待ち合わせてみた

「これで全員かー? その今返したテストで20点以下だった奴、放課後補習な」
 牧村の言葉にあちこちで悲鳴や歓声が上がる。いや、悲鳴なんてほとんどないか。多分数人以内。
 50点満点の小テスト。簡単な問題ばかりだと受ける前に言われた覚えはある。
 七代は自分のテストを眺めて、強張った顔で後ろを振り向いた。
 背後の燈治が、七代の表情に少し驚いた顔をしている。
「何だ、どうした? まさかお前……」
「……15点……」
 社会は苦手だ。一番苦手だ。
 大体、あまり真面目に受けてもいなかった。まさか補習があるとは。
「そりゃお気の毒にな。おれは22点だ」
「ぎりぎりじゃねぇか! くそっ、お前社会は意外にやるよな……」
 どの教科でも燈治に負けるとかあり得ないのに!
 絶対あれだろ、記号問題勘で正解とかそんなだろ……!
「牧村がうるせぇからな。まあ頑張れよ」
「やべぇよ、今日約束あんのに……! 補習ってどれくらいかかる!?」
「さあな。牧村に聞」
「大体1時間は見てもらおうか」
 気付けば真横に牧村が居た。慌てて姿勢を元に戻す。
 間近で見るとびびる。その巨乳は。
「い、1時間ですか……!」
「君たちのやる気次第ではもうちょっと伸びる」
「縮まる可能性は!」
「ないな」
 そういうわけだから部活ある奴は先に知らせとけー、と牧村はだらけた声のままクラス中に伝える。
 七代は呆然と、もう1度返却されたテストを見ていた。
「……あー、くそっ、どうしよう……!」
「誰かとどっか行くのか? メールでも送っとけよ」
「そりゃ送るけど……送るしかないけど……」
 約束の相手は零だった。
 1時間待ってくれって?
 そりゃ言ったら待つだろう、あいつは。
 待ち合わせ場所でただぼんやりと1時間、時を過ごす。それが苦にならない奴だとわかっていても心苦しい。自分に置き換えたら絶対にごめんだからだ。しかも伸びる可能性がある。
「燈治……お前、今日花園神社に行く予定ないか」
「はぁ? 何だいきなり」
「そこでぽつんと佇んでる図体でかい高校生の相手する気はないか」
「……ああ、雉明か……」
「で、そのあと散髪行く予定はないか……!」
「素直に行ってくれって言え。……って、散髪?」
「おう。予約してあるから連れてってやってくれ」
「あいつ一人で散髪も行けないのか? っていうか……伸びるのか?」
「いや、行けるとは思うけどさぁ。心配だろ。主に人の目が」
「まあ、それはな」
「先生にも着いてってあげなさいとか言われたし」
「……ああ、羽鳥先生か」
「で、伸びるのかってのは……え、髪のことか」
「それ以外ないだろ」
「そりゃあ……」
 七代はそこで一度黙った。
「……何で伸びるんだ?」
「おれに聞くな」
 いや、でもあいつらそもそも食事もしてるしな。
 生きてるってことは成長してるってことだ。
「……人形の髪が伸びるって話もあるしな」
「オカルトにすんな」
「話は済んだか?」
「あ……」
 ぼそぼそと後ろを向いて喋っていた七代は、再び動きを止めた。
 気付けば教室は静まり返っている。
「どうしよう燈治。今おれは人に聞かれちゃまずい話をしてたな」
「今そういう場合じゃねぇだろ!」
 燈治の叫びと同時、ぼこどこんっ、と頭から重い音が響いて七代は燈治の机に突っ伏した。
 今、なにで叩かれたおれ。
「痛ぇな! 殴る前に口で注意しろよ!」
 燈治は元気だ。慣れてるな。
「もう1発食らいたいか?」
「ごめんなさい先生、ごめんなさい」
 完全に巻き込まれそうな七代もとりあえず謝る。燈治も渋々といった感じではあったが、謝罪した。まあ悪いのは自分たちだ。仕方ない。
「ま、『七代に免じて』お前の追加補習は勘弁してやるよ。七代は覚悟しとけ」
 牧村が燈治に向かってそう言う。
「……はい……」
 完全に最初から話を聞かれていたようだ。
 とりあえず、燈治まで放課後拘束されることはなくなったようだが。
 ああ、勉強は嫌いだ……。
 集中してみようとしても耳から流れていく牧村の説明に、七代は閉じそうになる瞼を必死で持ち上げ続けていた。










