盗賊団が盗賊やってる話
日が暮れてきた。
人通りが少なくなり、ビルの明かりも消えていく。
光の届かない路地裏にたむろする数人の男たちが、だらけた様子で立っている。鹿島御霧はその中で一人、苛々しながら何度も表通りを振り返っていた。側に座り込んでいた紅一点の女性が、膝を抱えた姿勢で腕に顎を乗せている。
「んー、オカシラ、来ないネー」
「全く。何をやってるんだ、あいつは……」
携帯を開く。数分前に送ったメールに返信はない。電話をかけてみるか。だが、こんなところで大声を出すわけにはいかない。会話をすれば、間違いなく自分は怒鳴りかかるだろう。
自分が場所を移動するか、と思ったとき、ようやく光の中に見慣れた影が見えた。堂々と表通りを歩いてくる男は、御霧たちに目を向けても、偉そうに突っ立ったまま近付いても来ない。仕方なく、御霧は小走りに義王の方へと向かった。
「遅いぞ義王。早く行かないと間に合わない」
出来るだけ落ち着いて声を出す。敵のアジトはすぐそこだ。気付かれるわけにはいかない。
「あぁ? 何言ってんだ。まだここにお宝はあんだろ? 今から行きゃいいじゃねぇか」
「人の話を聞いてたか!? 一時間後に、お宝は取引現場に向かうんだ。そこを狙うと言っただろう!」
声を抑えて、それでも思わず怒鳴ってしまった。
わざわざ警備の堅い事務所に入り込むこともない。目当ての品物がそこから離れる時間の情報が手に入ったからこその今日の計画だ。だが、義王はそれを鼻で笑う。
「はっ、弱ぇ奴らから分捕って何が楽しいんだよ。お宝が目の前にあんのに、わざわざ待つ必要はねぇ」
「おいっ、義王!」
言いながら本当に事務所の方へと向かってしまった義王を慌てて追う。さすがに気になったのか、待機していたアンジーたちも駆け寄ってきた。
振り向いたのは御霧だけだ。義王は迷わず中へと入っていく。
「どうしたの、ミギー。オカシラ、行っちゃうヨ?」
「……手遅れだ……」
はぁ、とため息をついて御霧は部下たちを見渡した。
「い、行っちまったんですか?」
見ていただろうにそんなことを言う男たちがざわつきを見せる。
助太刀に、と騒ぎ出すのを制して御霧は言った。
「俺が行く。お前たちは裏口に向かって逃走経路を確保しろ。この辺りは警察もうろついてる。アンジー、表は頼んだぞ」
「vale!(了解!) 行くぜ、野郎ドモ!」
「大声を出すな……!」
アンジーに連れられて男たちが動いて行く。それを見送る間もなく、御霧も中へと飛び込んだ。既に義王が暴れているのか、入り口付近には倒れている男も居る。奥からは悲鳴や罵声も聞こえてきた。義王の笑い声はよく響く。とりあえず問題はなさそうか、と御霧は影から部屋の中を覗き込んだ。群がる男たちを弾き飛ばし、楽しそうに武器を振るう義王は、本当に前しか見ていない。背後から──静かに義王に向かって銃を向けた男にも、気付いていない。
御霧はその場から動かず、弓を構える。あの震える手で義王に当たるかどうかはわからないが。距離が近い。
「何だ何だ、もう終わりか? 物足んねぇぜ、お前らっ!」
義王の叫びと同時に、弓を引いた。
「ぎゃあっ……!」
「んん?」
振り向いた義王が、矢の刺さった腕を押さえて倒れている男と、その背後に居る御霧に気付く。義王が面白そうに笑った。
「何だ、結局てめぇも来たのか」
「考えなしに一人で突っ込むなと何度も言っただろう。大体、お宝はこの部屋じゃない」
「おう、とっとと案内しろ」
「っお前は……! 何のためにおれがここまで調べてると、」
「それがてめぇの仕事だろうが」
案内しろ、と言いながら御霧を追い越してしまった義王が、腕を組んだまま偉そうに言う。御霧は再びため息をついた。
「……こっちだ。こうなったらとっとと手に入れてさっさと出るぞ」
足早に義王を追い越し、扉に手をかける。次の瞬間、どんっ、と中から大きな振動が響いた。
「オイオイ、自分で自分の事務所壊してちゃ世話ねぇぜ」
内側から蹴られたらしい。しかも突き破られてる。義王が反対側から蹴り返し、開きかけてたドアが吹っ飛んだ。中にはいつの間に集まってきたか、大して広くもない部屋に10人近い男たちがひしめいている。狙いがばればれだ。
「……こうならないために、おれがわざわざ、」
「あぁ? 何ぶつぶつ言ってんだ? さぁ、行くぜっ!」
