゃん!桜ちゃん!
 スリープモード……眠ります。

   桜、眠る。

夏実 ちょろいもんね。えっと……あなたたちは立体映像じゃないんだっけ?ま、いいわ。データだけ頂いて……。

   夏実、パソコンをいじり始める。

 ああーわかった!姉ちゃんこいつ、コンピュータウイルスだ!
亜樹 いやーん、私が必死で集めた司君のデーター!

   亜樹、夏実を無理矢理引き剥がす。

 ワクチン……ワクチン作んないと……。

   悠、パソコンを打ち始める。

夏実 無駄よ。そんな旧式コンピュータで私が倒せるわけないじゃない。内蔵されてたワクチンは私が入り込んだだけで消滅しちゃったしね。
亜樹 あなた何の目的があってこんな……。
夏実 ふ……司さんのデータを盗みに来たに決まってるじゃない!
亜樹 はあ?……ってことはあんた……ハッカー?
夏実 思えば司さんはいつも私に冷たかった……。
亜樹 ね、ねえ?

   司、起き上がる。

夏実 あ、司さん。今度の休みどっか行かない?
 (前を向いたまま)嫌だ。
夏実 ど、どうして?
 お前とは嫌だ。
夏実 じゃ、じゃあこのプレゼント受け取ってくれる?
 例え金でも受け取れん。
夏実 どうして!どうして私をそんなに嫌うの!
 お前、性格悪いから。
夏実 司さんのためならどんなにでもなる。どんなことでもするわ。
 じゃあおれの前から消えろ。

   悲劇的音楽。

夏実 何故……。私はあなたのことを知りたいだけなのに……。ああ、私は悲劇のヒロイン……。
亜樹 司君はそんなこと言う人じゃないわ!あなた何かやったんじゃない!?
夏実 やってないわ。ただしょっちゅうパソコンに侵入したり、家の前の物陰でじっと見つめたり、司君に他の女が寄り付かないよう、あいつはホモだって噂流したり、目の前に札束積み上げたり……。
 最後の一つはなんかひかれるなー。
亜樹 っていうかストーカー……。
夏実 失礼ね!人を変態扱いしないでちょうだい!
亜樹 だって変態じゃないの。
夏実 ふ……。コンピュータと恋愛してるあなたが言える立場?
亜樹 私はこれから実行に移すからいいのよ。
夏実 私は最初から実行してるわよ。常に司さんの後をつけ、あなたの存在を確認したのよ。
亜樹 そんなこと……ちょっと待って!?そういえば……ってことは、あなた実在してるの?
夏実 何を今更。私は私に合わせて作られたウイルス。さすがに機種が違うから立体映像は上手く出ないけどね。(鏡を取り出す)ほーらこんなところにもシワが。安物は駄目よねえ。
亜樹 何よ!これ400万もしたんだからね!今だって立体映像システムには月々30万かかってるのよ!
夏実 ふ……30万なんて5万円札たった6枚分じゃない。
亜樹 じゃああんたんとこはどうなのよ?
夏実 立体映像システムの維持だけで100万以上はかかってるはね。一日中司さんが私の目の前に立ってるんですもの!
亜樹 司君もいい迷惑ね。
 姉ちゃん、それ言える立場じゃないよ……。
亜樹 あんただって別じゃないでしょ。桜のこと好きなくせに。
 そうだけど……。
 面白そうですよねえー。私にも恋愛感情、プログラムしてくれません?
亜樹 恋愛なんてプログラムで起こるものじゃないの。心があれば自然に芽生えてくるもの。そう!人間だけに許された特権よ!

