フォローしたい

「もうっ。何で4日も気付かないのよ。だから携帯はいつも持ち歩きなさいって言ってるでしょ!」
「仕方ないやろ! 確認する用事もなかったらわざわざ見ることもないんやから!」
「千馗きゅんからメールが着てるかも! とか思わないの!」
「メールがあったら音でわかるやないか!」
「それでも確認しちゃうのが乙女心ってものなの! 大体持ち歩いてなかったら意味ないじゃない! ホントに千馗きゅんからメールきてたらどうするの!」
「……どうせ、戦い終わってからはそんなことあらしまへん。もう呼び出す理由もないんやから」
「……あのねカナめん」
 ずんずん言い合いしながら歩いていた2人は、そこで足を止めた。目的地に着いたのだ。
「だったら何でこの間カナめんだけ呼び出されたと思ってるのよ!」
「た、たまたま他の人が空いてなかったんやろ!」
 思わずそんな怒鳴り合い。
 言いたいことはこれではないのに。
「ほら、どっちにしたって千馗きゅんは今でも洞に潜ってるんだから!」
 連絡は来るかもしれない。
 新宿御苑の灯篭の前で、そう言ったミカに、要は僅か俯いた。
「……連絡きてたらどないしましょ」
「……だから、探しに来てるんでしょ」
 ようやくそれに気付いたか、気付きたくなかったのか、暗い顔になった要に軽くため息をついて、ミカは灯篭をコン、と叩いた。
 4日前、七代の付き合いで洞に潜ったあと、要は携帯をなくした。探しても見付からず電話をかけても繋がらず、もう心当たりはこの場所だけだった。七代からの連絡が入っていたかもしれない、と思って気持ちが焦りだしたのか、思い立ってからここに来るまでは早かった。
「んー……」
 要が灯篭に手をかけ、必死で押しているが動かない。この灯篭は結構な大きさがあり、その下にある入り口を出すのはいつも七代や燈治たち男性陣の役目だった(絢人が手伝ったことはない)。
「蒲生っ、あんたも手伝いなはれ!」
 苗字で呼ばれた。
 その意味は深く考えないことにして反射的に返す。
「もうっ! ミカって呼んでよ! 大体こんなでっかい灯篭、女の子だけで動かそうってのが間違いなのよ!」
 言いながらも手をかける。
 ずっ、とほんの少しだけ動いた音がする。
「やだ、重いっ」
「真面目にやりなはれ!」
「そんなこと言ったってえ……ぬおおおおおお!」
 本気を出したらつい野太い声が出た。
 恥らう間もなくずずずずっ、と灯篭が大きく動き入り口が見える。
「……や、やったわ」
「……や、やれば出来るやないの……」
 一応要も手伝っていたのか、すぐ側にその顔があった。
 2人で視線を合わせて入り口の穴を見下ろす。
 よりにもよって、要が携帯を落としたのは夏の洞。
 もっとも、敵の攻撃力が強い場所だ。
「……じゃあ、」
 行くわよ、と覚悟を決めて言いかけたとき。
「あれ、要にミカ?」
「え……?」
「あ……」
 突然聞こえてきた声に、2人は同時に顔を上げた。
「千馗きゅん……?」
「千馗はん……」
 七代千馗。
 いつものようにだらしなく歩いてきた男が、ミカたちを見て驚きの顔を向けていた。
「あ、ほんとだ……2人ともどうしたの?」
「何だ、お前らもその下に用か?」
 その後ろには弥紀。燈治。
「七代…やはり白も連れてきた方が」
 そして雉明零。
 よく見る組み合わせだった。
 最後の零の言葉に、七代は振り向きもせず不機嫌に返す。
「いいんだよ、おれよりお菓子に夢中な奴なんか放っとけ」
「拗ねてんのかお前」
「うるせえ!」
 言い合いながら近付いてきた七代たちはミカたちの前で足を止めた。
「……あんさんら、何してますの」
 要が思わずぽつりと漏らした台詞に、七代は首を傾げる。
「こっちの台詞だろー。お前ら、2人だけで潜るつもりか?」
「ちょっと探しものよ。カナめんが携帯落としちゃって」
「ちょっ、ちょっとミカ!」
 やはり知られたくない失態だったのか、要が焦った声を出す。
 今更だ。
「んじゃ、おれたちと一緒か」
「え?」
 七代が背後の弥紀に顔を向ける。弥紀はちょっと困ったように笑っていた。
「昨日ここで携帯落としちゃって…。ちょっと探してくるって言ったんだけど……」
「弥紀一人に探させる気か! と巴が怒って、用事で抜けられない巴の代わりにおれたちが派遣されたってわけだ!」
「そこは自分から言い出せよ…」
 呆れた燈治のツッコミもいつものこと。
 七代は気にもせず、ぽん、と要の肩に手をかけた。
「じゃ、行くか。要はおれの方に来い。燈治、零とミカのこと頼……い、いや、零、2人のことは頼んだぞ!」
「ああ……負けない」
 零は頷いてそう返した。
「ちょ、ちょと千馗はん、何やの!?」
「ええ? ミカみゅんも千馗きゅんとがいいー……!」
 引きずられていく要と弥紀に一瞬戸惑いつつ、ミカはそう大声を上げた。









