終われない

 目が覚めると、洞の中だった。
「……ん?」
 七代千馗は、目を瞬かせながら辺りを見回す。ひらひらと舞う紅。秋の洞。
「……燈治ー?」
 壁にもたれて座っていた七代は、ゆっくりと体を起こしながら、姿の見えない友人の名を呼ぶ。
「弥紀ー。巴ー?」
 誰も居ない。
 何の声も聞こえない。
 友人たちの姿がないのを確認したあと、七代は思い切って声に出した。
「鍵ー? 鍵さーん、おーい」
 秋の洞でナビゲーダーを努めてくれている神使。頭に響くあの低い声が、全く聞こえてこない。
「……どうなってんだよ」
 自分はいつここに来たのだろうか。
 あれ、今日何してたっけ。
 まとまらない頭を右手でがしがしかきながら、何気なく扉を開く。
 隠人の出現。
「っと……!」
 そりゃそうだ、考えなしにも程がある! と自分に突っ込みながら武器を構えようとして気付いた。
 自分は、何も持っていない。
「あ、あれ……?」
 射的ライフルも木刀も。
 傘でも何でもいい、何か武器……!
 慌てて近くの小石を拾い上げ、敵に向かって力を込めて投げつける。上手く弱点には当たらない。弱い敵だが、さすがに一撃で倒すには至らなかった。
「あ、そうだ」
 水鉄砲をここに置いてたっけ、と何気なくそこにあったそれを取り、無事隠人を消滅させていく。
 情報が吸い込まれる感触。いつもの通り。いつもの……。
「あ……」
 どこか現実感のない雰囲気。
 唐突に現れた武器。
「これ、夢か」
 気付けば別の部屋に居た。
 ここはどこだったろう。少なくとも秋の洞ではない。テレポートなどするはずもないから、やはり夢。ほら、証拠にいつの間にか水鉄砲は射的ライフルに変わっている。
 最近はずっとこれを使っていた。
 花札は揃いつつある。終わりが近い。
 ああ、そうだ、花札を全部集めたら自分は死ぬ。
 どうすればいい、いっそ逃げたいなどとずっと考えている。
 だからって夢の中まで洞に居なくてもいいのにな。
 七代は自分に笑いながら扉に手をかける。
 そこには、何故か零と白が居た。
「あ……」
 違う。
 駆け寄っても、2人の姿が近付かない。
 もう、全ては終わったんだった。










