【三流詐欺師坂本五郎の元へ一人の少年が弟子入りにやってきた。「正直に生きるのが嫌になったんです」「人間、みんな詐欺師だ」「詐欺師と探偵の違いだよ」……】
探偵事務所。後ろは窓。
中央に大きなデスクがある。
男が一人座っている。
男は坂本という名だ。電話をしている。
坂本 はい。……はい。申し訳ありません。少し手違いがございまして。はい。
少年、入ってくる。
少年 あの。
坂本 はい!それはよくわかっております。ですから今度の件につきましては……。
少年 あの。
坂本 はい、はい!ありがとうございます。はい、失礼します。
坂本、電話を切る。
少年 あの。
坂本 うわあ!
少年 ……どうしたんですか?
坂本 な、何だね、君は。いつからそこにいた!?
少年 1時間くらい前から。
坂本 1時間……。
間。
坂本 嘘だろ。
少年 はい。
坂本 何の用だい?あ、依頼ですか。
少年 違います。
坂本 だろうね。
少年 ぼく、あなたの弟子になりたくて来たんです。
間。
坂本 ……嘘だろ。
少年 嘘じゃありませんよ!ぼくが嘘をつくような人間に見えますか。
坂本 いや……
少年 ぼく、本当にあなたに憧れてるんです!この辺じゃ有名じゃないですか。詐欺師坂本五郎。
坂本 待て待て待て!
少年 ……何ですか?
坂本 ゆ、有名なのか。
少年 嘘です。
坂本 …………。
少年 近所じゃただの探偵所所長です。でもぼく知ってるんです。坂本さんが立派な詐欺師だってことを。
坂本 …………。
少年 坂本さんの被害に会った人たちに聞きましたよー。もう皆さん、見事に騙されてるんですよね。感動しました。……どうしたんです?坂本さん。
坂本 いや、ちょっと頭の整理を……。
少年 あ、大丈夫ですよ。警察に言ったりしませんから。自分の師匠を売るわけにいけませんからね。
坂本 誰が師匠だ!
少年 認めてくれないなら警察行っちゃいます。
坂本 …………。
少年 お願いします!ぼく、真剣なんです。本気なんです。
坂本 本気と言われてもね。ここは探偵所だから。こどもを雇うわけにはいかないし……。
少年 雇って欲しいんじゃないですよ。弟子入りに来たんです。
坂本 その弟子入りってのは何なんだ。
少年 坂本さんの、詐欺の技術を教えて欲しいんです。で、ゆくゆくはぼくも立派な詐欺師になりたいと思います。
坂本 駄目だ。
少年 駄目です。
坂本 は?
少年 断っちゃ駄目です。警察行きますよ。
坂本 ……ここは探偵事務所だ。君、いくつだ?
少年 16です。
坂本 学校は?
少年 やめました。
坂本 何だ。雇うのに問題はないんだな。
少年 はい。
坂本 実はこないだ秘書が止めちゃってね。いや、こんな小さな事務所で秘書ってのが贅沢なんだとは思うよ、でもね、彼女の美しい姿が男たちにやる気を起こさせるわけだよ。……君はその代わりにはならんか……。だが秘書の仕事くらいは出来そうだな。
少年 ……やっぱり探偵として働き始めるんですね?
坂本 いや、秘書として……。
少年 いえ、当然ですよね!さすがです。世間の目をくらます隠れ蓑!絶好だと思います。
坂本、辺りに目をやりながらひそひそ話。
坂本 あ、あのな、君。一体どこで聞いたんだい?おれのこと……。
少年 ぼくの姉から。
坂本 姉!?
少年 ええ、坂本さんが騙した人です。
坂本、思いっきり後ずさる。
少年 あー!別に仇討ちとかそんなんじゃないんですから!信用して下さいよ!
坂本 いいや、子供だからといって信用は出来ない。
少年 ……おかしいなあ。昔読んだ本には詐欺師ってのは意外と騙されやすいってあったのに……。
坂本 騙す気か!?
少年 違います!ホントにホントにホントにホントにホントに本気なんです!(土下座)お願いします!弟子にして下さい!
間。
坂本 君……親は?
少年 家出して来ました。関係ありません。
坂本 あるよ!家出少年を雇うわけにはいかない。
少年 弟子入りですって。お金なら貯金から払いますから。
坂本 え?
少年 それに。ちゃんと用意もあるんですよ。
少年、リュックを下ろす。
坂本 何が入ってるんだい?それ。
少年 詐欺師グッズです。見て下さい。まずは基本の名刺(名刺を取り出す)全部で15種類ありあます。
坂本 (手に取ってみる)……これ、ゲーセンかどっかで作ったのか?
少年 はい。
坂本 駄目だ駄目だ、こんなもん。だいたい16歳で名刺は必要ない。
少年 そうですかあ?じゃあこれは?(取り出す)リバーシブルジャンバー!これで相手に気付かれません。
坂本 そりゃ探偵道具じゃないか。おれも持ってるけど。
少年 そ、そうですか。じゃあ……(取り出す)10秒で取れる朝ご飯、ウイダーインゼリー!張り込みに便利です!
坂本 刑事じゃないっての。
少年 じゃあペンチとドライバーと聴診器。
坂本 泥棒じゃないか。
少年 じゃあ何が必要なんですか〜。
坂本 あのな、詐欺師に必要なのは道具じゃない!機転としゃべり!これで十分。ま、勿論小道具はいくらかあるけどね。
少年 どんなのです?
坂本 見てみるか?
坂本、机の引き出しから色々取り出す。
坂本 まず、これ。おれの載ってる雑誌の切り抜き。
少年 わ!ホントだ。
坂本 勿論偽造。それから宝石。本物もあるぞ。わかるか。
少年 わかりません!
坂本 だろうな。(しまう)
少年 教えてくれないんですかあ?
坂本 当たり前だ。本物は高いんだ。
少年 取るとでも思ってるんですか?
坂本 ああ。
少年 信用ないですね。ぼく、こんなに正直なのに。
坂本 正直者が詐欺師になれるか。
少年 それもそうですね。で、ぼくは何をすればいいんですか。
坂本 帰れ。
少年 帰りません。
坂本 (ため息)……何でまた詐欺師になろうなんて思ったんだ。
少年 何となくです。
坂本 理由になってない!
