封札師零
『片付きやしたね』
陰人の消滅と共に響く鍵の声。零は構えていた射的ライフルを下ろし、後ろを振り返る。燈治と弥紀は、零の後ろからほとんど動いていない。やったな、という燈治の声を聞いてようやく零は安心したように微笑んだ。
「……随分時間がかかってしまった」
「まあ、初めてだとそんなもんじゃねぇの」
「千馗も最初は結構外してたよ。目の前に居るのに当たらなかったりするんだよね」
「あー、あったな。それに比べりゃお前の方が全然マシだ」
「おれは……七代の戦いをいつも見ていたから」
射的ライフルを構え、無駄のない動きで的確に弱点を突いていく七代。一番初めはパチンコだったか。七代が的を外すとこなど、零は滅多に見たことがなかった。
この2人は、まだ戦い慣れていない頃の七代のサポートをずっとしていたという。やはり、自分もそこに居たかったと今更戻れない過去を思う。だけど今の七代があるのがこの2人のおかげなら、邪魔にならなくて良かったとも思う。
そうしてぼんやり物思いに耽っている内に、燈治と弥紀が顔を見合わせて零に近付いてきた。
「おい、何考えてんのか知らねぇが、さっさとやることやって帰ろうぜ? この部屋でも何かするのか?」
「あ……ああ。確か東の扉で……」
零はOXASから支給されている携帯を開く。いくつか受けたクエストの依頼。最初の依頼がこの部屋だったのは間違いない。確認して、零は辺りを見回した。
「……東は、どちらだろうか」
「おいおい……」
「多分こっち……かな」
「穂坂、お前わかるのか?」
「この部屋のクエストは何度かやったことあるから……確か、千馗が言ってたと思うよ」
「そっか、だとよ雉明」
入ってきた扉を指して、2人が道を開ける。
零はお礼を言って扉の前へと立った。
竹刀を構えて、仕舞う。
何かが辺りに満ちたのを感じた。洞の中で行う一定の儀式で、何かが成就する。
「終わったか?」
「ああ。終わった──と思う」
「じゃあ次行こうか。今度はどこの部屋?」
「この次の部屋だ」
「お前、あのややこしい名前でわかるのか?」
「七代に教えて貰った」
「……何だよ、お前一人でやれとか言ってたんじゃなかったか」
「クエストは秋の洞だけで終わらせろと言われたから。それに──一人じゃない」
再び燈治たちの前に進んだ零だが、言葉と同時にもう1度振り向く。燈治は少し驚いた顔をして、弥紀はそれに微笑んでいた。
「……だな。だったらお前も少しはおれたち頼れよ? さっきも敵に近付き過ぎて危なかっただろ」
武器を使って戦うやり方──封札師としての戦い──に、まだ慣れていない。確かに、一歩間違えれば危なかったと思う。頭の中に、鍵からの忠告もあった。
「今日はおれの拳はお前に預けてんだぜ。遠慮なく使え」
がしっ、と自分の拳を合わせて燈治が笑う。
零は微笑んで、ありがとう、と返した。
「ぬ〜、まだ帰ってこぬのか……」
「いや、入ったばっかだろ」
「お主ならもっと早いであろう」
「そりゃ最近はそうだけどな。最初の頃は酷かったの覚えてないのか?」
そう言うと、白が唇を突き出して唸っている。
焼却炉の前で壁にもたれかかったまま、七代はそんな白を面白く見ていた。
零が封札師として受けた初クエスト。相談されたときは驚いたが、零だって封札師だと言われれば、反対する理由もない。まさかお年玉の話が本気なのだろうかとも思ったが、そこには何も言わないでおいた。燈治がどこかで聞いて突っ込んでくれるのを期待している。
「確かにそうじゃが……奴は札も持っておらんのだぞ」
「元々おれも札とか全然使ってなかった気がするけどな……」
完全に力技だった。札の使い方など知らず、己の肉体のみで戦った。だって、それで何とかなったし。