「あー……」
 鳴り響く携帯の音に、七代は目を覚ました。
 真冬だというのに汗びっしょりだ。ああ、コタツの中で寝ちゃったのか。
 もそもそと手だけ伸ばしてコタツのスイッチを切る。
 次に携帯を取ろうと手を動かすが、どこにあるのか、さっぱり手に触れてくれない。
「うー……」
 意味のない唸りを発しながら、七代は何とか起き上がる。同時に、携帯がするりと落ちる気配がした。ああ、体の上に乗ってたのか。
「……もしもし」
 取る寸前に確認した名前は、相棒のもの。
 寝起きを隠そうともしないその声音に、相手が呆れたような声を出した。
「……休みなんだからいいだろ、寝てても……」
 冬休みに入り、七代は羽鳥の家を出てアパートで一人暮らしをしていた。
 この先のことはまだあまり考えていない。前の高校は既に退学してしまっているし、OXASに戻るよりは、ひとまず鴉乃杜で卒業してしまおうかと、それぐらいだ。封札師としての仕事を続ける気はある。というより、今更それ以外の進路も思いつけない。それでも、しばらく休みたかった。カミフダのことも花札のことも考えたくない。思い出したくない。
 なのに何度も、時間が巻き戻ったような夢を見る。
 自分は、後悔しているのだろうか。
「……あー、10分後ぐらいで」
 相棒からの電話に適当に返事をして電話を切る。昼食の誘い。もうそんな時間だったか。
 のそのそと起き出して台所で顔を洗う。寝癖がついているだろう髪には適当に水だけつけておいた。前日の服のまま、七代は着替えもせずに家を出る。
 あれ以外の選択肢は、あったのだろうか。
 歩きながら考えるのは、結局そのこと。
 忘れたいのに。だから羽鳥の家も出たのに。
 いっそのことどこかもっと遠くに行ってしまうべきなのかもしれない。
 任務で地方に派遣でもされれば。
 七代は自分の右手に目を落とす。常時着けているグローブ。そういえば、零はこれをつけていただろうか。七代の中では、封札師用のそれをつけて、七代に向かってくる姿しか思い出せない。
 結局ああなるのなら、戦わなければ良かった。
「あれ? 七代クン?」
「ん……?」
 唐突にかけられた声に顔を上げれば、そこに居たのは武藤いちる。冬休みに入っているというのに何故か制服姿だ。そういえば、そもそもこれは前の学校の制服で、今は戦闘服だとか言っていたか。
「よー。仕事か?」
「ううん、今日はお休みだよ。OXASも大分落ち着いてきたし、あとは次の任務がくるまで待機だってさ」
 なら何で制服姿なのだろうか。
 ひょっとしたらあまり服がないのかもしれない。
 七代もほとんど体一つでこの地にやってきた。買い足した服は最低限でしかない。
「そっか…。何か任務来るまで暇だな」
「ねー。やっぱ私も転校しちゃおうかな」
 明るく笑ういちるについ笑みを返す。そのまま何となく一緒に歩き始め、ついでに昼飯にも誘った。どうせ燈治と行くなら、いつものカレー屋だ。
「いちるはまだしばらくここに居るのか?」
「んー、どうかな。私たち任務次第だもんね」
 いちるがちらりと右手に視線を落とす。七代と同じグローブ。そういえば、編んでいたという手袋はどうなったのだろうか。いちると、七代と──零の分。3人お揃いで着けることは、叶わなくなった。
「どっか行きてぇなぁ……」
「えっ、そうなの?」
「ここに居たってしょうがないだろ……」
 思い出すだけだし。
「……そうだね……」
 もう任務は終わった。花札は消滅した。自分に出来ることは、何もない。
「あ、壇クン居たよ」
「何だ、武藤も一緒か?」
「おー。どうせカレーだろ?」
「まあな」
 合流した燈治とカレー屋に向かって歩き出す。
 鴉乃杜に居続ける理由なんて、考えてみればただ友達が居るからとか、そんなものかもしれない。










