あなたの代わりはどこにも居ない─12

 9月1日土曜日。
 九龍は皆守のアパートで床に座り込んでいた。皆守が器用に自分の足に包帯を巻きつけているのをじっと見守る。
「……やっぱ間に合わないのか……?」
「ん? あー、歩くのはちょっとな」
 青野は強かった。
 夕薙と2人がかりでもきつく、結局皆守も助けに入った。
 全員が負傷してようやく、だ。
 殺すつもりならもっと早く何とかなったかもしれない。多少の傷をものともしない奴は厄介だ。
 青野は他に捕らえられていた生贄と共に警察に突き出されることになった。それもそれで言い訳が大変だったはずだが、野放しにするのも恐ろしかったのだろう。復讐に来られる可能性がある。全員が、ハンターという名の犯罪者だ。
 生贄として殺す覚悟はあっても、さすがに直接手をかける勇気は誰にもなかったらしい。
 九龍たちは結局逃げた。娘の証言もあったのだろう。生贄代わりに捕まっていた皆守は、何とずっと娘の部屋に居たらしい。そこで交流してたのか。何なんだ、それは。
「……ごめん」
「は?」
 それよりもまあ、皆守の負傷が今は大事だ。
 人より圧倒的に治りの早い皆守だが、負傷した足で戦ったせいか、いまだ歩くのが辛い状態らしい。病院には行っていない。銃創など見られるわけにはいかない。ロゼッタから医師を呼ぶことも出来たが、夕薙の治療以上のことも出来ないだろうと判断していた。実際、皆守の力なら放っておけばあと数日で治るだろうとは言われている。
「……や、だって、実習出れないんだろ」
 実習の開始は明後日。
 松葉杖付の実習でも別にいい気はしたが、それ以外にも酷い状態ではある。皆守は結局実習を断ったらしい。
 教師になるための、それを。
「留年とか……になるのか?」
「あのな」
「いや、一応おれのせいかって思ってるんだよ、おれも……!」
 夕薙に言われていろいろ考えた。
 九龍は、皆守が危険な目に合うかもしれないことを承知でバディとして連れてきている。それは確かだ。だが、そこにあるのは、皆守なら大丈夫だろうという勝手な信頼で、大丈夫じゃなかったらどうするかなどまともに考えたこともない。
 いまだに、おれは一般人だと主張し続ける皆守。
 単に贖罪のつもりで付き合ってくれているのだとしたら。
「……まあ、あれだ。これでお前の夢が潰れたとかそんなんだったら、責任取るから」
 そして数日考えて──九龍としては本当に珍しく真面目に考えて──出した結論はそれだった。
 皆守は訝しげに九龍を見ている。
「っていうか、ホントはずっと思ってたことなんだけど、ちゃんと言ったことなかったし、ええと、まあこの機会にいいか」
「……何をだ」
 だらだらと遠まわしに語る九龍に、皆守がうんざりしたような声を出す。
 お前、いきなり決意がくじけるようなことを。
「甲太郎」
「……ああ」
「──おれと、組んでくれ」
 真面目に。この上もなく真剣な表情で言った。言えた、はずだ。
 皆守はしばしそんな九龍を見つめて、ぼりぼりと頭をかく。
「考えてたって、それかよ」
「おお。ってか前にも言っただろ。お前がふらふらしてるとこをバディに引きずっていく予定だったって!」
「おれは一応教師を目指してるわけだが」
「だからそれが予想外過ぎたんだよ! でもまだなってないんだからいいだろ。天秤にかけろ」
「……お前」
「ちゃんと考えたからな? でもまず、お前が教師に向いてるとは絶対に思えないし──いや、ほら能力や性格的にはともかく、毎朝同じ時間に起きて出勤とかだぞ。お前が一般人に混じるの何か反則な気がするし」
「九龍」
「もう1個、重要なのも考えた。大和に言われて考えた」
 呆れたような表情だった皆守が、少し真剣な顔になった。
「……おれは、お前が怪我しても傷ついても構わない」
 蹴られた。
「お前っ、怪我した足でやんなよ……!」
「やかましい。ここは蹴っとくとこだろうが」
 お互い座った姿勢からだったので、そもそも大した力は入ってないが。
「いや、だからっ、危険に巻き込むとかも、まあお前ならいいかっていうか、いや待て、だからな」
 振り上げられた足を九龍は無理矢理つかんだ。痛みが走ったのか、皆守が顔をしかめる。
「お前の力が欲しいんだよっ!」
 叫ぶように言って、ようやく皆守の動きが止った。
 はぁ、とため息をつきながら足を下ろす。ちょっと、何か血滲んでないか包帯。
「……まあ、いいけどな」
「いいのか!?」
「……教師よりは面白そうだ」
 皆守は笑っていた。
 血が滲んだままの包帯を無視してズボンもはかずにアロマに手を伸ばす。
「……何だ、じゃあ天秤じゃなくてもいいのか」
「大学卒業までは待てよ?」
「えぇー。何で」
「それぐらいはしないと親がうるさい」
「お前、親居たのか」
「当たり前だ」
 アロマの匂いが広がる。
 何だか妙に久しぶりの気がする。
「あと、実習は来週からだ」
「……は?」
「一週延ばしてもらった。実習なんかいつやったって問題ないしな」
「……あ、そう……」
 明後日の実習に間に合わないとわかっただけで。
 もう教師になれないのかと頭を過ぎっていたというのに。
 まあ、それならそれで好都合とも思ってなかったわけではないが。
「……ええと、それじゃあ卒業後、よろしくお願いします?」
「……ああ」
「あ、どうせ大学通うんなら、英語ぐらいやっといてくれよ。それと運動して体力付けろ」
「…………」
「返事しろ、こら」
 そっぽ向いた皆守に、九龍はため息をつく。
「……そういえば」
「ん?」
 話題を逸らすためなのか、単に思いついたのか、皆守は九龍の言葉に答えないまま問いを出す。
「結局、今回は任務失敗ってことか?」
「あー……だって、秘宝はもうな……いや、待て、あるのか? お前、知ってるのか……?」
「これだろ」
 皆守はごく普通に──側にあったズボンのポケットから何かを取り出した。
「……ひ、秘宝……?」
「らしいな、一応」
「お前、これどこで……!」
「庭に埋まってたぜ? あのお嬢様じゃ、遠くに捨てに行くのは無理だろ。自分の部屋から見える位置に埋めて、見張ってたらしいな」
「お前……」
 それまさか、行方不明になる前に見つけてたとか言わないよな?
 ああ、いやお嬢様のとこでも自由に動いてたなら、その間に掘り返したって可能性もあるのか。
「で、お前はこれをどうする?」
「…………」
 力を発揮するには、生贄の必要な秘宝。
 九龍は迷わず言った。
「ロゼッタに送る!」
 これで任務達成!
 皆守の手から取り上げてゲットトレジャーと叫ぶ九龍に、呆れた顔をするかと思ったが意外にも皆守は笑っていた。
「……だろうな」
「ま、ロゼッタなら大丈夫だろ。それに、これはあの場所でしか使えないんだろうしな」
 遺跡の奥の祭壇の場。
 あの家がこれからもあの場にあり続けるのかどうかはわからないが。
「あ、それともロゼッタ信用出来ないか?」
「………いや」
 少し間を置いて、皆守は言った。
「お前が信頼してるとこなら、信じてやるよ」
「…………」
 おう、と思わず小声で呟いた。
 ああ、これが多分──相棒だよな。
 ──今日だけは、茶化さず真面目に。
 多分数時間で破られることになる誓いを頭に浮かべながら、九龍もつい、笑いを漏らしていた。


 

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