挑戦状
『挑戦状』
妙に丁寧な字で書かれたその紙をシグレはキセルをくわえた
ままぼんやりと見ていた。
オボロの机のど真ん中に置かれたそれはオボロ宛なのだろう
か探偵事務所宛なのだろうか。どちらにせよ、これを読むのも
捨てるのもオボロの仕事だ。自分にはひとまず関係ない。
シグレは机の上から目を逸らすと部屋の奥のソファに座る。
壁を背にして再び机の上に目をやった。
オボロが帰ってくるのは夜になる。フヨウとサギリも一緒ら
しいと聞いたがよくわからない。自分はちょうど王子と共に出た遠征から帰ってきたばかりだ。
……誰からだろうか。
……そもそもいつから置かれていうのだろうか。
暇にあかせてつらつらと考える。
結局数分して、シグレは立ち上がった。めんどくさそうなら
元に戻しておけばいい。
シグレがその挑戦状に手をやる寸前、突然背後から高笑いが
聞こえてきた。
「わーはっはっはっはっは! オボロ! 約束の時間だ! さ
あ勝負だ!」
聞き違えようもない甲高い声にシグレは脱力して机に肘をつ
いた。「ん? どうしたシグレ!」とそのままのテンションで
叫ぶレーヴンにシグレは振り向きもせず声を絞り出す。
「お前かよ…!」
「何がだ」
シグレは目の前の挑戦状を取るとそのままレーヴンに向かっ
て放る。よく考えればそれ以外考えようがないくらいに当たり
前の相手だったが、予想外の丁寧な字に完全に騙されてしまっ
た。
「ああっ! オボロの奴読んでないな! おいシグレ、オボロ
はどこにいる!」
「知るか」
「隠すとためにならんぞ!」
「…いや、マジで知らねーって」
オボロはどうやらビッキーに伝言を頼んだらしかったのだが
、ビッキーの話は
あまりにも要領を得ず、オボロから伝言を預かったということ
ぐらいしか
わからなかった。見かねたルセリナにフォローされたものの、
ルセリナ自身も側で話を聞いていたわけではなく、わかったの
はおそらく夜まで帰ってこないこと、フヨウとサギリも一緒ら
しいという曖昧なことだけだった。
「まあ…明日には帰ってくるんじゃねーの?」
夜には、と言いかけて止めた。そんなことを言えば夜にもう
1度襲撃を食らう。
明日と言っても大して違いはないかもしれないが。
「むう…奴め、逃げたか!」
「帰ってくるっつてんだろ」
思わず強く言い返すと、それまでそこに居ない相手に向かって怒鳴っていたレーヴンが、はっきりとシグレに目を向けてきた。
「貴様は奴の味方か!」
「……当たり前だろ」
一瞬躊躇ったが、オボロたちがこの場にいるわけでもない。シグレは素直にそう返す。レーヴンはそれに何故か満足そうに笑うと先ほどつき返した挑戦状をシグレに向けてきた。
「ならば! 俺様と勝負しろ!」
「……は?」
「どうせオボロはまともに勝負をしないからな、自分の部下が負けたとあれば俺様の挑戦も受けざるを得まい!」
何故そうなるんだろうと思いつつも、シグレはレーヴンを見つめながらぼんやり考える。
勝負、とはそのまま戦うという意味でいいのか。正直この場で一対一で戦うならレーヴンに負ける気はしない。窓から差し込む光で部屋の中は明るい。まだ当分日は沈まない。薄暗いところに逃げられると厄介だが、勝負をかけてきている以上逃げることもないだろう。そういえば今は紋章をつけてないな、と少し物騒なことにも考えが及び始めシグレは頭を振った。本気で戦ってどうする。
「おい! 聞いているのか!」
答えないシグレにレーヴンが痺れを切らしたように叫ぶ。さて、何と答えるべきなのか。おれの負けでいい、とでも言えばいいんだろうか。オボロはいつもそう言ってるがそれで相手が帰った試しはない。大抵なんだかんだでしばらくその場に居つくのだ。何だか改めて、この男の相手をしているオボロは偉大だと思う。
「お前さ」
「何だ」
とりあえず答えをはぐらかそうと声を出すと、そのまますんなり続きが浮かぶ。
「ひょっとして暇なのか?」
「……」
あ、黙った。
何だか珍しいものを見たな、と思うと同時に少し愉快になる。何だかんだで今こうやって相手をしている自分も暇なのだ。
「暇ならちょっとおれの仕事手伝わねぇ?」
「仕事?」
大した仕事ではないが面倒そうなのでサギリが帰ってからにしようと思っていたが、この男が居れば手っ取り早い。
何故俺様が、と言っているレーヴンに対しシグレは頭をかきながら言ってみる。
「あー…えっと、ちょっと厄介な仕事なんだよ。俺一人じゃ無理だし。お前なら出来ると思うんだけど」
「わーはははは! そういうことか! 俺様に任せろ!」
即座に高笑いで反応したレーヴンにほっとするべきか呆れるべきか。
目的も告げてないのに既に外に向かっているレーヴンをゆっくり
追いながらシグレは考えていた。