「七代」
 背後からの声に、七代は椅子に座ったまま振り向いた。
「おー零。悪ぃな……ってまた焼きそばパンかよ!」
「……嫌だったか?」
「たまにはカレーパンとか……だからんな悲しい顔すんなって……」
 受け取ったそれにがっくりしていると、横で燈治が笑う。
「文句あるならお前が買ってくりゃいいだろ」
「いやいや、買って来たいっつったのこいつだからな!?」
「迷惑だっただろうか……」
 しゅんとなった零に、声をかけるのは燈治の方。
「放っとけ、こいつ今日放課後呼び出し食らってて機嫌悪いだけだ」
「お前は零のフォローばっかだな、畜生」
 零が七代と燈治の間に置いた椅子に座る。何となく昼休みの教室内で定位置となっている場所。
 パンにかじりつきながら2人と話していると背後の扉ががらりと開く音がする。完全に全開されたのがわかった。冷たい風が入ってきて慌てて振り向く。
「おーす、もう食べてる?」
「そこ寒いっ、早く閉めろって!」
「うわ、何よこの教室。空気悪すぎでしょ。窓開けるわよ」
「って、おい巴ー!」
 入り口前で元気に挨拶をしたいちるを追い越して、巴が窓を開きに行く。教室内の生徒のブーイングなどおかまいなしだ。ちょうど風の通り道になる七代は一瞬震えて思わず体を庇った。
「寒ぃよ巴ー」
「これぐらい我慢しなさい」
「弥紀ー、巴を何とか……って、あれ、弥紀は?」
「来る途中、部の後輩に捕まってたわよ」
「後から追いつくって。あー! 雉明くん焼きそばパンだ!」
「ああ……武藤はカレーパンなんだな」
「だって焼きそばパン売り切れなんだもん! ここの購買、なくなるの早すぎだよー」
 唇を尖らせて凹むいちるを見て、零は自分の手に持ったパンに目を落とす。
 とりあえず先に突っ込んだ。
「さすがに食べかけ渡すのは止めろよ?」
「……駄目なのか」
「あはは、いいって! それは雉明くんのなんだし! さあ、それより早く食べちゃわないと! 今日グローブ持ってきたんだー。壇クン、あとで屋上でキャッチボールしない?」
「この寒いのにか? ……いいけどよ」
「そういや、今日は白来てないのか?」
「ああ。清司郎さんと食べに行くらしい。だから、今日のおやつは用意しなくてもいいと」
「言われなくてもしないけどな」
「たまにはしてやれよ」
 これはおれのだ、と宣言しながら零の買ってきたうまい棒を食べる。
 まあ大半奪われるんだけどな。零も絶対わかって多めに買って来てる。それが証拠に今日は数が少ない。
 そしてあらかた食べ終わった頃に、ようやく弥紀が駆け込んできた。
「お帰り。遅かったわね」
「ごめんっ、いろいろ、聞かれてたから、部の、引継ぎとか、あんまり出来てなくて……っ」
 走ってきたのか息が切れている。巴の隣に座った弥紀は横からいちるにお茶を出されて一気飲みしている。
「はぁー……美味しい」
「でしょでしょ? それ、外で買ってきた奴なんだ!」
 弥紀の言葉にいちるが嬉しそうに声を上げる。
 弥紀は、楽しげにいちるたちと言葉を交わしたあと、ふと七代に目を向けた。
「……ん?」
「何か、不思議だなって」
「……何が?」
「雉明くんといちるちゃんが転校してきて……みんな一緒に卒業出来るのが」
「…………」
 あれ、そういえば何でそんなことになったんだっけ?
「千馗のおかげだね」
「…………」
 あー………。
 七代は無意識に宙を仰ぐ。
 また、夢か。










「……だからな? 何かもう、このままじゃ終われない気がしてきた」
「……それはおれも同感だけどな」
 鴉羽神社の前に、七代は燈治と並んで立つ。
 冬休みも終わり間近。慌しくこの家を出てから、訪れるのは今日が初めてだった。
 正直、まだ清司郎には会いたくない気持ちがある。だけどどうせ学校が始まれば、朝子には会う。これ以上避けていたって仕方ない。
「……万黎の目的も、結局よくわかんねぇしな」
「万黎……?」
「そっちはまあ御霧に頼んで筑紫さん越しに何かわかんねぇかなと」
 花札は消滅した。
 もう今更何をやっても無意味かもしれない。
 だけど七代には、まだ引っかかっていることがあるから。
 まだやり直せる道があると。そう言われてる気がしたから。
「あ、ぬ、主さまー!」
 神社に近付いた七代に、最初に目聡く気付いたのは鈴だった。
 泣きそうな顔で七代に飛びついてくる。
「あー……えっと、お久しぶり? た、ただいま?」
 どう言おうか困って、思わず助けを求めるように燈治を見てみる。
「? 何やってんだ千馗」
「あー……えっとだな……」
 そういえば、燈治には神使が見えていない。
 ああ、でも確か前にちょっと話したことはあるはず。
「……これから説明する。全部。お前にも、みんなにも」
 とりあえずは清司郎と……鍵に、聞きたいことがある。
 きっとまだ、終わりじゃない。何度も夢に言われている。
「だから、協力頼むぜ、相棒」
 燈治が一拍置いて任しとけ、と笑うのを聞きながら、七代は鈴も連れて神社の中へと向かって行った。


 

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