少年 じゃあ坂本さんは何でなろうと思ったんですか?
坂本 ……何となくだ。
少年 同じじゃないですか。
坂本 違う。何となくなってたんだ。何となくなろうとしたんじゃない。
少年 は?
坂本 人というのは案外簡単に騙される。それに気付いちゃったからなー。
少年 楽してもうける。
坂本 犯罪ってのは大抵そうだ。リスクも大きいけどな。
少年 捕まったこと、ないんでしょ?
坂本 おれはまだ駆出しだよ。
少年 その年で?
坂本 いくつに見える?
少年 45!
坂本 …………。
少年 どうしたんですか?
坂本 ……本気で?
少年 本気です。
坂本 (落ち込んでる)
少年 ひょっとして……もっと若いですか。
坂本 (落ち込みながらうなづく)
少年 す、すみません。人の年齢ってよくわかんなくて。若くみたつもりなんですが……あー!違います、違います。もっと、えっと、落ち着いてらっしゃるから。
坂本 (落ち込んだまま)
少年 そ、そうですよね。45は言い過ぎました。実は……20歳くらい?
坂本 あからさまなお世辞はやめてくれ……。
少年 いくつなんです?
坂本 44。
少年 変わらないじゃないですか!
坂本 何を言うんだ!45と44じゃ天と地程の差がある!
少年 10の位だって同じなのに……。
坂本 うるさい!お前、帰れ。
少年 帰りません!弟子入りを許してくれるまで動きませんよ!
少年、その場に座り込む。
坂本 ああー厄介なことになったなー……。
考え込む坂本。
そこに後ろの窓に一人の男が登場。
派手な柄のシャツにギターを背負っている。
丸いサングラスにバンダナ。
鈴をつけているため、歩くと音がする。
男は、窓を開けようとするが鍵がかかってる。
仕方なく、小道具を取出し、窓の鍵に近い部分に穴を開けようとする。
しかし、切り込みを入れたはずの窓がなかなか開かず、
無理矢理叩いている内に、体ごと窓を突き破ってしまう。
もちろん、ガラスの割れる派手な音がする。
少年 う、うわあ!
少年、坂本をちらりと見て、おそるおそる近付く。
坂本は考え込んだまま。
突然、
男 いでででででででっ!あー痛い、痛い、痛い。
男、「痛い」を連発しながら、鏡を取出し、自分の顔を見る。
男 ふう。顔は傷ついてないな。
少年 あの。
男 おう!な、何者だっ!
少年 いや、あなたこそ。
男 私に何者か、だとっ?私を知らない者が何故ここにいる!
少年 坂本さーん、何者なんですか、この人。
坂本 んー?
坂本、ようやく顔を起こす。
坂本 何だ、高木か。
高木 所長!何ですか、このガキは。私の知らない間に子供を連れ込むなんて!
坂本 勝手に押し掛けてきたんだよ。文句があるなら君が追い出せ。
高木 よし。お前、出てけ。
少年 嫌です。
高木 生意気な……。
少年 あなた、何なんですか。一体……。
高木 私はこの探偵事務所の所員だ。
少年 じゃ、じゃあ探偵なんですか!?
高木 探偵以外の何に見える。
少年 探偵には一番見えませんけど……。
坂本 高木。それで仕事の方はどうだったんだ。
高木 はっ!上々ですよ。写真もばっちり。(カメラを取り出す)。
坂本 そうか。じゃあ現像しといてくれ。
高木 ここでやりますか。
坂本 それほどやばくないんなら写真屋に行け。
高木 はい。
少年 あの。
高木 何だ。ガキ。
少年 仕事……成功したんですか。
高木 したよ。私が失敗するように見えるか!
少年 でも……探偵って張り込みとか尾行とかするんでしょ?
高木 当然!それが探偵の仕事の大部分じゃないか。
少年 その格好でですか?
高木 当たり前じゃないか。これは私の仕事着だ。
少年 そんな格好で……。
坂本 彼をなめちゃいかんよ、少年。彼は今まで探偵とばれたことは一度もない。
少年 そりゃそうでしょうけど……。
坂本 特に張り込みは得意なんだな。
高木 そう。ある時はストリートミュージシャン。ある時は流しのギター弾き。ある時はギターを持った大道芸人!
少年 やってること、大して変わらないような……。
坂本 ただ尾行の失敗は多いんだよな。
高木 所長〜。人には何でも得手不得手というものがありまして、
少年 ここって所員、この人しかいないんですか。
高木 (少しムッとして)私がいれば充分じゃないか。
坂本 いやあ先日までもう一人いたんだけどね。秘書が。
少年 ああ、そういえば。
高木 所長のセクハラでやめたんでしょ。
坂本 武田!
少年 武田?
高木 勿体なかったなー。美人だったのに。私も止めましょうかね。
坂本 武田〜、君に止められては困るよ。
高木 お言葉ですが所長。私の最終目的は探偵ではありません!
少年 何かあるんですか。
高木 私はいずれ道行く人、皆が振り返るようなBIGな男になりたい!
少年 ビーアイジイ?
高木 ビックだ!
少年 ああ。
坂本 今でも充分振り返ってるだろうが。お前は。
高木 いえ。何故か道行く人みな、私から視線をそらすのです。
坂本 な、なるほど……。
高木 私はここでお金を貯め、もっと派手に着飾るのです!
坂本 お前、根本から間違ってるよ……。
高木 何がです!
坂本 いや、いい。とっとと現像いってくれ。
高木 はい。行って参ります。
高木、去る。
少年 何者なんですか、あの人。
坂本 探偵だ。
少年 詐欺は。
坂本 彼は何も知らん。
少年 そうなんですか……。
坂本 で、君はああなりたいか。
少年 いえ。
坂本 ここで探偵をやるならああなってもらわねば困る。
少年 そうなんですか!
坂本 当たり前じゃないか。坂本探偵事務所は彼のような探偵で持っている。
少年 あの人しかいないんでしょ。
坂本 う……。
少年 しかも坂本さんだって探偵なんでしょ?
坂本 おれは所長だ!張り込みだの尾行だのはやらん!
