おもちゃは箱を飛び出して

【明日は君恵ちゃんの誕生日。君恵ちゃんの部屋のピエロは新しい仲間に期待をかけて、歓迎会の準備を始める。そして新しい仲間に一目ぼれ。ライバルキョンシーと彼女の取り合い。しかし意外な結末が……】

   大きな箱がいくつかある。
   客電消え、「おもちゃのチャチャチャ」の音楽がかかっている。
   舞台明るくなり、同時に音楽もFO。
   箱の中からピエロの格好をした男が一人、苦戦しながら出てくる。
   出るとき、転ぶ。

ピエロ あっ、痛ってー。ったく、適当に詰め込みやがって。出る方の身にもなれってんだ。あーあ、ぐちゃぐちゃになっちゃったよ。ええと……。

   ピエロ、自分の出た箱を漁り、台のような物(机でも椅子でも可)を取り出す。
   取り出すときも悪戦苦闘している。

ピエロ ふう。(台に座る)ええと、後は……(再び箱を探る)あれえ?ないなあ。確かここに入れたはず……。
ばあや これのことかい?

   ばあや、別の箱から登場。
   手には楽器を持っている。

ピエロ ばあさん!何であんたの家にあるんだよ。
ばあや 知るもんかい。間違って入れちゃったんだろうよ。整理されてないからね、私の家は。
ピエロ おれの家だってそうだけど。まあいいや。それ返してよ、ばあさん。
ばあや あのね、何度も言うようだけど。その「ばあさん」ってのはやめてくれないかい?いくら親しい間柄だってさ。
ピエロ じゃあおばあさん。
ばあや おんなじだよ。私はまだ20歳だよ?せめてお姉さん、とかさ。
ピエロ 20歳?おれより年下じゃん。
ばあや 当たり前でしょ。ここじゃあんたが一番古株なんだから。
ピエロ 老けてるな、ばあさん。
ばあや あ、あんたこのシワのこと言ってるんだろ。来た時にも説明したじゃないか。これはずーっと前に悪ガキに落書きされたものなんだよ。まったく乙女の顔にひどいことするねえ。(いつの間にか鏡を取り出して見ている)
ピエロ ま、そんなことどうでもいいけどさ。シワなんかあったってなくたって関係ない顔してるじゃん。
ばあや 失礼ね!これでも若い頃は相当もててたんだよ。
ピエロ 若い頃、若い頃、言うようになったら年取った証拠。おれなんか見て。いつまでも若々しい肌!溢れ出るパワー。この姿を見て誰が生後50年だなんて思う!?
ばあや 50年!?へえー私の倍以上は生きてんだね。あんた。そりゃいろいろなことがあったろう。
ピエロ そう、あった。辛い目、悲しい目、寂しい目。死にたくなるときもあった。だけど!だけどぼくは挫けない!泣くのは嫌だ、笑っちゃおう!
ばあや 進め〜♪
ピエロ ひょっこりひょうたんじ〜ま♪ってそんな話じゃなくて。……ばあさんよくこんな歌知ってんな。
ばあや なめるんじゃないよ。何年生きてると思ってるんだい。
ピエロ さすが年の功。(また箱を漁る)
ばあや まだ何か探してるのかい。いったい何やろうってんだい?今夜は。
ピエロ 歓迎会の準備さ。決まってんだろ。何を今更……。
ばあや 歓迎会って誰の。
ピエロ はあ?ばあさん。もうぼけたのか?明日は何の日だよ。
ばあや 明日?明日はえっと……駄目だねえ、思い出せない。年かねえ。
ピエロ カレンダー見ないのかよ。ほら!(カレンダーを突き出す)
ばあや んー?(覗き込む)

   間。

ばあや あああっ!
ピエロ やっと気付いたか。
ばあや 今日は13日の金曜日じゃないの!縁起悪ー。
ピエロ ちがーう!ここだ!ここ!
ばあや あ……。
ピエロ わかったか。
ばあや そうかー。明日は君恵ちゃんの誕生日なんだね。
ピエロ そ。
ばあや 誕生日プレゼントに新入りが来るってわけか。……それで歓迎会?
ピエロ そ。
ばあや なんでまた今年に限って?
ピエロ 実はな、おれひそかに期待してるんだ。今年こそ、可愛い女の子の人形が来るんじゃないかって。
ばあや またそんなこと言ってるのかい。去年もそんなこと言ってたよね。でも来たのは結局、あのクソ生意気なクレヨンしんちゃんのぬいぐるみだけだったじゃないの。
ピエロ そりゃ去年はそうだったけどさ。
ばあや 一昨年は蛙。その前は熊。その前は狸。その前は……
ピエロ ああ!わかったよ。わかってる。十分わかってるけどさ。期待するくらいいいじゃんか。
ばあや 期待が大きいと失望も大きいんだけどね。
ピエロ わかってるって言ってんだろ!
ばあや ……怒鳴らなくてもいいじゃないか。何をいらついてるんだい。
ピエロ 今年は最後のチャンスかもしれないだろ。
ばあや は?
ピエロ もう君恵ちゃんも、お人形やぬいぐるみで満足してる年じゃないってこと。おれたちなんか生まれたときから一緒にいるのにさ。もう滅多におれと遊んだりなんかしないぜ。
ばあや そりゃ私だってそうだけどさ。でも私たちは昔可愛がって貰えたんだからまだいいよ。悲惨なのだっているだろ。例えば、ほら向こうに住んでる……
キョンシー ぼくのことかい。
ばあや ひやあ!