「まあその、勝負っていうか、どっちが敵いっぱい倒して? ついでに携帯見つけられるかーみたいな」
「敵を倒した方と携帯見つけた方どっちが勝ちなの、それ?」
「さあ? 一応メインは敵で携帯はおまけだったけど。まーとりあえずミカは携帯探してくれ」
「……千馗きゅん、テンション落ちすぎ」
「せっかくの両手に花が……!」
「私も花だろうがっ!」
 千馗とミカのそんなやり取りを、要は一歩引いたところで眺めていた。結局強引にミカは弥紀と位置を変わり、こっちの方が慣れたメンバーだからという燈治の言葉もあって、弥紀は零と燈治と一緒に別の層に潜っている。
 お前もミカと零2人の世話は嫌か、と七代が言ってミカにどつかれていた。七代はどうにも一言多い男だ。冗談まじりに本音だから性質が悪い。…と、巴が言っていたのを聞いたことがある。
「っとー、次の部屋敵出るよな。2人とも頼むぜ」
「あ……」
「任せて千馗きゅん!」
 要の返事は待たず、七代は部屋に飛び込んだ。現れる敵を的確に、最小限の動きで倒していくのを要はただ、眺める。手助けは必要なさそうだった。
 ならば、せめて携帯を、と地面に目を落としたとき、ミカの悲鳴のような声と共に突然腕を引かれた。
「あ痛っ」
「何やってるの! ここは罠があるんだから隠れなきゃ!」
 ミカの腕の中に抱き込まれる。ばしゅっと風を切る音、何かが突き当たる音がすぐ側を過ぎる。
 そうだ、ここは。
 上を見上げた。銃を構えた像は真っ直ぐにこちらを狙っているようだった。
 要はミカに謝って、少し離れて灯篭の影へと隠れる。
 ちらりと七代に目を向ければ、後ろの様子など気にしてないかのように突っ走り、ちょうど最後の敵を倒しているところだった。
 ふっ、と緊張感のある空気が解かれる。
 封札の完了だ。
「よっし、終わりー」
「お疲れさま」
「携帯あった?」
「これから探すとこでしょ」
 せっかちなんだから、とミカが笑って七代に近付いている。要はそこから目を逸らし、再び視線を落とす。
「あ……」
 そして、砂にまみれたそれを見つけた。
「ん?」
「あ、あったの!?」
 拾い上げる仕草に気付いたのか、七代とミカも駆けて来る。
 そこにあったのは要の携帯。
 そうだ、この場所で罠を避け──その時の同行者であった義王にぶつかっていたことも、思い出した。
「そうや…あん時や…」
 あのとき、罠を忘れていたのは義王の方だった。だが義王は、それでも反射神経だけでそれを避けた。ただ、慣れない要との同行で、要の動きの方を読み違えた。
 ……地面に転びまでしたのに、どうやら忘れていたらしい。
「おおっ! 思ったより早かったな! これ絶対勝ちだろー」
 七代は大喜びでその要の腕を取る。一瞬びくりとしたが、七代は無遠慮に携帯を眺めたあとは、すぐさま笑顔で中空を見上げる。
「どうだ鈴! あっちはまだだろ?」
 そして誰か──おそらくは、ここの案内を務める神使──と会話をかわしている。
 神使の声は聞こえないため、七代が独り言を言っているようにしか聞こえない。
 要は携帯の砂を払いながら、その様子を眺めていた。
 携帯は──既に充電が切れている。
「よっし、OK。じゃ、あとは討伐数だな。行くぜ2人とも!」
「あ……」
「ちょっと! 待ってよ千馗きゅん!」
 どうやら携帯探しは勝利に終わっているらしい。
 そしてまた、振り返りもせず七代は先に向かう。
 あのとき…携帯を落としたときも、そうだった。七代は背後で起こった物音を全く気にしていない。あるいは聞こえていないのかもしれない。
「もうっ、相変わらずなんだから! 少しはこっちのこと見てくれてもいいじゃないの!」
 追いかけながら文句を言うミカに、要は足が止まりそうになる。
「? どうしたのカナめん」
「……やっぱり、見てくれてまへんなぁ……」
 必要なのだろうか、意味があるのだろうか。
 戦いが終わってからも呼ばれることは確かにあった。だけど、強くなった七代は、もう仲間のスキルに頼ることもない。
 何故、自分は呼ばれるのだろうか。
 自分が……行きたいと思っているから、なのか。
 次の部屋の前で立っていた七代が、ゆっくり歩いてきた要を不思議そうに見ている。
「どうした? 次行くぞー」
「千馗きゅんが早すぎるの!」
「お前らバディならちゃんと着いて来い!」
「……先に行ったらええやないの」
 いつものノリの七代に、思わずぼそりと呟いた。
 ミカと七代がぎょっとしたように言葉を止める。
「あ、あれ? お、怒った? ごめんなさい着いてきてくださいお願いします?」
 途端に言葉が謙虚になる七代は、やはりノリの域を超えてない。
 本気では……ない。
「あんさんなら一人でも……大丈夫やろ」
 自分の相棒は零の方に行かせて。まさかハンデのつもりなのだろうか。
 そんなところにまで考えが及んでいた要に、七代は大声で叫ぶ。
「いやいやいや! 一人はさすがに危ないマジで! ってかごめんって! ただのノリだからさっきの!」
 どうやら本気で慌ててるらしい七代に少し驚く。ただのノリ…そんなことはわかっていた。八つ当たり気味に突っかかっただけだ。
「えー、でも千馗きゅんなら一人で大丈夫そうよ? さっきも全部一人でやってたしー」
「その代わりしょっちゅう罠受けるけどな!」
「………」
「……おれホント前しか見えてないんだもんよ……」
 フォローが居ないと怖すぎる、と苦笑いをする七代。ああ確かに……後ろを見ないということは、味方だけじゃない、敵も見えていない。
「だから助けてくださいお願いします」
 少しだけ真面目な顔で、それでもふざけた口調はやめられない七代に、要はふっと肩の力を抜く。
「……仕方ありまへんな。ちゃんと……後ろは見とるさかい」
 先に行きなはれ。
 そこまで言うと、ようやく七代はほっとした顔になって前を向いた。隣に並んだミカに少しこずかれる。
 要はもう、それにも目を向けることなく、じっと七代の戦いぶりを見つめていた。