少年 何をやるんですか。
坂本 依頼人との交渉だ。こればっかりはあいつに任せられん。
少年 そうでしょうね……。じゃあ秘書は何をやるんですか。
坂本 雑用だ。
少年 雑用って?
坂本 だから、お茶汲みとか、買い出しとか。さっきあいつが写真屋に現像にいったがあれも秘書の仕事だ。
少年 わかりました。それ、やります。
坂本 いや、やりますって言われてもな……。
少年 でも勿論詐欺の技術も仕込んで下さいね。
坂本 だからな、
ノックの音。
坂本 あ、はい。
一人の女が入ってくる。
青野 失礼します!青野千春と申します!松浦美帆の紹介でやって参りました!
間。
坂本 な、何だって?
青野 失礼します!青野千春と申します!松浦美帆の紹介でやって参りました!
坂本 繰り返されても困るんだが……。えっと……青野さん?
青野 はい!
坂本 松浦の紹介で?
青野 はい!
坂本 私は一切聞いてないんだが。
電話の音。
坂本 失礼。(電話を取る)はい、坂本探偵……松浦君!君、困るじゃないか。……え?いや、何がって。……そうだよ!……いや、そりゃそうだが。……ちょっと待て!どういうことだ!そりゃ君に止められては困るとは言ったが……。こっちもね、都合ってもんが……。いや、それは……。あの件ならもうけりは付いたはずだろう!慰謝料も払ったし……。勘弁してくれよー。ウチの事務所の経済事情はわかってるだろう。それ以上は……。ああ……わかった。わかったから。じゃあ……。ま、また?またっておい!あ……(切れた様子)
坂本、電話を切る。
青野 松浦の紹介でやってきました。
坂本 ああ……今聞いたよ……。
青野 松浦はセクハラで止めたそうですね。私にもセクハラしたら慰謝料取って止めますからね。
坂本 まだ君を雇うとは言ってない。
青野 でも秘書はいるんじゃないですか。秘書募集のちらし、見ましたけど。ここの噂聞いたら誰も来ないんじゃないですか?前の人がセクハラで止めたなんて言うんですからねえ。
坂本 まさか噂ばらまいてるんじゃないだろうな。
青野 失礼な。私はやってません。
坂本 松浦君は。
青野 知りません!
坂本 (ため息)……だいたい、秘書募集には男女問わず、と書いてあるだろ。
青野 坂本さんは両刀だという噂がたってます。
坂本 誰が立てたんだ!
青野 私じゃありません。
坂本 松浦の奴〜。
少年 両刀って何ですか。
坂本 君は知らんでいい!
青野 誰ですか。
坂本 その……。
少年 坂本さんの弟子です。
坂本 違う!
青野 坂本さん……ロリコンも入ってるんですか。
坂本 違うと言ってるだろうが!
少年 ロリコンって何ですか。
坂本 だから知らんでいいっ!とにかく、今日は帰ってくれ。秘書の面接は明日からになってるだろ。
青野 表のちらしですか?私が書き替えておきました。
坂本 …………。
青野、勝手に椅子に座る。
青野 さあ、履歴書です。面接して下さい。
坂本 また後で連絡する。
青野 面接は!?
坂本 いらん。
青野 採用は?
坂本 また後で連絡する。
青野 駄目です。ちゃんと面接して下さい。でないとまた噂流します。ここは、顔だけで採用を決める嫌な親父のいるとこだって。
坂本 止めてくれ……。わかった、面接するから……。
青野 はい!
坂本、座る。履歴書を手に取って、
坂本 えっと……青野千春……18歳!?
青野 はい。
坂本 18って……高校生か?
青野 高校には行ってません。中退しましたから……探偵秘書に学歴は不要ですよね?
坂本 そりゃそうだが……それじゃあ……どうしようかな?(少年に)
少年 何か質問とかないんですか?
坂本 質問?
青野 松浦さんの採用の時にもしたんじゃないですか?
坂本 いやあ、顔で決めたから。
少年 うわ……。
青野 最低。嘘じゃなかったのね。
坂本 だから!反省も兼ねて今回はちゃんとやる!
青野 やらなかったじゃないですか。さっき。で、質問はないんですか。
坂本 何でそっちの方がいばってるんだ……。
少年 普通は自己アピールとかしてもらうんじゃないですか?
坂本 たかが雑用だからなあ……。目の保養になればそれで……(青野を見る)不採用。
少年 坂本さん!それ、一番やっちゃいけないことだと思います!
坂本 いや……。えっと……じゃあ自己アピールでも。そうだ、この事務所に入って、何がやりたいとか、
少年 雑用なんじゃないですか。
坂本 そりゃそうなんだが……。
青野 私は!真実を追い求めたいんです。
坂本 は?
青野 探偵とは真実を暴く職業ではありませんか。素晴らしいことだと思います!私はその探偵さんにお仕えしたいのです。
坂本 高木に?
少年 それは止めといた方が……。
青野 高木さんというのが探偵さんですか。
坂本 ああ。ウチは彼しかいないよ。
青野 是非会わせて下さい!真実を追い求める探偵の姿を!一目見させて下さい。
少年 いや、だから止めといた方が……。
坂本 君はまだ若い。夢を壊されるには早過ぎる。
少年 まだまだ探偵なんて世の中に腐る程いますよ。
坂本 いや、金田一とか明智とか、あの辺りで満足しといた方がいいんじゃないか。
少年 そうそう。夢は夢のまま終わらせるのが一番いいんです。
青野 あんたも子供のくせにやけに悟り切ったこと言うわね。あのね、私だって金田一とか明智を望んでるわけじゃないの。浮気の素行調査だって立派な仕事だと思うし。そうよ!浮気なんて全部バレるべきなのよ!浮気を暴く探偵って素敵だわ!
坂本 何か個人的感情が入っとらんか……?
少年 何があったんでしょうねえ……。
青野 で、探偵さんは。
坂本 だから。今はいないから。出直してくれ。
青野 採用は?
坂本 後日、連絡する。
青野 じゃあもう一回来ます。
坂本 いつ!?