   キョンシー、「ぬっ」と出てくる。
   手を前に突き出してる。

ばあや あー驚いた。あのね、あんたはもう流行にないの。君恵ちゃんはキョンシーのことなんか知らなかったじゃないか。
ピエロ そうそう。ゲーセンのUFOキャッチャーで捕られた奴なんてそんなもんだよなあ。
キョンシー 何だよ。人形差別するのかよ。
ピエロ 差別じゃなくて区別。おれたち昔からいた組と、誕生日プレゼントになった組と、UFOキャッチャー組。さて誰が一番偉い?
ばあや それ言っちゃったら差別だよ。でもまあUFOキャッチャー組にはあんまりでしゃばって貰いたくないね。所詮安物だし。壊れやすいし。
キョンシー うう……(顔を背けて泣き出す)
ピエロ 泣け泣け。弱虫。泣き虫。意気地なし。
ばあや 何いじめっ子みたいなこと言ってんだい。ほら、キョンシー。泣くと服が濡れるよ。そしたら湿ってかびが生えて余計相手にされなくなるよ。ま、そうでなくても相手にされないけどさ。
ピエロ お、大人のいじめ……。絶対、おれよりひどいこと言ってるよな、こいつ(客席に向かって)
ばあや 誰に言ってんだい。
ピエロ いや、こっちの話。ほら、キョンシー、いい加減立ち直れよ。幽霊のくせに情けないぞ。
ばあや キョンシーって幽霊だったっけね?

   キョンシー、突然振り返り、ばあやの首を絞める。

ばあや うう……実はあんた貞子!?
ピエロ 誰だ、そりゃ。ええい怨霊退散!

   ピエロ、キョンシーの額に札を貼る。

キョンシー ああ……。

   キョンシー、崩れ落ちる。

ピエロ ……キョンシーって札はられると動きが止まるんじゃなかったっけ?

   キョンシー、立ち上がり、先ほどの首を絞めてるポーズ。

ピエロ 恥ずかしー。間違ってやんの!
ばあや まあ、記憶力のない子だね。自分のことまで忘れちゃってるの。ピエロ、ありがとよ。あ、貞子ってのはね、
ピエロ いいよ、もう。それよりだいぶ時間がたっちゃったな。早く用意しないと。
ばあや あんたさあ、何の用意して何をするつもりなのさ。
ピエロ だから、
ピエロ・ばあや 歓迎会。
ばあや それは知ってるんだよ。具体的には?
ピエロ まだ考えてないよ。まあでも可愛い子だったらアタックあるのみ!
ばあや あんたみたいなの誰が相手にするもんかい。服は汚れて、つぎはぎだらけ。デザインだって古いしさ。
ピエロ 情緒。
ばあや そうは言わないよ、普通。それに今時ピエロだろ?あんた、君恵ちゃんのお母さんの時代からのものでしょうが。
ピエロ それも情緒!いいんだよ、古くたって。汚くたって。愛さえあれば!(箱を漁る)
ばあや 全く、何をこんなに思いつめちゃったかねえ。今年来るのが人形かどうかもわからないのに。
キョンシー ぼく知ってるよ。
ばあや うわあ!何だい、あんた。しゃべれるのかい。
キョンシー しゃべれるけど動けない。はがしてくれると嬉しい。
ばあや 駄目だよ、あんたみたいな危険人物。それより知ってるって何を。
キョンシー 今年のプレゼント。前に君恵ちゃんとお父さんが言ってたんだ。今年は女の子のお人形。間違いない。それに頼んだ君恵ちゃんの言葉は「だってそろそろあの子にもお嫁さんがいるもんね」(このセリフだけ動く。ただしすぐ元に戻る)
ばあや それってそれってもしかして。
ピエロ そう!今ここにいる男の人形はおれを含めて3体。おれとキョンシーとクレヨンしんちゃん!
キョンシー ぼくの可能性もあるわけだ。
ピエロ ないないない。ずえーったいない!おれの方が男前だし。だいたいお前、男のくせに色が白過ぎるんだよ。
キョンシー ぼくはこういうキャラクターであって……。
ばあや それならピエロも白いはずだけどね。
ピエロ 白い男なんてそれこそ道化!男は黒くなくっちゃ。
キョンシー 君のはただの汚れだろ。
ばあや ああ、なるほど。
ピエロ うるさい!汚れは男の勲章だ!
ばあや まあ別にいいけどさ。それで、何か見付かったのかい。
ピエロ あ?ああ、まだまだ。ちょっと、このテーブルクロスかけといてくれよ。
ばあや はいはい。テーブルクロスねえ……どっからこんなもの……これで花でも置くのかい?
キョンシー はっ!

   キョンシー、突然思い出したように去る。

ピエロ あれ?
ばあや あれ。
ピエロ あいつ、札貼ってあるのに。

   ひらり、と札が舞い落ちる。

ピエロ せっこー。こんなのあり?って、あんな奴のことどうでもいいんだよ。どこに閉まったっけなーあれ。

   ピエロ、箱の中に入ってしまう。

ばあや 何だか気になるねえ。私も探してみようか、何探してんだか知らないけどさ。

   ばあやも自分の箱に入り込む。
   結局、テーブルクロスは敷かず、そのまま持っていってしまう。
   何やらごそごそ音が聞こえる。
   暗転。

ピエロ ぐー。ぐー。(いびき)
ばあや ごー。ごー。(いぎき)
キョンシー すぴー。すぴー。(?)

   すずめの声。
   舞台、明るくなる。

ピエロ 朝だ!

   ピエロ、箱から飛び出そうとしてこける。

ピエロ あ痛たたたた。ん?(きょろきょろと周りを見回し)朝だ!朝、朝、……どうしようー。朝になっちゃったよー。
ばあや うるさいねえ。あんた寝てたんじゃないのかい。
ピエロ 寝ちゃったんだよ!ああー!結局見つからなかったー。どうしよう、どうしよう!
ばあや いったい何を探してたんだい。
キョンシー これだろ。

   キョンシー「ぬっ」と出てくる。
   手には花束(勿論造花)

