修行

 フレッドとリコがその人物を見つけたのは、日も昇りきってない朝早い時刻だった。まだ人影もほとんどなく、店も閉まっている。いつも入口に立っているセシルの姿もなく、代わりに犬が一匹そこで眠っているだけだった。リコと共に階段を降り、朝の早いバーツに挨拶をして、ジョアンの姿がないことを確認する。じゃあ外に出るか、とフレッドが再び階段を上がろうとしたとき、リコが大声を上げたのだ。
「フレッドさま! あれ!」
「ん?」
 フレッドと、ついでにバーツも振り返る。3人の目に、湖の前でうずくまる人物が映った。肩の動きが細かい。息を切らしているような感じだ。
「どうした! 大丈夫か!」
 フレッドが大声で叫ぶ。ほとんど同時に駆け出していた。リコも一瞬遅れて後に続く。バーツはどうしようか少し迷うような素振りを見せたあと、小走りに追う。遠目からも気付いていたが、そこに居たのはルビークの虫使い、フランツだった。



「駄目です! イクさん今日は居ないみたいです!」
 突然耳に入ってきた大声に、フランツは目を覚ました。イク、の言葉に反応したのだろうか。目を開けたフランツを見てリコが駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫ですか。あ、あれ、タオル取っちゃったんですか?」
「タオル…?」
 テンションの高いリコに対し自分の呟きがやけに気だるく聞こえる。事実そうなのかもしれないが。フランツの横に立っていたフレッドがこともなげに答えた。
「ああ、こいつが頭を振って床に落としてしまったんだ」
「だったら何でもう一回乗せてあげないんですかー! フレッドさま、おれがちゃんと見てるって言ったじゃないですか!」
「ちゃんと見てただろう! タオルもちゃんと拾ってここに置いてある!」
「看病をしてくださいよー! フランツさんは病人なんですからね!」
 病人……?
 思考が上手くまとまらない中、その言葉を聞いて首を傾げる。少しずつ、朝の出来事を思い出してきた。
「……おれは別に」
 病気じゃない、と言いたかったのだが大声で喋ってる二人には全く聞こえなかったらしい。この音量を破る声を出すのはさすがに億劫だ。仕方ないので収まるのを待つことにしてフランツは部屋を見渡した。
 船の中の一室だろう。倒れる寸前医務室には連れて行くな、と言ったのはどうやら聞いて貰えていたらしい。そもそも病気ではないのだから医者のもとに連れて行かれても困るのだが。
「この部屋は…」
「ん?」
 ちょうど会話が途切れたときだったのか、フランツの声を聞き取ったフレッドがこちらを向く。反応が返ってくるのは予想外だったが、何となく思ったことをそのまま聞いた。
「ここはどこなんだ?」
「マクシミリアン騎士団の部屋だ!」
 答えは早くて簡潔だ。
「……つまり二人の部屋ということか?」
「そうだ」
「……ベッドは一つしかないが」
 フランツが今眠っているベッドだ。
「リコは床で寝るから大丈夫だ」
「……お前」
 当たり前のように言い切ったフレッドに何と言うべきかわからない。呆れる方が先か怒った方がいいのか。ふとリコの方に目をやればリコはにこにこしながら頷いていた。
「ええ。でもフレッドさまも大体は床で寝るんですよ。ベッドだといざってときに動きにくいんだそうです」
 武器も側に置けないからな! とフレッドが続けている。何となく、何も言えなくなった。代わりにリコの顔をじっと見つめていると突然その視界が遮られる。フレッドだ。
「それよりもう大丈夫なのか? 医者はイクセに出てるが看護婦の方は残ってる。医務室に行きたくないならこちらに呼ぶが」
 リコを隠したのは無意識だろうか。声は無駄に大きいが口調は優しい。フランツはそれに小さく首を振った。出来れば起き上がりたいところだったが、疲れよりも眠気が体を支配している。徹夜だったので無理もないが。
「でもイクさんも多分夕方までは帰ってきませんよ? 私とフレッドさまもそろそろ修行の時間ですし……」
「何、もうそんな時間か」
「修行…してるのか、お前たち」
「当たり前だ! 悪の芽を摘むためには日々の鍛錬が必要なのだ!」
 騎士団、とはそういうものなのだろうか。
 そういえばゼクセンの騎士団もカマロ自由騎士団も毎日集まって修行をしている風景が見られる。逆に、例えば傭兵たちなどは鍛錬をしている様子などほとんど見せない。一緒にいることもほとんどないようだ。一度聞いてみたところ、日々の生活そのものが鍛錬だ、と言われた。なるほど確かに傭兵の仕事はそれをこなすだけで十分なのかもしれない。実戦的な力は、そこで身に付く。
「そうだ、こんなことをしている暇はないな! フランツ、眠たかったら夜まではそこで寝とけ! リコ、行くぞ!」
「あ、ま、待ってくださいよ、フレッドさまー!」
「リコ」
「は、はい?」
 慌てて追いかけようとしていたリコを呼び止める。フレッドは既にドアの外だ。
「君は何故修行するんだ」
「え、も、勿論フレッドさまのお役に立つためです!」
「あいつにはそれだけの価値があるのか?」
「か、かち? 価値ですか? ええと、よくわかりませんけど、フレッドさまにお仕えするのは私の小さいときからの使命ですから!」
「リコ、何をやってる! 行くぞ!」
「あ、はい、すみません! あ、フランツさん、お水とかは、そこに全部置いてありますから! 失礼します!」
 早口で言って、律儀に頭を下げたあとリコは出て行った。ばたん、とドアが閉まる音と同時に急にその空間が静かになる。二人が大声で喋っていて気付かなかったが、船の中はこんなにも音がしなかったのか。城内や店のある場所は医務室ですら賑やかなのでまるで別の空間にでも来たかのようだった。
 小さいときからか…。
 静かな部屋の中で、目も瞑ってしまったフランツはただリコの言葉を反芻する。
 そういえば、彼らの関係については間接的に聞いたことがある。リコの父親がフレッドの祖父に仕えていたと。生まれたときから、リコはフレッドに従うよう教育されてきたのだろうか。
 もし自分も。
 本当に生まれたときからハルモニアに居れば、ルビークのことなんて考えもしなかったのだろうか。
 つらつらと考えている内に、フランツは眠りについた。