青野 探偵さんが帰って来た辺りに。
少年 会わない方がいいんじゃないかなあ。
青野 では、失礼します。
青野、去る。
少年 行っちゃった……。
坂本 くそお松浦の奴!絶対嫌がらせだ!
少年 でもセクハラしたんでしょ。
坂本 ちょっとカラオケでデュエットをやってもらおうとしただけだ!何であれがセクハラなんだ!私は独身だぞ!なあ、少年!上司が部下を口説くことは罪なのか!?
少年 えっと……ぼくこどもだからわかんなーい。
坂本 こいつ……。
高木、再び窓から登場。
高木 所長!ただいま帰りました!
少年 あ……。
高木 いよお!少年!まだいたのか。生意気だぞ。
少年 いや、
高木 何もしないんならここのガラスを片付けるとかしないのか。全く最近のガキは気が利かないな。
少年 ガラス割ったのあなたでしょ。っていうか、何で窓から入ってくるんです。
高木 私のポリシーだ!
少年 いや、ポリシーって……。
坂本 高田、写真は?写真屋に預けてきたのか?
高木 それが所長!いつも行ってる写真屋が潰れてたんですよ。どうします?
坂本 どうって……そうか、あそこ潰れたのか。
高木 半年程前に。
坂本 半年!?
高木 いやあ、驚きました。もう別の店入ってましたから。
坂本 松浦君は何も言ってなかったな。
高木 ここで現像しますか。
坂本 そうだな、やってくれ。
少年 ここで現像出来るんですか?
高木 こっちの部屋を暗室代わりにしてるんだよ。絶対、作業中は来るんじゃないぞ。前に美帆ちゃんが来て全部駄目になったこと、あるからな。
少年 美帆ちゃん?
坂本 松浦君の名前だよ。それにしてもここ半年、彼女はどこで現像してたんだ……?
高木 また新しいとこ見付けなきゃなりませんねえ。じゃ、私は現像に行きます。
高木、去る。
少年 写真の現像かあ……やってみたいなあ。
坂本 ならカメラマンにでもなれ、向いてるぞ、詐欺師より。
少年 向いてる物を目指したって駄目なんです。ぼくは詐欺に向いてる人間になりたいんです。
坂本 だから、何で……、
ノックの音。
坂本 ん?ひょっとして青野って奴か。
少年 また来るって言ってましたもんね。
坂本 もし青野だったら私はいないって言ってくれ!
少年 え?
坂本、隠れる。
ノックの音。
少年 あ、はーい。どうぞー。
女が二人、入ってくる。
純子と唯である。
純子 すみません。
坂本 はいはいはいはい、ようこそいらっしゃいました。
坂本、急に飛び出てくる。
純子 あの、
坂本 どうぞどうぞ、お座り下さい、おい、遠藤!お茶。
少年 え、遠藤……?
坂本 お茶!
少年 は、はい。はい。
少年、去る。
純子 あの。
坂本 はい、坂本探偵事務所です。どんなご用件でしょうか。
純子 表のちらしを見て来たんですけど。
坂本 表のちらし?
純子 秘書を募集してるとか……、
坂本 ああ、そうです、そうです。そうですか。採用決て(い)……
少年、坂本の頭をどつく。
お茶を出す。
少年 どうぞ。
純子 あ、どうも。
坂本 こら菊地!
少年 誰が菊地ですか!坂本さん、それはやっちゃいけないって言ったでしょ!
坂本 美人じゃないか。私好みだ。
少年 関係ないです。ちゃんと面接をしましょう。
坂本 はい……。
坂本、二人に向き直る。
坂本 ええと……秘書募集のちらしですね。あれは明日からになってたはずですが……、
純子 え?いえ、今日見たら確かに今日の日付で……。
少年 青野さんがいじったんでしょ。
坂本 あ、そうか。
純子 あの、何か不都合が?
坂本 いえいえ。何でもないです。で、秘書をやりたい、と。
純子 はい。
坂本 どちらが?
純子 どちらでも。
坂本 は?
純子 私でも。娘でも。とにかく雇ってもらえればいいんです。多少のセクハラは我慢します……。
坂本 いや、セクハラは……。
純子 お願いします!ほら、唯。
唯 お願いします!
間。
坂本 ええと……履歴書、ありますか。
純子 私のはありますが……。(バックから取り出す)急なことで娘のはまだ用意してませんで……。
坂本 娘さん。おいくつで?
純子 15です。
坂本 じゅ、15?
純子 この間中学を卒業しました。もちろん、読み書きや計算くらいは人並みに出来ます。不器用ですが、その分誠実で、与えられた仕事はきちんと熟します。嘘もつきません。悪く言えばバカ正直ではありますが、だからこそ、失敗をごまかしたりしませんし、
坂本 ああ、わかりました。わかりました。ええと……唯ちゃん?
唯 はい。
坂本 ええと……お母さんは……純子さん?
純子 はい。
坂本 これ、二宮純子が日野純子に訂正されてますが……どういうことで?
純子 あ、実は先日、亭主が事故で亡くなりまして……旧姓に戻ったんです。
少年 え、亡くなったって……。
純子 交通事故で。急なことで保険にも入っておりませんでしたからなるべく早く、働き口を見付けたいんです。
少年 そうなんですか……。
坂本 で、採用はどちらでもよろしい、と?
純子 はい!採用されなかった方は水商売でもやって何とかその場をしのぎますから。
少年 ちょ、ちょっとちょっとちょっと!
坂本 ん?
純子 はい?
少年 水商売って……駄目でしょう!そんなの。そちらの唯さんなんて10……5でしたっけ?法律に引っ掛かりますよ。
純子 そうなんですか……?それでは、唯を採用してもらえば私が水商売でもやって、
少年 それも駄目ですってば。
純子 そう言われましても……。
坂本 あの……もし二人とも採用されなかった場合は?
純子 二人で水商売を、
少年 駄目ですって!
坂本 何だ、君は水商売に偏見でも持っているのか?
少年 ええ?
坂本 体張って生きてるんだぞ、立派なもんじゃないか。
少年 そういう問題じゃないでしょう。坂本さん、それも言っちゃいけないことですよ。
坂本 水商売のどこが悪い!