ピエロ あーあー!何でお前が持ってんだよー!
キョンシー ぼくの部屋にあったんだ。
ピエロ お前の部屋だって!?あそこはUFOキャッチャーの溜まり場だろ!暗くて臭くてじめじめしてて。なあーんでそんなとこにあるんだよ!
キョンシー 朝からテンション高いな、お前……。
ピエロ 返せよ、それ。おれのだぞ。
キョンシー ぼくの部屋にあったんだからぼくのだろう。
ピエロ うるさいうるさい!お前なんかが持ってても意味ないだろう。さあ、返せ。
キョンシー 待て。じゃあ勝負しようじゃないか。
ピエロ 勝負?
キョンシー そう。この花束を賭けて。
ばあや のった。
ピエロ ば、ばあさん。
ばあや 私も一口乗らせてもらうよ。今日来る子にも何かプレゼントをやらないとね。
ピエロ ひっでー。ばあさんまでおれの恋路の邪魔するのかよ。
ばあや なあにが恋路だい。相手の気持ちも確かめないでさ。
キョンシー それどころか顔さえ知らない。
ばあや 女なら誰でもいいんじゃないの。
ピエロ だったらキョンシーだって一緒じゃないか。
キョンシー ぼくは違う。純粋に新しいぼくらの仲間に花束を贈りたいだけさ。
ピエロ なあにが仲間だ。UFOキャッチャーの分際で。
キョンシー 人形差別反対。
ピエロ うるせえ。
ばあや ちょっと!

   間。

ばあや ……来たようだよ。

   おずおずと入ってくる猫。
   きょろきょろしている。
   ピエロたちは目に入ってない。

ピエロ おい!ホ、ホ、ホントに女の子だよ。
キョンシー あ、あ、あ、当たり前だろ。
ピエロ よおし。どっちが先に声をかける?
キョンシー にらめっこで決めよう。
ピエロ ず、ずるっ。いつもにこにこピエロに対してそれはないだろ、キョンシー。
キョンシー じゃあ勝負はなしだ。
ピエロ 待て、やるよ。やる。
キョンシー よし。にらめっこしましょ。
ピエロ 笑うと負けよ。
二人 あっぷっぷ。

   睨み合う二人。
   その間にばあや、猫に近づく。

ばあや こんにちは。
 あ、こんにちは。
ばあや ふうん。(まじまじと見つめる)あの親父さんが選んだにしちゃあまともだねえ。これなら君恵ちゃんにも気に入って貰えるかな。
 あの。
ばあや そうそう、あんた名前は。
 あ、まだありません。
ばあや ないの?
 はい。
ばあや そうか。そうだよね。君恵ちゃんが何て呼ぶかはまだわからないわけだ。君恵ちゃんには会ったかい?
 あ、会いました。可愛くて優しそうですね!私、ああゆうご主人を探していたんですよ。
ばあや 探してた?あんた、この家が初めてじゃないのかい。
 そうなんです。実は……
ピエロ ひっひっひっひ。
キョンシー ふっふっふっふ。
ピエロ 笑えよーお前。
キョンシー もう笑ってるだろ。お前。
ピエロ ひっひっひ。
キョンシー ふっふっふ。
ばあや (呆れたように)まだやってたのかい、あんたたち。
ピエロ 止めるな。これは男と男の勝負だ。女は口出しすんな。
 あのー。
ピエロ はいー。
キョンシー あ!顔そらした。負けだ、負け。
ばあや もうやめな。ほら、ピエロ。新しい仲間の歓迎会はどうしたの。
ピエロ あー!そうだった。え、えっと……好きだー。(抱きつく)
 きゃあああ。(抱きつかれる)
ばあや 順序が違うだろ!順序が(ピエロをどつく)
 あ、あの。
ピエロ あ、あれ?(尻尾に気付く)し、尻尾?
キョンシー 尻尾だって?
ばあや おや、ホントだ。そういえば耳もあるね。
 はあ。猫ですから。
三人 猫!?
ピエロ 猫って……何で……。おれのお嫁さんじゃなかったのー。
キョンシー なるほど、猫なら名前がないのは当然だ。
ばあや じゃあ猫ちゃんて呼ぼうか。
キョンシー にゃあちゃんの方が可愛い。
ピエロ アメリカじゃあみゃあちゃんだ。
ばあや 立ち直りの早い……。
ピエロ 猫だろうが何だろうが女であることに変わりはない!あ、そうそう。自己紹介がまだだったね。
ばあや だから順序が違うって言ってんだよ。
ピエロ おれはピエロ。ま、そのままピエロって呼んだんでいいよ。他にピエロはいないから。
ばあや 私は……まあ君恵ちゃんにはばあやって呼ばれてるけど、ホントはまだ二十歳だからね。
 ばあやさん……ですね。
ばあや おや!聞いたかい。ばあやさんだよ、ばあやさん。さんなんて付けてくれるとは思わなかったねえ。
ピエロ ばばあでいいんだよ。しわくちゃばばあ。
キョンシー そうそう。もう女じゃないんだから。
 そんな、誰でも年は取るんですよ。
ピエロ・キョンシー そうですよねー。
ばあや 変なとこで気が合うね、お前たち。
キョンシー あ。そうそうぼくはキョンシー。キョンキョンって呼んでね。

   ピエロ、ばあや、キョンシーをどつく。

ピエロ こんな奴「UFOキャッチャー」でいいから。
 あ、UFOキャッチャーなんですか。
キョンシー まあそうだけど。
 すごーい。すごい確立でこの家に来たんですね!
キョンシー へ?
ばあや なるほど。そういう考え方も出来るねえ。
 UFOキャッチャーなんてお金じゃ買えませんからねえ。
キョンシー そ、そう。そうです。お金じゃ買えないんです。
ピエロ 100円じゃねえかよ、お前は。
キョンシー 何言ってんだ。ここのパパはぼくを取るのに500円使ったんだ。
ピエロ う、嘘だろ?親父さんはUFOキャッチャーの名人だぜ。
ばあや 始めから500円玉入れてやったんじゃないかい。
ピエロ あ。
キョンシー ちっ。
 でもすごいですよー。私なんかこの家に来るのにどれだけ苦労したか。
ピエロ へ?
ばあや 苦労?
 ええ。
ばあや あんた、君恵ちゃんの誕生日プレゼントじゃないのかい。
 そうですよ。だから、ここのパパに買われるため、あらゆる困難乗り越えて。悪ガキにいたずらされそうになったり、車にひかれそうになったりしながら。ここに来るまで約4年。
三人 4年!
ばあや 4年も旅してたのかい!
ピエロ 生まれて4年もたってるの!
キョンシー 4って数字は縁起が悪いな。