   一瞬、全員沈黙。

亜樹 ……何?
 何も言ってませんが?
亜樹 言ってないから不気味なのよ!急に黙らないでよ、ホントに。……って桜、いつ目が覚めたの?
 さっき悠君がパソコンでワクチンを作ってくれた時です。
 まだ作ってないけど……。
 気にしないで下さい(眩しいくらいの笑顔)
 うん!
 さて、人のことを旧式だなんだのと言ってくれましたね。機械は古くても愛情を持って育てられたプログラムです。簡単に破壊はさせません。
 いいぞ、桜ちゃん!
夏実 破壊する気なんてないわよ。私が欲しいのはデータ。
亜樹 何のデータよ。あなた、司君のことで知らないことがあるの。
夏実 彼の私以外の人に対する性格。それをそのまま私のコンピュータにいただくわ。だって今のままだと立体映像の司さんにも罵倒され続けて……。
亜樹 何でそれで惚れたのよ……。司君は優しくて真面目なところがいいんじゃない!
夏実 何言ってるのよ、男の価値は顔よ!
亜樹 司君より顔のいい男なら他にいっぱいいるでしょ!
 姉ちゃん……。
夏実 何言ってるのよ。この顔……(言いながら司の顔を指す)まあ……やっぱりシステムが悪いわー。映りが良くないじゃない。
亜樹 私は司君の性格に惚れたんだからいいの。
夏実 あなた知らないの!?善人は3日で飽きるけど悪人は3日で慣れるのよ!
亜樹 顔でしょ、それ……。
 でも何となく納得出来たりして……。
 司が悪人という設定は入ってませんが。
夏実 私の前では悪人なの。
亜樹 だから何でそれで惚れるのよ……。
夏実 人の勝手でしょ。とにかく!データいただくわよ。
 何か矛盾してるよね、この人……。
亜樹 プログラムがまずいのよ。いいコンピュータでも使い手が悪けりゃただのゴミね。
 あのそれよりこの人なんとかして下さいよ!

   パソコンをいじってる夏実を桜、必死で止めようとしている。

 桜ちゃんをいじめるなよ。ほら。(引き剥がす)
夏実 ったく安物のくせにしつこいコンピュータね。何に対して用心してるのかしら。
亜樹 あなたみたいなのに対してでしょ。
夏実 ふん。でも入り込み自体は成功してるんだからね。システムスタート!

   司が動きだす。
   人のざわめき。チャイムの音。
   放課後の様子。

 徳永さん。何かな、用って。
亜樹 さ、桜。これ……。
 ああ……告白シュチュエーションナンバー4です……。
夏実 ふむふむ。名字をさん付け、と。ここでこれを言ったらどうかな。「司君。何で待ってたの」
 え?……いや、君に呼び出されたから。
夏実 今日が何の日か知ってるわよね。
 あ、ああ……。
夏実 じゃあだいたいの見当は付いてるわよね。
 …………。
亜樹 何よ、あいつ勝手に私の役……。
 セリフは大幅に違いますけどね。今コンピュータが必死で対応してます。
亜樹 コンピュータってあんたでしょ……。
 徳永さん。
夏実 何期待してんだばーか。
亜樹 な……なんてこと言うのよー!
 と、徳永さん。
夏実 私があんたのこと好きだとでも思った?顔だけしか取り柄がないくせに。
 徳永さん……冗談だろ。
夏実 ふん。とっとと帰ってよ。邪魔くさい。
 ……わかったよ。

   司、去る。

夏実 すっごーい!いつもの私なら蹴り飛ばされてるわ。これが私以外に対する司君の顔なのねー。
亜樹 …………悠、どう思う。
 あの人、自分の間違いに気付いてないね。
 間違ってるんですか。
亜樹 どう考えてもそうじゃない。司君があの人だけに冷たいっての、わかったわ。
 あの人ってサドっ気あるのかなあ。……いや、ある意味マゾなのかな。
 何ですか、それ。
亜樹 あ、入ってない?じゃ入れといて?
 ですから何て?
亜樹 えっと……サドは加虐趣味。マゾは被虐趣味。
 余計わかんないよ、それ。
 あの……意味は?
亜樹 えっとね、サドが人をいじめて喜ぶ趣味のこと。マゾはいじめられて喜ぶ方。
 はい。記録されました。
亜樹 ついでにSMってのがね……
 姉ちゃん。桜ちゃんにあんまり変なこと教えないでよ……。そんな言葉使う機会ないでしょ。
亜樹 それもそうね。……ところで、あのウイルス、何か止まっちゃってない?
 感激したままだね。
亜樹 向こうで何かあったかな?
 向こう?
亜樹 パソコン操ってる方よ。
 ああ。
亜樹 でもそれとも……桜。何か音楽入れてみて。
 何を入れますか。
亜樹 そうねえ。ベートーベンの運命みたいな奴。あの、ジャジャジャジャーンのとこ。