少年 悪いですよ!そんな……
坂本 少年。君はまだ思春期の若者だからな。潔癖になるのはわかる。しかしな、君も男だ。その内わかる時がくる。
少年 それってめちゃくちゃ男側の論理ですよ。
坂本 当たり前だ!おれは男だ!
純子 あの!
間。
純子 採用は……?
少年 ちょっと待って下さいよ、あなた採用されなかったら水商売やるんでしょ?
純子 まあ……
少年 駄目ですよ、そんなの。働き口だったら他にもあるでしょう。
坂本 何を言う。今は就職氷河期だぞ。
少年 えり好みさえしなきゃ仕事なんていくらでもあります!
坂本 だからえり好みしないで水商売選んだんだろうが。
少年 う。
純子 いえ、そういうわけじゃ……ただお金にはなりますから……。
坂本 あなた、どこかで働いてた経験ありますか。
純子 はい。バーで3年程。
坂本 はあ……そのバーに行きたかったですねえ。二人で飲んでデュエットとか。いやあ、色っぽかっただろうなあ。あ、デュエット出来ますか。
純子 はい。だいたいの曲は。
坂本 マニアックなのもいけますか?例えば、
少年 坂本さん!
坂本 はっ。
少年 坂本さん……いい加減にしましょうよ。
坂本 き、君……目がマジだぞ……。わかった、やめる。ええと、では自己アピールを。
純子 自己アピール?
坂本 その……この会社で何をやりたい、とか。自分の個性とか、能力とか。
純子 ええ……とりあえず私は雇ってもらえればそれで。お茶汲みでもコピー取りでも何でもやります。不器用ですが、字は、昔ペン習字をやっていたもので、自信はあります。ワープロは出来ませんが……いえ、覚えようと思えば何とか、きっと、なります。
坂本 はい、わかりました。で、えっと唯さんは。
唯 え……。
坂本 君は?この会社で何がやりたい?
唯 雑用……。
坂本 雑用?ま、確かに仕事は雑用なんだけど。何が出来る?
唯 ペン習字……やってました。
坂本 それだけ?
唯 ……はい。
純子 あの、ウチの子は中卒で不器用ですが、その分誠実で、与えられた仕事はきちんと熟しますし、嘘もつきません。悪く言えばバカ正直ですが、だからこそ失敗をごまかしたりしませんし、
坂本 それ、さっきも聞きましたって。わかりました。では採用連絡は後日に、
純子 後日?後日とは具体的にはいつ頃……。
坂本 え。それは……その……。
純子 なるべく早く決めてもらわないと困るんです。どちらか不採用の方は水商売に出ないといけませんし、
少年 だから、
坂本 お嬢さんの年令では無理だと思いますが……、
純子 やっぱり……そうなんですか?では、娘を雇ってもらえますか。
坂本 はあ……検討はしてみますが。
純子 ではよろしくお願いします。
純子、帰ってしまう。
坂本 え?
唯 よろしくお願いします。
坂本 え?
間。
坂本 よろしくお願いします。
少年 え?
坂本、去る。
少年 ちょっとちょっと坂本さん!
間。
少年、何となく少女を見ながら座る。
少年 えっと……初めまして。
唯 初めまして。
少年 君……15だったよね?
唯 (うなずく)
少年 ぼく……おれ、16なんだ。高校2年だったんだけど、止めて、ここで雇ってもらおうと……ああ!そうだ、おれが秘書になるはずだったのに!
唯 そうなんですか。
少年 ま、いっか。おれは弟子入りだし。君はえっと何でここにきたの?
唯 母が言ったもので。ずっと就職口を探してたんです。でもなかなかいいとこがなくて。ここなら一応ちゃんとした事務所ですし。ちょっと悪い噂もありますけど、家からも近いですし。
少年 悪い噂、やっぱりあるんだ。
唯 所長がセクハラをするとか、両刀とか、ロリコンだとか、
少年 や、やっぱり増えてる……。
唯 そうなんですか。
少年 いや、そんなことはないと思うよ。セクハラは……うーん……どうなんだろう……。
唯 他に所員はいないんですか。
少年 もう一人高木さんって人がいるけど。ここの唯一の探偵。
唯 高木さん?……私が聞いた時は小野さんだったような……。
少年 そ、そうなの?変わったのかな?あの人、ずっといるみたいな感じだったけど。昔はもっといたのかな。いや、っていうか高木かどうかも怪しいんだよなあ。何か武田とか高田とか。いろいろと……。でもあの人一人には違いないよな。
唯 減ったんですかね……?
少年 もしそうなら経済的にあまり良くないかなあ。
唯 お給料貰えますかね?
少年 それは大丈夫だと思うけど。あの人は探偵以外に稼ぎ口があるし、
唯 稼ぎ口?
少年 あ、いや、何でもない何でもない!
唯 ?
少年 そ、そうだ。君んとこ、君も働かないと駄目なわけ?
唯 私も働ける年令ですから。高校も行けなくなりましたし。
少年 ああ……お父さん……亡くなったんだったよね。
唯 はい……。ほんと、急なことだったんです。今度の……休みの日は……一緒に……遊びに行こうって言ってたのに……(涙ぐんでる)
少年 ああ……。そう……なんだ……。
唯 それに……父は……少し、借金もあったので……。早く働いて返さないといけないんです……。
少年 ふーん……。大変なんだね……。うん、じゃあ坂本さんにちゃんと言ってみるよ。君を雇ってもらえるように。
唯 ほんとですか!?
少年 うん。
唯 ありがとうございます。あ、でも……そういえばあなたって……ここでどういう立場なんですか。
少年 え?
唯 ここで……働いてるんですか。
少年 いや、まだ。でもちゃんとこれから雇ってもらうから。そのためにいるんだしね。
唯 どうしてここで働くんですか?
少年 いや、坂本さんに憧れてね。
唯 坂本さんに?
少年 うん。
唯 どうしてですか?
少年 え?それは……えっと……あのね……そう!真実を暴く探偵の姿は素晴らしいからだよ!
唯 はあ?
少年 浮気の素行調査も立派な仕事!浮気を暴くなんて素晴らしい!浮気は絶対暴かれるべきなんだ!
唯 何かあったんですか?
少年 いや、ぼくじゃなくてね……。
間。
唯 それにしても所長さんはどこへ?