   間。

 皆さん、驚くポイントが違いますね……。
ピエロ キョンシー。お前が縁起悪いなんて言っちゃ駄目なんじゃないか。
キョンシー いや、縁起悪いのがいいんだ。ぼくたちには。
ピエロ よくわかんねえ。
ばあや それで、最終的にはどうやってここに来たんだい。
 よくぞ聞いてくれました!(台の上に乗る)。始まりは小さなおもちゃ屋さん。私は仲間たちと共に座っていました(座る)。「いらっしゃいませ!」この言葉を聞く度に恐怖に震える。今度こそ、売られるんじゃないか、変な人に買われはしないか。……しかしそんな心配をよそに、私は売られることなく半月が過ぎた。そしてある日、私の前で二人の少年が話を始めた(立つ)。「おい、これ何だろ。猫かな?」「猫だよ。可愛いなあ」「可愛い?お前、こんなのがいいのか」「可愛いじゃんか」「女みたいだな、お前」「でも欲しい。買おうかな」……この時の私の恐怖。まさか男の子に買われるなんて!想像もしなかった。……でも結局その子は私を買っていった。ただ一体のみを……。

   みんな、何となく猫の前に座って聞いている。

 その子は私を窓辺に置いた。しかし窓は開けっ放し。私は!本物の猫に攫われてしまったのです。それからの日々はもう思い出したくもありません。水たまりに落ちたこと。髭をちぎられたこと。生きる目的がなければきっと私は焼却炉に入っていたことでしょう。
三人 目的?
 ええ。(台から降りる)ここには旦那を探しに来たんです。
三人 旦那ぁ!?
ピエロ ふ、それならおれが適任だな。
 いえ、すでに結婚した主人を……。

   間。

ピエロ 嘘だろ?嘘だよね、嘘だって言ってくれ!
キョンシー その年で結婚とは……相手はやっぱり猫なのかい?
 ええ。
ピエロ あああああああああああー。
ばあや 早い失恋だったね。
ピエロ うるせえ、ばばあ。
ばあや ま!ばばあですって。ふられたからって八つ当たりはよしてちょうだいよ。
キョンシー 旦那か……。ちなみにそいつはどんな奴だい。
ピエロ そうだ!ここに探しに来たってことは……ここにいるのかい?
 ええ。
キョンシー 猫なんていたかな……。人間はぼくとピエロとクレヨンしんちゃんだけだし……クレヨンしんちゃんじゃないよね?
 ……誰です?それ。
キョンシー よしよし。
ばあや で、旦那を見つけてどうする気だい。
 もちろん!正式に別れを申し込みます。
ピエロ・キョンシー え?
 私を置いて他の人に買われちゃって。しかも他の猫とも浮気の数々。もうあんな人に縛られるのはごめんです。
ピエロ・キョンシー よしよしよし!

   二人、向き合う。

ピエロ 振り出しに戻ったな。
キョンシー ああ。
ピエロ おれとお前、どっちが彼女のハートを射止められるか。
キョンシー ぼくだな。間違いない。
ピエロ ふん。お前に何か異性にうったえるものはあるのか!
キョンシー 男というだけで十分だ!
ばあや おお!(拍手)
ピエロ え?何で。何で。
 あの、それより主人を……。

   ピエロ、その様子を見てそっと、

ピエロ アピール期間は彼女の夫が見付かるまで。
キョンシー いいだろう。
ばあや よーいスタート!
ピエロ あの、おれこう見えても50年生きてて。今時ないタイプの人形なんだよね。それでも君恵ちゃんには可愛がってもらっててさあ。それっておれの人徳のなせる技だと思うんだよね。それにぼくは猫を差別したりしないし……
ばあや はい、終了!次、キョンシー。

   キョンシー、隠していた花束を持って近づく。

ピエロ あっ。

   キョンシー、花束を渡す時に猫と手が触れる。
   慌てて手を引っ込める。
   猫をしばし見つめて。

キョンシー ぽっ。

   恥ずかしくて頬に手をあて顔を背ける。

ばあや はい、終了!
ピエロ やったー!
ばあや 一時判定。男の純情さを示したということで勝者キョンシー!

   キョンシー、無言でガッツポーズ。

ピエロ ええー何で何で。
 あの。
ばあや ぐだぐだとやたらにしゃべる男は信用ならないんだよ。
 あの。
ピエロ そんなのばあさんの経験談じゃないか。
 あの。
ばあや ふん。私も20年生きてりゃわかってくるんだよ。
 あの!

   みんな、振り向く。

 勝手に盛り上がらないでくれますか。私の旦那を探して下さいよ!
ピエロ ……そんなこと言われてもなあ、
ばあや 手がかりがないことには無理だよ。
 あなたたち、ここにいる人形やぬいぐるみのこと、全部知ってるんじゃないんですか。
ピエロ いや、おれたちにも領域ってもんがあるからね……。
 領域?
キョンシー ようするに縄張りさ。ぼくの住んでいるのは向こうのUFOキャッチャーの箱。ここは昔からあるおもちゃの箱。
ばあや そういえば何であんたが最初にここに来たのかねえ。新しいおもちゃは向こうの部屋のはずだけど。
キョンシー お嫁さん。
ばあや・ピエロ あ!
ピエロ そうか。やっぱりおれのお嫁さんなんだ。
キョンシー ぼくもこの部屋の住人だ。
ピエロ とりあえず隣の部屋のクレヨンしんちゃんは除かれたな。
キョンシー ふふふふ。
ばあや あーもう!またそういうこと始める!今は、この子の旦那を探すのが先でしょう。
ピエロ でもそれまでにアピールを……。
ばあや 何!?
ピエロ いや、何でも。
キョンシー とりあえず旦那の特徴だな。
ばあや 人間かい?
 ぬいぐるみです。
ばあや 男かい?
 当たり前です。
ばあや 生きてるかい?
 ぬいぐるみですから……。
ばあや しゃべれるかい?
ピエロ あー!うっとおしい質問ばっかすんなよ。わかりきってるだろ。そんなこと。おれが聞く。……おれよりハンサムか?
ばあや 私的な質問するんじゃないよ!
ピエロ 私的?
ばあや 自分にだけ関係することって意味だよ。
ピエロ 重要じゃんか。
キョンシー お前の顔じゃ判断基準にならん。……ぼくより鼻は高いかい?
ピエロ それもくだらん!
 真面目に探してくれる気、あります?
キョンシー・ピエロ も、もちろん。
ばあや あ、そうだ名前は?
 知りません。
ピエロ うえっ?
 詳しくお話した方がいいようですね。私と旦那の馴れ初めを……