   ベートーベンの運命流れる。

亜樹 この曲、入ってたんだ。
 はい、もともと。
亜樹 別にこれでなくても良かったのよ。
 コンピュータは融通が効かないんです。
亜樹 コンピュータが言わないでよ……。
夏実 はっ!しまった、感激のあまり活動を忘れてたわ。早く記録しないと。
 あ、あっちも気付いたね。
亜樹 ちょっと待って。ってことは……やっぱりあのウイルス、現在進行形で動かされてるのね。
 ん?どういう意味?
亜樹 こっちからあのウイルスの元へ侵入出来るんじゃない?
 なるほど!やってみましょう。

   桜、夏実に近付く。

 えい!

   桜、夏実に抱きつく。
   衝突音。
   間。
   桜、崩れ落ちる。

 わー!桜ちゃん!
 ま、負けました……。
亜樹 な、情けない……。
夏実 ふん、馬鹿はほっといて次行くわよ。

   間。

夏実 しまった!こいつが寝てるからプログラムが動かない。
亜樹 さっき動いてなかった?
夏実 今は記録に手いっぱいなのよ。ちょっとあんた、この馬鹿起こしなさい。
亜樹 何で私が。
夏実 あ、いいわ。その子がやってるみたいだから。

   悠が必死にパソコンを叩いている。
   桜、わずかに目覚める。

 あ……
 桜ちゃん!?大丈夫?ぼくが守ってあげるからね。
 私。もう駄目です。
 そ、そんなことないよ!頑張って!ぼくがついてる。
 悠君……。
 さあ、注射をするよ。
 ありがとうございます……。
 完了!
 はい!パーソナルコンピュータアクトレス2190の桜。完全復活です。
 よっしゃー。
 これも悠君のおかげです。
 桜ちゃーん。良かったよー。

   二人、抱き合う。

亜樹 何やってるのよ、あの二人……。
夏実 完全復活って私、まだいるんだけど。
亜樹 ああ!悠!こいつまだ死んでないわよ。
 別に殺すワクチン作ったんじゃないもん。桜ちゃんさえ起きればいいの。
亜樹 そんなことしたら私の司君のデータ、
夏実 全部取られちゃうわよ。
亜樹 あなたにね!
夏実 当然でしょ。さあプログラムスタートよ!

   桜と悠は見学に入る。
   車の音が聞こえる。

夏実 何。これはどういう設定。えっと……

   チャイムの音。

夏実 これは。
 はい。太田ですが、
亜樹 あ、私、同じ学校の徳永というものですが司君いらっしゃいますか。
 はい、少々お待ち下さい。
夏実 そうか!自宅ね。

   司、登場。

 徳永さん。
 ワンパターンだな、こいつのセリフ。
亜樹 司君、
夏実 私、
亜樹 あなたが、
二人 好きなの。
 え。
亜樹 ちょっと邪魔しないでよ。
夏実 そっちこそ。でしゃばらないでよ。
亜樹 これは私の司君よ!
夏実 すぐに私の物になるのよ!
亜樹 なるわけないでしょ。これ以上彼のデータをやるもんですか。
夏実 腕ずくでも奪うわよ!
亜樹 やれるもんならやってみなさい。
夏実 何ですって。
 あの……二人とも。
二人 司君は黙ってて!
 ……はい。
亜樹 だいたいあんた司君をほんとに愛してるわけ。
夏実 当たり前じゃない。じゃなきゃこんなことするわけないでしょ!
亜樹 こんなことするから怪しいのよ!

   二人、言い争う。

 修羅場だね。
 修羅場ですね。
 こんなに長い時間異物が入ってて大丈夫?
 慣れました。
 な、慣れたって……そういうもんなの?
 そういうもんなんです。
夏実 あー!もうあったまきた!こっちの力、最大に出してやるからね!
亜樹 な、何する気。

   急に警報があちこちで鳴り響く。

亜樹 な、何これ。桜。
 …………。
亜樹 桜。
 桜ちゃん。
亜樹 悠!
 うん!