 一方その頃─




 ぱちぱちと火の燃える音を耳元で感じる。
 熱くはない。
 いや、熱いのかもしれないが少なくとも零はそう感じない。
 うっかりすると踏み抜きそうなもろい板の上を歩きながら、零はゆっくりと辺りを見回した。
「おい、何やってんだお前!」
「雉明くん、危ないよ!」
 声が聞こえて、そちらを振り返る。
 見下ろして目に入った2人に向かって零は微笑んだ。
「大丈夫だ。ここからなら、よく見えるから」
 探し物は高いところからの方がいい。
 零の持論。
 特に人の姿は、同じ目線になると紛れてしまう。上から見れば、より多くの人物を視界に入れることも出来る。今回の探し物は、人ではなかったが。
「余計見辛くねぇか? っていうかそこ、燃えてんだろ!」
 燈治が叫んだと同時に、ぶわっと零の隣で炎が膨らんだ。
 しかし、やはり熱くはない。
 零が居るのは燃え盛る家の屋根の上。それは燃え尽きることなくいつまでも燃え続けている。「燃えている家」という情報なのだ。「燃え尽きた家」にはならない。
 それを伝えて、零は炎を無視して再び歩く。探し物は、弥紀の携帯。見たことはある。
 屋根の上からは大通りがほぼ全て見渡せたが、それらしきものはなかった。
「雉明、一旦降りろ、ここにはねぇだろ」
 やがて、橋の向こうを探していた燈治たちが戻って来て言った。頷いて屋根から飛び降りる。
「もっと先かな? 水の中に落ちてたらどうしよう…」
「何か心当たりねぇのか? どこかで携帯使ったか?」
「ここは携帯使えないから……あ、でもハンカチ出した気がする」
「じゃあそのときかもな。どの部屋だ?」
「もっと先かな。でも自信ないから……」
「ま、どうせ通り道なんだから、探しながら行きゃいいだろ」
 燈治はそう結論付けると、次の部屋へと足を向ける。
「……雉明。先頭はお前だろ?」
「……ああ」
 黙ってやりとりを聞いていた零は、その言葉を待って燈治を追い抜いた。
 扉を開こうとしたとき、鈴の声が頭の中に響く。
 ……七代が、要の携帯を見つけたと。
「? どうした雉明」
 動きの止まった零に、燈治が不思議そうに問いかけてくる。
 携帯を探す勝負は負けた。
 そう言うと燈治は少し笑った。
「あー、そうか。残念だったな。まぁ、あっちの方が探しやすいし、しょうがないんじゃねぇか?」
 携帯をなくした場所、を正確には覚えていない。だが、入った洞なら2人とも覚えていた。要は第一階層、弥紀は第一、第二の両方。3人が今居るのは第二階層。確かに、こちらの方が敵も部屋の構成も厄介だ。
 それでも、負けたことが悔しい。
 自分はまだ──七代の隣に並べていないと、強く感じてしまう。
「まあ、だったら次は討伐数だろ? とっとと行こうぜ」
 燈治にぽんと肩を叩かれて零は頷く。
 七代に頼りにされている燈治。
 『零を頼む』と、七代は燈治にそう言う。
 今回も──仕切っているのは、燈治だと思う。
 自分は封札師だから、神使を通じて携帯の通じないこの洞で七代と連絡が取れるから、リーダーを任されているだけだ。
「……負けない」
「おお。行くぜ」
 七代だけにではない言葉を呟いて、零は表情を引き締めた。
 いつか、七代の隣に立つために。
 


 

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