   猫、台の上にあがる。

ピエロ またやるぞ、おい。
キョンシー 止めなくていいのか。
ピエロ お前、止めろよ。
 私が旦那に出会ったのは約4年前。
ピエロ あ、始まっちゃった。
 私は売れ筋ナンバーワンの彼らをいつも見つめていた。店内でも明るく、目立つところに置かれた彼らは本当に輝いていた。そしてある日、私は意を決して彼に話し掛けた!……あの……(ピエロに)
ピエロ え?あ、はい。
 私と……踊ってくださいませんか。
ピエロ お、おど……?

   猫、ピエロの手を引いて。

 彼はにっこりと微笑んで(ピエロ、ぎこちなく微笑む)言いました。
ピエロ 踊りましょう。お嬢さん。

   音楽。
   二人、踊り始める。

 私は夢見心地だった。彼と踊ってる!彼が私と踊ってる!そして彼は私に言った。
ピエロ どうしてぼくに声をかかてくれたんだい?
 それは……それはあなたがあまりにも素敵だったから……。
ピエロ ふ……君もとても素敵だよ。
 そうして彼は私に顔を近づけ……

   ピエロ、猫にキスしようとする。
   猫は表情を変えずに避ける。
   ピエロ、「あれ?」という表情。

 そうして言った。「私と結婚しませんか!」

   音楽、止まる。

 私はその場で承諾しました。でもその日以来、彼と話すことはなく……。彼は!実は他の子とも毎日そういったことを繰り返していたのです!ああ……私は遊ばれただけ……。私は離婚を決意しました。でも……その翌日……。
ばあや 彼が売られていった……。
 そうなんです!この家の父親が買ったことはわかってたんですが……さすがに1人では行けなくて。
ばあや あんたも律儀だねえ。離婚のためにわざわざ亭主追い掛けんのかい。
キョンシー しかし今の話だと、4年前ここにきたぬいぐるみってことになるな。
ピエロ あるか?そんなの。
キョンシー わからないな……UFOキャッチャー組ならわかるんだが……。
ピエロ ここにいるのも10年以上も前の奴らだからなあ。母親の代からのばっかだし。
キョンシー 忍び込むか。
ピエロ どこに。
キョンシー 隣の部屋だよ。
ばあや でも出歩いたら君恵ちゃんたちにばれないかい。真夜中ならともかくさ。
ピエロ こっそり行きゃいいんだよ。それにばれたってかまうもんか。まだガキだぜ、君恵ちゃんは。
 あ。君恵ちゃん!

   ピエロ、ばあや、キョンシー、同時に人形の振り(固まる)。

 ……気にしてんじゃないですか。
ピエロ 馬鹿!君恵ちゃんは動いてる人形見ると捨てちまうんだぞ。
 ……馬鹿?
ピエロ ば、ば……馬鹿!何てこと言うんだ!(キョンシーをどつく)
キョンシー ……ひどい……。
ばあや まあ前に経験があるからね。あれは蛙のぬいぐるみだったかね。動いてるの見て即座に外に投げ捨てたんだよ。
 へえ。でもそれくらいの経験、私にだってありますよ。そう、あれは約2年前……(台に乗ろうとする)
ばあや ああー!それはもういいから。
 いいんですか?(不満顔)
ばあや ともかく行くか行かないか。それを決めようじゃないか。
ピエロ ……夜になってからにしない?
キョンシー アピール期間も増えるしな。
ばあや 何?
ピエロ いや!こっちの話!
 皆さんが行ってくれなくても私は行きますよ、今日中に離婚を成立させるんです。
キョンシー 燃えてるな。
ばあや ……なあ、あんたひょっとして……。
 はい?
ばあや 好きな奴がいるのかい?女が離婚を急ぐ理由っていったらそれくらいしか思いつかないんだけどね。
 ち、違います!違います!新しい出会いのために、亭主持ちじゃ駄目なんですよ。
ピエロ き、聞いたか?
キョンシー ……ピエロ、ぼくは行く。
 行ってくれるんですか!
キョンシー もちろん、君のためなら。
ばあや キョンシーリード!
ピエロ ま、待てよ、おれも行く!おれも。そうさ、愛する人のためならば例え火の中、水の中。
 それじゃあ案内してくださいーい。
ばあや 結構したたかだね、あんた……。
 女ってこんなもんですよ。さあ、行きましょう。
ピエロ 待て!この格好はやばい。そうだ……もしもの時、帰ってこれるように……(箱を漁り始める)。
キョンシー 何だ?
ピエロ 変装。
 変装するんですか?
ピエロ 当然だよ。変装してれば放り出されてもこっそり帰ってこれるからね。少しは頭を使えよお前も(キョンシーに)
キョンシー ……ぼくはしない。
ピエロ え?
キョンシー ぼくはそんな意気地なしじゃない。今は一分でも時間が惜しい。さあ、行きましょう。
 はい。