少年 え?向こうへ……向こうは何だろ、トイレかな。
唯 長いですね。
少年 ちょ、ちょっと呼んでくるね。
唯 はあ……。
少年、去る。
すぐに坂本、少年入ってくる。
少年 全く急にいなくならないで下さいよ。
坂本 うるさい!私は子供は苦手なんだ。
少年 もう15ですよ。
坂本 おれと30も違う!子供じゃないか。未成年じゃないか!おれはロリコンじゃないんだ!
少年 30違ったら坂本さん、45ですよ。
坂本 う……。
少年 やっぱり大して変わらないんですね。44も45も。
坂本 違う〜。
少年 それに、あの人の娘だけあって、結構可愛いじゃないですか。
坂本 将来が楽しみだ。
少年 今は。
坂本 ガキだ。
少年 その方が安全ですね。坂本さんが手を出す心配なくて。
坂本 あのなあ、
少年 あ、唯ちゃん。えっとこの人が君の上司。
坂本 まだ雇うとは言ってない!
少年 こんな可哀相な少女をほっとくんですか!
坂本 そういう問題か!だいたいな、情で雇ったりしてたら次の日には従業員に埋もれて破産だぞ!
少年 坂本さんには別口の収入があるからいいじゃないですか。
坂本 あれは大した金にはならん。せいぜい夕飯代くらいだ。
少年 ぼくの母は、
坂本 そんなもん知らん!
唯 あの、
少年 何?
唯 雇ってくれるんですか、くれないんですか。
少年 それは……
坂本 君のお母さんは帰っちゃったんだよなあ。
少年 坂本さん。
坂本 あ、いや。でももう一人今日面接したし……。それに正式な面接は明日からだし。
少年 でも坂本さん、噂、思ったより広がってますよ。もう来ないんじゃないですか。
坂本 ……ほんとに?
少年 はい。噂、聞いたんだよね?
唯 はい。
坂本 ど、どんな?
唯 ここの所長はセクハラをするとか、両刀だとか、ロリコンだとか、マザコンだとか、ブラコンだ、とか。
少年 増えてないか……?
唯 気のせいです。
少年 ああ、そう。
坂本 私はロリコンじゃない!
少年 それだけ否定すると後のを肯定してるみたいですよ。
坂本 両刀でもないし、マザコンでもないしブラコンでもない!
少年 そうそう。
唯 セクハラは。
坂本 ちょっとするかも。
少年 坂本さん!
坂本 いや、いくらなんでも君みたいな子供にはやらないって。
少年 採用するんですか。
坂本 どうしよっかなー。そうだ、高木は?
少年 まだ暗室篭もったままですけど。
坂本 何やってんだ、あいつ。うーん……。
ノックの音。
いきなり入ってくる青野。
坂本 青野!
少年 (同時に)青野さん!
青野 所長。採用は決まりましたか。
坂本 当日に来ないでくれよ……。まだ決めてないって。
青野 どうせ他に来る人なんていませんって。
坂本 来たぞ(唯を示す)
青野 子供じゃないですか。
坂本 何言ってるんだ。中学は卒業してる。立派な社会人だ。
青野 あなた、ちょっといい?
青野、唯の顔を自分の方へ向け、見つめる。
そして鏡を取り出し、自分の顔を見つめる。
もう一度唯の顔を見る。
また鏡を見つめる。
もう一度唯の顔を見る。
また鏡を見つめる。
少年 何度見たって変わりませんよ。
青野 女は顔じゃないわ!
少年 認めちゃいましたね……。
青野 こんな子供よりは私の方が遥かに優秀ですよ!ワープロ検定3級!英検3級!書道3級!そろばん3級、の私の方が!
坂本 何で全部3級なんだ?
少年 嘘の三八……
青野 嘘じゃないわよ!
坂本 っていうか英検はいらんなあ。
少年 しかも3級って確か中学卒業レベルじゃ……。
青野 うるさいわね!級なしよりいいでしょ!
少年 君は英検やってないの。
唯 お金がありませんでしたから。
少年 あ、そっか。
青野 さあ、坂本さん!あなたは私とこの子、どっちを選ぶんですか!?この、いかにも有能な秘書の私と、何の能力もなさそうなこの小娘と!
坂本 この二人から選ぶしかないのか……?
少年 みたいですねえ。
青野 私はデュエットくらいなら付き合いますよ!こんな小娘じゃろくに歌も知らないし、
唯 私、デュエット曲ならいっぱい知ってます!母からいっぱい教えてもらいました!歌えます。
青野 有給休暇もいりません!
唯 土日だって働きます!
青野 残業手当てはいりません!
唯 給料安くて構いません!
少年 こういうの、労働力の安売りっていうんですよね。
坂本 就職難の時代だからなー。
少年 悲しいことですねえ。
坂本 君には関係ないだろ。
少年 はい、今のとこ。あ、もちろん坂本さんからあの技術を受け継がなくてはなりませんし。
女二人 あの技術?
坂本 何でもない!何でもない!
青野 それより所長さん!
唯 どっちなんですか!?
坂本 うー……。
突然、窓から入ってくる高木。
高木 所長!現像出来ました!
坂本 た、田中!
少年 な、何で窓から入ってくるんですか!?
高木 はあ?当然じゃないか。窓は入るためにあるんだ!
少年 いや……だってこの部屋で作業してたはずじゃ……、
高木 その部屋の窓から抜けてこっちに来たんだ。
少年 何故そんなことを……?
高木 細かいことは気にするな。それより所長、この写真ですが、
坂本 ああ、ちょっと後にしてくれ。それより高木君。君は秘書はどっちがいいと思う?
高木 へ?
坂本 いや、松浦君の代わりの新しい秘書は。
高木 んー?このガキじゃなかったんですか?
少年 いや、ぼくは……。
坂本 それとは別に、ほら女の子も欲しいだろ?
高木 私は別に構いませんが。
少年 ほら、これが正しい職業人ですよ!
高木 女ならその辺でナンパしますし。
少年 う……ん?
高木 雑用能力で決めればいいんじゃないですか。
坂本 そうだなあ……。じゃあ青野君になっちゃうが……。
青野 あの。
坂本 ん?