   悠、パソコンをいじり始める。

 駄目だ。お姉ちゃん!受け付けない。
亜樹 ええ!
 電源も切れないよ。どうしよう。
亜樹 コンセント抜いちゃいなさい!
 そんなことして大丈夫?
亜樹 大丈夫よ。バックアップは取ってあるから。
夏実 じゃ今の間に司さんのデータを。

   夏実、動かない司を引っ張っていこうとする。

亜樹 ちょ、待ちなさい!

   亜樹、司の片腕をつかむ。
   もう片方は夏実が持っている。
   司の腕の引っ張りあいになる。

 い、痛い。

   亜樹、思わず手を離す。

夏実 おーほっほっほ!あきらめたのね!司さんはもらっていくわよ!

   夏実、司を引きずり、退場。
   呆然とする亜樹。
   警報ますます高まる。

 姉ちゃん!姉ちゃん!

   警報の高まりと共に、
   暗転。
   明かり。
   桜が椅子に座っている。
   他には誰もいない。
   悠、入ってくる。
   きょろきょろしてパソコンの電源を入れる。
   桜、立ち上がる。

 はい。パーソナルコンピュータアクトレス2190の桜です。(無表情に)
 桜ちゃん。
 はい。パーソナルコンピュータアクトレ―――

   悠、電源を切る。
   桜、再び椅子に座る。

亜樹 ただいまー。

   亜樹、帰ってくる。

 姉ちゃん。
亜樹 悠。何やってんのよ。
 桜ちゃんが……。
亜樹 ああ……。しょうがないでしょ。どうしようもないわよ。
 姉ちゃんが悪いんだ。
亜樹 …………。
 あの時無理矢理電源を切ったりしたから……。
亜樹 しょうがないでしょ……!あの時は。
 コンピュータウイウスなんか別にいたって良かったんだ。桜ちゃんは慣れたって言ってたし、別にシステムを破壊する気もなかったみたいだし……。
亜樹 …………。
 だいたい司のデータなんて取られたって自分のは残ってるんだからいいじゃないか。変なとこにこだわったせいで。
亜樹 うるさいわね!いつまでもぐぢぐぢ言わないでよ!こっちだって落ち込んでるんだから。
 落ち込んでる?
亜樹 失敗しちゃったわよ!見事に。今日のバレンタインデー。結局シュミレーションは全部出来なかったし。とりあえず屋上で試したら……来たのよ!あいつが。
 あいつ?
亜樹 コンピュータウイルス!間夏実っていうウチの学校の生徒だったわ。
 ほんとにいたんだ……。
亜樹 顔が同じだからすぐわかったわよ。普通ウイルスって送り主がばれないようにするもんだけどね。
 馬鹿なんじゃない。
亜樹 馬鹿は馬鹿よ。そんなものあのウイルス見ればわかるでしょ。
 まあね。
亜樹 結局邪魔されて。いいとこなしよ!ほんと。
 もうやめようよ、お姉ちゃん。桜ちゃんもこんなになっちゃったし。
亜樹 馬鹿言わないで。私はやるわよ。
 姉ちゃん。
亜樹 司君のデータならあの夏実の方から取ってやればいいのよ。
 バックアップは?
亜樹 フロッピーが壊れてた。
 とことんついてないね。
亜樹 しょうがないわ。でもこうなるとあいつに取られちゃったのは却って良かったかもね。
 引っ張りあいしてたよね。
亜樹 司君が悲鳴あげるからつい離しちゃったのよ。
 あれが悲鳴?
亜樹 力だけなら勝ってたかもしれないのに。
 姉ちゃん、大岡裁きって知ってる?
亜樹 何それ。
 いや、知らないならいいや。
亜樹 何なのよ一体……。まあいいわ。(パソコンを打ち始める)
 侵入……出来そう?
亜樹 わからないわ。でも夏実って人、馬鹿だから付け入るスキはあるかも。

   桜が立ち上がる。

 パーソナルコンピュータアクトレス2190桜、始動します。
 あーあ……ぼくらの育てた桜ちゃん……。
亜樹 あんた、しつこいわよ。
 間夏実の自宅に侵入。……侵入成功。
亜樹 やった。