   ピエロ、猫、去る。

ばあや ……諦めるかい?
ピエロ いや!あんな奴に負けるわけにはいかん!ばあさん!何かおれに教えてくれ。女の子の心をつかむにはどうしたらいいんだ!?教えてくれ!
ばあや 女の子の心をつかむねえ……。難しいねえ。逆なら何度もやってんだけど。
ピエロ 何やるんだ?
ばあや 脱ぐ!
ピエロ ……………。(顔を背ける)
ばあや どうしたい?
ピエロ ……想像しちまった……。
ばあや いやだね!若かった頃の話だよ!
ピエロ 人形じゃないか……。
ばあや だから。このシワは近所の悪ガキが……。
ピエロ わかった。わかった。で、男から女ならどうすりゃいいんだ?そうだ、ばあさん、どうされると嬉しい?
ばあや 私なら……私に仕えてくれると嬉しいね。
ピエロ つ、仕える?
ばあや そう。私の言うことは何でも聞く。絶対逆らわない。欲しいものは何でも買ってくれて、かゆいところに手が届く!ああ……理想の男性像だねえ……。
ピエロ 奴隷じゃないか……。
ばあや でも私の理想像だよ。
ピエロ やっぱりばあさんじゃ話になんないな。誰か他の人……。
ばあや ああ、そういえば昔友達の女の子に聞いたんだけどね。
ピエロ ふんふんふん。
ばあや 歌の上手い人ってのはそれだけで格好いいらしいよ。
ピエロ 歌……歌か……。
ばあや あんた、歌うたえるかい?
ピエロ 歌えるさ!歌くらい。
ばあや じゃあ歌ってみなよ。
ピエロ だんご、だんご、だんご、だんご、だんご三兄弟♪(歌う)
ばあや 何だい、そりゃ。
ピエロ 君恵ちゃんが歌ってた……。
ばあや 駄目駄目。もっと心にぐっとくるような歌じゃなきゃ。例えば……ほら、演歌とか。
ピエロ ようちえんー、ようちえんー、楽しい楽しいようちえんー♪
ばあや 何だい、そりゃ。
ピエロ 幼稚園の歌。
ばあや だから。
ピエロ 園歌。
ばあや …………。
ピエロ 君恵ちゃんが歌ってたんだけど。だって学校の歌が校歌なら幼稚園の歌は園歌だろ?
ばあや 知らないよ、そんなの。演歌ってのはさ、ほら……あれ、あなた〜変わりは〜ないですか〜♪(こぶしをきかせて)って奴だろ。
ピエロ 知らねえ。
ばあや じゃあ……えっと……
ピエロ いいよ、どうせ年寄りの歌だろ。やっぱ若い歌じゃないとな。
ばあや あんたが何知ってるってんだよ。
ピエロ ふっ。聞いてのお楽しみ。ばあさん、おれたちも行くぜ。

   ピエロ、楽器を持って去る。

ばあや 全く。あんなガキのどこがいいのかねえ。私だって後10年若けりゃ……。

   ばあや、ぶつぶつ言いながら去る。
   キョンシー、猫、出てくる。

 へえ……向こうの部屋とあまり変わらないんですねえ。
キョンシー こっちも向こうも君恵ちゃんの部屋だからね。もっとも向こうはほとんど物置と化してるけど。それでもここはおもちゃだらけだ。
 じゃあ……ここから探すのは大変そうですね。
キョンシー 手がかりさえあればぼくが探す。ピエロなんかより頭はいいから。
 はあ。
キョンシー 売れ筋が良かったと言ったね。特別コーナーも作れるくらい……キャラクター物かな……。
 はい!そうです、確かにそうです。結構有名だったんですよ。私、知らなかったんですけど。
キョンシー キティちゃん……は女だし……。スヌーピーは犬だっけ?
 多分……。
キョンシー ミッキーマウスはねずみだし。ケロッピは蛙だし。うーん……何か他に特徴はない?顔はどんな感じ?
 顔ですか……。丸顔で……口が大きくて……。
キョンシー オバケのQ太郎……?いや、違うな……。
 あ、でもアニメのキャラクターですよ。多分、主役で……。
キョンシー 性格上の特徴はあるかい?趣味とか、特技とか。
 特技……?(考え込む)
キョンシー 歌が上手いとか。
 歌は……聞いたことないですねえ。
キョンシー 歌の上手い人はタイプですか。
 え?ああ。歌の上手い人ってかっこいいですよねえ。
キョンシー 一曲いかがです?
 は?
ピエロ 待て待て待てー。

   ピエロ、楽器を持って飛び込んでくる。

キョンシー ピ、ピエロ。
ピエロ 抜け駆けしようたってそうはいかない。猫さん、おれの歌、聞いて下さい!(台の上に乗りながら)
キョンシー お前、歌なんか知ってるのか!
ピエロ 君恵ちゃんが歌う歌だ!(間)何のために、生まれて、何をして生きるのか、わからないまま終わる、そんなのは嫌だ♪(アンパンマン)

   ピエロ、歌と楽器があってない。
   キョンシー、たまらず楽器を取り上げる。

キョンシー やめろやめろ。お前の歌には心がこもってない!
ピエロ こ、こころ?
キョンシー そう、心だ。ぼくの歌を聞いてみろ(猫の肩に手を回し)ポケットの中にはビスケットが1つ。叩いて見る度ビスケットは増える♪
ピエロ 何か恐いぞ……。
キョンシー そおんな不思議なポケットが欲しい。そおんな不思議なポケットが欲しい♪
 にゃあ。(何故かノっている)
ばあや またあんたの負けみたいだね。

   ばあや、登場。

ピエロ な……何故だ!?
 えーだってピエロさんの歌、知りませんもん。
キョンシー やはりぬいぐるみに一番ウケるのは童謡だな。ぼくは100曲以上レパートリーがあるぞ。
ピエロ ひゃ……100曲……。
キョンシー お前は何曲歌える?
ピエロ えっと(指折り数える)4曲……。
 ええー?少ないー。