青野 ひょっとしてこちらの方……、
坂本 ああ、我が社の唯一の探偵。高木君だが。
青野 ……ほんとに?(少年の方へ)
少年 (悲痛な顔してうなずく)
青野 ああ……、
青野、気絶。
高木 ん?どうしたんだ?
少年 あまりにショックだったんじゃないですか。
坂本 理想と現実とは常にギャップが大きいものだ。
高木 何のことです?
坂本 それじゃあ採用は唯ちゃんに決まりだな。
唯 お父さん!
坂本・少年 はあ!?
高木 よお、唯。元気か。
唯 お父さん、何でこんなとこにいるの?
高木 仕事だ。
唯 お父さん……ここで働いてたの。
高木 ああ。
唯 でもお父さん……自由業って。
高木 ふ……探偵とは孤独な職業。例え家族といえど正体をばらすわけにはいかない!
少年 その格好じゃあんまり関係ないような……。っていうかそれより君のお父さんって亡くなったんじゃなかったの!?
唯 あ……。(しまった、の顔)
少年 あ、って……。
唯 それにしてもお父さんが探偵だっただなんて……。
少年 ゆ、唯ちゃん?
高木 唯。言っておくがこれは私の最終目標じゃないぞ!私はいずれすれ違う人々みんなが振り向く、
唯 BIGな男になりたい。
高木 そうだ!よくわかってるじゃないか。
唯 お父さんの子供だもん。
少年 騙された……?騙されてたのか、おれは……。
坂本 ふ。少年。女に騙されるのは初めてか?(少年の肩に手を置き、遠い目をして)いいか、これはな、男が一度は通る道なんだ。良かったな、大人になったんだぞ。
少年 それとは大分意味が違うような……。
高木 唯。お前も一緒に探偵になるか。
唯 うん!
少年 え、ええ!?
高木 と、いうわけで所長。唯は探偵になります。
坂本 いや、その……。
少年 坂本さん……、雑用はぼくがやりますから……。
坂本 いや、そうじゃなくて……。
高木 それじゃあ唯!その格好では探偵として駄目だ。これから服を揃えに行こう!
唯 うん!
高木 お前、ハーモニカは吹けたな。
唯 吹けるよ。
高木 よおし!親子でストリート探偵だ!
二人、去る。
少年 どういう意味……?あの……坂本さん?
坂本 あ、頭が痛い……。
少年 よくわかります。バファリン飲みます?
坂本 いや、いいよ……。っていうか君も立ち直り早いな。
少年 詐欺師になるためには騙されるのはいい経験です!(でもそっと涙を拭う)
坂本 そ、そうか。
少年 さあ、それより邪魔者がいなくなりましたよ。
坂本 は?
少年 詐欺の技術伝達、お願いします。
坂本 も、もういっこ頭痛の種が……。
少年 坂本さん。
坂本 いや、待て。邪魔者はいるぞ!
少年 え?(倒れてる青野を見る)
少年、青野を乱暴に引きずって退場させる。
坂本 おいおい……。
少年 これで邪魔者はいません!
坂本 みたいだな。
少年 さあ、坂本さん!
坂本 君は……何で詐欺師になりたいんだ。
少年 何となくです。
坂本 それはさっき聞いた。違うだろ、もっとこの……いいか、詐欺ってのは犯罪だ。
少年 はい。
坂本 人を騙すんだぞ。
少年 はい。
坂本 そんなことがやりたいのか?
少年 坂本さんだってやってるじゃないですか。
坂本 おれは……おれは、別に詐欺師になろうって意識があったわけじゃないよ。何となく、
少年 やっぱり何となくじゃないですか。
坂本 いや……だから、君に教えるようなことは何もないんだ。
少年 仕事振りを見させてもらえれば。勝手に学びます。一から教えてもらうなんてそんな図々しいこと、初めから考えてませんよ。師匠のやり方を見て、学ぶ。それが伝統的手法じゃないですか。
坂本 詐欺は伝統工芸じゃないぞ。
少年 わかってますよ。
坂本 犯罪だぞ。
少年 わかってますって。
坂本 さっきの親子も言ってたろ。そりゃ……かなり嘘入ってたみたいだけど……。誠実で、正直なのが取り柄だ、みたいなこと。いいか。世の中はそういう人たちの方が好感を持たれるんだ。だからあの親子も必死でアピールしてたじゃないか。
少年 悪く言えばバカ正直、とも言いました。
坂本 …………。
少年 じゃあ良く言えば何なんですか。良く言ったってせいぜい、正直、誠実、真面目って感じでしょう。
坂本 それでいいじゃないか。
少年 嫌なんです。
坂本 だから何が。
少年 正直に生きるのが。
坂本 …………。
少年 そうですよ。嫌になったんですよ、正直に生きるのが。今の世の中、本当に正直者が得する時代ですか。
坂本 それは……、
少年 さっきの親子のこと……坂本さんは疑いましたか。
坂本 え?
少年 さっきの親子が、ちゃんと父親がいて、生活に困ってもなくて、嘘付きで要領が良くて、水商売をする気だって全然ないんじゃないかって、疑いましたか?
坂本 ……疑わなかったよ。でもそんなことはおれは知らない。どうでもいいことだしな。同情したのは君の方だろ?
少年 そうです。彼女たちは面接で嘘をついて、同情を誘って採用されようとしたんです。
坂本 ま。それも詐欺の一種だな。
少年 でもぼくはそれの方がいいです。面接で、正直に、家は裕福でお金に困ってもいません。不真面目でいい加減で、雑で、約束をよく忘れます、そう言った場合、ぼくは採用されるでしょうか。
坂本 されないんじゃないか。
少年 でも正直なんです。それじゃ嘘を付いた方が得じゃないですか。
坂本 何を今更。だからおれは詐欺師をやってるんだよ。
少年 だからぼくもなりたいんです。
坂本 だからなあ……。
鈴の音が聞こえる。
坂本 お、高木が帰ってきたかな。
少年 え?
鈴の音が、だんだん大きくなる。
窓から高木が入ってくる。
高木 ただいま帰りました!