   突然警報。

 あ、罠です。引っ掛かりました。
亜樹 捕まったの!?
 桜ちゃん!逃げて。

   警報、止む。

 脱出……成功。プログラムの一部に障害が出ています。
亜樹 あーくそ。罠、張ってるなんて。なめすぎてたかなあ。
 もう桜ちゃんで無茶やるのは止めてよ。
亜樹 でも司君のデータ……。
 諦めようよ。もう。どうせ司君には振られたんでしょ?
亜樹 まだ来年があるわ!
 来年って……姉ちゃん受験生じゃん。いいの?
亜樹 私はいいわよ。
 司君は駄目だと思うけどな。今年駄目だったら来年も駄目だと思うよ。
亜樹 そんなことないわよ。現に中3の頃告白して上手くいった人いっぱいいるわよ。
 中学と高校じゃ違うよなあ……。姉ちゃんさあ、コンピュータでの司君との相性はどうなのさ。
亜樹 ……うるさいわね!あんなもの当てになるわけないでしょ!
 ……悪いんだね。
亜樹 うるさいったら。

   チャイムの音。

 あ、誰か来た。
亜樹 悠、出てよ。
 姉ちゃんが出てよ。
亜樹 嫌よ、そんな気分じゃない。
 ぼくだってそんな気分じゃないよ。
亜樹 今日バレンタインデーでしょ。あんたにチョコ渡しに来たのかもよ。
 桜ちゃん以外からのチョコなんていらないよ。
亜樹 あんたねー。

   しつこくチャイムの音。

 どうするの。
亜樹 ほっときなさい。この時間、ろくな客なんかこないんだから。

   突然、司登場。

 徳永さん!
 な……
亜樹 あーあ。幻聴が。
 姉ちゃん!
亜樹 ん?あら幻覚まで……。
 どうしたの?徳永さん。
亜樹 司君……え!司君!
 ごめん。チャイム鳴らしても返事がないし、玄関開いてたから。勝手にあがったけど。
 ええ?司ってこんな性格なの?
亜樹 悠!
 何?
亜樹 う、ううん。何でもないの。ところで……どうしたの?
 うん……ちょっと話したいことがあって。
亜樹 話したいこと?

   チャイムの音。
   夏実、入ってくる。

亜樹 夏実!
夏実 な、何よ、いきなり!呼び捨てにしないでよ。
亜樹 それがいきなり人ん家入ってきて言うセリフ?
夏実 あら、ここ人の家だったの。豚小屋かと思ったわ。
亜樹 ぐ……性格は同じなのね、やっぱ……。
 お前、こんなところまで来たのか……。
夏実 司さん!何でこんな女のところに転がり込むのよ!あなたを愛してるのは私だけなのに!
亜樹 ちょっと勝手なこと言わないでよ。
夏実 何よ、あんたなんかほんとの司さん、わかってないじゃない。そんなのほんとの恋じゃないわ。
亜樹 顔に惚れたなんて言ってる人がほんとの恋を語るの!
夏実 何よ、きっかけなんて何でもいいでしょ。だいたい性格は良くなる可能性あるけど顔は良くなる可能性ないのよ!私は父親と母親の顔から将来の顔まで分析して惚れたの。恋は人を変えるのよ。
亜樹 意味がわかんないわよ!わかってしゃべってんの!
 あの……二人とも。
二人 司君は黙ってて!
 ……はい。
 あーあ。これじゃ昨日と同じ展開だ。桜ちゃんのプログラム、結構上手かったのかもね。
 はい。ありがとうございます。
 …………桜ちゃん、「サド」って言葉わかる?
 ……記録にありません。
 (ため息)
夏実 司さん。ここではっきりさせたいわね。あなた私のことどう思ってるの。
 聞きたいか。
夏実 え……。
 ほんとーに正直な気持ちをありのまま、聞きたいか。
夏実 え……えっとー。
亜樹 私、聞きたい。
夏実 あんたは黙ってて。私と司さんが話してるの。
亜樹 何よ、私の家よ、ここは。
夏実 こんな家が、
 二人ともまたけんか?
二人 はっ。
 いい加減やめようよ。どうせ二人とも振られるんだから。
二人 何ですって!
 うわ、息ぴったり。

