巡り巡って4

「輸血が必要だな」
「今、取りに行ってます!」
「輸血パックまだあったか?」
「っていうかシャチの血液型なんだっけ」
「あ、おれ一緒だったから、おれの血でもいいっすよ」
「いい。どうせ輸血パックの方が期限ぎりぎりだろ。そっち使え」
 シャチが目覚めたとき、がやがやと辺りからそんな声が聞こえた。うっすら目を開けば、自分を覗き込む船長の顔が見える。
「目が覚めたか」
「あ…船長…」
「治療はこれからだ。まだ気絶しとけ」
「そんなこと言われましても…」
 ローが傷口に触れている。だがあまり感覚がない。麻酔を使われているのか。いや、輸血パックも取りに行ってるところなのに、そんなことはないか。まさか誰か持ち歩いていたのか。
 思った瞬間から痛みが襲ってきた。ただ意識が遅れていただけらしい。歯を食いしばるシャチをちらりと見て、ローが言う。
「内臓までいってるな。取り出すぞ」
「……は、はい…」
 わかってはいても言葉にされると恐ろし過ぎる。見たいような見たくないような気分でシャチはぼんやりと船長の顔だけを見つめ続ける。面白がってるかと思ったが、意外に真剣だ。その手先まで見るには、少し体勢が悪かった。自分はどこに寝かされているのか。横に目を向ければ座り込むローの足が目に入った。どうやら地面らしい。そしてようやくぼんやりと辺りを認識出来る。そこはまだ街中だった。
「どうですか船長…」
「抜き方がひでぇ。次からナイフは抜かずに連れて来いと言っとけ」
「いや、今更言われましても…」
 苦笑する声はペンギンのものだった。シャチがそちらに目を向ければ、気付いたように見返してくる。
「あー、と。刀は無事だ。この間、戦闘になった海賊団居たろ? あいつらがお前運んでくれたんだよ」
「は…?」
 戦闘になった海賊団、など多過ぎて誰のことやらわからない。そもそもなぜ、そんな奴らが自分を助けるのか。
 言葉足らずに気付いたのか、ペンギンが更に追加する。
「船長が一人手術した奴。一昨日の」
「ああ…」
 一ヶ月ほど寝込んでいたという男を、無理矢理攫って手術したのだったか。お宝はきっちり頂いたというのに、海賊団たちはその事実だけにやたら感謝していた。まあ、死の淵から仲間を救ったのなら、当然なのかもしれない。
 そう納得したところで、再び意識が薄れていく。血が足りてない。寝て起きれば、全てが終わっているだろうか。
 だがシャチのそんな顔に、ペンギンが少し慌てたように続けた。
「あとな」
「……ん?」
「そもそもお前の場所をそいつらに教えてくれたってのが、今日懸賞金受け取りに行かせた女」
「え……」
「綺麗な服着てて気付かなかったけど。一旦落ち着けば、無傷で大金手に入ったことに気付いたんだろうなー」
 それで感謝してくれたらしい、とペンギンは笑う。ああ、女は強いな、しかも母親だしな。
 まあ、協力すればまた金がもらえるかもしれないという意図もあるのだろうが。こちらも金を渡すのなんて、共犯にしてしまおうという意味がある。強かな女の方が罪悪感も出なくていい。
 そんな会話をしたいが、長い言葉が出なかった。もっと落ち着いたときに話して欲しいとシャチは思う。意識の薄れかけているシャチに不安になって話し続けているのだとは気付かなかった。
 実際、死ぬ一歩手前だった。
 ペンギンの話すネタが尽きかけたとき、次に意識を引き戻したのは激痛だ。
「痛った……!」
「ちっ、ナイフの欠片まで入ってんじゃねぇか。海賊なら傷の応急処置ぐらい覚えとけ…」
 ローはまだ連れてきた海賊団に愚痴っている。まともな船医も居なかった海賊団だし、むしろ全員に応急手当を教えているハートの海賊団の方が珍しいだろう。それを言うなら、船長が医者というのが一番珍しいのかもしれないが。
「戻すぞ」
「あ、まだ取り出してたんですね…」
 そちらの感覚はないのでわからなかった。そもそも後ろから刺されているので、仰向けに寝かせるために腰付近をがっつり切り取られていたが、見えていないのでシャチには気付けない。傷口も、一つではなかった。とりあえず処置は終わったのだろうかと思ったところで、また辺りが騒がしくなってきた。
「トラファルガー・ロー! お前の首はおれが頂くぜぇ!」
 賞金稼ぎか。
「さっきは上手く逃げ出しやがってよぉ! こうなったら正々堂々勝負だ! おれとタイマン張りやがれっ!」
「……あれが放火犯ですかね」
「らしいな。刀持ってた奴をおれと勘違いしたのか?」
「あの刀は目立ちますから…。でも何か嫌だなぁ、それ」
 同感だ。さすがにあんな痩せこけた盗っ人を船長と勘違いされたくない。
「タイマンって言ってますが…」
「今、手が離せねぇよ。お前、この帽子かぶって刀持って行ってくるか」
「やめてください、マジで!」
 治療はまだ終わってないらしい。ペンギンをローの代わりに行かせようということだろうか。当然ペンギンは拒否して事態は動かない。相手はイラついてないだろうか、今襲われたら自分はさすがに死ぬんじゃないだろうか。
 そんなことを思っていると、今度はその男の悲鳴が聞こえた。
 更に、複数の男たちの悲鳴や呻き。ハートの海賊団のものは含まれていない。
「あいつら…」
「よぉトラファルガー」
 また聞こえてきた別の声は…ああ、あれだ。
 今日懸賞金に換えた生首の主だ。
「……やっぱり賞金換金所襲ったってのはてめぇらか」
 ローは振り向きもせずにそう言った。
 ハートの海賊団たちはローの前に横並びにバリゲートを作っていたが、それを気にせず、男たちはずかずかと近づいてくる。海賊団たちも戸惑い気味に固まっていた。
「当たり前だ! 船長の首、返してもらったぜ!」
 病気の治療をしたあと、船長の首だけ奪い、船員たちは船に置いてきた。後をつけて換金所に持ち込まれるまで待っていたのだろう。海軍がやってこなかったわけもわかった。すぐに襲われたことで、自作自演と思われたのか。
「せこい小銭稼ぎする野郎だと、おれの名前にケチがついちまった。この借りはいつか返すぜトラファルガー」
 男は言いながらもどこか豪快に笑っている。やつれきっていた頃を思うと、本当にこの海の海賊たちは回復が早い。
「今返しても良さそうだなぁ…?」
 反応をしないローに、妙な間が空いたところで、男は言う。
「なんだ、さっきのはカウント外か?」
 ローはそんな答えを返していた。
 そこまで来て、ようやくシャチは気付く。さきほど襲ってきた放火犯たちを叩きのめしたのは、この男たちか。本当に、助けられたようだ。見えていない、動けていない自分がもどかしい。
「ああ? てめぇと話すのに邪魔だっただけだ。ああ、おれたちはこれからポケッ島に行く予定だ。もたもたしてたら、財宝はねぇかもな」
 ポケッ島。隠し財宝があると、この男たち自らが言った島。
「船長ー! 輸血持ってきました!」
 そのときようやく輸血パックが届く。男たちはそれを見て、去って行ったようだった。
「……先越されちゃいますかね?」
「奴らの船は海軍に抑えられてるんだろ。こっちの方が早ぇよ」
 そう言いながらも、シャチの輸血の準備が始まる。自分が遅れの中心となることに、少しやきもきした。