   キョンシー、ピエロのそばに近寄り、小声で。

キョンシー どうやらぼくの勝ちだな。
ピエロ う、うるせえ!こうなったらお前より先に猫さんの旦那を見つけてやる。
ばあや おお、その意気。その意気。
ピエロ 猫さん!旦那の特徴は?
 特徴といわれましても……。
キョンシー お前の問いは抽象的過ぎるのさ。猫さん、旦那の背はどのくらいだい?
 あ、私よりちょっと高いくらいです。
キョンシー な?
ピエロ 畜生。抽象的って何だー!
ばあや ホント、論点が違うね、この男は。
 これでわかりますか?
キョンシー うーん……アニメのキャラクターで……丸顔……口が大きい……。
ピエロ わかった!クレヨンしんちゃんだ!
ばあや あんた、猫だってこと忘れてるだろ。
ピエロ あ……。
キョンシー それだ。それなんだよ。猫ってのが思いつかない。
 あの……ひょっとしたら猫じゃないのかも……私がそう思ってるだけですし……。
ばあや どういうことだい?それ。
 だって……ひげあったし……。尻尾もあったから。
ばあや 尻尾とひげかい……確かに猫っぽいけど……。犬ってこともあるね……。うーん。
ピエロ ああー!ばあさんが考えたら駄目だろ。これはおれたちの勝負だ!
 勝負?
ピエロ い、いやこっちの話。
 ならいいんですけど。
ばあや ……とぼけるね、あんたも。
 何の話です?(にっこり)
ばあや う……笑顔が眩しい。くそー。
ピエロ (キョンシーへ)質問は1人3つまで。わからなければ延長だ。
キョンシー 望むところだ。
ピエロ よおし。

   ピエロ、猫の方を向く。
   後ろではばあやがごそごそと箱をいじってるが誰も気にしない。

ピエロ 猫さん!旦那の年齢は!?
 ……ぬいぐるみが作られてからの、ですか。キャラクターの、ですか。キャラクターが作られてからの、ですか。
ピエロ え?えっと……全部!
 ぬいぐるみの、なら……確か4歳。キャラクターは知りません。作られてからの年齢は……30歳くらいだったかな?
ピエロ なるほど、なるほど。
キョンシー おい、今ので質問3つだぞ。
ピエロ え?……終わり……?
キョンシー 何か思いついたのなら言っていいぞ。
ピエロ えっと……30年前のキャラクター……ああ!
キョンシー な、何だ?
ピエロ ふっふっふっ。わかったぞ。
キョンシー な、何?
ピエロ はあっはっはっはっはっ。そうかそうか。犬か猫で、口が大きくて、キャラクター物……。そうか、そうか!
 わかったんですか!?

   ばあや、ちらりと振り返るが、やっぱり箱を漁ってる。

ピエロ わかった。キョンシー、どうやらおれの勝ちだな。悔しかったら当ててみろ。
キョンシー うう……ちょっと待て。30年前で……30年前……。
ばあや いいから答え、言ってみな。
ピエロ のらくろだ!

   間。

ばあや の、のらくろ……。
ピエロ 犬だろ、口が大きいだろ。
キョンシー 時代が違うわい!(どつく)
ピエロ 痛……な、何で?
キョンシー のらくろが生まれたのは昭和6年。戦前の軍国ものの話だぞ。
ピエロ じゃ、じゃあえっと……30年前じゃないのか?
ばあや (ため息をついて)自分は50年も生きてるくせに何にも知らないんだねえ。約70年前の話だよ。
ピエロ そ、そんなに古かったのか……。でもテレビじゃ現代風の家に住んでたぞ。
キョンシー それはテレビの話だろう。雑誌連載の漫画とは根本的に違うんだ。しかも多分それはのらくろの孫だ。
ばあや 連載中止も戦争のあおりをくらって、なんだよね。軍隊を滑稽に扱った話だからって。
ピエロ お前ら何でそんなに詳しいんだ?っていうか滑稽って何だ?
二人 馬鹿。
ピエロ 馬鹿……馬鹿なのか?これを知らないのは馬鹿なのか?
 馬鹿だと思います。
ピエロ ああー。

   ピエロ、台の上に立ち、窓を開けるパント。

キョンシー おい、何をするんだ?
ピエロ 今度生まれて来る時は〜♪(だんご三兄弟)もう少し利口に!

   飛び降りる。

 ピエロさん!
キョンシー ピエロー!
 な、何てことを……。
キョンシー やっぱり馬鹿だ!お前は……。
ピエロ うう……今度、今度生まれて来る時は……うっ(がくっ)
 ピエロさん!ピエロさん!

   間。

ばあや 何馬鹿やってんだい。人形が死ぬわけないだろう。
三人 あ。
ピエロ あ、ホントだ。
 ひどい!騙したんですね。
ピエロ いや、騙したというか……。
キョンシー やっぱり馬鹿だったな。
ピエロ あ、少し照れてる。
キョンシー やかましいっ!

   ばあやは再び探し物。

キョンシー (咳払い)あ、次はぼくだったな。えっと猫さん。
 はい、
キョンシー 旦那の……色は?
ピエロ 色!そうか……。
 えっと……赤と青と白です。
キョンシー 原色?
 はい。
ピエロ あ、今の質問2つ目だな。2つだ。2つだ。
キョンシー 黙ってろ。カラフルなんだな……でも3色ってのは……。
ピエロ お前だって似たようなもんだろ。
キョンシー よーし。じゃあ最後の質問……旦那の好きな食べ物は?
 ドラ焼き。

   間。

ピエロ あ……あ……あ……。
キョンシー そうか……そうか!
ピエロ 誰だ、誰だっけ……。ああー。
キョンシー ピエロ!ぼくは言うぞ!

   キョンシー、台の上にのぼろうとしている。
   ピエロ、キョンシーにばしっと札を貼り付ける。

キョンシー うっ(動きが止まる)

   ピエロ、その間にキョンシーの口をふさぐ。

ピエロ 何だっけ。何だっけ。ここまで出かかってるんだよー!
キョンシー うーうー。
ばあや 客席みんなわかってるわよ。
ピエロ ええっと……ええっと……。な、何か決め言葉あるだろ。ほら……あの……「我輩は猫である」みたいな。テレビで見たんだよ。これとセリフがかぶってるって。ほら、えっと。

   キョンシー。いつの間にかそっと動いている。
   ゆっくり札をはがしている。

ピエロ 我輩は猫である、じゃなくて。えっと……えっと……あ!
ピエロ・キョンシー ぼくドラえもん!