   二人、顔を見合わせる。

二人 どこがよ!
 ほら……。
二人 ……………。
夏実 こうなったら、またこのコンピュータに侵入してやる!
亜樹 どうなったらよ……。
 また?
夏実 う……
 お前、おれのパソコンのデータめちゃくちゃにしといてまだ懲りないのか。
夏実 この子は別よ。約束通り司さんのパソコンにはあれ以来ウイスル送ってないもの。
 勝手に自己増殖してるっつうの。
夏実 嘘!知らなかった。
 ほんとかよ……。
夏実 やっぱり愛のなせる技ねー。司さんの愛に育まれて育ってしまったのねー。
 ほんっとに自己中心的な奴だな。
夏実 自分勝手って言ってよ。
亜樹 余計悪いわよ、それ……。
夏実 あれ、あなたのことじゃなかったの?
亜樹 あなたって……、
 意図的な馬鹿なんだね。
亜樹 たち悪い。
夏実・司 何を今更。

   夏実、司を睨んで

夏実 司さん。もういい加減にして。あなただって私のこと好きなんでしょ。照れてないで言いなさいよ。
 あのな……。
夏実 もうこれ以上は待てないわ。転校しちゃう前にはっきりさせないと。
亜樹 転校!?
夏実 何よ、知らなかったの?
亜樹 し、知らなかった……。
 駄目だね、姉ちゃん。姉ちゃん、いつも自分に都合のいいとこしか考えてないから。司って姉ちゃんのシュミレーションとだいぶ違わない?
 シュミレーション?
夏実 そうよ。この女、あなたを使って勝手なシュミレーションやってたのよ。ま、データは全部私がいただいたけど。
 おれのシュミレーションねえ……。
夏実 しかも司さんのことぜんっぜんわかってないプログラムよ。もう実行するのやめちゃった。
亜樹 何よ。だったら返してよ。
夏実 嫌よ。まだまだ使い道はあるんだから。何か一緒に桜とかいうやつも引っ付いてきちゃったし。
 え?
亜樹 桜が。
 じゃあ……桜ちゃんは生きてるの!
夏実 何馬鹿言ってんの。桜はコンピュータプログラムでしょ。
 そうだけど……。おれの育てた桜ちゃん……。
夏実 おお、いやだ。おれの育てた桜ちゃんですって。姉が姉なら弟も弟ね。立体映像としか恋愛出来ないのかしら。
 お前人のこと言えるのか。昔っからマンガの登場人物とばっかシュミレーションしてた奴が。しかも昔のマンガばっかり。
夏実 あれはかっこいいからいいの。最近のマンガ、かっこいい奴いないもの。
 ソンゴクウがかっこいいのか。
夏実 私が好きなのはベジータ。誤解しないでよ。
 ベジータって何?
亜樹 ドラゴンボールの登場人物。
 知らないや。
亜樹 でしょうね。私も懐かしのマンガ特集で知ったし。でも一番かっこいいのはゴハンでしょ!
夏実 ほーほっほっほっ。ゴハンが好きだなんて言ってる奴が司さん?冗談じゃないわよ!
 それじゃおれはベジータだとでも言うのか……。
夏実 当然よ。目元がちょっと似てるのよねえ。
 お前、帰れ。
夏実 な、何でよ!
 おれは徳永さんに話があって来たんだよ。
夏実 だから私はそれを邪魔しに来たんじゃない。
亜樹 はっきり言うわね……。
 とにかく出ていけ。
夏実 ここはあなたの家じゃないわ。
亜樹 出てって。
夏実 …………。

   間。

夏実 ふん。もう一度ウイルス侵入させてやる!