まあ初めて使ったときはちょっと興奮したけどな。あれは、使うと結構疲れる。
「ここの敵は弱いから大丈夫だって。依頼も吟味したんだぞ」
元々マスターだって、新人封札師に大きな仕事は任せない。秋の洞で、出来る限り簡単な依頼。それは、最初の七代の行動をなぞらせるためでもあった。
よく考えたら、零はこの洞に来たことはほとんどないのだが、それについてはあまり、心配はしていない。なんだかんだで素人の自分でも何とかなっていたし、燈治と弥紀も付いている。零は知らないかもしれないが、燈治はここの敵ぐらいならもう一撃で倒せるのだ。勿論、リーダーは零なので零に従うようには言ってあるが。零だって、自分の力を使えば、同じだろう。それでも、わざわざ七代と同じ戦い方を選んでいるのは、封札師としての戦いを学ぶためだ。武器は、使えるにこしたことはない。クエストには、敵の倒し方で達成が決まるものもある。
「しかし……」
「あー、もううるせぇな。何だ、零を信用してないのか?」
「そういうわけではないっ! ……妾にもわからんのじゃ、この、もやもやする気持ちは……」
心配、だろうか。
あまり感じたことのない気持ちに戸惑っているのだろう。本当はここまで付き合うのも過保護なようで嫌だったが、ああ、おれは白の方に付き合っているんだと何だか納得する。
「……まあ、あんまり遅かったら見に行くって」
携帯通じないんだよな、ここ。
受けたクエストは確か4つ。どれも簡単なものだ。本当はいろいろ自分で試行錯誤して欲しかったが、ついついいろいろアドバイスをしてしまったので、多分自分の最初のときよりも早く終わる。何より、ずっと七代のクエストに付き合っていた燈治たちが後ろに居るのだ。
初めの頃は彼らにアドバイスを貰うことも多かった。
それはこうじゃないかとか、あれはああじゃないかとか。
何だか情けない気分になっていたのもついでに思い出す。
「心配なのって言ったら討伐系ぐらいか? ついつい目当ての敵ばっか追って、囲まれたりとか」
「それはお主じゃろうが」
「だから! 同じことにならないかと思ってんだよ!」
「ふん。零はそんなに間抜けではないわ」
「おおお、いきなりそっちかよお前……!」
あいつ結構間抜けだと思うんだけどな!
おれはそれ以上か!
まあ自分の失態を一番身近で見てきたのは白だ。仕方ないのかもしれない。
「……まあ、なら大人しく待ってろよ。お前があんまり不安がってると零にも伝わるんじゃないか?」
「ぬう……」
それについては心当たりもあるのか、白が扇子を口に当てて俯いた。
じっと見つめる焼却炉の入り口。
まあ、確かに待つのって落ち着かないな。
単純にそれが苦手なだけの七代は、欠伸をして目を閉じる。
目聡く気付いた白には、当然怒られてしまった。
『さあ、お目当てだ』
鍵の声が響いてはっとした。
ゆっくりと辺りを見回して、敵の数を確認。この部屋は、今まで1度くらいしか来たことがない。増えている敵がどれか、わからない。
「鍵……どの敵か、わかるか?」
『さて。そこまでは私の管轄じゃないんでね。後ろのお友達に聞いてみたらどうです?』
敵が動きを開始している。
なめくじのような敵は、先ほど弱点を発見した。浮いている勾玉のような敵は──どこが弱点なのか。左端に見える巨大な敵は、確か左目。
射的ライフルを構える。
目当ての敵は、どう倒せば良かったか。そうだ、木器に倒れん。そのために、竹刀を渡されている。
「おいっ、ぼーっとしてて大丈夫なのか?」
「ここ、見えない敵が居るんだよね……なめくじみたいなのも近付いて来てるよ?」
はっとした。
零には見えている敵が、壇たちには見えていない。
「目当ての敵なら多分あれだぜ?」
「うん、ここは、見えるのはなめくじだけだったはずだから」