唯 ただいま帰りました。
唯がめちゃくちゃなファッションになっている。
高木とそっくりだ。
少年 ゆ、唯ちゃん……。
高木 これからは親子探偵で頑張っていきたいと思います!
唯 思います!
高木 真実を追い求め、真実を暴く!これが探偵の仕事だ!なあ唯!
唯 うん!
高木 時には嘘を付かねばならぬ時もある。しかーし!それは全て真実のため!
唯 真実のため!
少年 ちょっとちょっと!
高木 うん?
少年 探偵は嘘は付いちゃ駄目でしょ。そんな、詐欺師じゃないんですから。
高木 な〜にを言ってるんだ。嘘が駄目なら、「あなたは探偵ですか?」って聞かれたらどうするんだ!正直に答えるのか!?
少年 そ、それはー。
坂本 いや、お前は聞かれることはないと思うから大丈夫だ。
高木 さあ、所長。次の仕事は。
坂本 ああ、そうだったな。確か昨日受けた依頼がここに……、
坂本、机から書類を取り出す。
坂本 これだ。
高木 では早速行って参ります!
高木、窓から出ようとする。
坂本 こら!ちゃんと書類読んでけ。
高木 は、そうですね。
高木、唯と共に座り込んで読み始める。
坂本 そんなとこで読むなよ……。ったく。
少年 坂本さん。
坂本 ん?
少年 明日はお教え願えますか。
坂本 だから教えることなんてないって。
少年 ぼくは詐欺師になりたいんです。
高木 んー?詐欺師ー?
少年 あ、
高木 詐欺師はな、うん。詐欺師はいいな。
少年 は?
高木 人を騙すのが詐欺ならみーんな詐欺師だ。嘘付いてない人間なんかいないぞ。この世に。
少年 そう……ですか?
高木 君も詐欺師か?
少年 はい!
高木 お前も詐欺師だよな。
唯 うん!
高木 所長も。
坂本 当然だ。
高木 いいぞ、詐欺。面白いぞ。でもな、人間正直が一番だ!
唯 そうなの?
高木 浮気を隠すと痛い目見るんだ!よく覚えとけ少年!
少年 何かあったんですか。
高木 うう……純子……。
唯 帰って来て欲しいならそう言えばいいのに。
坂本 逃げられたのか……。
高木 うう……。
少年 坂本さん。ぼくは正直に生きるのは嫌ですよ。
坂本 正直者は損するからな。でもな、嘘付きが得するとは限らんぞ。
高木 そうだ!嘘はバレたら痛い目見る!
少年 つくづく実感篭もってますね、高木さん。
高木 私は二宮だ!
少年 え?あ。そういえば……。坂本さん。
坂本 何だ。丸山。
少年 丸山って……。
坂本 (笑って)所員を多く見せる手だ!遠藤、菊地、小野、丸山、滝田に田中に武田に加藤。高木に高田。みんな探偵所員だ!
少年 せこい……。
高木 私の本名など忘れてましたでしょう。
坂本 いいんだ高木!君は高木だ!なあ、美紀ちゃん。
唯 唯です。
坂本 気にするな。楓ちゃん。さあ、早く仕事に行け!
高木 んじゃ行って来ます、唯、行くぞ。
唯 うん!高木さん!
高木、唯、窓から出ていく。
坂本 どうした、加藤。
少年 いや、世の中っていろんな人がいるんだなって……。
坂本 頭痛いか。
少年 ちょっと。
坂本 バファリン飲むか。
少年 結構です。
電話が鳴る。
坂本 はい、坂本探偵事務所。……はい。はい。もちろん。……はい。で、お時間は?……はい、では明日?……はい、(メモを取りながら)では明日午前十時に。……駅を出て真っすぐです。コアラのマークの看板を目印に。……はい。九時から開業しております。……はい。……はい、では失礼します(電話を切る)おい、遠藤。これからは電話は君が取るんだぞ。
少年 はい。
青野、出てくる。
少年 あ、青野さん!
青野 探偵は、
少年 え。
青野 真実を追い求める探偵はどこ!?
青野、去る。
少年 ……いいんですか、あれ。
坂本 知らん。
少年 高木さんだって真実を追い求める探偵じゃないですか。
坂本 理想と現実のギャップさ。
少年 そうですね。
坂本 嘘と本当のギャップさ。
少年 え?
坂本 詐欺師と探偵の違いだよ。
少年 そんなもんですか。
坂本 そんなもんだよ。
少年 坂本さん。明日は何時にくればいいんですか。
坂本 君はどこに住んでるんだ?
少年 家出してきたんですって。
坂本 ああ、そうか。じゃ、ここに住むか?
少年 いいんですか?
坂本 どうせおれの自宅も兼ねてるしな。あ、でも布団が……。
少年 大丈夫です。
坂本 え?
少年、机の裏(リュックを置いたとこ)に行く。
少年 ちゃんと持って来ましたから!(布団を取り出す)
坂本 そ、それあのリュックに入ってたのか?
少年 はい。あ、枕も。
坂本 謎だな。
少年 嘘です。
坂本 解決方法がないぞ。
少年 気にしないで下さい。
坂本 …………いや、しかし……
少年 気にしないで下さい。
少年は言いながら生活必需品を次々と取り出す。
坂本 (首をかしげながら)やっぱりバファリン飲んでくるわ……。
坂本、去る。
少年 よし。これで全部かな?
少年、リュックをひっくり返す。
落ちてくる写真。
少年 あ。
少年、写真を拾う。
少年 結局見せられなかったなーこの写真。ま、これからもチャンスはあるか。
少年の携帯の音。(着メロで)
少年 あ、お母さんだ。(電話を取る・音楽)もしもし。……うん。弟子入りしたよ。そう、詐欺師、坂本五郎。間違いなかった。昔、お母さんを騙した結婚詐欺師だよ。ぼくのお父さんだよね。……うん。思ったより単純な人だよ。詐欺師は騙されやすいってほんとだね。……お母さん、ぼく、いつかお父さんみたいな人になるからね。お母さんがずっと忘れられなかったお父さんみたいに。……何でー。ほんとじゃん。(笑って)……うん。ぼくが立派な詐欺師になったら会いにいくよ。それまで待っててね。
少年、写真をポケットに入れて去る。