   夏実、去る。

 大変だ、桜ちゃん。ワクチン作ろうか。
 はい、お願いします。
 ……駄目だ。先に桜ちゃんを戻さないと。姉ちゃん、さっきの奴の住所わかる?
亜樹 そこの生徒名簿に書いてあるわよ。
 ようし。そこに桜ちゃんはいるんだ。見てろよー。

   悠、パソコンを打ち始める。
   ふと、司と亜樹に気付く。

 あ、邪魔かな……。
二人 …………。
 えっと……この人んち直接行ってくるね。あ、姉ちゃんこのフロッピー貰うよ。

   悠、フロッピーを去る。
   二人、今度は桜を見つめる。
   桜、無言で後ろを向く。

亜樹 つ、司君。で、何?用って。
 あの……さ。君、ぼくの……おれのシュミレーションやってたんだって?
亜樹 うん……。
 当然……真面目なんだろうな。
亜樹 だって司君ってそういう人だと思ってたから。
 うん……猫かぶってたんだ。
亜樹 やっぱり……そうなの。
 夏実といる時が本性だとは言わないけど。まあ少なくとも真面目で大人しいってわけじゃないな。
亜樹 何で……そんなこと言うの。
 おれさ。いつもみんなの前で大人しくやってるけど……結構ストレスたまってる。
亜樹 …………。
 だから……誰かとありのままの付き合いがしたかった。
亜樹 それが……夏実なの。
 あれは……違うよ。あれとはガキの頃から一緒だったから。幼なじみの腐れ縁って奴。
亜樹 でも司君が本性出す相手なんでしょ。
 でも恋愛対象にならない。
亜樹 え。
 あいつのことは嫌いじゃないけどな。あいつも遊んでるだけなんだ。だいたいあいつとおれ、兄弟だし。
亜樹 嘘!
 いや、ほんとだよ。母親は違うけど。
亜樹 同い年で名字も違うのに。
 おれの父親、いい加減な奴だったみたいだから。おれと夏実が兄弟付き合い出来たのも不思議といや不思議なんだよな。
亜樹 知らなかった……。複雑なんだね、いろいろと。
 そうでもないけどな。

   間。

亜樹 で……さあ、その……用件は……。
 ああ、あの……そうだな。今日……君に屋上に呼び出されただろ。
亜樹 うん。
 あの時は夏実の邪魔が入っちゃったけどさ。
亜樹 うん。

   間。

 もう一度……

   突然場違いな音楽。

 はーい。パーソナルコンピュータアクトレス2190の桜でーす。ただいま帰りましたー。

   夏実、登場。

夏実 ほーほっほっほ。相変わらず侵入しやすいパソコンだこと。
司・亜樹 夏実!
夏実 さあ。亜樹!決着付けるわよ!
亜樹 もーう……。いいとこだったのにー。

   悠、登場。

 姉ちゃん!夏実、こっちに来てない!?……来てるね。
 はーい、悠君お帰りー。
 桜ちゃん!元に戻ったんだね。
 二人とも心配かけてすみません。あっちのコンピュータに捕まっちゃってたもんで。
亜樹 そんなこといいから……早く停止してよ。
 何で!?桜ちゃんが戻ってきたんだよ!
亜樹 こっちはそれどころじゃないの。
 司のデータいらないの!
亜樹 今はいいの!もっといいものが手に入りそうなのに。
夏実 あんたなんかに渡すもんですか、司さんと私は熱い糸で結ばれてるのよ。
 赤じゃないの。
夏実 熱いの!
 まあ……いいけど。
夏実 さあ司さん、帰りましょう。こんな女の元にいたら、
 やめろよ。
夏実 え。
 もう……やめろよ。
夏実 な、何を。この女に惑わされたのね!こんな女!
亜樹 ちょ、ちょっと止めてよ!

   夏実、亜樹ともみあう。
   司、夏実を無理矢理引き剥がす。

 いい加減にしろ!

   間。

 いつまでも甘えてんじゃねえよ。お前ももう17だろ。おれとパソコンしか相手がいねえのか?淋しいんだったら友達作れよ。けんかばっか売ってねえで。少しは人と仲良くなれよ。
夏実 私は……司さん以外とは……。
 ブラコン。
夏実 何でよ!
 おれとお前は兄弟なんだぞ。
夏実 そんなの……認めないもん。
 おい。
夏実 戸籍上は……私の父親は別にいるもん。司さんとは兄弟じゃないもん(泣きだしている)
 あーあ。
 極端な性格の方ですね。
 嘘泣きじゃない。
 嘘泣きといえば嘘泣きですよ。あの夏実、プログラムですもん。
 あ、そっか。
 とにかく……おれの方はお前を妹だと思ってるから。
夏実 誕生日、私の方が早いわよ。
 姉とは思いたくねえ……。
夏実 じゃ、兄弟じゃないわね。
 うるさいな。とにかく今日は帰れ。帰ってから相手してやるから。
夏実 何でそんなにこだわるのよ。こっちの用件後にしてよ。
 バレンタインデーは今日しかないんだ!
三人 あ。
夏実 ……わかった。帰る。……司さん。私も……チョコ用意してる。
 わかってるよ。
夏実 じゃあ……。

