告白

 うるさいなぁ……。
 居酒屋にかかってる時計の針をじっと見つめながら塔矢アキラは 心の中で呟く。
 こういう付き合いは、あんまり好きじゃない。
 表面上愛想笑いを浮かべられるだけの忍耐力は、子どもの頃から 養ってきてるけど。
「とーやっ!」
 コップをゆらゆらと振っていると突然肩に腕が回ってきた。 そして次の瞬間、コップになみなみとビールが注がれる。
「なんだぁ、塔矢。一人で何やってんだよー」
 ビール瓶片手に赤い顔した進藤ヒカルが言う。 そういえば、彼と飲むのは初めてだった。
 塔矢はビールの注がれたコップに視線を落とす。
 これにはさっきまで酎ハイが入っていたはずだが。 飲みきってなかった気もするが。更にまだ溶けてない氷が からからと音を立てていたのだが。
「……」
 塔矢は無言でそのコップをあおった。
 自分も、酔ってるのかもしれない。
「お、何だよお前飲めるじゃん」
 当たり前だ。一体自分のコップは何杯目だと思っているのか。
 顔には出ないから気付かれにくいが、多分進藤よりも 飲んでいる。帰りがかなり心配だ。まあそれはタクシーでも拾えばいい のだが。
「お前さぁ、飲み会ん時とかいつもこうなの?」
 一人で黙々と飲んでてさ。誰かとしゃべろうとか思わない?
「別に。碁の話ならちゃんと乗るさ」
 それ以外の話なら、興味ない。
 そう言い捨ててまた、コップをあおった。注いでくる進藤は コップを持ってない。右腕はまだ塔矢の肩にかけられたままだった。
「じゃあさ、碁の話しねぇ?」
 ふ、と思わず顔を上げる。その素直過ぎる反応に進藤が笑い、 さすがに塔矢も、自分自身に苦笑いをした。
「ちょっと待ってろ」
 進藤はそう言うと立ち上がり、自分の荷物の場所へと 歩いていった。途中他の人物に声をかけられてるのが見えたが、 進藤は軽く手を振って交わしている。
 自分よりも、慣れているのかもしれない。
 互いにまだ未成年なのだが。
 進藤は荷物を漁り直ぐに目当てのものを見つけると、途中の テーブルでビール瓶とコップを手に、自分の元へ 戻ってきた。
 どかっ、と今度は塔矢の正面に座るとテーブルの上に並べられた 食器類を乱暴に寄せていく。
「どうせだからやろうぜ」
 かちゃ、と軽い音と共に置かれたのは携帯用マグネット式の 碁盤だった。
 成る程。
 ごちゃごちゃに入ってる碁石を分けながら、こんなときでも こんなものを持ち歩いてる進藤に、本当に囲碁馬鹿だと感じる。
 そう言うといつも持ち歩いてるわけじゃない、誰かとやれそうな 時だけだ、と返された。
 では、それは自分だったのか。
 この状況を予想していたわけではあるまいが。
「よし、じゃ、おれからな」
 ジャンケンで黒を取った進藤がぱちり、と独特の音を 立てて石(というか磁石だ)を置いていく。勿論互先。 反射的に時計を 見ると、8時丁度だった。
「なあ塔矢」
「何だ」
「前にさ、お前が聞いてきたこと覚えてる?」
「?聞いたことならいくらでもあるだろう?」
「そうじゃなくてっ!おれが答えてないことあるだろう」
 ばちっ、と今度は乱暴な音を立てた。
 ふと、そこで漸く気付く。
 この形……。
 まだ3手目。だが、何度も、何度も打った碁。
 ぱち。
 塔矢の手が、4手目を打った。
「覚えてるよな」
「忘れるわけがない」
 進藤との、2度目の勝負。
 完璧に、完全に打ち負かされたあの日。
「あれがおれじゃないって言ったら……信じる?」
「は?」
 真剣な声音に思わず大きな声が出る。だが目を合わせたヒカルはにへら、と だらしなく笑った。
 冗談か。いや、酔っているだけか。
「……もし」
「ん?」
「もし、あの時言われたなら信じたかもしれないな」
 進藤に、絶望した日。
「あー……あれね」
 進藤は笑いながらまた、次の手を打つ。酔いのせいか、それとも磁石の碁石を 使っているせいか、いつもより手つきが拙い。それが、余計にあの頃のことを 思い出させた。
「あっちは、確かにおれが打ったもんな」
「……?」
「うん。あの頃はお前があいつしか見てなくて悔しかった」
「あいつ?」
「それでもあいつがいたから、お前がおれを見てくれて、おれがお前を見ることになったん だな」
「進藤?」
 ぱちっ、進藤はそれ以上続けず次の手を打つ。既に、手順は以前の碁とは 違う。当然だ。以前の通りに打てばこちらが負ける。
 真剣になった進藤に、塔矢もまた、勝負の方に熱中する。
 やがて、勝負が終わって。
「なあ、塔矢」
「何だ?」
「お前、saiって覚えてるか?」
 それから進藤はゆっくりと、話し始めた。


 

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