訓練

 今日も居ない。
 シュンは階段の途中でその事実に気付きこっそりため息をついた。引き返そうかと思ったときルセリナに気付かれ声をかけられる。
「こんにちはシュンさん」
「あ、こ、こんにちは」
 慌てて階段を駆け上がり頭を下げた。そんな大袈裟にしないでください、と優しく微笑まれてシュンはどぎまぎする。
「最近よくいらしてますけど、どなたかに御用ですか?」
「え、まあ、その…」
 シュンはちらりといつもゼガイが立っている場所に目を向けた。番を任されている青年が退屈そうにそこに居る。ここのところゼガイはずっと王子の遠征に付き合っている。何泊かすることも珍しくなく、シュンは最近ゼガイに会えていなかった。
「訓練ですか?」
「そうなんですけどね…」
 この城に来て様々な人に会って、自分はまだまだ実力不足だと実感することが多い。だから、暇さえ見つければ外でモンスターと戦い、ゼガイに訓練をつけてもらうようにしているのだが。
「王子さま、昨日は帰って来なかったんですか」
「ええ…。一昨日の夜は帰ってたんですが」
「そうですか…。次にいつ帰ってくるとかは」
「すみません、そういうのは…」
「ですよね…」
 交易に、モンスター退治にと王子は忙しい。最近は主にモンスター退治のようで、野宿が多くなっている。野宿に慣れたゼガイをずっとメンバーに入れているのもそういうことなのだろう。
「わかりました、ありがとうございます」
 礼だけ言ってシュンは戻ろうと階段に足をかける。そのとき突然外からがしゃん、という音と共に男の悲鳴が聞こえてきた。
「ばっかやろー!危ねぇじゃねぇか!」
 続いて聞こえてきた声にシュンは思わずルセリナに目をやる。問い掛けるような視線に気付いたのかルセリナが言った。
「あの声は……ガヴァヤさんですね。外の方みたいですが…」
 ルセリナが動きかけたので慌ててそれを止めてシュンは「ぼくが行って来ます!」とだけ叫ぶとその場を後にした。それほど緊迫感のある声でもなかった。敵が出たとか、そんなことではないと思うのだが。



「すみません、ガヴァヤさん」
「すみませんじゃねぇ! てめえらホントの武器使ってんのかよ!」
「だからしばらく人近づけるなって言ってたのにー」
「お前が来てどうするんだ。一緒にやりたいのか?」
 城の周りの通路で、剣を持ったカイルとゲオルグ、そしてその側で地面に尻を付いているガヴァヤが居た。シュンが近づくとまずカイルが振り返る。
「あ、シュンくん、どうしたの?」
「いや、声が聞こえたんで…」
「ああ」
 ゲオルグがそこで漸く剣を仕舞った。ガヴァヤに手を貸しているカイルの横をすり抜けてシュンの方に向かってくる。
「最近遠征もないからな。ちょっとした手合わせだ」
 それだけ言うとゲオルグはカイルの方を振り返って言った。
「カイル、やはりここはまずい。いつ人が来るかわからん。遺跡の方なら邪魔も入らないだろう」
「えー、この狭いとこでやるのが良かったんじゃないんですか」
「線でも引いて動ける範囲を決めてやるか?」
「緊張感ないなー」
 言いながらもカイルはゲオルグに付いて歩く。既に立ち上がってたガヴァヤは逆方向に歩きかけて、一度だけ振り向いた。
「カイル! てめぇ、女紹介する約束忘れんじゃねぇぞ!」
「はいはい、わかってますよー」
 後ろ手に手を振るカイルを見て何か言いたそうにしつつも去っていくガヴァヤ。シュンはそれを見届けたあと、自分を通り過ぎて行くゲオルグたちを慌てて追った。
「あ、あの」
「ん?」
「これから…遺跡で特訓するんでしょうか」
「特訓……まあ、そうだな」
「あの、おれも混ぜてもらえないでしょうか」
「何?」
「おれも最近遠征なくて…。ゼガイさんも居ないし」
 言ってからゼガイの名を出すべきではなかっただろうかとも思ったがゲオルグはそれには特に反応せず、ふむ、とシュンをさっと眺める。
「武器は持ってるのか」
「あ、はい!」
「よし、付いて来い」
 指南ぐらいはしてやる、とゲオルグが続ける。早足で歩くゲオルグを慌てて追うと隣にカイルが並んできた。
「覚悟しといた方がいいよー。あの人容赦ないから」
 小声で言われたその言葉にシュンは笑顔で「はい!」と返す。カイルは少し驚いたような顔をしたが笑ってぽん、と背中を叩かれた。
「強くなるよ、キミ」
「そのつもりですから!」
 拳を握って元気な声を出すシュンを、数歩先で立ち止まったゲオルグが不思議そうに見ていた。




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