 雉明零は、送られてきたメールを確認するように何度か開き、現在の時間を確認したのち、ゆっくりと閉じた。
 約束の時間より1時間早く来ていた花園神社。
 七代が想像した通り、零は人を待つのが苦ではない。
 行き交う人々を眺めているのは好きだ。待ち合わせという大義名分があるのなら、不審者にもならない。
 そう七代に言われたことがある。
 それでも、あまり早くに家を出るなとも忠告されている。早い時間に制服姿だと、また警察に声をかけられる可能性がある。それより何より「その方が待つ時間長くなるぞ」の七代の言葉から言って、七代は待つのが嫌いなのだと思う。だから零は、七代を待たせないためにも早く向かう。そしてこの時間を楽しむ。
 待つのが嫌いな七代は、立ち止まることもしないから、一緒に行動すれば人を眺める余裕はない。
 迷いのない七代の後姿は頼もしく感じると同時に、少し寂しい。誰かを待つのは楽しいことだと、伝わってはいないようで。
 そんなことを考えながら再び携帯を開く。
「17時20分……」
 待ち合わせの時間から、随分時間が経ってしまっている。
 補習が入ってしまったから、代わりに燈治を送ると、メールには書かれていた。
 燈治は──ルーズなのだろうか。
 そういえば彼と待ち合わせをしたことはない。
 こういうときは電話やメールをしてみるべきなのかと迷いながら携帯を眺めて俯いていたとき、微かに聞き覚えのある声が耳に入った。
 顔を上げて辺りを見回す。
 見当たらない。
 だが、確かに聞こえた。壇燈治の声。
 今度は零は上を見上げた。
 探し物は、高いところからするのがいい。
 木に登るのは……駄目だと言われた。確か巴に。七代は面白がっていたが。
 とりあえず手近なところで階段を上ろうとしたとき、また、声が聞こえた。
 一瞬見えた姿は、確かに鴉乃杜の制服を着た燈治の姿。
「壇……」
 燈治がこちらを見た。
 目が合った。
 そして──そのまま駆けて行った。
「……壇?」
 待ち合わせに、来たのではないのか。
 零に一言も声をかけることなく、燈治は行ってしまった。これは、どういうことだろう。
「待ちやがれっ!」
 燈治の後を、今度はおそらく寇聖の制服を着た生徒たちが駆けて行く。
 燈治を、追っているようだった。
 どういうことだ。
 燈治と待ち合わせをしているのは零ではないのか。燈治は逃げるように去って行って──。
「……そうか」
 駆けて行った男たちは敵意に満ち溢れていた。
 燈治は、追われている。
 七代の友達を傷つけさせるわけにはいかない。
 零は男たちの後を追って、自分も駆け出していた。