聞く気など全くなさそうな義王がドア近くに居た男をまず吹き飛ばす。あの小さな体でどこにそんなパワーがあるのか。御霧はドアの側を動かず、ただその戦いを見守る。力仕事は義王に任せておけばいい。
「てめえらっ、何者だっ!」
あらかた片が付いたころ、ようやく男の1人が叫んだ。
「あぁ? このバンダナが見えねぇのか! 鬼印盗賊団頭目鬼丸義王様とはおれのことよっ!」
「何ぃ!?」
「き、貴様ら……!」
お約束の反応を眺めながら、御霧は倒れた男たちを避けつつ部屋の奥へと踏み込む。
「それぐらいにしとけ。お宝は手に入れたんだろう。そろそろ脱出するぞ」
「ちっ、ったくやりがいがねぇぜ。御霧、もっと強ぇ奴はいないのか?」
「わざわざ余計な手間を増やそうとするなっ、今日のところはこれで──」
言いかけた言葉が思わず止まった。
義王の空気が変わる。睨みつけるように見ている前方に、思わず視線をやった。
先ほどまで御霧が居たところ。廊下側からゆっくりと入ってきた2人の男。
明らかに風格が違う。
「……だから、とっとと逃げろと言ったんだ」
「何だぁ、あいつらは?」
勿論知っている。
この組織内でも一番の武道派。
わざわざ偽の情報で、この2人を誘き寄せる罠まで作っていたというのに、義王のせいで台無しだ。
だが、義王は嬉しそうに笑っている。返り血のついた頬をぬぐって、武器を握る手に力を込める。
「……あまり時間はかけられないぞ」
「何分だ」
「5分だな」
「上等だっ!」
飛び出す義王。
迎え撃つ男たち。
御霧は一歩下がり、静かにそれを見守っていた。
「へー、なるほど。洗えば綺麗になるもんだな」
「おい、乱暴に扱うな。いい加減返せ」
「これはオレ様が手に入れたお宝だぜ。欲しけりゃ奪い返すんだな」
「全くお前は……!」
血まみれになってしまった美術品を、どれだけ気を遣って洗ったと思っている。
渡すんじゃなかった、と思いながら御霧は義王の前の椅子に座った。
盗賊団のアジト──という名目の寮の一室。ごちゃごちゃと積まれた強奪品の中に、義王が手にしたものもどうせ直ぐに埋まる。御霧はそれを取り返すのはひとまず諦めて、義王に向かって手を出した。
あん? と義王が訝しげにその手を見る。
「右手を出せ。お前、ろくに治療もしてないだろう」
暴れるだけ暴れて、外でも喧嘩を起こし、どこで傷つけられたか右腕は血まみれだった。元は大した怪我でもないだろうに、自分で傷口を広げてしまっている。
「こんなもん放っときゃ治る」
「鬼印盗賊団の頭が、あの程度の連中に傷つけられたと思われちゃ困るんだよ。いいから出せ」
右手を取ろうとすれば、子どもみたいに手を上げて避ける。しかも笑っている。
ああ、面倒だ。
「オカシラー、ミギー、こっちは終わったヨー」
能天気な声は背後から聞こえてきた。
怪我をした部下のことはアンジーに任せていた。病院に行くほどの者は居なかったはずだし、手当てが済んだのだろうと御霧は頷こうと振り向く。
「全く、あれぐらいで怪我するなんて情けない野郎ドモネ! ダイジョーブ、きっちりオシオキしといたヨ!」
「ちょっと待て」
いや、別にいい。
お仕置き自体は好きにやればいい。
病院沙汰だの面倒なことにならないなら構わない。
だが、御霧はそんなつもりで指示していない。
参謀の意見が間違って伝わるのは問題ではないだろうか。
どうすれば彼女に正しく意味が伝わるのだか。あえて曲解してる気もしないでもないが。
「あれ? オカシラも怪我したの? 血、いっぱい付いてるヨ?」
そこでアンジーはようやく義王の腕に気付いたのか、覗き込んで目を丸くしている。
「はっ、怪我が怖くて喧嘩が出来るか!」
「オォ! かっこいいネ、オカシラ!」
「いいのか、それで……」
手を叩いて盛り上がるアンジーに呆れつつ、御霧は立ち上がった。今なら油断している、と思ったが、やはり腕を掴もうとした手はかわされる。
御霧はそのまま上着の方を奪い取った。
「うおっ、何しやがる」
「怪我はともかく、制服が破れてるのは問題だろう。盗賊団の威信に関わる」
「ったく、うるせぇな、テメェは」
義王はそれでも面白そうに笑っていた。
奪い返されなかった上着を持って、外へと向かう。
アンジーとすれ違いざま、低い声で言った。
「義王のことは任せたぞ」
これで、手当てとなるかお仕置きとなるか。
御霧は結果を見ずに扉の外へと去って行った。
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