修行

「ネジー、次はあんたの番よー」
 木の葉の里、小さな演習場にて。 そう言いながら歩いてきたテンテンは にやける顔を抑えようともしていない。
「……嬉しそうだな」
 思わず言ったら、わかる?と返された。
「今日で漸く課題クリアよ!これで次の段階に進めるわ」
 うきうきとクナイを弄びながらテンテンは言った。 ガイ班の修行は、全員に課せられるトレーニングの他に、 個人授業がある。テンテン、ネジ、リーの順で行われるそれは それぞれ自分の得意分野に応じた特訓であった。
「当たったのか?」
 少し、疑い深げに、聞く。
 案の定テンテンは不満そうな顔で睨みつけてきた。
「当たり前じゃない。ガイ先生に武器を当てる、ってのが課題だった んだから。別にガイ先生が動いちゃったとかそういうわけじゃないわよ」
 言いながら、思い出したのかまた顔が緩んで来る。
 1つの場所から動かないガイに武器を当てるだけで、散々苦労 していたのだ。嬉しさもひとしおなのだろう。
「じゃあ次はネジの番ね。ネジも結構今の課題てこずってるんでしょ? 頑張ってね」
 そのまま鼻歌でも歌い出しそうな様子でテンテンはリーのいる方向へと 向かっていった。まだ、全員に課せられた方の修行が終わってないのだ。 最も、これはほとんど体力作りの一環なのでそう難しいものではないが。
 ネジはテンテンがトレーニングを始めるのを横目で見ながら、ガイの 待つ広場へと向かっていった。
 歩きながら、先日テンテンと話していた言葉を思い返す。
 何故、この修行の順番がテンテン、ネジ、リーとなっているのか。
 それは体力作りをしているところを呼び出すから、と2人は単純に 考えていた。トレーニングで疲れたところに更に課題。その一番辛い 位置にリーが来るのは不思議なことではないと。
 だが、ひょっとしたらそれは違うのかもしれない。
 勿論、リーに取ってよりきつい修行は望むべきところなのだろうが、 それよりも、一番最後であるが故に一番長く付き合えるのではないかと。
 修行時間にはっきりした終わりはない。個々のトレーニングが 終わればガイに言って帰ってもいい。そういえば、ネジもテンテンも、 リーより後に帰ったことはなかった。
「おっ、ネジ来たな!」
 そこへ着くと、ガイはいつものように笑顔で 仁王立ちしていた。左腕に、少し傷があるのが見える。あれが、テンテンが 付けた傷だろうか?服は切れてるが、本当に掠り傷にしか見えない。
「ネジはまだ前回の課題が終わってなかったな!よし、今日こそは クリアしろよ!」
 そう言って、ガイは地面に書かれた半径1メートル程の円の中へと 入った。ガイは、この場から動かない。おまけに手すら使わない。 ただ、避けるだけ。ネジの課題はそのガイに、 攻撃を当てること。一撃でいい。 それで、クリアだ。
 だがこれを初めて2週間。いまだ、かすることすら出来ていない。 例え白眼を使おうとも、当てることが出来なければ無意味。 だから、この特訓には意味がある。
「……お願いします」
 ネジはゆっくりとそちらへと近付いた。

 

「どうした、ネジ!もう息が切れてるのか!」
「……っ」
 言い返そうとしても言葉にならない。自分はこれだけ息を乱しているのに、 ガイはまだまだ元気である。それが、下忍と上忍の差と言ってしまえば、 それまでなのだけど。
 だが。
 今日は目的がある。だからまだ、諦めるわけにはいかない。
 ほんの、ほんのわずかでもいい、ガイの油断を誘えたなら。
「………」
 沈黙し、動きの止まったネジ。ぜいぜいと息を整えているのが 見て取れる。ガイは何も言わずそれを見ていた。
 やがてきっ、と目を上げる。そして、日向流体術の構えを取った。
「……行きます」
 律儀に宣言して、再びネジは攻撃を開始した。

 

「あっ……」
 ずるっ、と疲れのためか、足が滑った。ガイが一瞬、 こちらに足を踏み出したのが見えた。
 今だ!
 ネジは心の中で叫ぶと思い切り、腕をガイへと突き出した。
 白眼を、発動させて。
「…………!?」
「……くっ……」
 しかしその一撃は、ガイに届くことはなかった。
 がしっ、と捕まれたその腕。ガイが少し驚きの表情を 見せている。
「……手は使わないんじゃなかったんですか」
「お前……」
 隙を狙った白眼を使っての、殺気混じりの攻撃。反射的に、 受け止めてしまったのだろう。ガイといえど、この攻撃を 食らえばひとたまりもない。
「……この課題はクリアでいいんですか」
 握られたままの腕にちらりと目を落とし、ガイの方へ 顔を向けた。先程のタイミング、白眼を発動させてなければ、 きっと当たっていた。
「……ああ、いいだろう」
 ガイもそこで漸く腕を下ろす。その瞬間、ネジは再び ガイへと攻撃を繰り出した。
「ぐっ……」
 咄嗟に避けたが少し掠る。ガイは小さくうめき声を 上げて、その場から後退さった。ネジはもう1歩追おうとしたが 足が上手く動かない。無理な体勢の一撃に、バランスも 崩してた。掠ったはずなのに、大したダメージもなさそうなガイに 舌打ちしそうになった。
「ネジ?」
 さすがにいぶかしげな顔で問うてくるガイ。 ネジはそれに少しだけ 笑った。
「……やっぱり、まだ無理ですか」
 一度でいい。ガイを倒してみたかった。見下ろして、 見たかった。それはガイが嫌いだからでも、目標だからでもない。
 ……下につくのは嫌なんだ。
 ただ対等に、なりたくて。
 何も言わず笑ってるネジに対してガイは諦めたのか、リーを 呼んで来い、と一言いった。ネジは不機嫌な顔になるのを抑えて その場を後にする。
 だが、
「……理由は後で聞く」
 リーの修行が終わったら、もう1度来い。
 背後で、そんな声が聞こえて思わず振り返りそうになった。
「……わかりました」
 それだけで、機嫌の悪さが吹っ飛んでしまった。
 何故だろう。
 ネジには自覚はない。自分の、ガイや、リーに対する気持ちに 自覚がない。だから、自分でも説明のしようはない。
 ……何と、言おうか。
 そんなことを考えながら、再び元の場所へと戻った。 リーとテンテンが駆け寄ってくるのが見える。
「やけに嬉しそうね。課題、合格したの?」
 テンテンが開口一番に言った言葉。ネジは少し苦笑する。
「ああ」
 理由はそれだけじゃないけどな。
 それは心の中で呟いて。
 ガイの元へ駆け出していくリーを見ながら一人ほくそ笑む。
 今日の残り時間は、お前だけのものじゃないと。


 

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