「壇」
「っ……雉明!? お前、何でここに」
 来る途中に絡まれた。それは、自業自得なのだろうと燈治は思う。覚えはなかったが、かつて燈治が喧嘩を売って叩きのめした相手だったらしい。今日は仲間が多かったようで、強気にこちらに向かってきた。普通に相手してもきつい人数だ。約束もあるため、その喧嘩を買うわけにはいかなかった。せめて、遅れることを零に連絡出来たら良かったが。
「……絡まれているのか?」
「あー、絡まれてるっつうか……」
 結局まこうとしている内に待ち合わせ場所に着いてしまい、零と目が合ったときは慌てて逸らした。仲間だと思われれば巻き込まれる。そんなわけにはいかない。一旦離れて人気の無い路地裏に来たことで、開き直って相手をするため立ち止まった。10人近い男たちに囲まれて、燈治は拳を握り締める。
 事件のあと、いまだ残る花札の力を使うつもりは当然ない。無傷では済まないだろうし、勝てる保障もなかったが、自分で蒔いた種。ここできっちりけりをつけようと。
 だが。
「おいっ、何だてめぇ! そいつの仲間か!」
「仲間……そうだな。大切な人の仲間で、友達だ」
 堂々と男たちの間を通り、零は燈治のすぐ側に立った。男たちは戸惑っている。こんなタイプを相手にするのは初めてだろう。
「雉明……これはおれの喧嘩だ」
「ああ……。だから、おれたちの喧嘩でもあるのだろう?」
 零が言う。
 それが、七代から教えられたことなのだろうか。
 燈治は思わずその答えに笑う。
「へっ……後悔すんなよ。お前を守る余裕はねぇぞ?」
「大丈夫……おれが守る」
「おまっ……」
 向かってきた男への対応が一瞬遅れた。
 だが、次の瞬間には目の前の男が飛ばされ、背後の男に激突している。
 零の、蹴り。
 初めて見た。
「……なるほど。頼りになりそうだ」
 少し呆気に取られたが、直ぐに気を取り直して前に出た。
 男たちは怯んでいる。
 今更遅い。
 売られた喧嘩は、買うまでだ。
 燈治と零が、ほぼ同時に踏み出した。










「……怒っていいか?」
「……あー、今は顔痛い。勘弁してくれ」
「殴っていいか、とは言ってねぇ!」
 結局やっぱり長引いた補習を何とか終わらせて学園を出れば、何通も入っていた零からのメール。
 補習中は牧村に没収されていて気付かなかった。
 ついでに、散髪屋からの着信もあった。時間になっても来てないと。
「来れないならもっと早く連絡しろって怒られたじゃねぇかよ」
「悪かったな。雉明には一人で行けっつったんだが」
 怪我した燈治を置いていけなかったらしい。
 ちなみに零も結構殴られたらしいが、見た目は綺麗なもんだ。自己修復したのだろう。……あいつホントに散髪必要か?
「あー、でも結果的には良かったかもな。イケメンの友人楽しみにしてたのに、とか言われちゃったし」
「何だそりゃ」
「おれの行きつけの散髪屋なー。すげぇ綺麗なお姉さんがやってんだよ。しかも姉妹!」
「お前……だからこんな遠くに来てたのか」
「おお。零は先生と同じとこに行く予定だったんだけどな。おれと同じとこがいいとか言うからさぁ」
「なるほどな……」
「今度お前にも紹介してやろうか。あ、でもお前も微妙だな……いや、でも千馗の友人イケメンばっかりー、とか喜ばれるのもそれはそれで……」
「……おれは行きつけのとこあるからな」
「何だよ、興味ないか?」
「……ない。……つったら嘘になるが」
「よし、絶対紹介してやんねぇ」
「何でだよっ!」
「零、お前も別のとこにしとけ……って、離れすぎだお前は!」
 後ろを振り向けば、きょとんとした顔で着いてきていた零が首を傾げる。
 会話に口を挟まず横でにこにこしているのはいつものことだが、あまり離れられると寂しく見える。零が。
 零がそう思っていなくても、七代は自分がそう思ってしまうと駄目だ。何とかしたい。
「お前も言いたいことあったら言えよ? 放っとくとこいつは勝手に自分の判断で突っ走るぞ」
「自覚はあるから突っ込むな」
「自覚あっても駄目だろ、それは」
 立ち止まった七代と燈治に、零が小走りに近付く。
 燈治の台詞を聞いて、少し決意したように言った。
「七代」
「おお」
「おれも、美人姉妹のところがいい」
「…………」
「…………」
 そんな馬鹿な。
 横で燈治は爆笑している。
 どうしよう。どう判断したらいい、コレ。
「…………おう」
 呆然としたまま、七代は頷くことしか出来なかった。
 今度は白に怒られそうだと。
 何故か根拠もなくそう思った。


 

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