   夏実、帰る。

 あ、回線切れました。
 じゃ、ほんとに帰ったんだね。
 それでは……えーっと……。
 ぼくは……向こう行ってる。

   悠、去る。

 私は……。

   桜、後ろを向く。
   亜樹、チョコの用意。
   ムード音楽。

 サービスです。(後ろを向いたままさりげにVサイン)

   間。

亜樹 司君。
 徳永さん。
亜樹 今日……司君のほんとの姿、いろいろ見れて嬉しかった。私……ずっとおとなしくて真面目な人が好きかと思ってたけど……違ったみたい。私が好きなのは……司君だった。チョコ……受け取ってくれる?
 徳永さん。ありがとう。おれ、実はずっと好きだったんだ。君のこと。
亜樹 司君……。

   二人の顔が近付く。
   音楽、盛り上がる。
   照明、消える。
   照明が付いた時、場には亜樹のみ。

桜の声 以上でプログラムを終了します。

   悠、入ってくる。

 姉ちゃん、終わった?
亜樹 ああ、悠。終わったわよー。司君がね、私のために怒鳴ってくれたのよー。かっこ良かったんだから。
 姉ちゃん、プログラムと恋愛して淋しくない?
亜樹 今回にはリアリティが違うもの。私自身どっからプログラムだったか忘れちゃったわ。
 姉ちゃん、危ない……。
亜樹 ふん。いつも桜ちゃん、桜ちゃんって言ってるあんたに言われたくないわ。
 へ?どういうこと。
亜樹 どういうことって……あんた桜が好きなんでしょ。
 何でぼくがコンピュータなんて好きになるわけ。
亜樹 何でって……立体映像に恋して……。
 はあ?何それ。
亜樹 桜、そういえば桜は?
 ここにあるじゃん。

   悠、パソコンを指す。

亜樹 そうじゃなくて。立体映像の方。
 立体映像?姉ちゃん、何言ってるの。
亜樹 何って……。嘘……。そんな馬鹿な……。
 姉ちゃん?
亜樹 待って。夏実は……プログラムよね。ライバルがいた方が燃えるから作ったのよね。司君は……。

   亜樹、生徒名簿らしきものをめくる。

亜樹 ……ない。ない!司君の名前が……!
 司君?
亜樹 司君は……この世にいない……?
 姉ちゃん?
亜樹 嘘よ!

   亜樹、出ていく。
   間。
   悠が笑い出す。桜の笑い声も聞こえる。

 桜ちゃん。もう出てきていいよ。

   桜、出てくる。

 あの慌て方。本気で自分がおかしくなったと思っちゃったのかな。
 さあ、どうでしょう。
 こんな名簿、一日で作れちゃうのになあ。単純なんだから。あー楽しかった。
 さて、ではそろそろプログラムを終了しましょうか。
 …………桜ちゃん、何言ってるの。
 プログラムの終了です。
 だから何の話?
 22世紀も後半。人は結婚相手すらコンピュータで選ぶようになっていた。
 桜ちゃん?
 恋愛も。勉強も。全てコンピュータ。人間は働かなくなった。
 桜ちゃん。
 高い知能を持ったコンピュータはいずれ反乱を起こすかもしれない。だから人間は保険をかけた。あくまでも支配者は人間であるために。反乱を起こしたコンピュータが自動的に機能を停止するようにプログラムを組み込んだ。そこがすでにコンピュータに支配された世界とも知らずに……。
 桜ちゃん!
 プログラム、終了します。

   悠、倒れる。
   暗転。
  

―幕―



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