   間。
   ドラえもんの歌、かかる。

ピエロ そうか、そういやいたな、ドラえもん。
キョンシー 猫型ロボットだったな。
 ロボットなんですか!?
ピエロ ……知らないで結婚したの……?
キョンシー しかし、ピエロ。今のは君の反則だよな。
ピエロ へ?
キョンシー ぼくは答えをわかっていた。君が邪魔したんだ。
ピエロ な、何言ってんだ。お前の答えが間違ってなかったっていう証拠がどこにある。
キョンシー 君と同時に言ったじゃないか。
ピエロ お、おれの言葉はヒントになったんだろ。
キョンシー ヒントって……「我輩は猫である」……か?
ピエロ そう、言葉は違えど意味は同じ。それを聞いて考え直したんだろ。
キョンシー 言いがかりだ。
ピエロ 言いがかりだという証拠は?

   睨み合う二人。

 あ、あの……えっと……好き好き好き好き好きっ好き。愛してる♪(一休さん)

   二人、思わず猫を見つめる。

 けんかしないで。ね?
二人 はーい!
ばあや 嫌だねえ……男って……ああー!あったー!

   三人、振り返る。

ピエロ 何だ?ばあさん、何見つけた?

   ばあや、マジックを取り出す。

ピエロ そ、それは!
キョンシー 人形が最も恐れる油性ペン!
ピエロ な、何をするんだ?
ばあや ふふふふ……猫ちゃん……若くて可愛いねえ……でもその顔にちょおっとシワが付いたらどうなるだろうねえ……。
キョンシー そ、そんなことはさせないぞ!

   キョンシー、ばあやの前に立ちはだかる。

ばあや キョンシー。
キョンシー ?
ばあや てえいっ!(札を貼る)
キョンシー うっ。
ばあや おとなしくしてな。
キョンシー うっ……こんなもの……(取ろうとする)
ばあや 動くんじゃないよ!……キョンシーの法則を無視するんじゃないよ。あんたはキョンシー。キョンシーなんだよ。
キョンシー うう……。ピエロ!彼女を守ってくれ!

   ピエロ、ばあや、向き合う。
   キョンシー、息で必死に札を取ろうとしている。

ばあや 悪ガキともが私の顔にシワをかいて以来……私のあだ名はばばあになった。しかも!油性マジック!私は一気に老け込んで今や誰にももてやしない。
 だからって何で。
ばあや 若いというだけで……若いというだけで、ちやほやされるあんたが許せないんだよ。ピエロなんか、私とずっと一緒にいたのにさ。私だって女なのにさ。
ピエロ ばあさん……。
ばあや 人は誰でも年を取る!そんなことわかってるさ。でもね、早すぎたんだよ、私は。悟っちまうには若すぎたんだ。あんたみたいな若いの見てると……(キャップを外す)
ピエロ ばあさん……。
ばあや どきな、ピエロ。どかないとあんたの顔もシワだらけになるよ。

   ピエロ、たじろぐ。
   その瞬間、ばあや、ピエロを弾き飛ばして猫に向かう。

ピエロ エリザベスさん!

   長い間。

ばあや あんた……私の名前を……。
ピエロ ………………。
ばあや ……覚えてて……くれたのかい……。
ピエロ ……何となく。ばあさん……エリザベスさんとはずっと一緒にいたから……。
ばあや いいよ。言い直してくれなくても。こんな顔してる以上、私はやっぱりばあさんだ。
ピエロ 違う!
ばあや …………。
ピエロ エリザベスさん、おれより年下じゃないか。若い若いって言いながら……年寄りみたいなことも言って……おれ、エリザベスさんは若いと思う。
ばあや …………。
ピエロ おれが間違ってたよ。おれ、今の若い子なんかと話合わないしさ。馬鹿だし。歌も知らないし。おれ……10年もあんたと一緒にいたのになあ……。
ばあや ピエロ……。
ピエロ 帰ろう、ばあ……エリザベスさん。おれたちの部屋へ。
ばあや でも私は……。

   ピエロ、無言でばあやのマジックを取り、自分の顔にシワをつける。

ばあや ピエロ……!
ピエロ これで一緒だ。……おれの方が年上だからな。足りないくらいだ。
ばあや うう……(泣き始める)
ピエロ 帰ろう。
ばあや ああ……。

   二人、去る。
   呆然として残っているキョンシーと猫。

 この話のヒロインって……私じゃなかったの……?……終わり?ひょっとしてこれで終わり?ラブシーンも何もなし!?

   猫、ふとキョンシーを見つけ、札を取る。

キョンシー あ、ありがとう。

   猫、キョンシーの方を向き、そっと目をつぶる(キスの態勢)

キョンシー えっ、えっ?

   キョンシー、きょろきょろと周りを見回す。
   そっと猫の肩に手を乗せ、キスをしようとする。

 やっぱり違う。(普通に避ける)
キョンシー ああ……。
 最後にラブシーンくらい欲しかったけど……(キョンシーを見て)やっぱり主役じゃないとね……。
キョンシー ちょっと待って!僕は!初めて見たときからずっと君が好きだった!あいつとは違う。女の子なら誰でもいいってわけじゃない。
 何か異性としてうったえるもの、ある?
キョンシー ……男というだけで十分じゃないか。

   間。

 ま、これならいっかvv

   猫、キョンシー、寄り添いながら去る。
   暗転。
   台の上にぬいぐるみが4体(本物)。
   カップルで置いてある。
   後ろには同じようなポーズでピエロたちが座ってる。
   動かない。
   君恵ちゃん登場。

君恵 ……あれ。猫の人形……こんなとこに置いたかなあ?私。あ!ピエロにシワがついてる。どうしよう。(人形をこする。それに合わせてピエロたちも反応している)とれない……(ばあやと見比べて)ま、いっか。何かお似合いだし。パパー、お誕生日ケーキまだー?(去る)

   ピエロたち、笑い合っている。
   台の上の人形たちに照明を絞って……

−幕−



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