それでも、的確に零が今何に迷っているか気付いてアドバイスをくれる。その間にも、別の敵が迫っていた。
「わかっ、た」
返事をしながらライフルを構える。七代はいつも目当ての敵を最初に倒しに行くが、それでは間に合わない。
目の前に迫った敵に向かって弾を撃つが、上手く本体に当たらない。弱点は──。
「うっ……」
「雉明!?」
「雉明くん!」
連続して攻撃を受けた。
大したダメージではない。だが、このままここに居ると倒す前にまた食らってしまうかもしれない。
「大丈夫だ。それより──下がって」
だが、既にほとんど囲まれている。逃げるスペースがあまりない。自分に敵を引き寄せて、後ろの2人だけでも攻撃範囲から逃れられれば。
そう思ったのだが、燈治も弥紀も、下がるどころか近付いてきた。
「壇……」
「目の前にいんだろ? なら、指示しろ」
燈治は目の前の敵を見ているようで、微妙に視線は合っていない。本当に、見えていない。
「……逃げろって指示じゃねぇぞ?」
それは、つまり、
「っ……!」
考える間もなかった。
敵が再び攻撃態勢に入っている。
「壇……! 頼む」
「ああ、任せろっ!」
見えてない敵に、零の指示だけで燈治は拳を振るう。
数匹まとめて巻き込んで──敵は一瞬で消滅した。
「うおっ!?」
「まだ残っている」
思わず燈治を引き寄せた。燈治の真横に来ていた敵の攻撃が宙を掠める。
燈治が慌てた声を上げたが、気にしている暇はない。
今度こそ──。
零はライフルで敵を撃つ。
敵が大きくのけぞった。
「お、やったか?」
音や声は聞こえるのか、燈治がそちらに目を向ける。
零はそのまま何発か銃弾を叩き込み、残るは目当ての敵だけとなった。
「大丈夫? 雉明くん」
ライフルを下ろせば、近寄ってきたのは弥紀。
「ああ……大したことはない」
先ほどの怪我のことだろう。これぐらいならば自然回復するレベルだ。零の頷きに嘘はないと感じたのか、弥紀が微笑む。
「そう……。私の力が必要ならいつでも言ってね? 歌う準備は万全だからね!」
力強く言う弥紀に、もう1度頷きながら零は竹刀を取り出した。零の前には燈治が居る。
「こいつは……それで倒すのか?」
「ああ。木刀の方がいいようだが、七代は持っていないらしい」
「何だそりゃ。……長英に借りてくれば良かったな」
「いや、大丈夫だ」
燈治の前に出て竹刀を構える。
力が漲る。
ただの竹刀が、隠人を倒す武器となる。それが、封札師の力。
「……彷徨う力よ」
向かってくる隠人に呟きながら──零は竹刀を振るった。
「これで、終わりか?」
それから更に2つのクエストをこなして。
3人は秋の洞最初の部屋へと戻っていた。
「すまない、随分時間をかけてしまった」
「まだ言ってんのかよ。気にすんな。おれも好きでやってんだしよ」
「そうだよ。それに、夕飯にはちゃんと間に合うよ?」
冬休みなので、随分早い時間に洞へと入れた。この辺りは部活生も滅多に来るところではないらしい。
夕飯までには帰って来いという約束を守れていたことにはほっとする。
「ま、お前は早く帰ってやらないとまずいかもな。白が心配してんだろ」
「ああ……来ている、ようだ」
「……マジか」
ロープの上を見上げて言えば、燈治が呆気に取られたような顔でそちらに目をやった。
「ふふ、やっぱり心配なんだね」
「ああ……とても、心配されている」
これだけ近付けば伝わってくる。
不安も焦りも、零には既に覚えのある感情だ。
そんな気持ちにさせているのは自分なのに、どこか嬉しくて笑ってしまう。
「……今日は、付き合ってくれてありがとう」
早く帰ろう。
そして、安心という感情を与えたい。
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