「ねぇ、あれ助けなくていいの?」
 海軍と、ローが治療した海賊団たちの戦闘は、思ったよりも激しかった。海軍戦力が集まる時間があったからだろう。更に海賊団たちは病み上がり。将官以上は居ないようだが、船を取り戻すのに苦労している。潜水艦で少し遠くからそれを見ていたローたちに、ベポが言った。
「そうだなァ」
 ローは顎に手を当てて、刀を抱き込んだままにやりと笑う。
「また助けてやりゃぁ、何か返ってくるかもな」
「これ以上何を奪うんですか…」
 部下が呆れた声で笑っている。
 今回はいろいろな奴らに助けられた。情けが巡るとは、こういうことなのだろうか。ほとんど、意図してかけた情けではないが。
「海軍にもいろいろ情報が漏れたようだしな…。ついでだ。全部潰しとくか」
 ローたちを付けていた海兵はいつの間にか居なくなっていた。あんなわかりやすい気配でうろついていたら、ローたちを狙う者か、今回のような、ローたちを助けたいものかにすぐに目を付けられているだろうが。
「でも大丈夫ですか船長…? シャチの手術、結構きつかったんじゃ…」
「あれぐらいでへばらねぇよ。行くぞお前ら」
 おおお、と海賊団たちが盛り上がる。結局まともに陸地で遊べなかった鬱憤も、ついでに晴らすつもりだろう。
 ローが、柵にもたれかかったまま立っているシャチを見た。シャチもまた、この海の規格外の体力を持つ男だという自覚はあまりない。
「お前もやるか?」
「無理です…」
「当たり前だ。ドクターストップだ」
 じゃあ言わないでくださいよ、と嘆いている間にも船は進む。
 巡り巡ってこの戦いが、次は何になるのだろう。
 少なくとも、悪名だけはまた上がる。
 まあそれもまた、海賊たちのご褒美だった。


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