「フランツ」
「………お帰り」
「びっくりしたわよ、倒れたって聞いて」
「………誰が言ってたんだ?」
「バーツさん。私たちが帰ってきたのを聞いて来てくれたの」
「ルビは?」
「大丈夫よ。怪我もないし大活躍だったわよ」
「そうか…」
 炎の英雄に付いての遠征に今日はルビとイクが行っていた。いや、正確には昨日か。本来は泊まりの予定はなかったはずなので何かあったのかと心配していたのだ。
「で、何をやったの?」
「……別に」
「怪我は細かいものが多いし武器も汚れてたわ。…一人でモンスターと戦ってたの?」
「……………」
 いきなり的確に当てられてごまかすことも出来ずに沈黙する。
 大して、強い奴らじゃなかった。一人で何とかなるレベルの雑魚敵。それでも延々と戦っていれば経験値だけではなくダメージが積み重なってくる。ほとんど一晩中戦い、薬も使い果たして城に帰ってきたところ倒れてしまったのだ。
 フランツはイクを見るが視線は合わない。
「……せめて、私が居るときにやってよ……」
 少しは役に立つんだから、と呟くような声で言われる。フランツは何も言えなかった。もしあのときイクを連れていたら、イクに怪我を負わせることになったかもしれない。それを思うと、約束出来るとは思えなかったから。
 そもそもあんな姿は……あまり見せたいものでもない。
「ねえフランツ」
「……何だよ」
「あなたは、ゲドさんみたいになりたい?」
「……………」
 どうしてイクは、自分の考えていることがわかるのだろうか。肝心のことはちっとも伝わらなかったのに。わかってくれてなかったのに。
「………ああ。……おれに、ゲドさんみたいな強さがあれば…ルビークを守れる」
「……フランツ」
 イクは俯き気味だった顔を上げると、はっきりとフランツを目を合わせてくる。
「ゲドさんだって、一人じゃないのよ」
「………」
「エースさんたちがいるし、あのときだってデュークさんたちが来てくれなかったら……」
「…………」
 フランツは黙って立ち上がると脱いでいた上着だけ取ってドアに向かう。
「ちょっとフランツ」
「……ルビはどこだ」
「……多分広場よ。バズバさんたちと一緒に居たから…」
「わかった」
「…フランツ!」
 ドアを閉める。そのまま振り返らずに歩く。
 イクの言いたいことはわかっている。そんなことは最初からわかっている。だけど。
「お、フランツ、起きたか!」
 気付けば前方からフレッドとリコが来ていた。いつも二人でいる。だがそういえば、この二人が他の者と居るところも見たことがない。
「……ああ、すまなかったな」
「気にするな! 戦士には休養も必要だ」
「………そうだな」
「フッチが帰ってきたから明日は美青年攻撃の練習をするぞ。朝広場へ集合だ」
「え……」
「遅れるなよ」
 フレッドはそれだけ言うと自分の部屋へと帰っていった。リコが頭だけ下げてフランツの側を通り過ぎる。
「………ああ」
 もう聞こえないとはわかっていたが、フランツは何となくそう呟いていた。





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